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夜会 2-1

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 夜会会場。

 動物の耳を頭に乗せた女性、肩に鳥の剥製をとまらせた男性。歴史上の傑物に扮した方などが会場に集まる中、まぁ俺たちは、見事に浮いていた……。

「…………誰⁉︎」
「誰だ、あの美姫は」
「どの家の方だ⁉︎」
「アギーの賓客? 他の派閥からの鞍替えか?」
「異国の方では? 服装がここらとは随分違うじゃないか」

 いえあの、ここが今、扮装夜会だって忘れてませんかね……。

 背中を、暑くもないのに嫌な汗が伝う。
 通常の貴族正装に身を包んだヘイスベルト。彼に手を引かれつつ進む俺を、扮装したサヤとオブシズが挟む形で守っているのだが……そこから一定の距離を空けて、だんだんと周りに人垣ができている。
 俺は、周知のために持っていた檜扇を開いて口元を隠し「なんで集まってくるんだよおぉぉ」と、弱音を吐いた。
 だって周りの視線が怖い。ギラギラしすぎている。なんなの、その猛禽類が獲物を見ているみたいに刺さる視線⁉︎

「……明らかに誤解されてますね……。
 …………まぁ、仕方ないとは思うのですが……」

 不安そうな声でヘイスベルトが言い、居心地悪そうに視線を彷徨わせた。
 俺に向けられた周りの視線で、サヤが気持ちが悪くなったりしないだろうかと、そちらも心配でならない。

「野太い濁声でセイバーン領主です! って叫びたい……っ」
「それは難しいかと……。
 レイシール様は、普段から野太い濁声ではないですからね……」

 口元を動かさぬよう気を付けながら、オブシズ。

 なんとか会場の端の、目立たぬ場所にある長椅子を確保できた。そこに促されて座る。
 ……ふぅ、とりあえずなんとか、衣装の裾を踏むことは免れたな……。

「……結局人垣も移動してきてしまったので、あんまり意味無かったですね」
「いや、座れるだけで有難い。
 女の人って凄いな……よくこんな格好で、こんな靴で、踊ったりできるよ」
「同感です」

 足の指先がもう痛い……。すぐに脱げてしまいそうなほどに浅い履き心地の短靴は、低い踵であっても細すぎて、足を締め付ける。
 特に指先と踵。これ絶対皮がめくれるやつだよ……。

「遠巻きにするばかりで、寄ってきませんね……」

 扮装しているとはいえ、目元を隠し、猫背になっていれば良いオブシズは、あれだけ嫌がっておきながら、現在は特に支障が無さそう。
 緊張もなく、視線が髪で隠れているのを良いことに、周りを見回している様子が、長椅子に座した俺にはよく見えた。
 この目線は懐かしい。下から仰ぎ見るオブシズだ。けれど……。

 くそぅ……開催前まで緊張しまくっていたくせに……っ。

 そしてサヤはというと、一時前まで男装で過ごしていたわけだから、一番扮装に違和感が無かった。もう見事に男性の佇まい。
 近衛としての働きも、経験として活きているのかもしれない。出会った頃よりも、女性らしさは増したと思うのに……不思議だ。男性に比べれば、当然小柄であるし、肩幅も狭いのに、全く華奢には感じない。キリリと立つ姿は、正しく麗人。

 夜会にいらっしゃっているご婦人方が、そんなサヤを見て、まさかあの方では? 絶対にそうだわ! とか、興奮のあまり大きくなってしまっている高い声で、何やら言い合いしているのが、俺の耳にも届く。
 元々が目立つ黒髪だし、彼女がセイバーン領主婚約者であり、女近衛に属し、女従者たるサヤだと気付いているようだ。
 そしてその結論に至った方々は、キャァ! と、歓声を上げた後、じゃああの女性は……? と、俺に視線を寄越し、きゅっと眉間にシワを寄せるわけだ……。
 もう俺を見なくて良いと思うよ。サヤだけ見ておいてくれれば……げんなりとそう思っていたら、フッと急に、吹き出すサヤ。

