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閑話 孤児院
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雨季に入った。
雨になり三日目。今日やっと、孤児院が完成した。
少し予定が押してしまったけれど、まぁそんなこともある。とにかく今日、家移りだ。
「うわー!」
「なにここ、うそ、できたて⁉︎」
「新築って言うんだよ」
雨の中を、仮小屋からここに移動してきた子供らは、皆びしょ濡れ。
もういいやとあえてそうしてもらったのは、このまま風呂に直行させるつもりだったからだ。
「まず女子! 行っておいで!」
「男子は校庭で遊んで待つぞー!」
もうどうせ濡れてるし、夏だしな。俺も校庭に出て、ジーク共々子供らと鬼ごっこ。
「大人卑怯だぞ!」
「文句あったらでかくなれよ!」
「くそっ、お前らそっち回り込め!」
足の長さを駆使して子供らから逃げまくってやった。
まあ最後には取りつかれて引き倒され、服も髪も泥まみれにされてしまったが……。
「つかまえたーっ!」
俺に上に乗った四人の子供。流石に四人乗ると動けない……。だけど、俺を貴族だと線引きする様子は、もう無い。
顔にも泥を塗られてしまったが、とりあえず両手は使えたのでやり返す。何故か最後は皆で笑い転げてしまった。
「もうっ! なんでそこまで汚すんですか⁉︎ 濡れてもいいやって言いましたけど、泥まみれになって良いなんて言ってませんでしたよ⁉︎」
怒るサヤに、俺とジークまで孤児院の風呂に叩き込まれて……。
扉の外から、湯に浸かる前に全身流して、髪も洗ってくださいよ⁉︎ という、怒り声が更に追いかけてくるものだから、皆で声を殺して笑った。
まぁ多分、サヤには聞こえてるだろうなぁ……。
「……レイ様……なんで傷だらけなの?」
「んー、昔は色々やったんだよ」
「うわ、思ってた以上ですね……」
「ジークだって結構なものじゃないか……」
「……いや、貴方貴族でしょ?」
この前負傷した傷ももう完治。だけどしっかり傷跡は身に刻まれているジーク。
でもそれを気にする様子は無く、子供らも同じ。ジークは着々と、孤児らとの信頼関係を築いていっているようで、そのことがとても嬉しい。
身体を洗い髪も洗ったのだけど……。
髪に紛れた泥がなっかなか落ちない……。流せど流せど湯が濁る。長いものだから更に洗いにくい……。
いつまで経っても終わらないから風呂に入れず、もういいから浸かりなよと引っ張り込まれて、髪だけを湯船の外に出した。そうしてそこから、また髪を洗われることに。
「長すぎだよなー」
「来年には切れるんだよ……」
「貴族って大変なんだね」
子供らが手伝ってくれたのだけど、結局落ちきらず、まだ頭の中がジャリジャリしてる気がする……。
「帰ったらもう一回洗いますよ⁉︎ もうこういうのは無しにしてください⁉︎」
「はい……」
風呂を上がってまでサヤに怒られる俺を、子供らが指差して笑っているが、お前らのせいだからな⁉︎ と、視線で訴えておいた。効果があったかどうかは知らないが。
着替えはサヤがわざわざ取りに行ってくれたらしい。俺とジークのものがちゃんと用意されててホッとした。もう一回あれを着るのは流石に嫌だったしな……。
「もうっ、とりあえず、先に何か言うことはありませんか⁉︎」
「皆見違えた。よく似合ってるじゃないか!」
「ははっ、本当だ。可愛い」
そう言われた女の子たちは、ツンとすました顔ながらそっぽを向いたり、モジモジと括った髪を弄んでいたり、恥ずかしそうに俯いていたり……。
