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オゼロ官邸 15

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 慌ててマルを呼んでもらえるよう、オゼロの使用人にお願いし、慌しく動くこととなった。
 やって来たマルに、やりましたねぇと笑い掛けられ、信頼されていたのだなと面映くなった……。
 そうして会合が始まり……。
 深夜を過ぎても話が終わらず、疲労困憊して翌日に続きが持ち越され、更に翌日もオゼロでお世話になることとなってしまった。

 協定内容の調整や、秘匿権習得までの綿密な計画の練り直し、探し出さなくてはならない地層についてや、協力を仰ぐ領地の選定。サヤの知識だのみで挑戦した炭作りについての情報共有や、石炭を作る際の注意事項等……話し合うべきことが山積みだったのだ。

「ほう……石炭を燃料の主流にせぬのは、その有害な煙とやらが原因か」
「はい。少量ならば空気に拡散され、害などほぼ無いようなのですが、空気を濁らせるほどに生産することは、民や職人の健康を著しく損ねるようなのです。
 ようは、生木を焼いた際の煙被害と、同じようなものではないかと、考えておりますが……」
「確かにな。
 我々が木炭を作る際、生産量を管理することとした理由もそこなのだ。
 樹海の木を伐採し運ばせても、これをすぐに燃料へはせぬのだよ。
 まずは均等に切り分けて、乾燥させるのだがね。これに二年以上を有す」
「…………二年⁉︎」
「何を驚く? 薪だって同じだろうに。だから、急な増産には対応できんのだよ。一応余力は作っているがね、ここ最近はそれも追いつかぬ」

 肩を竦めてみせるエルピディオ様。こちらが木炭の生産に成功しているからとぶっちゃけてくれたわけだが、我々の鉄鍋で作る竹炭に、オゼロも驚きの声を上げた。

「そんなもので作れてしまうか……。にわかに信じられんが……」
「竹は薄いですし、油分を多く含みますので、木材よりも炭にしやすいのです」
「だからといって……二時間程度で焼き上がるとは…………」
「あの……ひとつ疑問があるのですが……木酢液はどうされているのですか?」
「虫除け香の原材料のひとつなのでね。出荷しているが?」
「炭にする木材の選定はどうなっているのです? 木の種類によって性質が違うのでしょう?」
「地方の産業によって織り交ぜておるよ。例えば南の地は気候的に、さほど良質でなくとも火力は確保できうる」

 色々聞いては困るのでは……という話題も飛び交う、なんとも物々しい会合だ。
 結局丸二日かけてなんとか形を纏め、後は影を使い情報のやり取りをすることで話が纏まった。
 極秘事項が多いうえ、書簡では時間が掛かりすぎる。表向きにできることはそれで構わないが、それ以外は細心の注意を払うべきだろう。

「拠点村にうちの文官も置いてもらうべきだろうな。構わんかね?」
「ええ。そちらの事情をきちんと理解している方がいてくださった方が、方針も定めやすいでしょうし、南の領地とのやり取りにも、その方が良いでしょうね」
「もういっそのこと、領事館を拠点村に設けるべきかもしれませんね」
「……リョウジカン?」
「あっ。……すいません……まだ構想の段階で……」
「サヤ、その手の話は後にしよう。今は詰めるべきことを、詰めよう……」

 ぽろっとサヤの口から出た異界の情報に、慌てて誤魔化しを挟んだりしつつ……。
 大まかには纏まりを見せてきたので、今度は協定をきっちりと詰めようという話になる。

「どうやらなんとかなりそうだ。協定、全て書面に纏めねばな」
「そうですね。ここが一番肝心ですし……」

 そうしてまた、丸三日……。

 オゼロとの協定は、成った。
 冊子となるほどに約束事を重ねたけれど、なんとか成立した。

「とりあえず協定はこれで良かろう……。
 計画の方だが……これは一旦保留でどうかね……」
「そうですね……。協定だけで今はとりあえず、良しとして……」

 他領と合意をすり合わせるだけでこうまで大変だとは思わなかったな……。
 ここばかりは、エルピディオ様と俺が話し合わねばどうにもならないことなので、二人で部屋に閉じこもり、頭を突き合わせての話し合い。誰かに任せるわけにもいかないし、聞かせるわけにもいかない話が多くあるから仕方がないのだけど、領主って大変だな……と、改めて思った。
 二人して気力が尽き、暫く長椅子にもたれかかって放心していたのだけど、忘れないうちに、礼だけでも伝えておかねばと、思った。

