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終幕の足音 6

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「勿論、麦の産地はセイバーンだけじゃないし、災害時や不作対策もあって、一箇所からのみ仕入れを行なっている領地なんて無い。
 だから、これ一つで全てが把握されるということではないけれど、伏せるにはそれ相応の理由があるんだ」
「……つまり、集積された出荷情報は、領主権限で扱う情報になる……ということなんですね」
「そう」

 それでも……一度や二度漏れるだけなら、たいした情報ではない……。この場合、年数が問題なのだ。何十年と積み重ねれば、そこには別のものが見えてくる……。
 その年ごとを追うことでは見えてこなかった、奥行きの部分が見えてしまう……。

 ぎゅっと拳を握った俺を、公爵家の二人は無言で見ている。
 俺が一族の過ちを否定できないのだということを、クロードとクララは、どう思っているのか……。
 気持ちの混乱ゆえか、上手く表情が読めない……だけど、そんなことより今重要なのは……。

「……調べよう。
 領主の館は焼失したけれど、歴代の資料は別館に移していたから、それなりに記録は残されているはずだ。
 できうる限り調べて、その上でなければ……否定できない…………」

 ルフスが、驚愕に表情を歪め、次に非難と失望の色が瞳を過った。
 セイバーンを背負って立つ立場の俺が、この疑いを否定しなかったことが信じられないのだろう。
 彼の怒りや悲しみは分かっていたけれど……でも、だから尚のこと、引けなかった。

 調べるべきだ。確実なものがないうちに、軽はずみなことはできない。
 クロードは、近年から五十年以上前の情報があったと口にしたが、その領主が関わっていると断定できる証拠……これが五十年以上前のものであるとは言っていないのだ。
 ならば、セイバーンの不正の根拠となっている領主印が、いつのものなのかが重要になってくる。
 そこを確認してみなければ分からない。

 俺は、彼らの得ていない情報をひとつ、握っているのだ。
 セイバーン領主印が、ふたつ存在しているかもしれない、可能性を……。
 先先代が死亡後の領主印であるなら、状況がひっくり返せる可能性がある。

「皆の仕事を増やして申し訳ないが、歴代の資料管理者を洗い出そう。そしてその資料から当たる。
 毎年のものであれば、必ず業務に組み込まれていたはずだ。何かしらの形で偽装してある可能性もあるから、関連するものは全て集めよう。
 領主権限で出す情報だから、領主印のあるものだ。報告が揃うのは雨季以降……情報が引き出されているとしたら、きっと八の月から十一の月の間だろう」

 業務手順は全て頭に入っている。だから、おおよその検討はつく。
 父上が領主としての職務を行えない状況に陥ってからは、領主印は利用されていない。それは父上がご生存の時に確認が取れている。
 だから、その期間の情報がどうなっていたか……ここが特に重要になってくる。

 そんな風に考え指示を飛ばす俺を見ていたクロードとクララは……。
 顔を見合わせ、ホッと、安堵したように頬を緩めた……。

「慌てなくて良いわ」

 そうして今度はクララが。

「……陛下は、セイバーンの意思ではないだろうと仰ったし、きっと急かされないから、大丈夫」
「え?」

 皆の動きが止まった。
 張り詰めていた空気が、今度はクララに視線を向かわせる。
 その視線をものともせずクララは、余裕綽々で口を開いた。

「王都ではね、セイバーンの政務報告は、穴がないほどに緻密なことで定評があるのですって。
 その辺はクロード様も、職務上確認したことがあるそうだから当然ご承知。
 セイバーンは歴代の領主が、麦の生産性を上げるために並々ならぬ財と精力と熱意を注いできてて、大体どの代でも、提出書類はきっちりしてる。
 だから王宮にもセイバーンの麦の生産量、出荷情報は全て揃ってるのですって。……つまりこれ、セイバーンだけにある情報じゃないのよ」

 そう前置きしたクララは、そこから厳しい表情になった。

「フェルドナレン王家は代替わりが早い分、その辺の業務移行は慣れてるし、洗練されているわ。
 だけど当然完璧じゃないし……回数が多い分の隙も増える。
 セイバーン領の不正を疑うより、王宮内の不正や情報操作を疑う方が可能性としては高いでしょうって。
 それが陛下のご意見。でも……」