皆、綺麗にして、新しい衣服を与えられていた。
これは、カスタマイズ型と言っていた、制服を作る手法を取り入れた衣服。孤児院の制服なのだ。
まだ全てではないが、皆には一式、衣服が支給されることになっており、とりあえずまだ形は揃わないものの、全員がちゃんと身に纏えるように用意されていた。
ただ、それだけではない。
この制服、実は生地から作られた。これも、新しい手法を取り入れて。
「面白いな。色糸を入れ替えて並べるだけで、こんな風になるのか……」
「配色によって雰囲気も色々変わります。だけど制服なので、落ち着いた色調でまとめました。男の子も女の子も、身に纏いますから」
子供らが着ているのは、サヤの国の袴で見たような、格子柄。縦糸横糸を、本数を決めて別色と入れ替える。それを繰り返す手法で織られている。
それにより、複雑な格子柄が続くようになっていた。サヤはこれを、タータンチェックと呼んでいたけれど、乱れ格子と呼ぶことが決まっている。
ここのところ、ルーシーはこちらにかかりきりで忙しく、全く顔を合わせていなかったのだけど、ちゃんと成果を出してくれたな。
縞柄は上糸を張れば済むが、格子柄は、横糸を通す回数を数えて糸を変えなければならない。その管理がとても大変だったのだけど、刺しゅうを施したり、工夫を凝らして織り柄を付けるよりは手軽。規則性を崩すことが、それでも規則性を生み出し、なんとも言えぬ絶妙な均衡を保っている。
更に、その布で衣服を作る場合も、色々考えさせられたとルーシーは言っていた。
この柄には向きがある。縦と横がはっきりしているので、適当に配置できないのだよな。その向きが異なれば、違和感が出てしまうから。
格子の色は、緑と紺。そこに灰色の細い線。不規則なようでいて、規則的に、それが並ぶ。
そんな生地を全体、もしくは部分的に使った衣服を皆が纏っていた。
男の子には、短衣と細袴、腰帯。定番の形だけれど、細袴は無地のものと格子柄のもの。折り返しだけ格子柄のものと、数種ある。
女の子は、サヤがワンピースと呼んでいた繋ぎ型の子もいれば、短衣と袴と腰帯……つまり、いつも通りの服装の子もいる。
実はこれ、カスタマイズ型制服の試作として安く作ったので、形がばらけているのだ。
「今日に間に合うようにしたので、全く同じには揃えられなかったんですよね……」
「いや、全員同じより、良いと思う。だって後々は全て与える意匠なんだろう? 見れていた方が、楽しみが増えるよ」
自分の纏っているものとは違う衣装を纏った子に、チラチラと視線をやっているし、あれも良いなって思っているのが分かるしな。
そんな子らを食堂となる一室に集めて、席につかせて、俺は声を張り上げた。
「よーし。ではここのことを説明するから、みんなちゃんと聞いてくれよ!」
「聞いてるよー!」
元気に返事をしてくれた子に笑いかけて、話を始める。
「ここが、今日からお前たちの家になる。セイバーン拠点村孤児院だ。
そして前にも言ったけど、お前たちは皆、セイバーンの子。ここで食べて、遊んで、勉強して、育って、やりたいと思えることを見つけて、ここを巣立つ。
皆は兄弟で、俺とサヤが父と母。職員が兄、姉となる。つまり家族だね」
えー、という合いの手が入った。それにくすくすと笑う声。
……まぁ歓迎してもらえてると思うことにしよう……。だってそんな風にできるほど、この子らは今、緊張していない。それが嬉しいから。
「ここにいる間、皆には名前の後に、セイバーンを付けてもらうよ。
だからイザーク、お前も名を記す時は、イザーク・セイバーンだから忘れないように!
