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終幕と……
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揺れ続ける床からの振動が、絶えず傷を刺激して、あまりの痛みに何度吐いたか……。
食事などできる余裕もなく、夢と現実を右往左往しながら激痛に身も心も蝕まれ続ける中、たまに鼻を摘まれ、口に無理矢理何かを流し込まれることを繰り返す……。
右手が、焼け付くように痛い……いや、実際焼いたのか? 朦朧とした意識の中でただひたすら、死なない。死なないからと、繰り返し唱えた。
死なない……自分にそう言い聞かせておかなければ、痛みに屈してしまいそうで……。
「あまり飲ませちゃまずいんですよ、依存性が強いものなので。この前は処置のために仕方なく……」
「ですが先に体力の消耗が…………」
「レイ、飲んで。大丈夫、ただのお水……苦くないから……」
「この先に村があった。追手は回っていないようだが、買い付けだけにしよう」
「頑張って……頑張れ…………っ」
「衣服、もう少しどこかで調達した方が…………」
「今日はご馳走っス。兎を数羽仕留めました。そんでね、主にもほら、林檎。何羽か余りそうで、交換してもらってきたんス」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさぃ…………死んじゃ嫌だ……死なないで……俺なんて、庇わなくて良かったのに……」
たまに戻る意識の間に、色々な言葉や、匂いや、音があったように思う……。
いつ瞳を開いても、必ず誰かしらの視線と目が合った。
闇の中でも、絶えず灯りが用意されていた。
処置の時、あまりの痛みに暴れる俺を、泣きながら押さえつけていたサヤに、申し訳ないことをさせてしまったと思うのだけど、未だ謝れていない……。
ずっと交代で、俺に毛皮を提供してくれる狼たちにも、お礼が言えてない……。
林檎の果汁は、身に染み渡るような甘露だったと、伝えていない……。
皆も怪我が酷いだろうに、俺ばかりが場所を取り休まされている気がして、申し訳ない……。
ウォルテールに、謝らなくていい、無事で良かったと伝えたいのに……意識があると自覚できるのは、ほんの瞬き程度の間で…………。
もう雪が降っていたのだと、気付くこともなく…………。
途中から、ハインの声がしなくなったことにも、気付かないまま…………。
俺たちは、越冬を迎えていた。
◆
「こりゃぁ確かに良い毛皮だなぁ……全く無駄な傷が無い……」
「だろう? 今回一番の上物なんだ」
「そうさなぁ……これくらいでどうだ?」
「いやいや、これなら献上品にだって加工できるし、そのまま売ったって買い手が付く。
寧ろ、その方が貴方たちには利率が良いと思うから、是非それをお勧めする。
そんな理由で……もうひと声いけるんじゃないか?」
「…………あんた世馴れてんなぁ……まるで商人みたいなこと言いやがる」
分かったよ。と、苦笑し、根負けした親父さんは追加報酬を承諾してくれた。
思ったより早く折れたなと思いつつ、せいぜい小麦半袋くらいの上乗せが限界かと考えていた俺は、提示された小麦一袋という額に……。
「その代わり、上物があればまたうちに回してくれるか」
その言葉で納得。
成る程。それを取り付けるための、半袋おまけですか。
顎に手を当て、少し考える素振りをしつつ……俺は仮面越しの視線を、目の前の人物に据えた。
うーん……品を見る目は確かだ。変に難癖つけたりもされなかったし、決断するときは気前も良い……。
何より、狩猟民を侮る態度を取らなかったことに、好感が持てる……。
見た感じ、村が裕福ってわけじゃなさそうなのに……。
考えたのは一呼吸ほどの間だけ。
うん。彼は、先を考えられる人。形の無いものの価値を、認められる人だ。
「良いよ。せっかく綺麗に仕留めたこいつを、切り刻んで小物にするのは、俺も惜しいと思ってたから」
俺たち狩猟民は、直接この毛皮を売る伝手を持たない。だから、仲介してくれる人物が必ず必要で、この人はそれが分かっている。
その上で、こうやってきちんと取引をしてくれる気でいる相手ならば、大切にしたい。お互い、良い関係を続けて行けたら良いと思う。
俺の返事に、ホッとした表情を一瞬見せた親父さんは、この冬、この質のものを何枚程確保できそうだ? と、続けて聞いてきた。
ふぅん……冬で終わらせる関係で良いのかな?
