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少し前の話 11

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 大変困ったことになりました……。

「お兄さん、落ち込まないで」
「大丈夫だよ、また次の村でもお願いするからね!」
「なかないで」
「よしよし」
「い、いや……ありがとう、でも間に合ってるからほんと……大丈夫だよ……」

 どうしよう。ハイン大捜索網が敷かれつつある……。

 村に交換へと出向いていった子供達が、『青髪に金瞳の旅人探し』を、始めてしまったのだ。
 元々口下手で、村人とも必要最低限の単語でしかやり取りしなかったような子達だから、まさか本当に実行はすまいと思っていたのに……。

「あのね、お願いしてきたから、元気出してね」

 そう言われた日の、俺の気持ち……どう表現すれば伝わるだろう……?

 しかも、子供に泣き虫認定されてしまったらしく、ことあるごとに泣いてないか確認される始末。
 村にハインはいなかった報告の後は、必ず「元気出して」「別の街でも聞いてくるから」と一緒に、必死の顔で「泣かないで」と言われるのだ。
 涙を見られてしまった翌日には、群れの子供全体に知れ渡っていた!
 おかげでまだ訓練にも来ない、涎すら止まらないような幼児にまで、頭を撫でられましたよ……。

「っはあああぁぁぁ……」

 成人男性なんだよ俺……。もうとっくに大人なんです。
 何が悲しくて……いや、泣きたいよほんと。別の意味で!

 だってあんなに一生懸命の子供たちに、今更もう、ハインは来世にはぐれちゃったんだよとも、言いにくいじゃないか……。

 どうしよう、どうしてこうなった。

 集落の外れで、誰に相談することもできず項垂れていた。
 いやだって、ちょっとした誤魔化しのつもりで言ったんだ。俺は別に、ハインの死に顔を見たわけじゃないからさ……。
 だけど、マルに聞いたあの状況で、ハインが無事だと……無条件に楽観視できるわけもなく…………。

 皆は、マルの説明に口を挟まなかった。
 それがどういうことかも分かっているつもりだ。
 皆が……反対しないはずないんだ……。
 ギリギリまで他の手段を探した。皆で生き残る道を探して、それで…………。
 それしか、選べなかった…………。

 なんでハインを行かせた。こうなるのは分かっていたじゃないか! と、俺が責めたとしても……それを受け止めるつもりでいたのだと思う。

 分かってる。
 選べるならば選んだって。
 だけどそれ以外に選択肢なんて無くて、それをハインが承諾した。……いや、ハインが言い出したのだろう。これこそが従者の役割だと……。いかにもあいつが言いそうなことだものな……。

「………………」

 なんにしても、その時意識すら無くしていた俺が、何を言う権利もない……。
 ただ、守ってもらっただけの俺には……。

 とにかく……どこかで折を見て……子供らには、もう良いんだと、そう伝えよう……。

 そんな風に考えたのが半月ほど前。
 そして現在…………。

 ちょっと不思議なことが起こり始めていた。


 ◆


「……今回もか?」
「みたいだな」

 晴れたその日。
 交換日を過ごした夕方……子供らの得てきた戦利品が少しずつ、変わり始めていた。

「干し無花果なんて、初めて見た……」

 とある街に出向いた子供が、小ぶりな瓶ひとつきりであったけれど、干し無花果を貰ってきたのだ。
 何かと交換したということではない。たまたまご婦人に、貰ったのだという。
 子供は何も思わず、くれるというそれをありがたく貰って帰ってきたのだけど……。
 しかしそれは、たまたま貰えるようなものではなかった……。

「高級品ですよね?」
「うん……」

 甘味の強い干し無花果は、貴族や大きな商家などでなければ、冬にはお目にかかれない。
 そもそも冬場に甘味は特別貴重だ。
 そしてこういった、今までにないものとの交換……もしくは貰った……が、続いていた。

「この前は乾酪…………」
「蜂蜜を狐と交換したって子もいたよな……」
「胡桃もな」

 騒つく大人たちの反応……。
 彼らの様子からしても、今まで経験したことのないことであるのだと分かる。
 それまで……小麦との交換を要求していた人々が、急に羽振りが良くなったとも思えない……。
 だけど確実なことは、交換に行った子供達が、今までより良い品を持ち帰り、それどころか一部が貴重な品であることが、度々増えているという事実。

