異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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アギー再び 2

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「留守はお願いいたします。でも、ご無理はなさらないでくださいね」
「体調優先にするよ。婚礼に向けてな」

 出立の挨拶で、父上にそんな風に茶化されて、サヤは真っ赤になっている。
 父上もわざわざサヤをいじって遊ばないでください……。そう言ったら嫉妬か? と、返されてしまった。違いますよ⁉︎

 だいたい、サヤの言う通りなのだ。
 冬の間はなんとか問題なく過ごしたけれど、春間近の寒暖差が激しいこの時期は、気をつけるに越したことはない。父上は去年もここで、体調を崩したのだから。

「ガイウス、父上をお願い。
 クロードも、領内の運営等、ややこしいことお願いして申し訳ないけど、どうか頼むよ」
「お任せください。何かあればご連絡致します」

 クロード以下、留守番となる者たちには、秘された任務も与えられている。
 それは、日々密かに進められている、婚礼準備を一気に進めてしまうという任務だ。
 サヤがこの地を離れる間だからこそ、秘して進めるべきことは、ここで済ませてしまうよう指示してある。

 また、それに関して大きな問題となることもひとつ、あがっていたのだが……それは吠狼に関することであったから、ジェイドに任じた。
 クロードらは、セイバーンの影については知っていても、獣人については知らないから……。
 今回、ジェイドは留守番で、その問題についての調整をしてもらう手筈だ。
 アイルは例年通り、プローホルに潜伏してもらう。

 ルーシーとギル、ヨルグもこちらで引き続き、婚礼の衣装関連の準備を頑張ってくれる。
 現在、三人は見送りに来てくれていたのだが……代表として口を開いたギルの言葉が……。

「…………さっさと行け」
「……うぅ……」
「いい加減観念しろ! 大丈夫、サヤはお前の女装気に入ってるじゃねぇか!」
「そういう問題じゃないんだよ!」

 とはいえ。
 自分で言い出したことだ。覚悟を決めるしかない……っ、ぁぁぁあああっ、よし!

「行ってくる!」

 今回、アギーの社交界で行おうと思っているのは、今まで以上の、ブンカケン所持された、秘匿権品の周知だ。
 勿論、今までだって同じくらい力を入れてきているのだけど、髪留の汚名返上が今回の目的。

 それに利用するのが、連載が終わっても未だ人気の衰えない、淑女草紙の物語。
 サヤの世界では、こういったものを利用する販売促進手法を、コラボと言うらしい。

 アギーのご令嬢クオンティーヌ様の草紙物語の登場人物には、雛形となる人物がいる……というのは、前々から言われていたことなのだそう。
 そもそも、クオン様の発行する淑女草紙は、物腰柔らかな騎士の物語が主流だった。
 女性に対し居丈高にならず、常に穏やかな美丈夫が、優しく女性の手を引き睦み合っていき、交わりを交わす……、いや……元々のその草紙の目的が、女性側からの閨事に関する教育なのだから……そう、なる……のだけど……当時、十四、五だった女性の書くものじゃない……。
 まぁ、その騎士の人物像が、女性の中で理想の殿方として、人気を上げていたのだ。
 そして雛形になっていた人物というのが、クオン様の姉であるオリヴィエラ様で、女だてらに剣を振るう凛々しさが、更に人気を呼んだらしい。

 そんな中性的で美々しい男性像を得意としていた作者が、ある時ガラリと作風を変えた。
 普段は長めの髪で顔を隠し、猫背で野暮ったく目立たない、末端貴族に扮した、冴えない主人公。
 それが、悪漢を前にした時変貌するのだ。
 二色に滲んだ輝く瞳を晒し、額に大きな傷のある、雄々しい謎の騎士に。
 そして、女性を助け、悪を倒し、颯爽と立ち去る、そんな少々荒々しい物語。
 どこからともなく現れて、危険な時には身を挺して女性を庇い、悪漢を倒す。なのに何も受け取らず、名乗りすらせずに立ち去る主人公。

