上 下
979 / 1,121

終幕 14

しおりを挟む
 イェーナが出て、目潰しや礫、小刀といった小物をいくつか持ち帰った。
 俺は日常ホルスターを帯びていないのだけど、これも吠狼で使う予備があり、借りることに。

「こうしてみると……サヤの発明品ってほんと有能……」

 持てる絶対数が違いすぎるんだよなぁ……。重くはなるが、それを差し引いても価値がある。

 肩のベルトが傷口に当たって少々痛かったけれど、手拭いを挟んで対処。
 腰鞄には目潰しを三つほど。余った懐に礫を放り込んで、準備を整えたのだけど。
 ではいざ出るぞという段になって。

「あの、それでしたらひとつ、提案があるのですが」

 にっこりと、商人の笑顔でエルランド。
 彼も何か指示を飛ばしているなと思ってはいたのだけど…………。わらわらと使用人や傭兵らが、完全武装で倉庫にやって来て、出発の準備が手早く整えられ出した時には慌てた。
 え……これは…………いや、流石にそれは駄目だぞ⁉︎

「いえいえ、共闘はしませんよ。我々ただの行商人ですから、そんな大それた大志とか抱けませんので」

 俺たちの慌てた表情で察したらしいエルランドが、飄々とそう答え、そしてにんまりと……黒い笑みを浮かべた……。
 隣のヘルガーもやる気満々臨戦体制。言葉と裏腹に無茶苦茶不穏なんですけど⁉︎

「いえね、この際ですから、我々も仕事に出発することにしようかと。
 越冬までに保存食の移送を進めなければ、アヴァロンの皆が飢えるのです。陛下もですよ! これはあってはいけないことです。少々の困難に負けてられません、我々は使命を果たさなければ!
 ……と、いうわけで丁度本日、出発の予定で書類を提出しておりましたし、時間的にも頃合いですからね。出ないと」

 こんな時にこんな武装の一段を連れて門前に行けば、疑ってくださいと言ってるようなものだ。

「えぇ、そうですね。検閲に人手と時間を取られるでしょうねぇ。
 だから街中や資材の仮置き場は少々手薄になるかもしれませんが……疑いは晴らすべきでしょうからねぇ。
 我々も別段、他意があるわけじゃありませんし、しっかり調べてもらいますよ。何も隠しません。思う存分やっていただきましょうね」

 つまりエルランド、囮役を買って出てくれているのだ。
 オブシズの古巣である明けの明星傭兵団も、それに一役買ってくれる。
 ウォルテールの救出を手助けするため、神殿騎士団やセイバーン騎士らの手と目を、自分達に引き付けておいてくれると、そういうこと……!

「馬車の提供は少し待ってもらえますか。
 不守備で一日二日、留まるよう言われた時は申し訳ないのですが、他をあたっていただかなくてはなりません。
 ですが、上手く出れたなら、馬車を途中で引き渡します」

 俺たちがリディオ商会の馬車を使っていると知られないから、その方が追手には気付かれにくくなる。
 間も無く越冬というこの時期に、身一つで逃亡生活となった場合は困ることになるが、今はウォルテールの命が優先だ。
 まぁ最悪、騎狼するという手段もある……俺が掴まってられるならばという話ではあるのだけれど。

「すまないな……わざわざこんなこと、しなくて良いのに……」

 危険を冒してまで手助けしてくれるのは有難いが、申し訳なくもあり、そう言ったのだけど。

「何をおっしゃいます」

 エルランドはそこでにこりと笑った。黒い方の笑みじゃなく、ちゃんと優しい、温かい眼差しの微笑み。

「私の友人は、獣人の妻と子を持つ身なのですよ。
 友が幸せであれることを願うのは、ごく当然のことではございませんか」

 その言葉で、彼の協力を有難く受けることにした。
 アヴァロンを獣人の住める地にする計画は失敗してしまったけれど……意味はあった。こんな風に言ってくれる……獣人を友と思える人たちと、巡り会えた。

