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オゼロ 10
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当時、バルカルセの当主は、嫡子であり一子でもある人物……オブシズの父親の、兄であったそう。
二子は女性で既に嫁ぎ、三子は養子に。そして四子の父親は、肩身の狭い思いをしつつ、実家住まいを続けていたのだという。
「要領の悪い人……というか、間の悪い人……というか……正直、生きること自体が下手な人だった。
ただまぁ、人の厭うような面倒臭いことをちまちまコツコツ続けることは苦にならない人で、その方面ではそれなりの需要があったんだな。
オゼロ公爵傘下の役職……そこの文官として勤めていた……。それで俺の母なんだけど……庭師の娘で……離れにほぼ孤立していた父を気遣ってくれる唯一の人で……その結果がまぁ……ということなんだ。
で。バルカルセ当主の正妻である人……その人の兄が、当時のセーデン当主。レイモンドの父親だな。
俺の父は地味な人で、家に給料の大半は入れていたけれど、手元に残った金の使い道も持っていなかった。
母や俺に贅沢をさせようって気持ちもなかったし……というか、家の中で悪目立ちしたくなかったんだろう。
そのセーデンから来た奥方は血の誇りの高い人で……母が妻に収まらなかったのも、その方の目を気にしてだった。
でもまぁ、食べるには困ってなかったし、やりたいことはだいたいさせてもらえたよ。穀潰し同然の父の面倒を見てくれる女も、それなりに重宝してな、黙認はされていたようだ。
……まぁ、人を苛つかせる才能はある人だったんだよな。俺の父は。
それが本意ではなかったから、余計縮こまって、挙動不審になって……結果また人を苛つかせるんだ。ほんと不器用だよな」
バルカルセの四子である父親を持つオブシズは、当然このままでは当主にもならないし、職も無い。だから父親は、使い道のなかった金で、オブシズを学舎へやった。少しでも、オブシズの未来を切り開くために。
そしてそれが、転機となった。
「本家の従兄弟らは家庭教師が付けられていたから、バルカルセから学舎に上がったのは俺だけだった。
だから学舎には、俺を縛る枷は存在しなかったんだ。
来てみたら……俺は剣の才能には、それなりに恵まれていたらしい。
体格的には然程でもなかったが……座学も程々。つまり俺は……あそこがとても、楽しかった。
庶子であることで縮こまらずとも良く、学ぶ上では対等……。公爵家の出でも庶民でも、友になれた。
俺は瞳がこの通りで珍しがられたってのもあって、だいたい人の輪の中にいた。
そしてレイモンドも……そんな同学年の中の、一人だった……。
俺は全く奴を気にしてなかったんだが、あいつはそれが気に食わなかったんだろう。縮こまるべき俺が、対等に口をきいてくることが……」
「そして出自の確かな自分より好成績を収めていたことが……でしょ」
マルの合いの手に、オブシズは苦笑。
「剣だけな」
「剣術と馬術、特に馬術ですかねぇ。この人、鞍がなくっても馬が乗りこなせるそうなんで」
「……あれは曲芸みたいなもんだろ。使い道なんてほぼ無いし……」
「ある馬上剣術の試合で、この人の鞍、試合途中に外れてしまったそうでしてね」
オブシズの呟きを無視して、マルが話を掻っ攫ってしまった。
「普通ならそこで落馬して終わるんですけど、オブシズは鞍を放り捨てて、そのまま試合を続行しました。しかも馬に乗ったまま。で、勝利。
