異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

文字の大きさ
876 / 1,121

夜会 2-4

しおりを挟む
 ヴァイデンフェラー殿が指差していたのは、俺のいた方向。
 聞き覚えはありすぎるのに、決して自分のものではない名前。

 ロレッタ……。
 …………え、俺に言った?

「あなた、違いますわ。ロレッタは髪色が黄金色ではなかったでしょう?」
「だがあれはロレッタだろう⁉︎」
「ロレッタはもっとずっと背が小さかったわ。そもそも、年齢が違います。あの方はどう見ても二十かそこらよ」
「では娘⁉︎」
「いなかったでしょ」

 あ。俺だ。俺のこと言ってるんだこの方。
 俺を、母と間違えているんだ。

 だがそこで、アギー公爵様のご入室の知らせが入った。

 会場中の方々が入り口の方に向き直り、頭を下げる。

 いらっしゃった。
 なんとも間が悪いことに。
 けれど、やるべきことをやるため席を立った。
 サヤとヘイスベルトに目配せを送ると、二人も頷いて、席を立つ。
 アギー公爵様ご入室を合図にして、会場奥に足を向けた。
 その様子に、こちらを気にしていた方々が訝しげに意識を向けたけれど、公爵家の方々に粗相するわけにもいかない。
 誰も頭を上げることができずに、彼女らを見送る。

「オブシズ」
「はっ……」

 オブシズが手を差し出してくれて、俺はそこに、自らの手を添えた。
 切り替えろ。今から俺は姫君だ。
 瞳は光を失い、目の前にあるのは絶望。想う人は存在を失っているはずで、これから更なる絶望の底、深淵に、足を踏み出す。

 複数の足音。それが会場の中心に進んでくる。
 俺はオブシズに手を引かれ、逆の手で、裾を踏んでしまわぬよう、少しだけ持ち上げた。
 今動くことは、本来ならば不敬だけれど、アギー公爵様の指示であるから問題無い。

 この中で頭を下げる必要のないのは、同じく公爵家の方々のみ。
 オゼロの方も、代役としてこられた高官の方であったようで、頭を低く下げている。

「おい」
「お勤めですので……」

 動こうとする俺を諌めようとしたビーメノヴァ様が、俺に手を伸ばす。とっさに避けて下り、極力女性らしい声を意識して、そう伝えた。
 どうしたって通常の女性よりも低い声なのだが、なんとか取り繕えたよう。ビーメノヴァ様は途端に、言葉を詰まらせて頬を朱に染めた。

 やばい反応しないでくださいよ……。
 その場に公爵家のお二人を残して、前に進む。ヴァイデンフェラー殿の横を通り過ぎ、極力急ぎ足で。そのおかげか、なんとかアギー公爵様に遅れをとらず、目的の場所に到着できた。

 アギー公爵様は……。
 煌びやかな衣装を纏い、指や首をジャラジャラと飾り付け、なんともけばけばしく、物々しく、悪役を演出していた。
 着付けの段階より圧倒的に装飾品を増やしてある。普段使っていない杖まで持っているが、これもまた凄まじくゴテゴテしていて、まさか役作りのためだけに誂えたのだろうか?
 頬がふっくりと膨らんでいるのは、綿でも口内に詰めているのだろう……いや、確かに小太り設定となっていたけども。

 目礼だけを済ませて、アギー公爵様の隣に進んだ。

「準備は良いな」
「はい」

 オブシズの手が離れて、彼はそのまま数歩、後方に下がり。しゃがみ込む。アギー公爵様に続いていらっしゃった、騎士姿のリヴィ様が、オブシズの横を擦り抜ける際に、小剣の模擬刀を手渡していく。
 部屋の隅から、全身を黒一色の衣装で包み、顔までもを覆い尽くした者……黒子が二名進み出て、部屋奥に垂らしてあった帷の紐を一気に引くと、そこ現れたのは、昨日のうちに用意された、あの祭壇前の風景……。
 いつの間に入室していたのか、巫女の衣装で着飾った陛下……もといクリスタ様が、祭壇横に持ち込まれた長椅子の上に寝そべっていた。
 俺を見て、ニヤリと笑う。
 失敗は許さんぞ。その時は分かっておろうな? という、脅しの顔ですよねそれ……。

「皆の者、面を上げよ!」

 高らかに宣言されたアギー公爵様。
 俺は自分に集中! と、念じて、瞳を伏せた。
 俺は何も見えない。耳だけが頼りとなる身だ。

『本日、めでたく我々の婚姻の儀を執り行えること、誠に愉快!』

 伯爵の台詞が始まった。

『姫、其方もそのような暗い顔をするな。せっかくの美貌が台無しではないか。
 媚びのひとつでもふっておかねば、後で辛くなるのは其方だぞ?』

 急に始まった寸劇に、顔を上げた会場の男性一同はほぼ、唖然と口を開いていた。
 けれど、女性陣は違う。押し殺された感嘆、歓喜、姫様っ、騎士様っ!と、声援を送る声も上がる。

 俺は、視線を床に落としたまま口を閉ざし、首を声とは逆側に向けた。
 すると伸びた手が、俺の顎をがしりと掴む。そのまま無理に引かれて、瞳の見えない姫様は、よろけ、着物の裾を踏んでその場に膝をついてしまう。

『ワシの言葉が聞こえなんだか?』
『…………私には、既に夫がおりま……』

 最後まで言い終われず、また顎を掴まれた。そしてぐいと引かれて、地を這いずるように、無理やり引き寄せられる。
 きゃあっと、女性の悲鳴。姫様の扱いに対する抗議の声。

