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産みの苦しみ 1

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 耐火煉瓦の開発が難航していた。
 もう丸一年、試行錯誤を繰り返しているのだが、どんな土を試しても何かが違うという状況だ。

「今回もですか……」
「確かに耐えられる温度は上がっているが、劣化が早すぎる。
 何が足らぬのか……正直もう、土は試し尽くしていると思うのだがな……」

 八の月の会合。
 エルピディオ様から耐火煉瓦開発事業を託された、オゼロ後継であるラジルラフト様は、試作煉瓦の山を前に唸る。

「そうですよね。これだけの土、温度……。水簸すいひだって丹念に行っておりますし、土の目をこれ以上細かくするのは難しい。
 じゃあ繋ぎ……土の質? けれど、粘土層がこれだけ発見されているなら、あの場に炉がある理由は……」

 ぶつぶつと呟きつつ紙に何かを書き殴るサヤは、まだ試していないものがないかを必死で探しているのだろう。
 その様子を見て、ここでこれ以上何かが出てくることはないなと判断した俺は、声を上げた。

「今回はここまでとしましょう。
 ラジルラフト様、この煉瓦もお預かりしますね。
 耐火煉瓦の売り上げは上がっておりますので、開発費用に関しては問題無いと思うのですが」
「うむ。そちらは助かっているよ。
 だがまぁ、新たな煉瓦がどれだけ売れようが、肝心の耐火温度に到達せねば、セイバーンが困るであろう?」
「まあそこは元から、時間の掛かることだと覚悟しておりましたからね」

 焦燥はあったが、それを顔に出しはしない。
 焦ったところで結果が変わるわけではないのだし、なにより必死のサヤを責めるようなことをしたくなかった。

「石炭を加工することは可能だ。……まぁ、摩耗の速さを考えると、割りに合わないか……」
「そうですね。手押し式汲み上げ機の料金が上がるようでは困りますから」
「……あれでも充分手頃な値だと思うがなぁ」

 金貨で二十七枚。
 それは決して安価ではないが、貴族の握る秘匿権品に付く値段としては破格であるかもしれない。
 機能を考えれば、五倍や十倍の値段でもおかしくないと、常々言われる。
 それと同時に続く言葉は大抵「あと十機」とか「追加で五機」とかなのだが、そこは申し訳ありませんとお断りさせていただいていた。注文は現在全て一機ずつしかお受けしていない。
 汲み上げ機これをひとつひとつ手で打って作るのは大変なことで、職人が増えたからといってそうそう量産できるものではなかったし、既に予約が五百機を超えている。大量購入を受けていたら、簡単に千機を超えるだろう。

「オゼロからの職人が、ちゃんと役割を果たしていれば良いのだが……」
「皆良くやってくれておりますよ。作るべき品は、汲み上げ機だけではありませんからね。
 来季以降の無償開示品研究にも協力していただけて、本当に助かっております」

 オゼロからの職人は、全員ブンカケンへの所属を済ませている。
 手押し式汲み上げ機の開発のみに協力してもらう道もあったのだが、ダウィート殿の計らいがあり、彼らは決意を固めていた。
 皆がその道の熟練者で、技術的に大きく助けられている。

「何か思い付けば、また連絡致します」
「頼む。こちらも新たな土が見つかれば、連絡しよう。
 あぁ、それから……次が駄目だった場合、多領の土も検証してみようかと考えている」

 ラジルラフト様の言葉に、サヤは物言いたげに唇を開き……けれどすぐに閉じた。
 オゼロ領内の土をやり尽くし、もう他に手段がないならば、そうしていくしかない。
 それは、重々、承知していたから……。


 ◆


「炉があの場所にあったのは、絶対に耐火煉瓦の製造が容易だったからだと思うんです。
 あの周辺に粘土層が多く発見されているのがその証拠だと。
 石炭、粘土層……他に何が足りていないのか……足りない何か……」

 セイバーンに戻ってきても、ここのところのサヤはずっと、この問題に頭を悩ませている。
 やっぱり土の成分を調べる何かを開発しないと……とか、でもそれって耐火煉瓦以上に難しい……とか、昔からあったはずや、そんなに難しくないはず……とか、取り憑かれたみたいにぶつぶつと続けていて、根を詰めすぎてやしないだろうか……。

「サヤ、もうそれは一旦休憩。明日は種拾いに行くのだろう?」

 何かを書き込んでいた紙の上に手を置いて、視界を遮ることで、物理的に思考を中断させた。
 もうこの紙面から目を切り離すべきだよ。

 今年の種拾いは、十の月に行こうと決めていた。前年は少々早すぎたみたいだったから。
 それに、これ以上悩んだところで、きっと答えは見出せないと思ったのだ。

「ほら、明日の仕度、まだだろう? 今日はここまでにして、準備をしよう。
 ルーシーが来春の社交界の意匠案会議をしたいって言ってたから、明後日はその時間を取ってあげないとね。
 あぁ、それから……アレクセイ殿から届いていた、サヤ宛の書簡、そろそろ見てあげたら? 扇の件、本当に感謝してらっしゃったよ」