 それを言ったらホライエン様怒っちゃったみたいでさぁと、肩を竦めた。

「あの若造を庇い立てするのですかって言うから、陛下がレイが領主になってからの出荷情報は抜けてるんでしょって指摘したら、更に怒っちゃったらしいのよ」

 いや……うん…………怒るだろうね。
 おおかた、この情報を根拠に陛下に何かしらの要求を突きつけたかったのだろうと思うし……。
 大司教様まで担ぎ出したのは、勝てると踏んでいたからだろう。
 実際陛下の一声が無ければ、そうなっていてもおかしくなかった……まぁ、そうできない理由もあるから、敢えて退けたのかもしれないが。

「だから、陛下はセイバーンの忠誠を疑ってないわ。そこは安心して」

 クララの言葉で、ルフスが踞る。生きた心地がしなかったのだろう……。疑われてないと知り、安堵で足の力が抜けたのだ。
 俺もホッとしたけれど……。

「ありがとう……。でも、どっちにしても調べよう。
 セイバーンからの情報流出じゃないと言い切れる根拠を見つけないことには、安心できないから。
 それにどちらにせよ、スヴェトランがこの情報を集めていたことの意味を、探すべきだ」

 豊かな農地を持つフェルドナレンを狙っているからという理由ではいささか納得いかない……。
 セイバーンはスヴェトランの地から遠いし、麦の生産地なら、他の、もっと近隣で良かったと思うのだ。それに、麦の生産地を抑えようとすること自体が、スヴェトランの思考とは思いにくい……。
 彼らは定住地を持たない民だ。逆に言えば、定住に慣れていない。一つの作業を年間通して続けることにもだ。
 たとえ国を奪い農地を得たところで、彼らにはこの地の生産力をそのまま維持することはできないだろう。当人らにも、それくらいのことは分かっているはずだ。

「分かっているでしょうか……」
「分かっているさ。でなければ、セイバーンに標的を絞って何十年と情報を集めるなんてこと、するとは思えない……」

 それに……。

「……いや、とにかく調べよう。何も無ければそれで安心できるしね」

 そう言うと、皆も神妙な顔で頷いてくれた。
 どんな結果が出るにせよ、調べて損は無い。それでスヴェトランの尾を掴むことができるならば……このフェルドナレンを守れるならば、価値は充分だ。

 皆には伏せたけれど……スヴェトランの手ではない可能性も、想定すべきと思っていた。
 クララが陛下の見解を教えてくれたことで、少し気持ちが落ち着いたのか、色々と思考が働くようになり、可能性が見えてきていた。
 セイバーンの意思ではない……と陛下がおっしゃったということは、彼の方にはそう言う根拠があったのだ。
 セイバーンの領主印がふたつ存在する可能性があることは、陛下もご承知なのだもの……。

 だから尚のこと……。
 どうもきな臭い……と、感じるのだ。
 なんだろう、誰かの意思? 思考の残滓を感じる……。

 今回のこの件……スヴェトランからの侵入を、ホライエンがいち早く見つけ、しばらく泳がせていたと言っていたけれど……。
 長年完璧に潜んでいた間者が、こうも易々と正体を晒すだろうか? 貴重な根城と、溜め込んでいた情報までもが綺麗に見つかるって、酷く作為的に思えてしまうのだ。
 敢えて見つけさせにきた可能性も視野に入れておいた方が良い気がする。
 斥候の侵入自体が見つかることも、仕組まれていたと考えられないか?
 大司教が顔を出したことも、ホライエンが要請したのではなく、神殿側からの介入だったかもしれないしな……。

 そう考えた場合、ホライエンが選ばれた理由は?
 そして、セイバーンを標的にした理由があるとしたら?
 と、色々……。そういったことを、無視できない気がした。

 今この時期に、敢えてセイバーンを標的に選んだのだとしたら……相手は俺たちの内情を相当熟知してることになるけれど……。
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