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旧友 5
しおりを挟む「働く女性は着飾る必要なんて無い? そんなことはございませんわよね。身だしなみに化粧は必須。服装だって、それに見合ったものを求められますもの。
けれど職務中に、夜会に出席するような髪型や宝飾品を身に付けていれば叱責されますわ!
飾らなくてはならないけれど、飾りすぎると文句を言われる。女性の職務者は結構大変なんです」
「お前それ実体験だろ…………」
ぼそりとギルが突っ込む。それに対しギッと睨みを飛ばすルーシー。
そのやりとりが可笑しくって笑ってしまったら、俺も睨まれた。はい。黙って聞きます。
……ルーシー、やらかしたことがあるのか……。
「それから……女性はやはり、いついかなる時だって、綺麗にしておきたいって思うものですわ。
仕事中だって、お休み中だって、誰に見られているわけでもない時だって」
「それはそうね。別に男性に見初められたいからではなくって、自分のために……美しくありたいって思うものだわ」
そう言葉を発したヨルグに、さすが分かってらっしゃいますね! と、満面の笑顔を向けるルーシー。
扱いが違いすぎないか……。いや、女性を理解しているってこういうことなのかな……。
「ですから、女性職務者には、やりすぎないおしゃれのできる宝飾品が今、必要とされているのですわ。
それで提案しますのが、このフレームピンや髪留めです。
これは、庶民が利用できるようにと開発された宝飾品ですから、元々が質素なうえに機能的。秀逸な意匠なんですよ!
だからこんな風に……。ただ飾り紐で括っただけの髪に差し込むだけという手軽さで、ほんの少しだけ、華やかさが増します。
または、髪を下ろした状態で、一部をねじって……ここを押さえるように利用すれば、横髪が顔に掛からなくて邪魔にもならず、見た目も整いますわ!
でも、王都で王宮に勤めてらっしゃる方は、使用人であっても貴族の方。庶民と同じ装飾品は好みませんわよね。
だから、これにささやかな飾りを加えてはいかがでしょう!」
そう言ってルーシーは、俺がいつぞや贈った小鳥の付いた髪留めを取り出した。
それで自身の前髪を留め、その小鳥の羽を指差し……。
「この小鳥の羽が、小粒の宝石ならば如何ですか?
小さくても主役。けれど華美過ぎないので、お仕事の邪魔にもなりませんわ。
こちらのフレームピン……これにも、小さな宝石を少しだけあしらう……。先程サヤさんがされた、釣鐘型の宝石のお花だって、ここでなら主役になります。
それでですね。我々バート商会が現在提案しております働く女性の衣服……制服の提案に、こちらの宝飾品を加えてみるって、如何ですか?」
ギルがフッと、笑みを溢す。
ルーシーが、バート商会の利益も見込んだ提案をしたからだろう。退室していたルーシーは、先ほどの会話を知らない。けれど、ちゃんとギルと同じことを、考えていた。
カスタム式の制服提案を行っているバート商会は、働く女性を主軸に据えた提案を行っている。
だから、そこに活用できる宝飾品提案は、お互いの利益に繋がる……。制服であれば、一度決定すれば定期的な購入が見込めることになるのだ。
更に、バート商会と共に、大店のジョルダーナ宝石商系列の店が、この事業に加わることになる。大店二店の共同開発というのは、話題としても上々。
「私からの提案も、カスタム制服に絡めたものになります。
まずこれは、私の国で烏口クリップと呼ばれている髪留めなんですけれど……カラスの嘴のような、少し先の曲がったこの形に意味があるんです。
髪をクルクルと巻いてこれで挟むと、それだけで髪がお団子状に纏まります。忙しい朝の身支度には大変助かるんです!
この嘴の外側は表面に出ますから、ここを飾れば、見栄えも良いものになりますよ。
例えば透かし彫りにして、宝石を嵌め込んだり……もしくはこの付け根。ここに少し大きめの飾りを取り付けたり、鎖を繋げて揺れる飾りも良いですね。面積も大きいので、色々意匠の融通はきくと思います。
それからこちらはスカーフ留め……肩掛けを纏める宝飾品です。
薄絹の肩掛けって、女中さん方もよく使われておりますし、役割分けに使うという所もありました。
普段は皆様、普通に首の前で括ってらっしゃいますけど……この飾りは先端を通すだけで形が整いますし、見た目も華やぎますし、邪魔にもなりにくいです。裏に針を付けて、衣服から浮かないようにすることも可能です」
描いた図面をヨルグに差し出すサヤ。
図解と、身につけた状態が描かれており、分かりやすく纏まっている。
構造はいたって簡単。カラスグチクリップというのは、洗濯挟みを大きくしただけであるようだ。あれってこんな形でも利用できるのか……。
スカーフ留めというものに至っては、輪っかの中心に棒が入れているだけという単純構造。これで留まるという…………え、本気で言ってる?
