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夜会 2-2

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 暫くすると、オブシズはふらりと戻ってきた。
 どことなく雰囲気が剣呑なのは……懸念は当たっていたのだろう。それに対応してきたということか。
 けれど、何食わぬ顔で盆に乗せられたお茶を運んできて、近くの小机に置く。

「とりあえず落ち着くと思う」
「有難うございます」

 何かしら、こちらに悪意ある接触をしようとしていた輩を牽制してきたのだ。
 大っぴらに反論できないのは、会場に入る前に、やっと出てきた陛下から、雰囲気を壊すなと念押しされているからだった。

「せっかくの演目だ。演じる前からぶち壊すな。お前は黙って壁際に座しておけ」

 立ったらデカさで雰囲気が丸潰れだからな。と、歩き回ることすら許されなかったのだ……。

 ……と。
 そんな最中、会場が俺たち以外の件で騒めき、上位貴族のお歴々が入場し始めたのだと知った。
 やっといらっしゃった……。良かった、何か大ごとが起こってたとかではなさそうだ。でもこれだと……。

「挨拶にも行けないじゃないか……」
「……いや、今は行かない方が良いですよ……あらぬ誤解を招きそうですし……」

 それは女に間違われると言いたいのか?
 まぁ……陛下の命を無視するなんて怖いことをやってのける気概はないのだけどね……。

 だけど、上位の方々がいらっしゃってるのに、長椅子に座り続けているのも居心地悪いんだよなぁ。
 そんなことを思っていたのだけれど、サヤが「あ、リカルド様です」と声を上げた。
 どうやらまた、音を拾ったようだ。ヴァーリンから今年もリカルド様がいらっしゃっているのか。でも……。

「あの方が扮装夜会に参加する?」

 リカルド様だよ? 扮装……何に?

「どうなんでしょう……? でも、お声はリカルド様ですよ。流石に間違えません」

 サヤがそう言うのだから、そうなのだろうしなぁ……。
 しまった。リカルド様がいらっしゃると分かっていれば、クロードを留守居にはしなかったのに。

 手紙でのやりとりはしているようだけど、俺が成人してからは王都にも付き従っていないクロード。当然ヴァーリンにも戻っていない。
 夜会には連れ出さないにしても、何かしら機会を作ることはできたかもしれない。
 せっかくご兄弟の会える機会だったのに……。

「……こちらにいらっしゃらないかな……」

 リカルド様に、拠点村へお寄り頂くのは難しいと思うけれど、せめて近況をお伝えするくらいはしたい。そう思っていたのだが……。

「……いらっしゃるみたいですよ……?
 アギー派閥ではない方の出席がある……どなたか心当たりはありませんか?
 …………私たちのことでしょうか」
「あああぁぁぁぁぁ、またややこしいことになりそう……」
「まぁまぁ。リカルド様は流石に、私たちのこと、分かってくださると思いますよ」

 そう言葉を交わしているうちに、ざわめきがこちらにやって来た。
 現れたのは、確かにリカルド様……扮装はしていなかった。まぁ、そうですよね……。
 そして伴われているのは確か、ベイエルの方。リカルド様には従兄弟にあたる、確か……ビーメノヴァ様。現ベイエル公爵様のご子息様のお一人だった。

 ビーメノヴァ様は申し訳程度の扮装を行っている。顔の左目側のみを覆う仮面を付け、左腕を肩掛けで隠している。これは、大災厄時代の十二英雄が一人、ユーリーの扮装だ。
 ユーリーはベイエルの祖となった方と言われている。
 戦いの中で、左目と左腕を失ってしまった方。だから、仮面と肩掛けなのだろう。

「サヤではないか」

 そんなお二人は、早速俺たちを見つけ、こちらにやって来た。そして目立つ黒髪のサヤに声を掛け……眉間にグッとしわが寄った。

「其方……また男装か」
「ご機嫌麗しゅうございます、リカルド様。はい、本日は、扮装夜会でございますので」

 にこりと笑い、胸に手を当て男性型の挨拶をするサヤは、堂に入っていて、とても女性とは思えない凛々しさだ。

「それは良いのだが……何故其方が一人でここにいる……」
「いえ、ちゃんと職務中です」
「…………」

 そうして俺を怖い顔で見るリカルド様……。

「……サヤそなたの身内ではないな。似ていない」
「いえあの……」

 まさかこの方も気付かないとか、言わないでくれよ……。

 リカルド様は暫く俺を睨んでいたけれど、そのまま視線をオブシズに向けた。

「オブシズだったな。其方もいるということは……」

 すごく嫌な予感がしているといった、険悪な顔。
 機嫌が急降下したような雰囲気のリカルド様に、周りの人だかりがスススと離れる。さり気なくも素早い動き……。リカルド様が危険だという判断だろう。
 うん、人を殺しかねない顔ですもんね……。