「次の時までに、一枚は確実に確保しておこう。ここに寄る度に一枚は必ず約束する。
それから……冬以外でも、質が良いのが手に入れば、こちらに卸すようにもできる……」
「なにっ⁉︎」
思いがけない返答であったらしい。
……冬以外の狩猟民は、自分たちが食べたり、他と交換したりする量以外を狩らず、毛皮を卸すこともしていなかったのだ。
その間の獣は当然自分たちで消費していた。衣類や、仮面作りに使われていたのだ。
「狩猟自体は年中行うのだもの。ただ、他の季節はあまり必要とされてこなかったから、俺たちも顔を出さなかっただけ。
だから、良い品ができるように配慮して狩りをする。ここに卸すことを前提に準備するよ。
そうすれば、今の生活を何ら変えることもなく、毛皮を確保できるんだよね」
そう説明すると、成る程と納得顔になる。
むしろ……外から来た俺には、それをしてきてなかったってのが驚きだったんだけど……。
仮面で見えないから、俺の苦笑は親父さんには見えていない。
「あぁそれと……加工が得意な皮とか、特に力を入れている製品とかがあったりするかい?
言っておいてもらえたら、その皮を優先手配する。これみたいに、肉とは別。皮だけになるけど」
そう言うと、親父さんはまた不思議そうに首を傾げる。
「…………それも初めて言われたな……狩る獲物は選べやせんだろう?」
「他の村でも同じことを聞いてるんだよ。そっちとこっちが同じ品の加工が得意とは限らない。
違うなら、得手のものを加工した方が実入りが良くなるのが道理だ。
肉が無い分、そっちの負担も減らせると思うし…………。
越冬はどこも厳しいだろう? だから、春に少しでもゆとりが持てる形を、模索したくて……」
こんなにも原始的に生活していると思わなかったから、少しでも……今を良くできるように、働きかけたい。役に立ちたい。
そのための、細やかな提案のつもりであったのだけど。
「…………あんたぁ……変なこと言う奴だなぁ……」
まるで貴族みたいな考え方しやがる。と、笑われドキリとした。
「そ、そうかな?」
「あぁ。そも、あんたみたいに喋る奴が初めてだ。
大抵、肉、革、野菜、小麦。で済ませて数は指で、ん! って感じに示す。それだけだったからなぁ」
「あぁ……皆、口下手だから……」
人と接するのが怖かったから……。バレやしないか、ビクビクしながらだったからだ……。
一度社会から捨てられたと理解している彼らは、何も悪く無いのに……ずっとそうやって、世間を支えながら、怯えてきたのだ。
正体が知られたら、狩猟民としても生きていけなくなる。一人で群れを離れ、野垂れ死ぬか、兇手にまで堕ちるか……。
そう考えたら、ローシェンナの覚悟がどれほどのものだったのか、今更ながらうかがえる……。
……まぁ、そんな風に、人との接点を持とうとしなかった狩猟民らに、喋りかけまくってたマルも、相当変だったって話なんだけども。
「……あー……じゃあ、ちょっとこっちでも、確認してみるか。
次の時までに、村の連中の得手不得手を聞き取りしておく。
あんたの口ぶり的に……必要量とかもはっきりした方が良さそうだし」
有難い。察しの良い親父さんは、俺が望むことを理解してくれていたようだ。
そのついでのように付け足された次の言葉……。
「……あんた、その腕の怪我は、大丈夫なのか?」
「え?」
「その……なんだ。あんたのそれも……。
狩猟の最中に、失ったんだろう? 傷まないのか……」
今まで村に来る狩猟民に、俺みたいに喋るのはいなかった……。
そして俺が今年、一人でこの交渉の席に着いていた。その理由が、この腕の傷のため狩りを行えなくなり、前線を離脱したからだと解釈したのだろう。
通常、村々との交渉役は、こうして怪我をして狩りができなくなった者と、幼い子供らだったから……。
「心配してくれてありがとう……。痛みはもう、然程でもない」
「そうか……。…………いや、何がしてやれるってわけでもないんだが……もし何か入り用なものがあれば、そっちも言っておいてくれ。
越冬中は無理なんだが……平時もここに立ち寄るなら、用意してやれるかもしれん」
自分たちにとっては手間でしかないことだろうに、そう言ってくれる……。
その人の良さに少し苦笑。
うん……この村とは交渉の余地がある。何かの場合の備えは、優先枠に組み込もう。
