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新たな挑戦 8

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明日朝の出立を前にして、日の暮れた頃合い。
ヨルグとイェルクが、ルーシーとロビンを送りがてら、揃ってバート商会に来てくれた。
俺たちがオゼロ官邸に引きこもっていた間に、グライン宝石店は、宝飾店へと無事、改装し終えていたようだ。
その報告と、感謝を伝えに。
明日朝は早いから、今日のうちにと考えたそう。そして、ヨルグからは報告があると聞き……。

「ルーシーさんから許可は得たのですけれど、私も装飾師を目指そうと思っておりますの」

思いがけない申告。

「ヨルグが?」
「えぇそうなんですの。これはお互いにとって、理に繋がることと考えておりますわ」

ルーシーは頑張り屋だ。着飾るということに関して、ありとあらゆる知識を網羅するほどに学んでいる。
それは衣料に関することばかりではない。宝飾品や化粧にだって造詣が深いのだ。

「ですがやはり、ルーシーさんは衣料品を扱う大店の後継。そして女性なのですわ。
貴族と関わる職務であれば尚のこと、性別が不利に働くことも、身に降りかかる危険も多ございます。
そこで私の出番……。
私は後継ではないものの、老舗の大店の息子で、学舎卒業資格を持ち、今やグライン宝飾店店主の一人……そう、グラインの店主は二人おりますの。
そこが強みではございませんこと?」

にっこりと艶やかに笑って、視線がちらりと、ルーシーを見た。
ルーシは今、父親のアルバートさんから懇々と注意事項を述べられ、それをうんざりした顔で聞き流している……。
いやルーシー……聞き流してるのバレてるから終わらないんだよ……もうちょっと身を入れて聞こう。

「王都の店はイェルクがいれば問題ございません。
遠いセイバーン拠点村と王都を繋ぐ役を、私が担おうと思いますの。
グラインは暖簾分けして間がないうえ、支店を持てるほど潤沢な資金もございませんから、ギルのようにはいきませんけれど……。
宝飾品に関する知識は、ルーシーさんよりも私の方が有しておりますし、私、そこいらの男性陣よりは、装いに詳しいと自負しております。
ルーシーさんが衣料全般を担い、私が宝飾品全般を担えば、装飾師としての隙は皆無。
それに必要だと思うんですの。男性の筋力も、視点も、学舎経験からくる表向には出ていない貴族知識も。
これから増えるであろう、男性貴族との商談はとくに、ルーシーさんには荷が重うございます。
そちらを私が担うこともできましょうし、例えばルーシーさんの補佐でも、私は一向に構いませんの。
私なら……ルーシーさんの守りにも、うってつけ……ではございません?」
「……その申し出は、本当に有難いと思うけど……」

ヨルグの視線先……、言葉の意味が、気になった。

「ヨルグ……正直に言ってほしいんだ。それ以外の目的があるだろう?」

今、アルバートさんを見ていたよね。

「レイ様、前よりも読みが鋭くなられました?」
「…………あるんだね。俺には言えないことかな?」
「言えなくはございませんが、まだ言う資格が無いということを私、自覚しておりますもの。
天とレイ様に誓って、どなたに対しても、不利益となるつもりはございませんわ。
成果だって上げてみせます。
その上で、時が来ましたら……では、受け入れていただけません?」
「それを決めるのは俺じゃないと思うんだ」

身内のように扱われている。
だけど俺は、バート商会の血には連なっていない。
でも、ヨルグが資格が無い……と、言った意味も理解できてしまっていて、資格なんて必要ではないという気持ちと、ルーシーの今後担う重責と……、色々を考えると、やはりそれも必要かと思えてくる。

店主は二人いる……か。いざとなれば抜けることもできるわけだ。
それだけの覚悟と見るべきか、それとも商人特有の、利に聡い部分と考えるべきか……。

「……俺には、時が来たらで良い。
けど、ギルには言っておくべきだと思う」

何にしても、俺が今、判断することではないだろう。そう考え、ギルの名を出した。
バート商会に関わり、拠点村に関わるならば、まずはギルだ。
あちらでの責任は、全般ギルが担っている。

「そうですわね……。
ギルには、伝えます」
「うん。それを約束してくれるならば、俺は歓迎するよ」
「有難う存じます」

俺とヨルグのやり取りを、イェルクとサヤが不思議そうな表情で見ていたけれど、敢えて説明はしなかった。

「私も、こちらの整理がすみましたら急ぎ、拠点村に戻ろうと思います。
当面ギル同様、王都と拠点村を、行ったり来たりする生活になりますかしら」
「分かった。では借家を手配しておこう。
それとも、ブンカケンの研究員に所属して、宿舎を利用する?
その方が楽だと思うよ。行き来する生活なら尚更、いない間の、家の管理は手間だろう?」
「そうですわね……。
では宿舎に致します。その方が、レイシール様にも安心していただけるでしょうから」

まぁ、確かに見える場所にいてくれるのは有難いけれど……。
いや、まだ分からないことだ。ギルが却下って言うかもだし……だから、一応は宿舎で。

その後のことは、時が来れば、分かることだろう。
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