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新たな挑戦 6

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「では、今後は定期連絡で。何かあれば緊急連絡をやるのでな、その時は頼む」
「はい、こちらに派遣して頂く文官の手配も、済みましたら早めに連絡いただければ有難いですね。
 住居の選定もありますので」

 王宮を辞すため、階下に向かい、足を進めた。
 陛下への報告等も済ませ、来年度無償開示する秘匿研は、選定し直しとなったことも伝えた。

「冬の会合までに、形が得られれば良いのだがな……」
「あまり焦らないことですよ。
 一度や二度の失敗など、当然のこと。
 あの窯であれば、一度に幾通りもの土と温度を試せますから、まだ時間のかからない方でしょう」
「……其方らが秘匿研をあれほど所持しておった理由が分かった気がするよ……。
 あのように、幾つもを一度に解決していくのかい……凄まじいね」

 言葉を交わす俺とエルピディオ様を、周りの方々が驚いた顔で見送る。
 そろそろ慣れてきてくれないものかなぁ……。そんな風に思っていた時だ。

「おや、レイシール様」

 階段を上がってきた人物と鉢合わせした。

「……アレクセイ殿」
「まだ王都にいらっしゃるとは珍しい。もう会合は、随分と前に終えたのでは?」

 久しぶりとなる、アレクセイ殿だった。
 いつも通りのにこやかな口調。けれど、いつも完璧に制御されている感情が、少々……。

「……どうされましたか、何か酷く、お疲れの様子だ」
「いえ、大したことはないのですよ。
 新任ですから、日々に忙殺されているだけのこと。あとは暑気あたりですね」

 法服を纏い、その上から肩衣と大外衣。頭にも白い司教冠。夏場であるのに重装備だ。
 司教冠は、被っているものの、髪はもう隠していない様子。冠から垂れていた薄衣が、取り払われ、白い髪があらわになっていた。
 その彼は、俺の隣の人物を見て、深々と頭を下げる。

「これはオゼロ公爵様……」
「司教殿も、この時期に珍しい……お勤めですかな?」

 ええまぁ……と、言葉を発したアレクセイ殿であったけれど。

「アレクセイ殿⁉︎」

 ぐらりと傾いだ身体を、咄嗟に受け止めた。

「あ、申し訳ございません……」
「体調が悪いのでは⁉︎」
「いえ、本当に暑気あたりです。暑さには滅法弱いもので……」

 そう言い身を離そうとするアレクセイ殿を、俺は強引に引き寄せた。
 俺の握力に抗えない状態で、離せるわけがない。

「エルピディオ様、申し訳ございませんが、ここで……」
「そうだな。では私はここで失礼しよう」

 公爵様がいたのでは、気を抜くこともままならないだろう。
 それを察してくださったようで、エルピディオ様はダウィート殿らを促し、さっとその場を立ち去った。それにより、アレクセイ殿の身の強張りが、目に見えて和らぐ。

「……申し訳ございません、レイシール様……」
「良いんですよ。エルピディオ様とて、体調不良を咎めはしません」

 これ以上不敬を重ねてはならないと、緊張していたのかな……。

「渡り廊下に行きませんか。少し、休んだ方が良い」

 そう促すと、アレクセイ殿は素直に従ってくれた。
 オブシズが進み出てくれて、俺の代わりにアレクセイ殿を支えてくれたので、手を離す。
 階段を離れ、春に落ち合った渡り廊下へ足を向け、やはり今日も空いていた廊下の途中にある、憩いの場の長椅子に、アレクセイ殿を座らせた。

「……法服は、もう少し簡略化させてはならないのですか?」

 夏場の神官らはもっと軽装だったと思う。

「申し訳ございません。見苦しいのです……。それで、こうして隠しておりまして……」

 見苦しい?

「肌が……」

 そう言い、顔を伏せた時、アレクセイ殿は、感情を見せた。
 羞恥と、屈辱……。
 それで、これは触れてはならないことなのだと理解した。

「……そうだとしても、この厚着では体調を崩しますよ……」
「分かってはいるのですが、どうにも習慣で……。
 その上で暑さに弱いので、この時期は日々最悪な気分です……本当に夏ばかりは、どうにかならないものか……」

 その口調が本当に真剣そのもので、本気で夏が苦手であるのだと理解できた。
 大抵完璧に感情制御しているこの人が、夏が苦手……。人間味がある部分が、見えた気がした。

「……あの、レイシール様……」
「うん。そうだな……俺も今、思ってたところ」

 サヤが何を言いたいのか、俺にも分かったよ。

「アレクセイ殿、もし宜しければ、バート商会への紹介状を記しますよ。
 あそこならば、法服の形式を損なわず、もう少し快適に過ごせる夏用の衣服を誂えることができるやもしれません。
 ギルバートという、メバック支店店主がいるのですが、彼ならば衣服を脱がずとも、身に合うものを誂えてくれますから、肌を晒す必要もございません。
 王都の本店にも、年に何度か来ておりますし、アギーに戻られてからで良いならば、支店に直接、問い合わせていただくこともできましょう。
 彼はアギー公爵家とも縁があり、出向くことも多々ございますから、もしお忙しいようなら、途中で神殿に立ち寄るよう、頼んでおくこともできるでしょう」

