異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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視線 1

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 二十歳前後の年若いものばかり。しかもそのうち二人が異国人風。
 それを見て表情を変えたのは三名とも。しかし、そこに見えた感情は、それぞれ趣が違う。

「オゼロの財務で長を賜っておりますダウィートと申します。
 本日は幾度となく連絡をいただいております、木炭の取引についてお話ししたく、寄らせていただきました。
 責任様直々のお出迎えとは、痛み入ります」

 胸に手を添え、深々と頭を下げた中心の人物。彼がセイバーンとの交渉ごと全般を担当する文官なのだろう。
 年は三十代後半くらいか。表情は薄く、あまり感情を表に出さないたちの人であるよう。オゼロの財務関係に長を賜っている方が何人いるのか知らないが、それでも長……。

 思っていたより上役が来たな……。最初は権限の無い者を寄越してゴネてくるかと思っていたのに……。

 初めから、役職を持つ人を寄越した……と、いうことに、意図を感じた。
 つまりオゼロは、我々との取引に交渉の余地があるということを匂わせてきている。
 さて、あちらはセイバーンから何を引き出したく思っているのか……そこの見極めにはより一層の注意が必要だろう。
 そしてこのダウィートという人物。彼は仕事のできる人であるよう。
 セイバーンの後継であっても、成人前の未熟者であることは、俺の髪を見れば分かることなのに、きちんと頭を下げ、俺を立てた。
 更に、サヤやシザーのことは敢えて思考から外している様子。俺に集中したいということなのだろうが、この目立つ二人を前にして瞬時にその判断ができるならば、場数もそれなりに踏んでいそうだ。

 一応権威付けのために紋章印を持ち出してきたものの、これの効果か、はたまた元からこういう方なのか……。

 まぁそれも、今から確認していくのだけど。

 視線の向きはダウィート殿に固定していたものの、俺は広を見ていた。
 だから、後方二人の様子も把握している。
 右の方はサヤやシザーに驚きを隠せない様子。
 糸目で色黒のシザーは、オドオドしていなければ感情が出にくいし、体格的にも大柄だ。携えた大剣といい、結構物々しいのだが、元来の気の優しさと臆病な性質ゆえに存在感を消してくる。見た目の威圧感に存在感が伴わない、なんとも不思議な感じがすることだろう。
 そしてサヤは、他に類を見ない黒髪に、彫りが浅い独特の顔……この辺りの人間にはあまり見ない特徴を多く持ち、更には女性の身で、この交渉の席に立つ。
 一体どこから突っ込んで良いやら……だけど彼女が例の女従者で、この後継本人の婚約者であるのだよな?    といった風に、視線が俺とサヤを行ったり来たりしている。

 この人ではないな……。
 ならやはり、左奥がレイモンドか……。

 現在はシザーを品定め中か。視線がこちらを向いていないのを良いことに、俺は意識の半分以上をこの男に傾けた。

 顔立ちは、整っている方だと思う。服装にも気を使い、かなり質の良いものを身につけていることがうかがえる。
 目尻がやや垂れ気味で、左顎に一つ黒子があり、若干長めの髪を耳に引っ掛けている、いわゆる甘い顔というやつだ。肉体はそこそこ鍛えているのか、肩幅はガッチリ目で、気取った雰囲気のわりに肉体派だ。
 そう思っていたら……視線がこちらを向いた。その瞬間……っ!

 ゾ……っと、背筋に悪寒。

 つられてそちらに向かいそうになる視線は、必死でダウィート殿に固定。絶対に見るな、見てはいけない。いや……。

 ……だ。

 アレクセイ殿ほどじゃない……だけど、なんだろう……あの方よりも歪で、不純物を多く含んだ汚泥のような…………。
 ちがう、アレクセイ殿より、もっと近い……もっと似通ったものを俺は知ってる……身に覚えがある。思い出すまでもなく、この身に、消えようがないほどに、刻み付けられた類の視線だ。