「有難い。こちらも春までに確認しておくことにするよ。
あ、あと一つお願いしたいことがあるんだけど……青髪で、金瞳の旅人を探している人がいるんだ。
もし見かけたら……村に引き留めておいてくれると有難い……」
食事などできる余裕もなく、夢と現実を右往左往しながら激痛に身も心も蝕まれ続ける中、たまに鼻を摘まれ、口に無理矢理何かを流し込まれることを繰り返す……。
右手が、焼け付くように痛い……いや、実際焼いたのか? 朦朧とした意識の中でただひたすら、死なない。死なないからと、繰り返し唱えた。
死なない……自分にそう言い聞かせておかなければ、痛みに屈してしまいそうで……。
「あまり飲ませちゃまずいんですよ、依存性が強いものなので。この前は処置のために仕方なく……」
「ですが先に体力の消耗が…………」
「レイ、飲んで。大丈夫、ただのお水……苦くないから……」
「この先に村があった。追手は回っていないようだが、買い付けだけにしよう」
「頑張って……頑張れ…………っ」
「衣服、もう少しどこかで調達した方が…………」
「今日はご馳走っス。兎を数羽仕留めました。そんでね、主にもほら、林檎。何羽か余りそうで、交換してもらってきたんス」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさぃ…………死んじゃ嫌だ……死なないで……俺なんて、庇わなくて良かったのに……」
たまに戻る意識の間に、色々な言葉や、匂いや、音があったように思う……。
いつ瞳を開いても、必ず誰かしらの視線と目が合った。
闇の中でも、絶えず灯りが用意されていた。
処置の時、あまりの痛みに暴れる俺を、泣きながら押さえつけていたサヤに、申し訳ないことをさせてしまったと思うのだけど、未だ謝れていない……。
ずっと交代で、俺に毛皮を提供してくれる狼たちにも、お礼が言えてない……。
林檎の果汁は、身に染み渡るような甘露だったと、伝えていない……。
皆も怪我が酷いだろうに、俺ばかりが場所を取り休まされている気がして、申し訳ない……。
ウォルテールに、謝らなくていい、無事で良かったと伝えたいのに……意識があると自覚できるのは、ほんの瞬き程度の間で…………。
もう雪が降っていたのだと、気付くこともなく…………。
途中から、ハインの声がしなくなったことにも、気付かないまま…………。
俺たちは、越冬を迎えていた。
◆
「こりゃぁ確かに良い毛皮だなぁ……全く無駄な傷が無い……」
「だろう? 今回一番の上物なんだ」
「そうさなぁ……これくらいでどうだ?」
「いやいや、これなら献上品にだって加工できるし、そのまま売ったって買い手が付く。
寧ろ、その方が貴方たちには利率が良いと思うから、是非それをお勧めする。
そんな理由で……もうひと声いけるんじゃないか?」
「…………あんた世馴れてんなぁ……まるで商人みたいなこと言いやがる」
分かったよ。と、苦笑し、根負けした親父さんは追加報酬を承諾してくれた。
思ったより早く折れたなと思いつつ、せいぜい小麦半袋くらいの上乗せが限界かと考えていた俺は、提示された小麦一袋という額に……。
「その代わり、上物があればまたうちに回してくれるか」
その言葉で納得。
成る程。それを取り付けるための、半袋おまけですか。
顎に手を当て、少し考える素振りをしつつ……俺は仮面越しの視線を、目の前の人物に据えた。
うーん……品を見る目は確かだ。変に難癖つけたりもされなかったし、決断するときは気前も良い……。
何より、狩猟民を侮る態度を取らなかったことに、好感が持てる……。
見た感じ、村が裕福ってわけじゃなさそうなのに……。
考えたのは一呼吸ほどの間だけ。
うん。彼は、先を考えられる人。形の無いものの価値を、認められる人だ。
「良いよ。せっかく綺麗に仕留めたこいつを、切り刻んで小物にするのは、俺も惜しいと思ってたから」
俺たち狩猟民は、直接この毛皮を売る伝手を持たない。だから、仲介してくれる人物が必ず必要で、この人はそれが分かっている。
その上で、こうやってきちんと取引をしてくれる気でいる相手ならば、大切にしたい。お互い、良い関係を続けて行けたら良いと思う。
俺の返事に、ホッとした表情を一瞬見せた親父さんは、この冬、この質のものを何枚程確保できそうだ? と、続けて聞いてきた。
ふぅん……冬で終わらせる関係で良いのかな?