 そう言うと、驚いたように、瞳を見開き、俺を見るアレクセイ殿。
 だがすぐに、そんな、恐れ多いと首を横に振った。

「そこまでしていただく理由がございません」
「理由が必要ですか?」
「…………いえ、ですが……」
「別に、恩を売ろうなどとは思っておりませんよ。
 アレクセイ殿には、孤児院の件でお世話になりました。それが理由では、駄目ですか?」

 あの強欲な司祭殿だけであった場合、そもそも話を聞いてもらえなかった可能性すらある。
 アレクセイ殿が促してくれたから交渉の席に着くことができたし、実際希望通り、孤児院を作ることができたのだ。
 マルは……この方がカタリーナのことを利用し、孤児院に神官を置くように仕向けるために、画策したのではと言っていたけれど……。
 もう、カタリーナの問題は、一応解決した。
 ブリッジスとの離縁も成立し、既に縁を切っているレイモンドは、直接彼女を狙うことは不可能。例え手出ししてきたとしても、カタリーナはもう俺の研究員。
 ジーナを直接狙ってきたとしても、拠点村に侵入することはもう無理だし、ジーナはずっと、カタリーナと共にいる。幼年院にも、女長屋にも、吠狼の目があるのだ。
 もう、神殿の庇護下に入らずとも、守ってやれる……。
 だから、もし万が一、この方が何か仕掛けていたのだとしても、その計画は、潰えているだろう。

 まぁ、そんな風に理由をこねくり回してみたけれど、要はこの方を、放っておけないのだ。
 あの、裏の顔を知ってしまったというのもあるし、この方は否定したけれど、俺を庇ってくださったのも事実。
 例え嫌がられても、関わりを持っておきたい。いつか、少しでも、心を開いてもらえる関係になりたい……。そう思うのだ。

「貴族や従者も、夏場の暑さには辟易する職種です。
 バート商会は、それを少しでも快適にできるよう、動いてくれたという実績もあるのですよ。
 まぁ騙されたとでも思って、一度問い合わせてみてください」

 そうごり押しすると、アレクセイ殿は申し訳なさげに眉を下げたものの、ありがとうございますと、受け入れてくれた。

「本日はどこにご滞在ですか? なんなら届けますよ」
「いえ、そこまでしていただくのは……。
 私も近く、アギーへ戻りますので」
「では神殿に、送っておきましょうか」
「重ね重ね、有難うございます」
「大したことではございませんよ」

 神殿の法服を手掛けることとなれば、まだそれも実績になるのだし、バート商会にとっても悪い話じゃないのだ。

「あの……ふと思ったのですが、扇などをどこか衣服に、挟んでおくなどしてはいけないのですか?
 せめて暑さを凌ぎたい時に、あおいだりとか……」
「そりゃそうできれば良いけどね。扇とかはしまっておけないし、目立つから」
「…………しまっておけない?」

 こてんと首を傾げるサヤ。
 あ、これは……サヤの世界との、齟齬がある時の仕草だ。

「その辺りは戻って教えるよ」
「有難うございます」
「ふふ、サヤさんは勉強熱心ですね。いつも何かしら疑問を持ち、問いかけておられるように見受けられます。
 それに、お優しい……。私を気遣ってくださり、有難うございます」
「いえ……」

 暫く日陰で休憩して、少し楽になったのだろう。
 アレクセイ殿は、もう大丈夫ですと、俺たちに言った。

「私などに過分なお心遣い、有難う存じます。
 セイバーンに、ご多幸があらんことを」
「お一人で、大丈夫ですか?」
「ええ。もう大丈夫です。本当に助かりました」

 にっこりと、完璧な笑顔を取り戻した様子のアレクセイ殿。
 作り物の笑みであっても、なんとなく、距離が縮まったように感じた。
 前回、この方の禁忌に足を踏み入れてしまったから、もう気を許してはもらえないかもしれないと、思っていたけれど……。
 どうやらそうはならなかったようだ。

「ではまた……」
「はい、また。……バート商会でばったりお会いするかもしれませんしね」
「ははっ、そうですね」

 軽く手を振って別れた。
 アレクセイ殿が最後に言った軽口が、縮まった距離を表してくれているようで……何か、嬉しかった。
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