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後始末 6

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「家名を拾い直すことはできませんが、身の保証として小剣の家紋がございます。学舎の在学歴も残っているでしょうから、照合もさほど手間ではないでしょう。
 今回手続きをしておけば、今後はそれも不要となるでしょうから、お手は煩わせません。
 よって、王都での警護は私めにお任せください」

 もう決定事項である。という風に言葉を綴ったオブシズ。
 …………いや、しかしそれは……。

「レイモンドや、バルカルセ家の者に、ヴィルジールとして鉢合わせしてしまうことが、あるかもしれないんだぞ?」

 特に今回は、オゼロのダウィート殿にお会いする可能性が高い。そうなれば、当然レイモンドがついてくるだろう。

「無論、承知」

 無論というか、それはお前……。
 今回のことの、責任を取っての行動……と、いうことか?

 顔を覗き込むと、二色に色が滲む瞳に、並々ならぬ決意を伺わせる、強い意志と、後悔があった。
 家名を捨てたとしても、貴族として振る舞うこと自体は可能だ。
 ルオード様がそうであるし、ダウィート殿だって、多分同じ。
 けれど、家名を捨てて貴族社会に身を置くというのは、並大抵のことではない。しがらみと共に、身の守りも捨てるのだ。
 あのお二方は、公爵家や王家の柵の内にいる。けれど俺は男爵家の成人前。俺の守りでは、無いに等しい。

 なによりオブシズの実家は、彼を一度は処分しようとした……。それが今、どうなっているのかも分からない。
 貴族の処分とは即ち……死だ。

 だからこれは、承知できない。

「……オブシズ……。この前も伝えた通り、甘かったのは俺の判断。オブシズに落ち度は無かった」
「いいえ! 私は貴方の指示に否を唱えるべきでした。
 レイモンドと直に接したことがあるのは、私だけでした。
 私は、危険を承知しておきながら、判断を、誤った。あってはならない過ちを犯したのです!」

 強い口調でオブシズは言い切った。
 それだけ彼は、今回のことを重く受け止めていたのだろう。
 けれど……二十年もの間、ずっと心の奥底に仕舞い込んでいた、彼にとって最も重く、大きな心の傷がレイモンドとバルカルセ家の過去なのだ。
 それが分かっていたから、俺もマルも、オブシズを関わらせないという判断を下した。

「今回は、運が悪かった。
 けれど、選択は間違っていなかったと、俺は思っている」
「運で済ませて良い話ではありません!」
「オブシズ。俺は、お前が否を唱えていても、同じ選択をした」

 オブシズの責任の問題ではない。獣人の潜む村であるから、この選択をしたのだ。
 オブシズの特徴的な瞳を、レイモンドは獣人由来の色ではないかと言った過去がある。それを引っ張り出されないようにだ。

「吠狼の獣人らを刺激しないため、レイモンドにお前を近付けないことを選んだんだ。
 だからこれは、オブシズの過失ではない。
 このことにお前が責任を感じる必要は、一切無いんだ」
「……では、責任云々は関係なく、私はヴィルジールに戻ります。
 王宮内での警護、武官は必要です」
「それは必要無い。手続きさえ済ませれば、オブシズで行動できるだろう?」
「お手を煩わせると言っているのです。ヴィルジールである方が、あなたの警護には有利。ご承知ください」

 オブシズは頑なだった。譲る気は皆無であるよう。
 それは今回のことが、それだけオブシズにとって、大きな事件だったということなのだろう。
 だけど、ヴィルジールと名乗ることにこだわる理由が気になった。

「今のままで良い。オブシズのままで」
「良くない! 守らせてください……お願いします!
 手の届かない場所で、いつの間にやら道を閉ざされている。そんなことはもう、嫌なんです。
 どうか、聞き入れてください。私は……俺は、お前を犠牲になんて、したくないんだ!」

 追い詰められたようなその口調。犠牲という言葉。綺麗な瞳の奥に、大きな悲しみと、決意の色を見たと思った。
 そうか。
 父親のことだ。
 オブシズは自分の過ちで、父親を苦しめてしまったと考えている。オブシズの些細な行動が、父親に心労をかけ、身体を悪くさせて、結果死に至ったのだと。
 そうだな……。死んだ人は、何も言ってくれない。現場を知らないから、何も分からない。想像を膨らませるしかできない。そしてそれは、負い目がある以上、悪い方向にしか考えられないんだ……。
 だけど俺は…………、そんなオブシズと、似た境遇だった俺は、彼に言えるのじゃないか。お父上の心を、代弁できるのじゃないか。
 前にオブシズが語った、父親の像。どんな人だった? 彼は、なんて言った?

「お父上は、きっと後悔など、していなかったと思うよ」

 俺の唐突な言葉に意表を突かれたのだろう。
 オブシズは動揺を隠せず、口を閉ざした。
 そうだろう? 今まさしく、父親の姿を、思い浮かべていたはずだ。
 オブシズを、こんなふうに育てた人。その想いを、拾え。

「オブシズの父上は、実家でずっと、静かに過ごしていた方だった。目立たぬようひっそり。息を潜めるように。
 それまで家長である兄上に逆らったことなどなかった。そういう人だったんだろう?
 だから誰も、学舎を辞めさせられてオゼロ領に戻るオブシズを、捕らえようとしなかった。
 オブシズは、間違いなくこの父の手によって差し出されるだろうって、周りは疑ってすらいなかったんだ」

 オブシズの父上は、きっと家長の命令に、あっさり首肯したのだろう。
 反抗の意思など欠片も無いのだと示した。それがとても当たり前で、自然だったから、皆がそこに疑問を挟まなかった。