「……まだ後継の私を……ありがとうございます」

 本来なら父上との間に交わすべきものだ。

「なに。セイバーンは其方が次の領主と決まっておるのだろう?
 セイバーン殿の体調的に考えても、其方が成人を迎えれば、即座に領主の座を譲る話が出るのではないのかね?」
「…………はい」
「ならば、半年程度先取りしたにすぎんよ」

 その話は、既に進んでいる。
 役職を賜ってしまったし、この一年はまず、仕事に慣れることを優先するが、来年……。
 俺が成人したら直ぐに、領主の座を引き継ぐことになっている。

 父上は精力的に活動していらっしゃるものの、やはり、年齢的なこともあるし、毒に蝕まれた事実は変わらない。
 お身体は確実に弱っているし、寿命としては…………五年保てば素晴らしいことだと、ナジェスタからは言われている……。

 俺の内心を知る由もないエルピディオ様は、ただ領主を継承するという事実だけを言葉にされたのだろう。

「其方の事業は、大きすぎる。老齢の私や、セイバーン殿には重い。
 であるから、次代の其方が今から取り纏め、全てを把握していくというのは、正しい選択と思う。
 これを次に引き継ぐ時は、更に大変であろうな……」

 そう、溜息と共に呟いたエルピディオ様は、意味ありげな視線を俺に寄越した。

「それで。
 其方はまだ、婚姻を結ばないのかね?」
「はい……。サヤの成人を待つという約束なので」
「早く後継を見せてやることが、一番の孝行と思うがね」
「はい……。
 ですが、そこももう、父上とは話しをつけておりますので、ご安心ください」

 血から次を選ぶことはしない。
 サヤとの間に子ができるとは限らないし、もし恵まれたとしても、その子に領主たる勤めが果たせるかはまた、別の問題だ。
 父上はそれで良いと言ってくれたし、重鎮らにもその話は通してある。
 実際父上が身罷った後に、その約束が守られるかどうかはまた、別の問題だか……、それまでに盤石な体制を整えておくつもりだ。

「セイバーンの先は、安泰だと思って良いのだね?」
「はい。そうあるべく日々を重ね、その日を迎えるつもりでおります。
 覚悟はもう、固めておりますから」

 そう言うと、エルピディオ様はまた、息を吐いた。

「……セイバーン殿は果報者だ」
「そうでしょうか?」
「そうだろうとも。
 私はまだ領主を続けるつもりでいるが、それは後継をまだ、責任の場に据える覚悟ができんからだよ。
 あれはよくできた息子だと思うし、色々仕事を任せてもいるが……何故かその覚悟が定まらん。
 だが……。
 これも良い機会かもしれん。
 セイバーンとの事業は、私ではなく、次代に動いてもらうべきかもしれんな」

 そんな風に呟いたエルピディオ様。
 不安と、期待の入り混じった、なんとも複雑な感情を、瞳に浮かべていた。
 だけど……。
 それが、とても羨ましいと思う。

「……オゼロの後継殿は、果報者ですね」
「ほう? そう思うかね」
「はい。これからもまだ、沢山の時間があるというのは……羨ましいことですよ。
 私はこの年まで、父上との時間を上手く、作れないで来ましたから……。
 父上の仕事を、もっとよく見ておきたいと、思うのですが……なにせ役職がありますし……」

 やるべきことをやらなければ、父上を不安にさせるだろうし、それがまた心労に繋がりかねない。
 だから、こうして動くけれど、そうすると当然、父上との時間を作ることが、難しくなるのだ……。

「引退したとて、共におるのだから、その時間はあろうよ」
「そうですね。はい……それを楽しみにしておきます」

 ジェスルの裏の顔を知るもの同士。
 言葉にできない事情が含まれることは、なんとなく察していたけれど、お互い敢えて、告げなかった。
 エルピディオ様は、後継殿の話を口にされた時、どこか苦味を噛みしめるような、重い感情を一瞬だけ、ちらつかせた。
 オゼロの後継殿は確か……嫡子であり、妻も娶られ子も生まれていたはずだ。その、孫に当たる方の婚姻が、そろそろ近いのではなかったか。
 そこに憂いがあるのかな? と、一瞬思ったけれど、きっと違うのだろうなと、直観が告げていた。

 瞳にあった重い感情は、大きな大きな、悲しみだったから。

 末の……存在を消した方の、こと……。

 子にも恵まれていたとおっしゃっていた。もし生きていたならば……マルの記憶にある方が、その方であったなら……今頃は、マルより少し上くらいの年齢。
 妻を娶り、子に恵まれていたかもしれない。

「……未来を少しでも豊かにできるよう、尽力致しましょう」
「……そうだな。我々のすべきことだ。役割を担ううちは、ただ愚直に働くのみ」

 俺に孫の話をしたのはきっと、今でもその方のこと、忘れられないからなんだろう……。
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