異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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オゼロ官邸 11

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木炭の製造に成功した者も、それなりにいたのだと思う。
けれど、公爵家には勝てず、それらは消されていった。それがオゼロに対するやっかみにと変わっていった。

「オゼロで狙われている秘匿権。それはもっぱら、木炭ではないですか?
石鹸の生産量は変わっていない。けれど、木炭は年々上がってきています。
他領は常に買い続けているのですから、そこからオゼロの収入額だって試算できる。だからこそ、狙われる……」

つまり、今以上の燃料を、喉から手が出るほどに欲しいと考えている領地は、多いということだ。
もしくは、木炭が叩き出す利益。その一部でも掴みたいと考えている領地も、同じく。
これで木炭の秘匿権が有償とはいえ開示されれば、盗み出さずとも手に入るならば、金を払ってでも得たいと思うだろうことは、想像するまでもない。
需要は確実に確保できる。

「この秘匿権を、オゼロが持つようになった経緯は、我々も存じ上げております。
樹海の侵食を抑え込むためだ……。
樹海を放置すれば、人の住む場所がどんどん脅かされる。
だから、使う、使わないに関わらず、木の伐採をし続けなければならない。
けれど、その労力を割くことが、苦しかった時代があった」

大災厄で大きく人口を減らした人は、追い討ちをかけるような樹海の浸食により、住む場所まで減らしていった。
そんな時代が、実際あったのだ。

人の居なくなった村は、畑も、家も、あっという間に樹海の中に飲み込まれていった。
特に南の浸食は目に見えるほどで、広がるにつれ、どんどんと速度を増していったという。

災害と自然に猛威を振るわれ、獣人と交わるまでして逃れた滅びが、またひたひたと、近寄ってきたと感じる恐怖たるや……。
あの当時の人々が、神に縋り付いた理由も、肯ける。なんでもいい、救いが欲しかったのだ。

「オゼロは私財を投げ打って、その伐採された木材を大量購入するという形で、民の生活を救ってくださった。
木炭の秘匿権確保も、雇用を保障するために取られたものだ。
あの時代をオゼロは、献身的に支えてくださった。
そうして今です。
昔はだぶついていた木材も、人口が増えることで需要が伸びた。
樹海の侵食も、伐採量を確保することで何とか均衡を保てる状況になった。
けれど、今度は逆に、燃料の不足が懸念され始めている。
そろそろ、オゼロだけでフェルドナレン全土が利用する木炭を賄うのは苦しい。違いますか?」

人口が増えたことで、木炭の需要は伸びた。生産量も増やしたが、そろそろオゼロだけで賄える木炭量ではなくなりつつある。
そのため領ごとに買い付けを行う形で生産量を管理し、想定外の大量購入には料金の上乗せという牽制を行っていたのだろう。

「そしてこの木炭の制限が、文明発展の足枷となりつつあるのです……。
実際我々は、汲み上げ機の製造量を制限されているし、硝子筆ひとつだって、思うように製造できない。
現在職人を育成しておりますが、自領に戻った職人が筆の生産を始めれば、当然そちらでも木炭の使用量は増える。
これから、更に、木炭の需要は伸びます。だからこそ、今これを有償開示すべきと、提案しました」

有償開示であれば、オゼロの収入もある程度維持できる。
これから伸びる需要を考えても、悪くない選択であるはずだ。
そして石炭の加工は特別な設備を必要とするから、たとえ知識を盗まれたとしても、簡単には真似できない。
つまり、木炭ほど他者に脅かされずに済む秘匿権なのだ。

「有償開示する相手は選ぶ必要があるでしょう。
あまり生産力の無い、貧しい領地を選ぶのが望ましいでしょうか。
そうすれば、オゼロを越えるような勢力には育ちにくいでしょうし、何より国力の底上げになります。
陶器の窯くらいはどの領地にもあるでしょうから、設備投資にはさほど掛からないのも魅力ですね」

職人を派遣し、指導を行うことで、更に料金を取っても良いだろう。
木炭の製造元が増えれば、輸送料も減らせるだろうから、木炭の製造に関わる職人の給与は維持しつつ、木炭の料金じたいは下げられるだろう。
それに、オゼロの今までの経験値も活きると思う。
例えば、鍛治師など、高温を必要とする職人は、オゼロの品質の高い木炭を購入すれば良いし、そこまででなくて良いなら、割安の他領産のものを買う……などだ。
消費者からすれば、選択肢が増え、経費削減に繋がるかもしれない。

