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新たな一手 4

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 ヴァイデンフェラーとは、料理人の派遣を随時行う協定を結び、速報案の検証地として名乗りを挙げる話も、前向きに検討してもらえることとなった。
 ディート殿の嫁取り問題も、速報案が通れば、王都や地方がまた忙しくなる。もうしばらく猶予をと交渉し、三年保留となった。
 まぁ……残飯処理に呼んでしまったお詫びというか、情報提供のお礼というか……ね。

 そして翌日は、やっと確保できた朝の時間。庭の片隅にある、リヴィ様の鍛錬場に顔を出す。

「レイ殿! サヤも、来てくださったのね!」
「リヴィ様、昨日は時間が取れず、申し訳ありませんでした」

 動ける服装で、それぞれの得物を持参。リヴィ様の日課は、現在も続けられているよう。
 本日のリヴィ様は、髪を後頭部で編み込みにし、垂らしている。
 サヤの影響か、女近衛の方々は、髪を三つ編みや編み込みにしていることが増えてきた。
 女性用の細袴に袖の広い短衣。中衣を纏った姿は、凛々しくもあり、美しくもある。

「リヴィ様、本日も宜しくお願い致します」
「サヤ、貴方と手合わせしたいという者が大勢待っておりましてよ。
 レイ殿、サヤをお借りしても? それとも今日は、レイ殿も鍛錬をなさるのかしら?」

 初めの頃、俺を敵視していたリヴィ様は、ここに出向いた俺に、嫌味を言ったものだったが……。

「俺は型を軽く流すだけにしておきます」

 今はもう、快く頷くだけ。お疲れよねと、労いの言葉までいただいた。
 いや、当初は鍛錬するつもりでいたのだけど……リカルド様がいらっしゃるならば、情報収集を優先したい。
 朝方、リカルド様から修練に顔を出せとお達しがあったので、きっとあの方も、ここにいらっしゃるはずだ。
 サヤと会わせたいとおっしゃっていた、新人女近衛との顔合わせ。あれを済ますつもりだろうしな……。

 庭の隅で、サヤと二人身をほぐしていると……。

「レイシール殿、今日は着飾って来てはくださらなかったのか?」
「本日は間近で拝めると思っていたのだがな」

 などという、ヤジが飛んでくる……。

「いやいやいや……もう金輪際しませんよあれは……」
「そんな殺生な」
「とても似合っていたではないか!」

 似合ってたまるかっ。

 茶化してくる鍛錬参加の騎士や近衛たち。ディート殿も顔を出していて、むしゃぶりつきたくなる美女ぶりだったぞ! などと、軽口を叩く。
 あのですね……それ全然褒め言葉じゃないですからね……。

「一時を考えれば、だいぶん俺、鍛えてると思うんですけど⁉︎」
「……鍛えている……?」
「うんまぁ……むしろ引き締まって細身になってはいまいか?」
「上背も肩幅も一応あるんだがなぁ……どうも……うーん」
「……真面目に悩まないでください。落ち込みますから……」

 見た目の男らしさには、あまり反映されていないらしい……。
 くっそ。腹筋だって割れているし、腕だって……かなりゴツくなってませんかね、この冬相当追い込んだんですけどね⁉︎
 そんなお巫山戯も、リカルド様が現れれば、ピタリと止まった。
 おはようございますと軽く挨拶をすると、あぁ……と、低い声。

「其方は相変わらず……引き当てるな」

 そう言われ、意味が分からなかったのだけど……。
 それまでにこやかにしていたリヴィ様が、そっと俺とサヤを、庭の端に促した。
 当然のような顔で、リカルド様もついてくる。

「レイ殿、ライアルドの件……。また、ご迷惑をお掛けしてしまいました」
「あぁ……。大丈夫ですよ。俺は別に、どこも痛めていませんし」

 そう言うと、困ったように眉を下げるリヴィ様。
 リカルド様は、どちらかというと怒り顔……。

「公にせぬとは、どういうことだ」

 ライアルドの処分を、内々で済ませることについてか。
 一時期はリカルド様の管理下にいた人物だし、この方にまで情報が入っているのだな。

「公にすると、アギーの顔に泥を塗ることになりますし……。
 ここはイングクス家への貸しとして処理しておく方が、今後のためだと思いましたので」

 イングクス伯爵家は、アギー公爵家と血の縁が強い家系であるようだった。
 公に罰すれば、当然お互いの関係に摩擦が生じるだろうし、傘下への影響も大きくなってしまう。

「きちんと処罰が下るならば、形はどうでも良いと思っています。
 アギーの名に傷を入れることは、どう転んだって悪影響しか生みません……。
 ……この状況下ですからね」