「…………レイシール様が、レイシール様の、第二夫人ではって、おっしゃってますね」

 ……はぁ⁉︎

 耳の良い彼女が拾った、とんでもない勘違い。
 笑っているから、傷付いたりしているわけじゃなく、トンチンカンな推測をただ面白がっているのだろうけれど、そんな誤解、嬉しくない。

「あ、私が警護に立っているから、正妻の座を追われて、あの金髪の美姫が収まったのでは……と、なってきました。
 あちらの方々は、当代のセイバーン領主は異人狂いのスウキモノ? だとは聞いていたが、まさか二人目もかって、そうおっしゃってます」

 スウキモノってなんですか? と、小首を傾げるサヤ。サッと視線を逸らし、その質問には答えられませんと逃げるオブシズ。
 スウキモノって……数奇者……っ、どっちがだ⁉︎

「フザケンナっ、本人だよっ!」

 他人の配下や女性の好みをわざわざあげつらってる自分を棚上げしやがって!

 怒った俺に「あ。良い言葉じゃないんですね……」と、サヤ。なんとなく意味を聞いてはいけない雰囲気を察したようだ。

「髪色が違うって……やっぱり分かりにくいものなんですね」
「カツラだってことくらい推測してくれっ」

 檜扇の影で抗議してみたものの。

「いやぁ……我々ほど気合入れて扮装してる人いませんから……」

 とりなすようにヘイスベルトが言う。

 カツラまで用意して性別まで偽って……と、言いつつ視線が泳ぐ……。
 その言葉に、ここまで耐えていたオブシズが、たまりかねたように、顔を逸らして吹き出した。
 くそおおおおおぉぉぉぉっっ。

 そんなコソコソとしたやり取りの、ネタが尽きかけるに至っても……夜会の開始とはならなかった。
 少々おかしい……上位貴族の方々の入場が、どうにも遅い気がする……。

「ヴァイデンフェラー男爵様は、まだご到着じゃないのでしょうか」

 ぽそりと呟かれたサヤの言葉。
 同じ男爵家のヴァイデンフェラー殿は、俺たちと同じ時間帯に入場することが多いのだが……サヤがそう言うからには、あの特徴的なガハハ笑いも聞こえていないと言うことだろう。
 国境に位置するヴァイデンフェラーだから、もしかしたら自領で何か、問題でも起きているのか……? 今年は不参加ということも、まぁ……可能性としてはあるよな。
 でも…………うーん、陛下の警護だったディート殿は、至って普通の態度だったと思うし……。ヴァイデンフェラーに何か起こっているならば、彼も把握していそうなものだ。

 つい思案にふけってしまったのだけど。

「あの、お飲み物でもお持ちしましょうか?
 ただ座しておくだけだと、手持ち無沙汰ですし」

 気持ちの切り替えをと思ったのか、サヤがそう提案してくれた。

「そうだな、少し喉も渇いたことだし……」
「では、見繕ってまいります」
「待てサヤ、お前は一人で彷徨かないほうが良い」

 気を利かせてくれたサヤを、オブシズがそう言って押し留めた。
 俺の婚約者として伴われていることで、この夜会への参加が許されているサヤだ。会場の中では最も身分の低い身であるから、万が一、ひとりの時に絡まれては大変なことになる。
「私が行ってきますよ」と、ヘイスベルトが言ってくれたけれど、それも押し留めるオブシズ。

「俺が行こう。……あまり宜しくない視線の者もちらほら見受けられる。対応できる者の方が良いさ」
「ならばやっぱり私が……」
「サヤはまだ貴族じゃない。サヤ一人の時に何かあった場合、サヤには落ち度がなくても、サヤが咎められる。
 すぐに戻るから、ここを頼む」
「……畏まりました」