俺の提案に、オゼロ様は頭を抱えた。
顔を伏せ、必死で情報を処理し、考えている様子。
そうして暫くしてから……。

「石炭を加工せよとのことだがね……。果たしてそれは、需要があるのかい?
そもそも、高温を得られるというが、使える炉が無いでは話にならんし、買い手が無いでは、労力を割くだけ無駄だ」
「買い手はありますよ。というか、これも作ることになるのですが」
「…………待て待て、買い手を作るとはどういうことだ」

もうお前の言ってること全然分からん! とばかりにエルピディオ様。
だいぶん衝撃に慣れてきているようで良かった。
だから俺は安心して、この先のことも伝えることにする。

「手押し式汲み上げ機です。
これを作るために、石炭が必要である形を取ろうと思います」

国中から職人を募るのだ。利用しない手はない。
多数の領地に鉄の鋳造ができる技術を持つ職人を配置できれば、需要の確保は容易だ。

「今のところ、鉄の鋳造は殆ど行われていません。大量の鉄を溶かすには、融点以上の高温が必要。
少量ならまだしも、大量の溶かした鉄を用意するのは、現状では無理ですからね」
「鉄製品の鋳造だと⁉︎ あの大きさのものをか⁉︎」
「できるはずです。前文明では行っていたはずだ。
だって鉄製品であるのに、異様なほどに規格の揃った加工品、オゼロには色々残っているでしょう?」

前文明には、到底人の手では作れないようなものも、数多く作られていた痕跡がある。
とてつもない大きさの設備が地中に埋まっていたりもするのだ。

人の手では作れない……と、思っていたようなものも、サヤを見ていれば、作れるのだと分かる。
彼女の国は、ありとあらゆるものの形が、効率を考え、生産されているのだ。規格を揃えるというのも、道具や場所を無駄にしないための工夫に他ならない。
鋳造品であれば、規格を揃えることが、比較的容易に行える。ものの製造の、規格を揃えるという概念も、自然と広がることになるだろう。

「オゼロの設備を再現することができれば、鉄の鋳造に対応できるはずです。
多少補強した炉を確保しなければなりませんが、そうすれば鉄製品の製造速度が格段に上がる。
投資する領地は得られると考えます。
競争相手が少ないうちに動けば当然、利益に繋がりますからね。この利に気付かぬ領主はいませんよ。
そうしてその後は、ありとあらゆるものが鋳造する方式に切り替わる。鋳造で済むものは、鋳造に切り替わる。
そうなれば、また沢山のものが生まれる土壌ができあがります。発明品も増える。石炭の需要も高まるでしょう」
「…………其方の頭はどうなっているんだ……」

多弁なことで知られるエルピディオ様が言葉を失う、貴重な場面。
けれど、この方は公爵家の当主。責任のもと、傘下の貴族を生活させていくこと、民を支えていくことを、考え続けなければならない立場の方なのだ。
頭を抱えていても、思考は巡らせている。利と害。それを必死に吟味している。

できるのか。
できなければどうなる。
そもそも此奴の言うことを鵜呑みにして良いのか。
だがもしそれができれば、きっと色々が変わる。豊かになる。
百年後のオゼロまで安泰ならば、挑む価値がある。
文明が進む。そうすればいつか、前文明の解析も…………。

「エルピディオ様。
一足飛びに、前文明の叡智を取り戻すことは、きっともう無理なのです。
失った直後ならば違ったかもしれません。
けれど、きっとあの時代の人々は、生きることで精一杯だった。
だから、もう一度初めから、知識と経験を積み重ねていかなければならないのです。
オゼロの守ってきた秘匿権は、そのための手掛かり」

エルピディオ様の前に、膝をつき、俯けられた顔を覗き込むと、思いの外、強い光をたたえた瞳があった。
守ることに必死で忘れていたでしょう?
本当は、もっとワクワクして良いのだと思いますよ。
一人で重荷を抱え込み、苦しまなくても、良いのだと思いますよ。

「オゼロだけで戦わなくて良いのです。我々も、同じことを考えます。
きっと行き詰まることも多い。新たに作り出す道は、当然険しいものになるでしょうから。
だからその時は、相談してください。
同じ目的に向かい、違う目線から考える友となりましょう。
本来人は、手を取り合って、そうやって生き延びてきたのです」

一旦は手放し、そしてまた一から歩いて、いつか到達するのだ、前文明の叡智に。
そのために協力し合い、また新しく、沢山のものを生み出していくべきなのだ。
火と水。オゼロとセイバーン。協力すればきっと、人の生活は大きく、良い方向に変わるに違いない。
俺たちが、それを望み動くなら、そうなるはずだ。

「どうか、我々のお願いを、聞き入れてくださいませんか?」
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