みんなもだよ! 全員近日中に、名前を書けるようになってもらうからな!」
隣をつついて遊んでいた子を名指しし、意味が分かってないみたいな顔の子らを指差しつつそう言うと、字なんて書けないよという声が飛んでくる。
「書けるようになる。教えるから。
雨季が開けたら、幼年院も開校する。
幼年院というのは、字や計算を習い、皆で遊ぶ場所になるんだ。
お前たちも当然そこの生徒になる。
まずは一学年からな。一学年では、文字を全部覚えてもらう。
次に、二学年。計算ができるようになってもらう。
まぁまずこの二つができれば何かしら仕事に就ける。間違いなくね。だけど、自分でやりたいと思うことがあるなら、それだけではダメだ。
そのやりたいと思うことに活かせる勉強を、更に重ねてもらう。
十五になったら自立……。だけどここには、もう十四の子もいるからね。最低二年の勉強期間は用意するつもりだけど、仕事探しもしなきゃならない。
そういったこと諸々全部、ここの兄や姉、親を頼ってくれたら良い。相談に乗る。力になるから。お前たちがちゃんと仕事を持って社会に巣立てるまで、俺たちがちゃんと、支える。
それから、これはちょっと気が早いかもしれないんだけど……あー……お前たちが、結婚とか、そういうことをする場合もだな……」
「うわっ」
「うわって言うな。大切なことなんだから。
その場合も、ちゃんと報告してほしい。祝いたいし、旅立ちを見送りたいから。
婚姻の際、家の役は、この孤児院が担うよ。父母として、俺たちの名を使う。俺たちが家族というのは、もう一生のことだ。ここを巣立ったって同じだ。そのことだけは、忘れないでいてほしい」
孤児院の出であることを卑下せずとも済む形にする。
きちんと学があるのだということを、俺たちの名を出すことで保証できるようにするのだ。
それでも偏見の目はあるだろうし、悔しい思いもするだろう。だけど……そんなことにくじけてほしくない。道を踏み外さず、まっすぐ歩んでいけるよう、願っている。
そのために、自分がひとりじゃないことを、ここで知っていってほしい。兄弟も、家族も、お前たちにはいるんだからな。
「と、いうわけでだな、今日は孤児院校舎完成の祝い食をユミルが用意してくれた! みんなで味わおう! ユミルー!」
名を呼ぶと、食堂の調理場へと繋がる配膳棚から、はーい! という声。
「準備整っていますよ。皆さん一人ずつ取りに来てくださいね。
今日の汁物は鶏団子のシチュー。麵麭を浸して食べてください。主菜はきのこと芋の肉巻きと、焼き野菜。あと食後のお茶には、祝い菓子が付いてます!」
歓声が上がり、盆の上に一式揃えられた昼食を受け取って、席に戻る。いつもより豪華だ。美味しそうだねと声を弾ませる子らに笑みが溢れた。
職員や、本日特別招待客となっているジークも含めて席に着き、皆で手を合わせた。
「いただきます!」
「「「いただきまーす!」」」
その後は部屋の割り当て。
今までは性別でまとめて雑魚寝だったけれど、今日からは四人ずつひと部屋となる。
性別は揃えたけれど、年齢はばらけさせて。
そうだ……一つ、悲しい報せがある。
闘病中の母親のうちひとりが、ついに来世へと旅立ったのだ。
そのため、三名のうちの二人……兄弟であった二人は親を失い、孤児となった。
母親が快復に向かっている少女はひとり孤立する形となり、いつもまとまっていた三人に、亀裂が入った瞬間。
けれど……その三人に手を差し伸べたのは……。
「仕方ねぇよ。がんばっても、ダメな時はあるしな……」
兄弟に近寄ることができない少女に、そう声を掛けたのはトゥーレ。
「アイツらだってカクゴしてたんじゃね。だから別に、お前はいつも通りにしてたらいいよ」
そして兄弟二人には、何を言うでもなく、イザークらが側にいた。
ただひたすら泣く弟と、硬い表情で固まった兄。
泣き疲れた弟を寝具に寝かせ、その場を離れた兄を、そこでは追わず……。
まどろみからすぐに起きてしまった弟が泣き出すと、イザークはすっと寄っていって、厠に行ってるだけだよと声を掛け、話し相手を務めていたそうだ。
兄が戻り、またいつも通り……なんでもない顔をする兄を、皆が何も言わず、受け入れて。
そのうち兄弟は男の子たちに紛れ込むようになり、だけど母の残った女の子にも、いつも通りの笑顔を向け、手を差し伸べていた。
そうして女の子は……こちらの新校舎に移る前に、退院した母とともに、女長屋へと移っていった。
雨になり三日目。今日やっと、孤児院が完成した。
少し予定が押してしまったけれど、まぁそんなこともある。とにかく今日、家移りだ。
「うわー!」
「なにここ、うそ、できたて⁉︎」