 そう、これは、兄上の視線だ……。

 そう思った瞬間、腑に落ちた。
 マルが、オブシズに言っていたジェスルの匂い……って、これのことか、と。
 きっと、標的に定められた経験を持つ者にしか分からないのだと思う。
 強いて言うならに近い感覚。
 彼が、何を考えているのかは分からない。だけど、分かる。何かを欲していて、それの標的に定められているのが自分なのだということが。
 そのためならこの男は、どんな手段だって使うし、どれだけの時間だって費やす。その相手を弄び、嬲り、悲鳴をあげたら更に針を突き立て、手足を捥ぎにかかる。

 そういう類の視線だ…………。

 条件反射で竦み、震えてしまいそうになる身体を必死で押さえ込んでいたら、不意にサヤが動いた。
 応接室の扉に向かい、訪を告げる音もないうちから扉を開くと、そこには台車を押した女中頭が。

 その台車をそのまま引き継ぎ、俺たちの間に置かれた小机まで押してきた。
 そうしてサヤが手を添えたのは、水滴に濡れる金属の鉢。にこり。まずは笑った……。

「良い時に来られました……。本日は、少し変わった茶菓子がご用意できたのです。
 長雨が途切れず続くこの地、夏の暑さは湿気が加わって蒸し風呂のようになります。 更に馬車に篭っていては、熱気が堪えたことでしょう。
 こちらの品は、この熱をしばし忘れさせてくれる品。
 少し風変わりではございますが、私の故郷の夏は、茶をこのようにして食すのです。どうぞ召し上がってくださいませ」

 サヤが喋り、自分の故郷のものだと、敢えて口にしたのは、動けなくなってしまった俺に代わり、この場を繋ごうとしてくれたからだ……。
 仕事中にこうすることは無いのに、わざと婚約者として、振舞ってくれた。
 そしてこの菓子も、拠点村に作られた氷室から今年初めて取り出した氷。それを使ってサヤが作ってくれた、特別な菓子。

「これはいったい……」

 硝子の杯に、少量の氷。そして注がれた香茶。サヤはその器に更に、その菓子を乗せた。

「乳を使った特別な菓子……。申し訳ないのですが、秘匿権に関わる品なので、無償開示まではお伝えしかねます。ご容赦くださいませ」
「あっ、いや……っ、申し訳ない。初めて見る品でしたので、つい……」
「いいえ、お気になさらず。ここではよくあることですし、見ての通り、風変わりな品ですから。
 夏にこれを作るのは、本当に労力が掛かるのですけど……敢えてこの時期に作るから、また格別の価値があるものなのです。溶けてしまいますから、お早めにどうぞ」

 促すサヤ。更に困惑したように、ダウィートの表情から戸惑いが見て取れて、俺は自分を奮い立たせた。

「………………サヤ、毒味を、忘れている」

 声、出せた……っ。

 唇を舐め、なんとか表情を取り繕った。視線を剥がし、サヤを見ることで気持ちを落ち着け、今一度ダウィート殿を見る。

「申し訳ありません。彼女の国には無い習慣なもので、つい忘れてしまいがちで」

 そう言いつつ、用意された品。その上に置かれた菓子に、俺は匙を伸ばした。
 あいすくりいむというらしい。
 使った食材は意外と有り触れていたが、作り方が魔法のようだった。器に入れた氷に塩を掛け、そこに更に器を置いて、その中で調理すると、その食材はだんだん固まりだし最後には全く別のものに生まれ変わった。

「上の氷菓子のみ先に食べても良いですし、お茶に溶かして飲むのも良いですよ」

 氷菓子を口に入れ、茶は麦藁を挿して飲む。
 乳茶とはまた違う、まったりと濃厚な甘み。そして何よりも、これは、冷たい!

 俺が食べたことで、茶に菓子を乗せた奇怪な形のその品を、使者の方々も口にした。
 途端にうめき声。

「冷たい……っ!」

 場の空気がほぐれ、なんとか俺も、呼吸しやすくなる。
 サヤの機転に感謝しつつ、俺は言葉を口にした。

「では、お話の方も、始めさせてもらいます」
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