「なんだ? どうなってんだ……?」

 リアルガーすら首を傾げる、そんな状況。

 そしてこれにはもう一つ、大変難しい問題が付随していた。

「……どうやって食う? これ……」
「…………うぅむ……」

 なにせ一つずつの分量は少ない。
 村人らも、きっと奮発して譲ってくれているのだけど……ここは大所帯なのだ。
 皆で平等に分け合うには難しすぎて、そんな貴重な品々が余っていっている状態だったのだけど……。

 そこで、ピッと挙手をした人物がいた。

「はい! 私に案があります!」

 はい……言わずと知れた、サヤさんです……。

「無花果とクリームチーズ 入りの胡桃麵麭を作りましょう!」
「…………なんだそれは……」
「くりーむちーずってどれのことだ……?」

 お、俺も知らないからこっち見られても答えられませんよ⁉︎


 ◆


 クレフィリアとサヤが、二人で何やら試行錯誤を始めた。
 サヤも作ったことがないものなのだそう。ただ、なんとなく雰囲気は分かる……という話。
 まずは胡桃が割られ、小さな子供たちも、胡桃の薄皮を剥ぐお手伝い。これが入ると幼子は苦味を感じるだろうとのこと。そして中の実が、何故か水に浸けられた。
 いつも麵麭を捏ねている大きな板の上に、いつもは使わない星無花果・乾酪が用意され、生地を捏ねていくクレフィリアの横で、サヤが適当な大きさに刻んでいく。

 行程は、普通の麵麭作りと然程変わらない雰囲気だった。違いは、普段は入れない蜂蜜が入った程度。
 水に浸していた胡桃も暫くしたら取り出され、丹念に水分を拭き取ってから他と同じく刻まれた。
 それらは纏めて、適当な大きさに広げられた麵麭生地の上に置かれ、両側から包み込むように纏められ、捏ねられ……。

「これで宜しいのでしょうか?」
「はい。それで、少し置いて発酵させてから焼く感じですけど……鉄板ですから、平べったくして焼く方が良いでしょうか?」
「ですわね。中までの火の通りを考えると……入れた果実等は……?」
「そのまま食べられるものばかりですから、火の通りは然程気にしなくて大丈夫です。
 じゃあ発酵後にまた少し、整えますか?」
「今のうちにやってしまいましょう」

 二人のやりとりを、間近でワクワク、尻尾や耳をそわそわひくつかせている子供たちと、興味津々見ている獣人女性たちと、それを更に遠巻きにして、不安と疑念を浮かべた表情で見ている男性陣……。
 そのうち、狩りに出ていた男らも戻ってきて、シザーやオブシズも血で汚れた衣服を急いで改めに行った。
 その頃には、麵麭の一部がもう焼き始められており……良い香りが漂い始めていたのだ。
 そうして…………。

「なにこれー!」
「いっぱいはいってる、おいしい!」
「これ胡桃かな、胡桃ってこんな味なんだ!」

 クレフィリア特製の麵麭が焼かれた。
 その麵麭はいつものような素晴らしい絵柄は刻まれていなかったし、ゴツゴツでこぼことした、なんとも歪な形であったけれど、噛むと練り込まれた無花果の濃厚な甘味、乾酪の酸味、胡桃の香ばしさや歯応え……。それが合わさってなんとも不思議な味わいだった。
 何と言えば良いだろうか……これは……そう、例えるなら豊かな味。そんな感じだ。

「干し無花果…………って、あっまい!」
「甘い、ぷちぷち美味しい!」
「すごーい、あまーい!」

 全員に行き渡らせるとなると、一人分はほんの一切れ程度になってしまったけれど……大喜びで甘いを叫んでいる子供達が可愛くて、微笑ましくて、誰からも文句はあがらない。
 まだ取りに来ていない者、猟から帰ってきていない者たちの分を取り分けながら、ウォルテールを視線で探した。
 今日は猟に出ていないという話だったから。

 そんな中でも、甘いねぇ、美味しいねぇと繰り返される言葉に、ほんわりと……胸が暖かくなっていたのだけど……。

「けっ。人間様はご大層なもん食ってやがるんだなぁ」

 という、棘を含んだ言葉に、場が凍った。
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