 そうして去り際に、っとサヤに顔を寄せて囁いたのは……。

「……隙を作る……。露払いをしておこう」
「はい。……二時の方向、不穏な声がします」
「助かる」

 使用人を見つけて飲み物を頼むか、部屋端に用意されているものを取ってくるか。
 とりあえず視線を四方に飛ばしつつ、オブシズは俺たちから離れていった。
 サヤを一人にするのは確かに論外だが、ヘイスベルトもというのは大袈裟ではと思ったけれど……傭兵として十年以上を過ごしている人間の言うことだ。
 俺たちの気付いていない視線等にも、気付いているのかもしれない。

「露払い……?」
「私たちが固まっていると、どうも接触の機会を掴めないみたいなので……少し緩めようということだと思います」

 そうサヤが言った矢先、先程のキャッキャしていた女性陣が、こちらに足を進めてきた。
 そうしてその足は、サヤの手前でピタリと止まる。

「あ、あの……お聞きしてもよろしいかしら?」
「はい。初めまして、お嬢様方。私への質問でしょうか?」
「ええ! そう……そうなのっ。貴女、女性ですわよね? その……セイバーンの、サヤさん?」
「はい。左様でございます」

 演技は自信ないとか言っていたのに……。
 ……いや、していないのか。男装して従者だった頃を、懐かしんでいるのかな。
 胸に手を当て綺麗にお辞儀をするサヤ。
 その凛々しい所作に、女性陣は頬を染めている。

「やっぱり! 夜の帷のような、煌く漆黒の御髪とお伺いしていましたの……。
 漆黒なのに煌くって、意味が分からないって思っていたのだけど……本当に、あの言葉そのものだったのね」

 若い女性。成人していないのだろう……まだ幼く、髪も長い。
 うっとりとそう呟く女性の横で、もう少し年上なのだろう、上背のある女性が、今度は口を開いた。

「女近衛って、皆さんそんな風に凛々しくていらっしゃるの?」
「本日は扮装でございます。ですから私は現在、男性に扮しておりまして、普段は……女性の装いですから、こんな風ではございませんね」
「まぁ……っ。とてもよくお似合いよ。本当に、男性なのかと思いました。
 …………あの、どなたの扮装をなさっているのか、お伺いしてもよろしくて? その……そちらの方も、見かけない服装をしていらっしゃるから……」

 あ、来た。
 これを聞かれたら、どう答えるかはクララから指示されていた。
 俺は、視線を一点に据えて固定する。彼女は、光を失っているのだ。視線はきっと、動かない……。

「そうですね。服装は見慣れぬことでしょう。私どもは、異国の民に扮しております。
 ですが……いったい誰に扮しているかは……当ててくださいますか?」

 そう言いにこりと微笑んだサヤが「どうぞ私にだけ聞こえる、小さな声で」と、唇の前に指を立てる。

「皆様、よくご存じの物語だと、思うのですが……」

 それにより、女性陣の興奮がさらに高まった。

「あの……じゃあもしかして、あそこに座してらっしゃるのは姫ぎ……」
「シッ、お声は落としてくださいませ」

 鋭く制すと、両手で口を押さえるお嬢様方。
 けれど興奮した瞳がこちらを見る。そして、はっと気づいた様子で……。

「でっ、では先程の殿方……っ⁉︎」
「そうよっ、絶対そうだわ!」
「どちらにいかれたのかしら、もう一回いらっしゃる⁉︎」
「お嬢様方、このことはどうぞご内密に。夜会が始まりましてからの、お楽しみということで」

 にっこりと笑ってサヤが言い、お嬢様方はこくこくと頷く。
 ご内密に……と言われて、黙っていられる女性は少ない。きっと、会場中に触れ回るだろう、自慢しに行くだろう。
 それにより、皆の期待を大きく高めるという作戦だ。

「それでは、また後で、お嬢様方」
「楽しみにしておきます」

 そう言って女性らは、深くお辞儀をしてから、足早に何処かに向かっていく。
 きっと、女性らにこのことが伝わりきるのは……時間の問題だろう。
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