「……ディート殿に協力要請はできませんか……」

 それを見て、オブシズがそう口にしたけれど、それは駄目だと首を横に振る。
 そうしている時間は無いだろうし……。

「職務が優先。彼は陛下をお守りしなきゃいけない立場だし、これ以上の疑いを招くことはしないよ……。
 セイバーンと関わりが強かったヴァイデンフェラーも、危険なんだから」

 さて。これ以上余計な話をしている場合じゃないな。

「それでは我々は、堂々と門へ向かいますので、ここで……」
「うん。頼む」
「レイシール様……この外套を。
 これくらいどこででも手に入りますし、我々がどうこう言われたりもしないでしょうから。
 服装が目立つのは良くない……」

 貴族然とした出で立ちを隠すよう、ヘルガーが厚手の外套を差し出してくれたから、有難く受け取った。
 確かに忍んでいる間は目立たぬに越したことはないし、外套ならばすぐに外せる。

「では我々も行く」

 アイルに促され、俺、ハイン、オブシズ、シザーに加えて吠狼が三名。西の外門に向かう馬車列から離れて南へ向かった。
 主筋通りを突っ切るエルランドらはすぐに門まで到達するだろうから、回り込む俺たちは急がなければならない。
 アヴァロンは水路に覆われた都たから、本来退路が少ない。が、不測の事態に備え、堀沿いには簡易用の橋をかける設備が、所々隠されている。
 今は民らも逃げるのに使っているはずだ。

「サヤは無事……?」
「奥方は問題無い。屋根の上を使える……上は迷宮だからな」

 そうなのだ。このアヴァロンは、吠狼らが屋根伝いに移動しやすいよう設計されており、屋根を道として使えるのだが、それは迷宮のように入り組んでいる。
 当然平らではないし地上ほど動きやすくはないのだけれど人が乗ったくらいでくらつくことはない。とはいえ、渡れる場所、渡れない場所は一見判断しにくいし、渡れない場所に出るたび降りて、また登っていたのでは、時間を食い過ぎる。
 飛び移らなければならない箇所も多いし、慣れてない者には越えられる幅かどうかも判断しにくいだろう。
 普通に考えると防犯面が心配になるのだが、吠狼らは職務に忠実だし、万が一泥棒等が侵入したとしても、その吠狼らが途端に見つけてしまうだろう。

「屋根の上は、狼の特徴を有した者らは知らない。街の中の警備を担当しないからな」
「そうか。ウォルテールが情報を流していたとしても、知られていない可能性が高いのか」
「知っていたとしても、言葉じゃ説明しにくいだろうしな……」

 街の設計を考える時は大変だったけれど、備えて良かった……。

 前もって吠狼らが誘導してくれているのだろう。南側は人も少なく、住人らも室内に篭っているのか、気配はあれど顔を合わせることはなかった。
 一度神殿騎士らと遭遇しそうになったけれど、引き連れていた吠狼のうちの一人が離れ、その連中の前にわざと姿を表して別方向へと誘い出す。

「彼は大丈夫なのか?」
「問題無い」

 一人きりで複数人を……と、思ったけれど、屋根伝いに逃げれば撒くのもそう難しくないとのこと。
 思ってた以上に遭遇しないのは、アヴァロンが彼らが思っていた以上に広く、人手不足なんだろう。

 外堀までやって来ると、簡易の橋は落とされ、脱出経路が封じられていた。
 外堀は人の身では飛び越えられないし、別の場所をあたるしかないと思ったのだけど。

「ここは複数隠してある」

「そんなことも見越してます」と、元の簡易の橋より少々細いものが引っ張り出されてきた。
 全ての場所にあるわけではないけれど、複数箇所こんな風にしてあるそうだ。元からそれを目当てで、この場所を目指したのだろう。
しおりを挟む
感想 192

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。

火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。 王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。 そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。 エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。 それがこの国の終わりの始まりだった。

処理中です...