 そう言うと、ピクリと反応したお二人。
 お互い目配せし合って、まだ俺には何も、伝えていないことを確認。
 そうして、ふぅ……と、息を吐く。

「待て……。なんの状況下だと?」
「いえ。まだ何も知りませんのでご安心ください」
「…………もう知っていると言っているようなものではないか……」

 目星はついている。けれど、何も知りませんよ、実際。

「今は俺が知るべきではないのでしょうし、良いんですよ。
 俺の立場等は配慮していただかなくて大丈夫なので、どうかアギーの、負担とならぬようにしていただければ。
 それよりも、申し訳ないのですが……午前から予定がありまして、ここでの時間があまり取れません」

 ご配慮いただき有り難いです。と、リヴィ様。
 ならば、ここの時間はリカルド様に譲りますよと促すと、リカルド様が頷き、少し離れて控えていた配下に、合図を送る。
 すると、そのお方は更に、後方に向かって声を上げた。

「ロレン!」

 どうやら、ディート殿と言葉を交わしていた人物だったよう。
 振り返り、小走りでやってきたのは、まだ二十歳そこらの青年だ。俺と同じくらい上背があり、細身……でも、弱々しさは無い。
 腰に小剣と、何か変わったものをぶら下げている……?

「サヤ」

 そう読んだリカルド様に、リヴィ様と言葉を交わしていたサヤが、はいっ。と、返事。その名に呼ばれるように、青年がこちらに駆けてくる。
 だが俺は……その男から視線を逸らせなかった。

 少し癖のある橙色の髪が、襟足部分で跳ねている。短い……ということは、成人済み。
 駄目だ。と、そう思ったのは、瞳。
 熱が……っそれは、他人の婚約者を見る目じゃ、無いだろ⁉︎

 俺のすぐ隣にいたサヤを、つい背に庇った。
 俺の挙動に不思議そうな顔をするリカルド様。
 そしてムッとした雰囲気をチラつかせるものの、表情だけは温和に取り繕った青年……。

「どうした?」
「あっ、いや……さ、サヤは、ちょっと苦手だろうなと思うものが、ありまして……」

 男からの、その手の視線は駄目だ。リカルド様には、伝えていなかったっけ⁉︎ 伝えた気がするけど⁉︎
 ていうか、俺がサヤの婚約者だということを、この男が聞いていないはずはない。なのに、何故サヤをそういった目で見る⁉︎ 何故、俺を認識していてなお、遠慮なく、サヤに懸想してる⁉︎
 正直焦っていた。こんなあからさまに、サヤへの好意を晒してくる相手というのは、初めてで……。
 そもそも初対面……そう、初対面のはずだよな⁉︎

 更に混乱した俺の前で、男はスッと綺麗な礼の態勢を取った。
 胸に手を当て、頭を下げる。微妙に……気にならない程度、俺と向きがずれていて、一見俺への礼儀を通しているよう見せかけて、俺は無視している。
 この男は、サヤだけに礼儀を尽くしているのだ。

「お初にお目に掛かります。ボクはローレシア。どうぞロレンとお呼びください」

 ローレシア!
 ……………………? それ、女性名では?

「今年の春より女近衛に加わる。正式採用は来年だがな。
 サヤ、先日の貸し分として、これと手合わせをしてやってほしい」

 女近衛⁉︎
 え、つまり彼女? は、貴族ではない……? 来年正式採用ということは、髪は短いけれど、成人前ということで良いのか?

「どうした姫、何を固まっている?」

 ロレンにひょこひょことついてきたディート殿が、巫山戯て俺を姫呼びしてくるが、無視した。
 何気に昨日の晩餐、根に持ってるのかもしれない。
 結局ご両親には、こっぴどく絞られていたからな。

 そして当のロレンは……俺の背からひょこりと顔を出したサヤに、パァッと、花が綻ぶように破顔した。

「あぁ、思っていた以上に可憐な方だ!
 サヤ様、ボク、貴女に憧れて女近衛を目指しました。
 夢のようです……いつか貴女にお会いしたい。その一心で今日まで来たのです。
 本当に、この日が来るなんて……頑張って良かった! あの、どうか、どうか、ボクの挨拶、お許しいただけますか?」

 おまっ……っ、挨拶って、貴族じゃないうえに、初対面だよね⁉︎
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