「だから意表がつけた。オブシズの父上は、徹頭徹尾、揺るがなかった。全力で貴方を守ると、決めて動いていたんだ。
 父上は、今生きておられたとしても、貴方を絶対に、バルカルセに引き戻そうだなんて、されなかったと思う。
 オブシズ……、貴方の父上はね、貴方を守り切れたこと、きっと誇らしく思いこそすれ、後悔なんてされてなかったよ。絶対に」

 貴方が間違ってもバルカルセに戻ってこないよう、自分のことを顧みないよう、縁を切るって、言ったんだ。
 命を取らないのが、せめてもの温情と理解せよ……。それは、なによりも命を大切にしてくれって、その言葉の裏返し。

「不器用な人だったんだろう? だから、オブシズが絶対に実家を顧みなくて済むよう、そう言ったんだ。
 だからなオブシズ、俺は、貴方が今、名を取り戻すことは承知しない。
 オブシズが自分の意思で、ヴィルジールを取り戻したいならば協力する。貴方の命を取られないよう、バルカルセとの交渉だって引き受ける。
 けれど、そこにレイモンドが絡むことは許さない。
 あんな奴に、オブシズの髪の毛一本たりとて、与えたくない。心の欠片だって、使ってほしくない。
 分かるかな……難しいな、どう言葉を選んで良いものか……。
 今、そんな表情をさせてる……その気持ちで、ヴィルジールを名乗るべきじゃない。貴方がその名を取り戻す時は、胸を張ってでなきゃ、駄目だ」

 オブシズは、レイモンドの視線を自分に向けさせようって魂胆で、これを言ってる。
 ヴィルジールの名を取り出してきたのは、明らかにレイモンドを意識しているからだ。

 名前で釣って、標的を自分へ切り替えさせ、過去の怨恨という形で……最悪は、レイモンドを手に掛ける。そのことすら、視野に入れてる。そんな手段で決着をつけようとしている。
 許せるか、そんなこと。断じて許さない。

 あんな奴のために、オブシズのこの先の人生を、天秤にかけては駄目なんだ。

「オブシズ。これは貴方個人の問題ではない。
 だから、私怨での行動は許さない。そういった動機で王宮内に立ち入ることも許可しない」
「レイシール!」
「会合くらい、武官が不在でも切り抜けられる。その次の十二の月の会合。それまでには武官の採用を考える。それで納得しなさい」
「レイシール、お前は立場が弱い、弱点はひとつだって多く減らすべきなんだ。
 それをちゃんと分かって言っているのか⁉︎」
「分かってる。そんなことは最初から!
 だからって、それに対処する度にいちいち身を削られてたら、余計不利になるだけじゃないか!
 俺は、あんな小者の対処に、貴重なオブシズは使わない! それ以上言うなら、王都に連れて行かない!」

 俺の剣幕に、オブシズはそれ以上の言葉を飲み込んだ。
 俺が本気で、拠点村への留守番を言い渡すことを、恐れたのだろう。
 か細い声で、申し訳ありません……と、謝罪の声。

「バート商会で留守番。それを飲み込むならば王都行きを許す」
「…………レイシール様……」
「拠点村に残るか?」
「…………っ、同行、します……」

 言質を取り、無理やり押し切った。
 多分王都に着いてから、また一悶着あると思うが、置いていくと、それはそれで無茶なことしそうだしな……。
 とりあえず見える範囲にいてもらう。そう言うことで折り合いをつけた。


 ◆


「良いですよ。武官の代わり」

 連れていく人員の中で、オブシズの代わりに武官ができそうな人物……と、考えた結果、ユストに白羽の矢が立ったのだけど。
 彼はあっさりと承知してくれた。良かった、ほんと助かる……。

「医官なんて普通の家には置いてないですからね。
 誰も怪我や病気をしないでいてくれれば、俺の仕事は無くなるんで、武官しますよ」
「よし。じゃあみんなの健康管理には最大限注意しよう」

 ふぅ。と、息を吐くと、ユストは笑って「苦労が絶えませんねぇ」と俺を茶化す。

「でも、武官かぁ。俺もセイバーンの衛兵や騎士にしか知り合いがいないしなぁ……。
 十二の月までに確保っていっても……どうするんです?」
「うん……どうしようかなって思ってる」

 なにせ、学舎を辞めてからは引き篭もりで、貴族との縁を作っていなかったものな。
 王都に行けば、学舎の友人にも会えるかもしれないし、相談してみようとは思っている。

「とはいえ、もう立場を持つ身だろうし……色々裏が絡むだろうからなぁ」
「あのヨルグさんやテイクさんは駄目なんですか?」
「ヨルグには店があるし、テイクも賄い作りがあるしな。
 それにあの二人は、確かに剣の腕はそこそこだけど民間人だから、貴族絡みの……しかも命がかかってきそうなことには巻き込みたくない。
 ……テイクは更に厄介ごとを呼び込む性質だから、連れ歩きたくない……」

 むしろ女性絡みの危険が寄ってきそうで嫌だ。

「トゥーレが無事に育って、いつか武官になってくれると良いですねぇ」
「気が早いよ。最短でもあと七年は必要じゃないかな」
「でも、サヤさんが成人して男爵夫人になったら、武官更に必要になりますよ。育てる方向でも、考えた方が良いと思います」
「…………あー……うん、考えとく…………」

 そうだな。サヤが貴族入りしたら、サヤにも武官は必要になる。
 だけど男は……苦手なままかもしれないしなぁ……。女性の武官となると、やはり育てる方が早いかもしれない……。
 王家が探してやっと確保できたのがたったの六人という状態だ。このままでは、女性の武官は確保できないに等しい。

 武官確保の相談に行って、問題は解決したはずなのに、更に武官確保の問題が湧いた気分だ……。

 頭を抱えながら部屋に戻った。
 まぁでも、一応目処は立ったし、明日には出発できるだろう……。
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