「次の時までに、一枚は確実に確保しておこう。ここに寄る度に一枚は必ず約束する。
それから……冬以外でも、質が良いのが手に入れば、こちらに卸すようにもできる……」
「なにっ⁉︎」
思いがけない返答であったらしい。
……冬以外の狩猟民は、自分たちが食べたり、他と交換したりする量以外を狩らず、毛皮を卸すこともしていなかったのだ。
その間の獣は当然自分たちで消費していた。衣類や、仮面作りに使われていたのだ。
「狩猟自体は年中行うのだもの。ただ、他の季節はあまり必要とされてこなかったから、俺たちも顔を出さなかっただけ。
だから、良い品ができるように配慮して狩りをする。ここに卸すことを前提に準備するよ。
そうすれば、今の生活を何ら変えることもなく、毛皮を確保できるんだよね」
そう説明すると、成る程と納得顔になる。
むしろ……外から来た俺には、それをしてきてなかったってのが驚きだったんだけど……。
仮面で見えないから、俺の苦笑は親父さんには見えていない。
「あぁそれと……加工が得意な皮とか、特に力を入れている製品とかがあったりするかい?
言っておいてもらえたら、その皮を優先手配する。これみたいに、肉とは別。皮だけになるけど」
そう言うと、親父さんはまた不思議そうに首を傾げる。
「…………それも初めて言われたな……狩る獲物は選べやせんだろう?」
「他の村でも同じことを聞いてるんだよ。そっちとこっちが同じ品の加工が得意とは限らない。
違うなら、得手のものを加工した方が実入りが良くなるのが道理だ。
肉が無い分、そっちの負担も減らせると思うし…………。
越冬はどこも厳しいだろう? だから、春に少しでもゆとりが持てる形を、模索したくて……」
こんなにも原始的に生活していると思わなかったから、少しでも……今を良くできるように、働きかけたい。役に立ちたい。
そのための、細やかな提案のつもりであったのだけど。
「…………あんたぁ……変なこと言う奴だなぁ……」
まるで貴族みたいな考え方しやがる。と、笑われドキリとした。
「そ、そうかな?」
「あぁ。そも、あんたみたいに喋る奴が初めてだ。
大抵、肉、革、野菜、小麦。で済ませて数は指で、ん! って感じに示す。それだけだったからなぁ」
「あぁ……皆、口下手だから……」
人と接するのが怖かったから……。バレやしないか、ビクビクしながらだったからだ……。
一度社会から捨てられたと理解している彼らは、何も悪く無いのに……ずっとそうやって、世間を支えながら、怯えてきたのだ。
正体が知られたら、狩猟民としても生きていけなくなる。一人で群れを離れ、野垂れ死ぬか、兇手にまで堕ちるか……。
そう考えたら、ローシェンナの覚悟がどれほどのものだったのか、今更ながらうかがえる……。
……まぁ、そんな風に、人との接点を持とうとしなかった狩猟民らに、喋りかけまくってたマルも、相当変だったって話なんだけども。
「……あー……じゃあ、ちょっとこっちでも、確認してみるか。
次の時までに、村の連中の得手不得手を聞き取りしておく。
あんたの口ぶり的に……必要量とかもはっきりした方が良さそうだし」
有難い。察しの良い親父さんは、俺が望むことを理解してくれていたようだ。
そのついでのように付け足された次の言葉……。
「……あんた、その腕の怪我は、大丈夫なのか?」
「え?」
「その……なんだ。あんたのそれも……。
狩猟の最中に、失ったんだろう? 傷まないのか……」
今まで村に来る狩猟民に、俺みたいに喋るのはいなかった……。
そして俺が今年、一人でこの交渉の席に着いていた。その理由が、この腕の傷のため狩りを行えなくなり、前線を離脱したからだと解釈したのだろう。
通常、村々との交渉役は、こうして怪我をして狩りができなくなった者と、幼い子供らだったから……。
「心配してくれてありがとう……。痛みはもう、然程でもない」
「そうか……。…………いや、何がしてやれるってわけでもないんだが……もし何か入り用なものがあれば、そっちも言っておいてくれ。
越冬中は無理なんだが……平時もここに立ち寄るなら、用意してやれるかもしれん」
自分たちにとっては手間でしかないことだろうに、そう言ってくれる……。
その人の良さに少し苦笑。
うん……この村とは交渉の余地がある。何かの場合の備えは、優先枠に組み込もう。
「有難い。こちらも春までに確認しておくことにするよ。
あ、あと一つお願いしたいことがあるんだけど……青髪で、金瞳の旅人を探している人がいるんだ。
もし見かけたら……村に引き留めておいてくれると有難い……」
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