その時の対戦相手がレイモンドで、その鞍には手が入れられていたことが、後で発覚しました」
「…………え……」
「鞍の腹帯に細工が施されていたんですよ。それがどうもレイモンドの行いだったらしく……」
「はぁ⁉︎」
「普通は命に関わる危険なことですよねぇ」
当然それは、学舎を動かす大問題となった。
「俺もまぁ……青かったんだな……。よせばいいのに、言いたいことがあるなら姑息なことをするな。俺を顔を見て、自分の口で言いやがれって啖呵切っちゃって……。
レイモンドを、衆人環視の前で罵った。今回限りってことで、レイモンドの処分……退学等も、望まなかった。それにより、奴は三日間の謹慎と反省文で済んだ。
俺はそれで、この件を手打ちとするつもりだったんだ……。
だけどそれが、あいつの矜持を酷く傷付ける行為だったんだな……」
「いやそれ、逆恨みだろ⁉︎」
「それでも、中途半端な正義を振りかざすべきじゃなかった……」
オブシズは、レイモンドの性格など、把握していなかった。
それから後も、何事もなかったかのように過ごしていたのだけれど……。
「だんだんと、俺の周りから人が減っていった……。
初めは気に留めてもいなかったんだが……そのうちその噂が俺の耳にも入った。
俺は……獣人なんじゃないかっていう……まぁ……そういう……」
唖然とした。
なんでそうなる⁉︎ 一体どこからオブシズが獣人じゃないかって話に⁉︎
「つまりこの瞳な。妙な配色だってことで、普通の人間の目じゃないって言われたんだよ。
次に、馬術……。鞍無しで馬に乗るなんて、人にできることじゃない……ってな」
仲の良かった友は、そんな噂は信じないと笑ってくれたという。
「ヴィルジールは足腰が強靭なだけ。獣人の瞳が二色になっているなんて、聞いたことがないし。……って。
だけどその友人もそのうち……。
それでまぁ、そうこうしてるうちに、実家から退学させるって報せが届いて……」
「な、なんで⁉︎」
「そっちが本命だったんだよ。俺の父にも、本家の正妻の口から、俺の疑いが伝わっていた。
そこでようやっと、これが誰の差し金か理解した……。分かった時にはどうしようもなくなってたんだが……。
まぁそれで、戻ってみれば、庭師の一家は解雇されて姿も無く、当然俺の母もいなかった。
更に父が、俺とは絶縁だと……。貴族社会に、獣人の疑いなどあってはならない。命を取らないのがせめてもの温情と理解せよ……と、なったわけだ」
絶句した。
まさかそこまで壮絶だとは、思っていなかったのだ……。
父親に、存在を否定される……。それがどれほどのことか、俺には痛いほど分かることだった。
だけどそんな俺に向かい、オブシズは笑ってみせ……ぐしゃりと砂色の前髪を掴み、目元を隠して言葉を続けた。
「でもまぁそれも、不器用な父なりの、俺の守り方だったんだよ。
俺は処分すべしって話になってたらしいから。
その決定がくだる前に、俺は放逐された。
だけど気の弱い父には……その後もあの家にひとり残る父にあそこは……牢獄よりも辛い場所になったんだろうと、思う……。
何年も経たないうちに病死したと聞いた」
オブシズが、瞳を隠し続けていた理由が、苦しかった。
それをずっと、引きずってきたのか。二十年もの間…………っ。
なのに俺は軽くそれを……っ。
そしてオブシズは、きっとかなりの葛藤があったろうに、アギーでサヤのために瞳を晒すことを選んでくれた……!
「……オブシズさんの瞳、珍しいですけど、ちゃんと普通にいらっしゃいますよ!