「あともうひとつは、主役を引き立たせる形の提案ですけれど、それはこのコイルピンの役目です!
この意匠、重い飾りは不向きなんです。髪に添えて回すだけで留まる優れものなんですけど、重いと下がってしまったりしやすく、お髪を崩してしまうんですよね。
こちらはサヤさんが冬の社交界で活用したものなのですけど、小粒の真珠を使って、髪飾りから滴る水滴を模したんです。三つ編みにこれを絡めると、それだけでとても美しいんですよ」
サヤの髪を、右肩に流れるゆるい三つ編みに結わえ直したルーシーは、そこに社交界で使用した髪飾りをもう一度飾り付けた。
「主役の髪飾りを、更に際立たせる脇役ですから、本体ほど主張すべきではないです。だから、これくらいの小粒で充分。
水滴のコイルピンは全て真珠ですけれど、こうして見ると、釣鐘型の青玉を混ぜても良かったかもしれません。
そうしたら、つたい落ちる水滴を、表現できたかも……」
「つたい落ちる水滴……良いですね。大輪の花を模した髪飾りに、散る花びらを演出したりも素敵ですよね……」
「花に集う蝶なんていうのも可愛いですよ!」
「月と星なんてどうでしょう」
「素敵です! 指輪や首飾りなんかと絡めた意匠も良いですよね!」
キャッキャとはしゃいで話す二人には、既にその素晴らしい意匠が見えているのかもしれない。
唖然とするヨルグをよそに、ひとしきり盛り上がっていた二人であったけれど、ハッと我に返ってこほんと咳払い。失礼しましたと頭を下げた。
そうして最後にルーシーは、ブンカケン所属に関する規約の書かれた書類を取り出し……。
「こちらの意匠案、実はブンカケンの所有秘匿権となります。なので利用する場合、ブンカケンへの加入が必要なんです。
そういうわけで、こちらの規約を読み、良ければ加入をお勧めしますわ!
加入すれば、ブンカケンに所有されている秘匿権の全てを閲覧、利用する権利を得られます。料理等の、職種とは関係ない権利も全てです!
閃きって、どこから生まれてくるか分かりませんから、常に新しいものを見て、刺激を受けることも大切かと。
ここはそんな刺激に溢れていますよ!」
びっくりした。
ブンカケンの利益まで考えて、ルーシーはこの提案をしたらしい。
い、いや……ここに来るってことは、その覚悟もしてたとは思うよ? だけど……こうも鮮やかに繋げられると、感心するしかないじゃないか。
だって……こんなに沢山の意匠を提案され、大店の商法に一枚噛める権利まで含まれてて、加入しないと使えないって言われたら……承諾するしかない。納得するしかないよな。
けれどルーシーは、そんなことはもうそっちのけ。決めるのはヨルグだとばかりに、サヤとの会話に意識を移してしまっている。
「サヤさん、その烏口クリップは洗濯挟みの秘匿権を利用しているのでしょうけれど、スカーフ留めは秘匿権申請するんですか?」
「一応マルさんに伺ってみますけれど……これ、ベルトの亜種ってことにしちゃ駄目でしょうか……わざわざ申請するまでもないと思うんですけど……」
「またお前はそうやって…………っ。なんで儲けられる部分で儲けようとしねぇんだ!」
「だってこんなに単純な構造ですよ? もう少し複雑なのもできますけど……単純であればあるほど、応用が利きますし、利用価値が高いじゃないですか。それをまた個別に秘匿すると、皆さんが困りますよね?」
「どうせそのうち無償開示すんだから良いんだよ! とりあえず取れるんなら取っとけ!」
「洗濯挟みの秘匿権を利用したスカーフ留めを提案した方が良かったでしょうか……もしくは、通し方を工夫できる立体型もありますし……。
どうせなら、全てスカーフ留めとして秘匿権を出しておく方が……」
「どういうものですかそれ!」
「まだあるのかよ⁉︎」
ヨルグそっちのけで盛り上がり出してしまったバート商会の面々。
まだぼーっとしてるヨルグの肩をトントンと叩いたら、彼は我に返って俺を見た。
「見ての通り、とても楽しそうだろう? いつもこんな風だよ」
そう言うと、プッと吹き出して「ええ、本当に」と笑ってくれた。
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