 俺が意図的に邪魔をしていると察したサヤは、一瞬不満そうな顔を見せたけれど……。
 アレクセイ殿の名を出すと、渋々受け入れてくれた。
 彼からのお礼状が届いたのは二日も前。まだ見ていないなんて、失礼だと考えたのだろう。
 八の月に、会合で王都入りした時にはお会いできなかったので、新たに完成した紙の扇を神殿に送らせてもらった。
 それのお礼状が、俺宛と、サヤ宛に届いていたのだ。
 わざわざ二人に出さなくても良いのに、律儀な人だよな。
 もしくは、あの紙の扇がサヤの考案したものだと、察していらっしゃったのかもしれない。

「ほらサヤ、行こう」

 なんとしても作業を中断させようとする俺に。

「……畏まりました」

 渋々といった様子で書類を片付け、席を立ったサヤ。
 そのまま二人で俺の部屋に集い、準備を始めたのだけど……やはりどこか、上の空だ……。

「……サーヤ」

 明日着る衣服を整えている最中に動きを止めたまま、暫く思考の渦にのまれてしまっていたサヤを、後ろから抱き寄せて救い出す。
 長く垂れた三つ編みを鼻先で除けてから、うなじに口づけすると、んっ⁉︎ と、上擦った声。不意打ちで、つい声が出てしまったのだろう。

「レイっ」

 慌てて身を捩り、腕から逃れようとするサヤを、より強く抱きしめた。そうして首筋や、耳の裏にも口づけの雨を降らす。
 サヤは首回りが特に敏感で弱いから、そうされると思考が散らかってしまう。

「っ、ふっ、レイっ、も、かんにん……っ」

 恥ずかしさと、敏感な場所を何度も刺激されたせいで、いっぱいいっぱいといった様子。
 そんな彼女の腰に回していた腕を、そのままグイと引き寄せて、サヤを持ち上げたまま数歩後退、長椅子に座った。勿論逃げられなかったサヤは俺の膝の上。
 振り返って抗議しようと開いた唇を、更に封じた。

 これでもかと愛撫すると、サヤは力が尽きてしまったみたいに抗うのを止め、空気の足りなくなった頭を、くたりと俺の肩に預けてしまう。

「もう切り替える。それ以上は毒だよ。やめないならもう一回、考えられなくする」
「…………ひ、ひきょう……」
「卑怯なもんか。恋人の特権だろ」

 だってサヤ、君は自分の誕生日。祭りの日にすら、どこか上の空だったんだ。
 十九の祝い。一年に一度しかない特別な日なのに。
 皆だってそんなサヤを、心配していたんだよ。

「一生懸命になってくれるのは有難いけれどね。そんなに焦らなくても大丈夫。
 もとからこれが、簡単に進む話だなんて、誰も思ってやしない。
 それに、確かにサヤは俺の女神様だけど……君が決して万能ではないってことくらい、分かってる」
「女神とか盛りすぎ……あっ、だめっ」
「俺が本気で言ってるって、まだ理解してくれないの?」

 首を手で隠すから耳に噛み付いた。するとひぁっ⁉︎ と、飛び上がる。

「サヤは立派な、俺たちの女神様だよ。充分なご利益をいただいてます。だからこれ以上頑張らなくっていいよ」
「やっ、やめてっ、そこで喋らんといてっ」
「理解してくれないとやめられないなぁ。どうしたらちゃんと伝わる?」
「んんっんっ、も、かんに、っ、後生や……ぁっ」

 反応が良すぎて、これ以上やったら俺がやばい感じになってきたので腕を緩めたら、サヤは俺から逃げようと身体を持ち上げ……ようとして失敗した。
 へたりと長椅子の前に座り込んでしまう。

「……手を貸そうか?」
「レイがしたんやろ⁉︎」

 怒られたけど、やっとサヤの頭から耐火煉瓦を追い出せたみたいだ。
 内心でそれに満足しつつ、手を差し出すと、ぺちりと叩かれる。

「手を貸すだけだよ」
「嘘っ」
「嘘じゃないのに」
「レイはこういう時、いけずするもん!」

 キッと睨まれて、サヤは警戒もあらわに身を引いた。
 うーん……そういう反応が俺を煽ってるって、分からないかなぁ……。

 興に乗ってしまったので、良いように言って宥めすかして、なんとかサヤの信用を勝ち取るために顔面の筋肉を全力で操って、他意は無いよと訴えた。
 そうしてサヤが、やっと俺の手を取ってくれたから……ここぞとばかりに可愛がったら、後でもの凄く怒られた。
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