私の国では、アースアイとか、ヘーゼルアイとか呼ばれる瞳です。
青色の縁に、緑色をしていたり、茶色の縁に、緑色だったり、色は様々ですけど、決して、少なくない。
瞳の色素がなんらかの形で混ざりきっていないだけです。だから、オブシズさんだけじゃないです、ちゃんといらっしゃいま……っ!」
すかさずサヤがそう言い、言葉の最後に、勢いで溢れてしまった涙を慌てて拭った。
泣くつもりじゃなかったのだと思う……そのサヤに、ハインが懐から取り出した手拭いを渡しつつ、口を開いた。
「やり口に、何やら既視感がありますね……」
非常に剣呑な顔……ビクリと慄くシザー。
「あ、やっぱりそう思いますぅ?」
マルがそう言い、ニタリと笑い……。
二子は女性で既に嫁ぎ、三子は養子に。そして四子の父親は、肩身の狭い思いをしつつ、実家住まいを続けていたのだという。
「要領の悪い人……というか、間の悪い人……というか……正直、生きること自体が下手な人だった。
ただまぁ、人の厭うような面倒臭いことをちまちまコツコツ続けることは苦にならない人で、その方面ではそれなりの需要があったんだな。
オゼロ公爵傘下の役職……そこの文官として勤めていた……。それで俺の母なんだけど……庭師の娘で……離れにほぼ孤立していた父を気遣ってくれる唯一の人で……その結果がまぁ……ということなんだ。
で。バルカルセ当主の正妻である人……その人の兄が、当時のセーデン当主。レイモンドの父親だな。
俺の父は地味な人で、家に給料の大半は入れていたけれど、手元に残った金の使い道も持っていなかった。
母や俺に贅沢をさせようって気持ちもなかったし……というか、家の中で悪目立ちしたくなかったんだろう。
そのセーデンから来た奥方は血の誇りの高い人で……母が妻に収まらなかったのも、その方の目を気にしてだった。
でもまぁ、食べるには困ってなかったし、やりたいことはだいたいさせてもらえたよ。穀潰し同然の父の面倒を見てくれる女も、それなりに重宝してな、黙認はされていたようだ。
……まぁ、人を苛つかせる才能はある人だったんだよな。俺の父は。
それが本意ではなかったから、余計縮こまって、挙動不審になって……結果また人を苛つかせるんだ。ほんと不器用だよな」
バルカルセの四子である父親を持つオブシズは、当然このままでは当主にもならないし、職も無い。だから父親は、使い道のなかった金で、オブシズを学舎へやった。少しでも、オブシズの未来を切り開くために。
そしてそれが、転機となった。
「本家の従兄弟らは家庭教師が付けられていたから、バルカルセから学舎に上がったのは俺だけだった。
だから学舎には、俺を縛る枷は存在しなかったんだ。
来てみたら……俺は剣の才能には、それなりに恵まれていたらしい。
体格的には然程でもなかったが……座学も程々。つまり俺は……あそこがとても、楽しかった。
庶子であることで縮こまらずとも良く、学ぶ上では対等……。公爵家の出でも庶民でも、友になれた。
俺は瞳がこの通りで珍しがられたってのもあって、だいたい人の輪の中にいた。
そしてレイモンドも……そんな同学年の中の、一人だった……。
俺は全く奴を気にしてなかったんだが、あいつはそれが気に食わなかったんだろう。縮こまるべき俺が、対等に口をきいてくることが……」
「そして出自の確かな自分より好成績を収めていたことが……でしょ」
マルの合いの手に、オブシズは苦笑。
「剣だけな」
「剣術と馬術、特に馬術ですかねぇ。この人、鞍がなくっても馬が乗りこなせるそうなんで」
「……あれは曲芸みたいなもんだろ。使い道なんてほぼ無いし……」
「ある馬上剣術の試合で、この人の鞍、試合途中に外れてしまったそうでしてね」
オブシズの呟きを無視して、マルが話を掻っ攫ってしまった。
「普通ならそこで落馬して終わるんですけど、オブシズは鞍を放り捨てて、そのまま試合を続行しました。しかも馬に乗ったまま。で、勝利。
その時の対戦相手がレイモンドで、その鞍には手が入れられていたことが、後で発覚しました」
「…………え……」