 実は、その主人公には、想いを交わす女性が既におり、その方のために、身をやつして宿敵の不正を探っていたのだ。
 女性をつい助けてしまうのは、情報収集の一環と、その想い人と重ねてしまい、放っておけない性分ゆえ。
 その想い人というのが、政略結婚のため意にそわぬ婚姻を結ぶこととなった、盲目の姫君。
 事故により、結ばれたばかりの夫と死別し未亡人となり、自身の瞳からも光を失った、薄幸の美姫だった。

 まぁ、元々雛形のある人物像でもって物語を綴っていたクオン様の描く、新たな人物だ。
 こちらにも雛形がいるのではないかと、誰もが思ったのだそう。
 そうして、その淑女草紙の愛読者であったとあるご令嬢が、主人公の瞳の持ち主を見たことがある……などど言い出し……。
 その結果が現在だ。
 その不動の人気を利用させてもらい、髪留の汚名をそそごうと考えたのが今回の発端。

 草紙物語とコラボして、雛形人物をその役に扮装させ、髪留等の宝飾品を身に付け、周知してもらう! ということを、提案した。
 人気の人物が身につけている品が、話題にならないはずがないではないか!

 ブリッジスに利用されたせいで、もともと庶民のための宝飾品として提案された髪留の名誉が、著しく傷付けられている。
 せっかく貴族間でも、女中勤めの方々に受け入れられてきたという時であるのにだ。

 貴族間で悪評が立つというのは、今後の人生が頓挫するに等しいこと。
 貴族の不興を買うことを恐れた人々は、貴族の嫌悪に倣って行動を控える傾向が強いからだ。
 ブリッジスのしでかしたことが、それを作った職人らやブンカケンの風評を貶めるなんてことになったらたまらない。
 良い提案だと我ながら思っていたのだが、これには一つ、とんでも無く大きな落とし穴が付随してきた。

 ……いや、なんでその薄幸の美姫の雛形が、俺なのかって話なんですよ……。

 ……物語の展開を思い出したら余計に落ち込んできたから、話を戻す。

「……あの時もう少し考えて対策しておけば良かったよな……」

 髪留の大量買い。それを悪用された場合の対策として、保証書を付ける上位品を作ったのだけど、あれを規定価格以上では売らせないようにはできなかった。

「そうは言っても、あの時だって、やれることには限りがありましたからねぇ。
 それに、ああいう連中は、どれだけ対策を立て、先手を打っていたとしても、湧いて出るものです」

 もし万が一、あの時髪留を無償開示品に定めたまま進んでいたら、好き勝手に量産されて、とんでもない粗悪品が出回っていたかもしれませんと、マルは言う。
 少なくとも、今は我々ブンカケンの作った品だと断定できる品しか出回っていないから、品質自体は保証できるのだ。

「まぁ、今回はこれを大いに利用しましょ。
 寧ろ利益に繋げ、ブンカケンの名誉と職人たちの腕を売り込む好機と捉えましょう!」
「……お前は女装しないからそんなことが言えるんだ……」
「だって僕、貴族じゃないですもん!」
「俺だって貴族辞めてたのに……」

 まぁ、オブシズはこれでなし崩しに貴族へ返り咲く感じになりそうだよな……。
 バルカルセを名乗らず、ただヴィルジールとして在ることは可能だ。
 ……と、それまで俺たちの会話には加わらず、サヤとの話に花を咲かせていたクララが口を挟んできた。

「観念しなさいよ。貴方の不名誉だって、もう取り下げられているんでしょ。良いじゃない、ついでに貴族に戻っちゃえば?
 流石に不名誉それがあったら社交界へ連れ出すなんてできなかったから、運が良かったわね」
「…………」

 まさかこんな形で名誉挽回が仇になるとは……っ。

 人生ってほんと、ままならぬものだと思うよ……うん。
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