異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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アギー再び 9

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 結果、サヤの男装衣装はどうやって用意する? となったのだけど。

「ありものでどうとでもできます」

 と、サヤは言った。
 ここ暫くは行っていないとはいえ、元々男装には慣れている。荷物から工夫して、それらしくできるだろうとのこと。

「私のこちらに置いている小物も多々ある。なんなら貸し出そう。
 確か補整着もあったはずだ。用意させる」
「有難うございます」
「なに。私も其方の衣装を借りるのだからな」

 急遽、陛下がクリスタ様として巫女を演じ、サヤは男装の巫女役と決まった。
 そのため急いで扮装衣装一式を取りに戻り、皆には少々怪訝な顔をされたけれど……。

「夜会をもっと楽しめる形に盛り上げるって計画が立ってる」

 と、適当なことを言って誤魔化した。
 陛下のご懐妊の兆しは、俺の近しい者らにも当面伏せなければならないから、これは仕方がないことだ。

 そうして隠し部屋にとって返し、そこから、いくつかの台詞回しを練習させられた。
 姫君らしく話せとしこたましごかれたが、男の俺に女性特有の高音が出せるわけがない。
 マルはマルで、陛下と何か話し込んでいる。また情報売買系の依頼だろうか?

「よそ見してるんじゃないわよ! ほら腹から声を出す!」
「無理だって。どう頑張ったって女性みたいな声は出ないよ……」
「出すのよ、裏声を絞り出しなさい!」

 無茶苦茶だろ……。

 けれど、陛下の秘密を守るためであるから致し方ない。
 どうしたって掠れてしまうのだが、なんとかギリギリ女性っぽく声を出せるようになった。
 吠狼に頼んで声が変わる薬を貰おうかとも思ったが……流石にね。
 そもそも、夜会は明後日に迫っているから、下町に潜むアイルを呼び出す時間が捻出できるか疑問だし、薬を常備しているとも限らないし……。

「グラヴ兄様も会場には入ってくださらないと駄目よ。
 陛下に疑念を抱いてる人がいたら、それとなく教えてちょうだい。協力してくれるわよね?」
「勿論だよ。私だってそれくらいの責任は果たす」

 長年、陛下の男装に付き合ってきた身だから。
 グラヴィスハイド様も、それは即座に是と答えた。
 そうして深夜をだいぶ回ってから、やっと解放。

「随分と掛かりましたね……」

 起きて待っていたハインにそう言われたけれど、いつも通りの、陛下の無茶振りだよと言って誤魔化し、とっとと眠ることにする。

 明日は……懐妊の可能性は隠したまま、なんとかしてオブシズを説得しなければならないのだ。
 クオン様の計画により、俺たちは物語の一幕を、演じなければならなくなったのだから…………。


 ◆


「………………な、なんで…………なんで、そんなことにっ⁉︎」
「……アギー公爵様がすこぶる乗り気だからだよ……」

 翌日、朝も早いうちからオブシズの絶叫が耳に刺さった。

「アギー公爵様が、例の悪徳領主の役なんだ……。
 それで、どうせだから皆が揃う場面を一芝居といこうじゃないかって、そう……」
「聞いてないですって!」
「俺だって昨日聞いたよ⁉︎
 言っとくけどまだマシだしね。俺なんか、裏声で女性っぽく喋る練習までさせられたんだからな⁉︎」

 配下一同の視線は、同情を通り越し、もはや哀れみ一色だ。
 この人またなんかとんでもない状況に立たされてるよ……といった。
 あと、何故か恐怖の対象を前にしたかのように慄いている騎士が数名。

「どうしよう……男の人なのに……あの姿にはどうしても反応してしまうっていうのに……!」
「もう俺レイシール様が女に見えてきてやばい……声まで伴ったら危険すぎる……」
「……心配要りませんよ。会場に我々は入れませんから」

 冷静なハインのツッコミ。
 ていうか、俺だって好き好んでするんじゃないからね⁉︎

 叫びたかったが、陛下のためと心で唱えてグッと堪える。

「面白そうってクリスタ様もやりたがったから、サヤの衣装はクリスタ様が纏うことになった。
 丁度サヤとクリスタ様両方が、巫女の雛形だったらしくてね」
「さもありなん……」

 悟ったような無表情で、ボソリとハイン……。
 サヤはその様子に苦笑しつつ。

「なので私は、男装中の巫女を演じることになりました」
「えっ、ちょっと待ってください……皆が揃うって……巫女と男装巫女両方が出る場面なんてあるわけがない……?」

 内容に詳しいヘイスベルトは即座そう返してきたけれど……途中でその言葉は、尻切れとんぼに終わり……。

「……あ。もしかして……最後の?」

 そう言い俯いたと思ったら……ワナワナと震えだし……。

「主人公が正体を明かす、あの場面ですかああぁぁ⁉︎」

 頬を紅潮させて歓喜の声!