「鞍の腹帯に細工が施されていたんですよ。それがどうもレイモンドの行いだったらしく……」
「はぁ⁉︎」
「普通は命に関わる危険なことですよねぇ」
当然それは、学舎を動かす大問題となった。
「俺もまぁ……青かったんだな……。よせばいいのに、言いたいことがあるなら姑息なことをするな。俺を顔を見て、自分の口で言いやがれって啖呵切っちゃって……。
レイモンドを、衆人環視の前で罵った。今回限りってことで、レイモンドの処分……退学等も、望まなかった。それにより、奴は三日間の謹慎と反省文で済んだ。
俺はそれで、この件を手打ちとするつもりだったんだ……。
だけどそれが、あいつの矜持を酷く傷付ける行為だったんだな……」
「いやそれ、逆恨みだろ⁉︎」
「それでも、中途半端な正義を振りかざすべきじゃなかった……」
オブシズは、レイモンドの性格など、把握していなかった。
それから後も、何事もなかったかのように過ごしていたのだけれど……。
「だんだんと、俺の周りから人が減っていった……。
初めは気に留めてもいなかったんだが……そのうちその噂が俺の耳にも入った。
俺は……獣人なんじゃないかっていう……まぁ……そういう……」
唖然とした。
なんでそうなる⁉︎ 一体どこからオブシズが獣人じゃないかって話に⁉︎
「つまりこの瞳な。妙な配色だってことで、普通の人間の目じゃないって言われたんだよ。
次に、馬術……。鞍無しで馬に乗るなんて、人にできることじゃない……ってな」
仲の良かった友は、そんな噂は信じないと笑ってくれたという。
「ヴィルジールは足腰が強靭なだけ。獣人の瞳が二色になっているなんて、聞いたことがないし。……って。
だけどその友人もそのうち……。
それでまぁ、そうこうしてるうちに、実家から退学させるって報せが届いて……」
「な、なんで⁉︎」
「そっちが本命だったんだよ。俺の父にも、本家の正妻の口から、俺の疑いが伝わっていた。
そこでようやっと、これが誰の差し金か理解した……。分かった時にはどうしようもなくなってたんだが……。
まぁそれで、戻ってみれば、庭師の一家は解雇されて姿も無く、当然俺の母もいなかった。
更に父が、俺とは絶縁だと……。貴族社会に、獣人の疑いなどあってはならない。命を取らないのがせめてもの温情と理解せよ……と、なったわけだ」
絶句した。
まさかそこまで壮絶だとは、思っていなかったのだ……。
父親に、存在を否定される……。それがどれほどのことか、俺には痛いほど分かることだった。
だけどそんな俺に向かい、オブシズは笑ってみせ……ぐしゃりと砂色の前髪を掴み、目元を隠して言葉を続けた。
「でもまぁそれも、不器用な父なりの、俺の守り方だったんだよ。
俺は処分すべしって話になってたらしいから。
その決定がくだる前に、俺は放逐された。
だけど気の弱い父には……その後もあの家にひとり残る父にあそこは……牢獄よりも辛い場所になったんだろうと、思う……。
何年も経たないうちに病死したと聞いた」
オブシズが、瞳を隠し続けていた理由が、苦しかった。
それをずっと、引きずってきたのか。二十年もの間…………っ。
なのに俺は軽くそれを……っ。
そしてオブシズは、きっとかなりの葛藤があったろうに、アギーでサヤのために瞳を晒すことを選んでくれた……!
「……オブシズさんの瞳、珍しいですけど、ちゃんと普通にいらっしゃいますよ!
私の国では、アースアイとか、ヘーゼルアイとか呼ばれる瞳です。
青色の縁に、緑色をしていたり、茶色の縁に、緑色だったり、色は様々ですけど、決して、少なくない。
瞳の色素がなんらかの形で混ざりきっていないだけです。だから、オブシズさんだけじゃないです、ちゃんといらっしゃいま……っ!」
すかさずサヤがそう言い、言葉の最後に、勢いで溢れてしまった涙を慌てて拭った。
泣くつもりじゃなかったのだと思う……そのサヤに、ハインが懐から取り出した手拭いを渡しつつ、口を開いた。
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