「まさかとは思うが……」
「はい、そのまさかすね、きっと」
「…………」

 眉間を揉んで溜息。
 だがそこで、スッと進み出たのはビーメノヴァ様。

「リカルドよ、知り合いか?」
「…………そうだな。不本意だが」

 俺も本当、不本意なんですよ……と、内心で賛同。
 けれどビーメノヴァ様は、そんなリカルド様の肩をポンと叩く。

「何が不本意だ。麗しき方に失礼が過ぎよう。
 其方が一途なのは理解しているが、このような美姫を前にしてもそれか……」

 エレスティーナ様に操を立てていらっしゃるのか、未だに婚姻もせず、浮いた話ひとつも聞かないリカルド様。
 それを揶揄い気味に小突くなど、勇気のある人だ……。

「其方に興味がないと言うならば、私に紹介してほしいのだがな」
「……やめておけ」
「其方の華とでもぬかすのか?」
「まさか、有り得ん。それに、此奴はアギーの傘下。
 我々が手出ししようものなら、アギー殿が黙ってはおらぬわ……」

 リカルド様がアギー傘下と断言したことで、周りがまたざわついた。他の派閥からではないというその言葉に、また「では誰だ⁉︎」「やはりセイバーンの⁉︎」「何故あの田舎に⁉︎」「男爵家には勿体無いほどの美貌じゃないか!」と、色々な声が錯綜する。ほっといてくれ……。

「ご挨拶ができぬことをお許しください。クリスタ様のご命令なので、あの長椅子から立てないのです」

 気を利かせたサヤが、お二人にそう言って頭を下げる。俺も一応、座したままだが頭を下げた。

「…………そんな命令は無視しろ、馬鹿馬鹿しい」

 本当、そうできるならばしたいですけれど、後が怖いです……!

 未だ、檜扇で口元を隠したままの俺を見下ろす、リカルド様。
 俺の訴えは、なんとなく察してくださったのだと思う。もう一度とてつもなく重い溜息を吐いてから、ツカツカとこちらに歩み寄ってきて、そのままどかりと俺の隣……長椅子に座……っえ⁉︎

「仕方あるまい。放っておればそのうち蜂が群がる……そ奴らはちの名誉を守るつもりは甚だ無いが、無駄な諍いは避けるべきだ」

 つまり、虫除けになってくださる……⁉︎

 相変わらず、怖い外見に反して気遣いの人である。

「お前、役得だなぁ」

 これはビーメノヴァ様。
 美女(だと思い込まれた男)の隣に座す強面に、そう言ってみたものの……リカルド様と並ぶ俺が、思いの外大柄であることに気付いたよう。
 あれ? なんか違和感あるな……といった表情。そうでしょうとも。

「なら譲るが? 言っておくが、これに懸想するは、人生最大の汚点になるぞ」

 とても嫌そうにリカルド様。
 本当にね。それは大きく同意する。そして俺も嫌だ。
 何が悲しくて、男の俺が女装させられた上、男性に愛を囁かれなきゃならないんだ……。
 想像してみたら、それがなんともおぞましい光景で…………っ。

 絶対に御免被りたい。無理。
 あぁ、暗い気持ちになってしまった……。

 自分の人生にこんな黒歴史が訪れるとはと、その現実に打ち拉がれていたら、ビーメノヴァ様は痺れを切らせたよう。

「お前……何を知っている? もういい加減種明かしをしてくれないか⁉︎」

 この方が誰か教えてくれ! と、訴えたものの……。

「己で気付け。一応義理を通しておるのだ。此奴も、私もな」

 クソつまらんことだが。と、リカルド様は態度で示す。そして、こちらの様子を見る、遠巻きにしている方々に視線を向け、ギロリと眼光を鋭くした。
 何見てやがんだあぁん? という視線に睨め付けられた方々は、慌てて散っていく。
 そうして幾らか野次馬を散らせてから、俯き気味に体制を整えつつ。

「お前は本当に……何をしている?」
「いや、ちょっと……思ってたのと全然違う状況になってしまいまして……」
「…………」
「いや、本当ですよっ⁉︎」

 いったい誰が、自分の女装する未来を想像できるっていうんです⁉︎

「……次からこういったことを、アギーに打診するのはやめておけ……」
「えぇ、はい。今回本当に、痛感しました……」
「…………あのなぁお前たち。
 そうやってこそこそと言葉を交わしていると、側から見てる側としては、睦み合っておるようにしか見えんのだが……」

 ………………。

「……勘弁してくれ……」
「……………………」

 二人して、表情を歪めて視線を逸らし、長椅子の端の方に身体をずらした。
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