「えっ、あの場面が現実に⁉︎ 嘘でしょう……あぁ、姉上に知らせないと!」

 ヘイスベルトさんっ⁉︎

 普段大人しいヘイスベルトが、大興奮で叫び、部屋を飛び出していくという珍事件。
 …………そんなに?
 その場面だけを見せられ、台詞を覚えさせられた俺には、前後が分からないから、そこまで反応される場面だとは思わなかったよね……。
 と……。ガシッと、両肩を掴まれた。

「な、何をさせられるんだ⁉︎ 一体どんな場面⁉︎」

 恐怖に引きつったオブシズさん……。
 …………うん。まぁその気持ちは、痛いほどよく分かる……が、耐えてくれ!

「説明するから……」

 すまない。拒否権は、無いんだ……。


 ◆


 その日の昼前には、俺、サヤ、そしてオブシズが、会場となる大広間に呼び出されることとなった。
 いわゆる通し稽古というやつ。あれをやらされたのだ……。

 顎を掴まれ、顔の向きを無理やり変えられる場面、嬉々としたアギー公爵様に半ば引き摺られ……。

「衣装が無いとレイ殿でしかないから、いまいち盛り上がらんなぁ」
「…………当日の楽しみに取っておいてください……」

 この人、陛下の情報を隠すための演技とかじゃなく、マジで楽しそうだな……とか、思ったりしつつ……。
 オブシズもやけくそでセリフを叫んでいて、意味もなしに笑いたくなった。
 そして、さほど時間を掛けず、形としては完成。
 …………いやもう、全力でやるよ? 極力少ない回数で終わらせたいから!

「問題はやっぱり、クリス姉様とサヤの入れ替わりね……」

 いつもやる気を見せなかった巫女が、公爵様の罪を大暴露する場面。
 何度も館に出入りしていた商人の息子が、実は巫女の扮した姿だったと分かるのだが、そこで陛下とサヤが入れ替わる。
 作中では、とばりの向こう側で、気怠げにしていた巫女の口調が急に変わり、長椅子から立ち上がって、帳を自らの手で払い、出てくるのだが……。

 長椅子を前に唸るクオン様。
 陛下はこの稽古には参加していないため、陛下の代わりに先程まで椅子に座っていたのはクオン様だった。

「あの……もういっそ、長椅子ごと担いで舞台端に移動されてはどうでしょう?
 私の国では黒子といって、全身を黒い衣装でまとめ、顔を隠した裏方が出てきて、舞台を早変えしたりするんです。
 その全身黒の衣装の人は、いてもいないものとして扱います。
 事前にそれをお伝えしておけば、問題にもならないかと……」
「クロコ……いてもいない存在……面白いこと考えるわねぇ」
「ふむ、試してみるか」

 と、いうわけで。
 陛下ごと長椅子を担いだ使用人らと入れ替わりに、サヤが柱の影から出てくることとなった。

「良いわね! でもやっぱり使用人がちょっと気になる……」
「黒子頭巾を作りましょう。
 簡単な形なので、黒い紗と綿の生地が多少あれば、すぐできますよ。
 顔と髪を隠せば、余計な色が排除されて、さほど気にならないかもしれません」
「なにそれ。どんなの?」
「描きますね」

 サヤの描いた図面。それを持たされた使用人が、裁縫の得意な女中の元に走り、見習い女中が、黒い布の買い出しに街へと走り……。
 それ以外にも、とりあえず、使用人の中から数名が裏方役として、舞台に参加することとなった。

 クオン様の作品の人気度合いが窺えたな……。なにせ、裏方志願者、相当数に上ったため、その中からくじ引きで選ばれたのだ。
 当たりを引いた幸運の持ち主らの中に、ヘイスベルトの姉上殿もいらっしゃった。

「あっ、あの……私…………し、趣味で、絵を嗜みます。
 それであの、背景…………背景をもう少し……どうか、描かせていただけませんか!」

 熱意が凄い……。

「そんな時間あるかしら……」

 そうは言いつつも、クオン様だってその言葉には強く惹かれている様子。
 見兼ねたサヤが、またもや助言。

「布地にざっくりと描くのなら、いけると思いますよ。
 遠目から見て理解できれば良いので、細かく書き込む必要は無いですし、布ならば軽くて扱いやすく、つけ外しで場面変換が容易です」
「…………それも貴女の国でやってることなの?」
「はい。背景は布。手前の小物は衝立に描いてそれらしくしますよ」
「娯楽の多い国なのかしらねぇ……工夫が凝ってる」

 にっこりと笑ったクオン様。「やっちゃおっかっ」と、了承。
 またもや見習い女中が、布と絵具の買い出しに走り、ヘイスベルトの姉上殿……クレフィリア殿は、自前の筆を取りに部屋へ走り……。
 広げられた大きな布に、神殿の教壇前風景が描かれ、運び込まれた衝立にも、柱の絵が描かれた布が垂らされ……。

 半日を費やし用意されたものは、即席とは思えない出来栄えの舞台……。
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