『其奴はもう死んでおろ? とっくの昔に』
『……っ、いいえっ!』

 失ってなどいない。ちゃんと知っている。あの人の声、あの人の温もり。
 それは今日までもずっと、傍にあった。

『伯爵様……』
『おぉ巫女、なんだおったのか。ほれ、婚姻の儀を執り行いに来たぞ』

 長椅子に寝そべっていたクリスタ様が、ゆっくりと身を起こし、長椅子に座り直す。
 んーっと伸びをして、ふあぁと欠伸。まだ眠たいといった風に、長椅子の座褥クッションを抱え込む。
 長椅子前にはごく薄い紗が垂らされており、我々に陛下の姿はくっきり見えているものの、作中では少々違う。
 人影が分かる程度と書かれていて、本来は薄らと輪郭しか見えないのだ……これは、客席に分かりやすくという演出。

『あらぁ? 誰の婚姻の儀? 見たところ、ここにそのような方はいらっしゃっておられないようだけど……』

 茶目っ気たっぷり、こてんと首を傾げる巫女。
 ムッと表情を歪める伯爵。

『またお巫山戯か、巫女よ。私と姫の婚姻に決まっておろう』
『あらまぁ、親子以上に歳の離れた婚姻だなんて、ご愁傷様だこと』
『……巫女よ、今お巫山戯は後回しにしてくれるか。さっさと儀式を済ませたい』
『はいはい。分かってるわ。でももう一度、確認だけさせて頂戴』

 巫女は、長椅子の上に再度寝そべり、にっこりと微笑んだ。

『誰と、誰の婚姻ですって?』
『だから言うておろう』
『ええ、聞いたわよ? でも、それは無理だもの。だって姫も仰っていたじゃない?』

 顎を掴まれたまま引き寄せられ、苦しい態勢で停止……一番の正念場。
 数本の指先で必死に身を支えて、首を伸ばす。いや、体勢に無理がありすぎるんだって……。

 ゴクリと固唾を飲み、寸劇に釘付けとなっている女性陣。それをちんぷんかんぷんといった様子で見たり、寸劇に視線を移動させたりと、忙しない男性陣。

『私には、夫がおります。あの方が、あの方のみが、私の生涯の伴侶!』
『そうよねー。それに、その夫が死んだなんて報せ、私、受理した覚えは無いし。
 重婚を強要だなんて、伯爵様は、神をも恐れぬのね。そんな大罪を、嬉々として犯すおつもりだなんてっ!』

 まぁでも、罪なんて今更かしらぁ? と、巫女は言う。

『貴方はもう、数多の罪を重ねているものね』
『……何をぬかす?』
『私が知ってるだけで八つ。そしてもうひとつ、最も大きな罪は……その人の夫。ご本人の口が述べてくれるでしょうよ』

 巫女が手を上げ合図を送ると、舞台袖から四名の黒子が足早にやって来た。
 長椅子の四隅に陣取る黒子に、何事⁉︎ という視線が、女性陣にまで広がった。

『そうだな、私は訴えよう。私自身の命を狙った、貴方の罪! 強盗を装い、数多の商隊を襲い、私服を肥やしていたことを!』

 姫の婚姻に、唯一立ち会う立場であった文官の男。
 立ち上がったオブシズが声を上げると、また女性陣から悲鳴のような歓声が上がった。
 姫の文官として仕えていた、猫背の冴えない男……。

『其方の命を狙っただと?』
『そうとも。伯爵……この瞳を、よもや忘れてはおらぬだろう⁉︎』

 そう言うと、顔を左手で覆い、バサリと前髪を、撫で付ける。
 前髪は、サヤの椿油で湿らされており、手で撫で上げるだけで、頭上に留まるように、ちゃんと整えられていた。

 この日一番の歓声が上がった。
 オブシズの二色に滲んだ瞳を近くで見たご婦人が、言葉を失って床に崩れる。
 額にある大きな傷も、まるで誂えられたようにそこにあるが、これは作品が、彼を雛形として作られているからだ。

『まさか、生きて……っ⁉︎』

 とっさにそう口にしてしまい、慌てて口元に手をやった伯爵。

『し、知らぬっ、このような奴は! こいつこそ、姫の夫を語る偽物に違いない!』
『あらあら、そうなの。でも……そうであったとしても、貴方はもう逃げられないけれど。
 だって……私は言ったでしょう? 知っているだけで、八つの罪が、貴方にはある。私はそれを証言できる』

 巫女が手を上げると、長椅子の脇に控えていた黒子が長椅子ごと、陛下を持ち上げた。そして舞台袖に移動。
 柱の衝立の影に入ると、そこから男装のサヤが颯爽と現れて、先程まで陛下の長椅子があった場所へ足を進めた。

『私の顔も、覚えているだろう? 伯爵!』

 紗の帷を手で払い、サヤが前に姿を表す。
 実は帷の後ろにいたのは、男装したままの巫女だったのだ。
 その場面を知っている女性陣からは、千切れんばかりの拍手と歓声。
 そして、それまで伯爵を警護していた騎士二人……リヴィ様とディート殿が、持っていた模擬刀を伯爵に向け、オブシズも渡された模擬刀で、ピタリとアギー公爵様扮する、伯爵を指し示す。

『続きは、牢で聞こうか、伯爵!』
しおりを挟む
感想 192

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

番(つがい)と言われても愛せない

黒姫
恋愛
竜人族のつがい召喚で異世界に転移させられた2人の少女達の運命は?

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

舌を切られて追放された令嬢が本物の聖女でした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

私が美女??美醜逆転世界に転移した私

恋愛
私の名前は如月美夕。 27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。 私は都内で独り暮らし。 風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。 転移した世界は美醜逆転?? こんな地味な丸顔が絶世の美女。 私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。 このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。 ※ゆるゆるな設定です ※ご都合主義 ※感想欄はほとんど公開してます。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

処理中です...