「新築って言うんだよ」
雨の中を、仮小屋からここに移動してきた子供らは、皆びしょ濡れ。
もういいやとあえてそうしてもらったのは、このまま風呂に直行させるつもりだったからだ。
「まず女子! 行っておいで!」
「男子は校庭で遊んで待つぞー!」
もうどうせ濡れてるし、夏だしな。俺も校庭に出て、ジーク共々子供らと鬼ごっこ。
「大人卑怯だぞ!」
「文句あったらでかくなれよ!」
「くそっ、お前らそっち回り込め!」
足の長さを駆使して子供らから逃げまくってやった。
まあ最後には取りつかれて引き倒され、服も髪も泥まみれにされてしまったが……。
「つかまえたーっ!」
俺に上に乗った四人の子供。流石に四人乗ると動けない……。だけど、俺を貴族だと線引きする様子は、もう無い。
顔にも泥を塗られてしまったが、とりあえず両手は使えたのでやり返す。何故か最後は皆で笑い転げてしまった。
「もうっ! なんでそこまで汚すんですか⁉︎ 濡れてもいいやって言いましたけど、泥まみれになって良いなんて言ってませんでしたよ⁉︎」
怒るサヤに、俺とジークまで孤児院の風呂に叩き込まれて……。
扉の外から、湯に浸かる前に全身流して、髪も洗ってくださいよ⁉︎ という、怒り声が更に追いかけてくるものだから、皆で声を殺して笑った。
まぁ多分、サヤには聞こえてるだろうなぁ……。
「……レイ様……なんで傷だらけなの?」
「んー、昔は色々やったんだよ」
「うわ、思ってた以上ですね……」
「ジークだって結構なものじゃないか……」
「……いや、貴方貴族でしょ?」
この前負傷した傷ももう完治。だけどしっかり傷跡は身に刻まれているジーク。
でもそれを気にする様子は無く、子供らも同じ。ジークは着々と、孤児らとの信頼関係を築いていっているようで、そのことがとても嬉しい。
身体を洗い髪も洗ったのだけど……。
髪に紛れた泥がなっかなか落ちない……。流せど流せど湯が濁る。長いものだから更に洗いにくい……。
いつまで経っても終わらないから風呂に入れず、もういいから浸かりなよと引っ張り込まれて、髪だけを湯船の外に出した。そうしてそこから、また髪を洗われることに。
「長すぎだよなー」
「来年には切れるんだよ……」
「貴族って大変なんだね」
子供らが手伝ってくれたのだけど、結局落ちきらず、まだ頭の中がジャリジャリしてる気がする……。
「帰ったらもう一回洗いますよ⁉︎ もうこういうのは無しにしてください⁉︎」
「はい……」
風呂を上がってまでサヤに怒られる俺を、子供らが指差して笑っているが、お前らのせいだからな⁉︎ と、視線で訴えておいた。効果があったかどうかは知らないが。
着替えはサヤがわざわざ取りに行ってくれたらしい。俺とジークのものがちゃんと用意されててホッとした。もう一回あれを着るのは流石に嫌だったしな……。
「もうっ、とりあえず、先に何か言うことはありませんか⁉︎」
「皆見違えた。よく似合ってるじゃないか!」
「ははっ、本当だ。可愛い」
そう言われた女の子たちは、ツンとすました顔ながらそっぽを向いたり、モジモジと括った髪を弄んでいたり、恥ずかしそうに俯いていたり……。
皆、綺麗にして、新しい衣服を与えられていた。
これは、カスタマイズ型と言っていた、制服を作る手法を取り入れた衣服。孤児院の制服なのだ。
まだ全てではないが、皆には一式、衣服が支給されることになっており、とりあえずまだ形は揃わないものの、全員がちゃんと身に纏えるように用意されていた。
ただ、それだけではない。
この制服、実は生地から作られた。これも、新しい手法を取り入れて。
「面白いな。色糸を入れ替えて並べるだけで、こんな風になるのか……」
「配色によって雰囲気も色々変わります。だけど制服なので、落ち着いた色調でまとめました。男の子も女の子も、身に纏いますから」
子供らが着ているのは、サヤの国の袴で見たような、格子柄。縦糸横糸を、本数を決めて別色と入れ替える。それを繰り返す手法で織られている。
それにより、複雑な格子柄が続くようになっていた。サヤはこれを、タータンチェックと呼んでいたけれど、乱れ格子と呼ぶことが決まっている。
ここのところ、ルーシーはこちらにかかりきりで忙しく、全く顔を合わせていなかったのだけど、ちゃんと成果を出してくれたな。
縞柄は上糸を張れば済むが、格子柄は、横糸を通す回数を数えて糸を変えなければならない。その管理がとても大変だったのだけど、刺しゅうを施したり、工夫を凝らして織り柄を付けるよりは手軽。規則性を崩すことが、それでも規則性を生み出し、なんとも言えぬ絶妙な均衡を保っている。
更に、その布で衣服を作る場合も、色々考えさせられたとルーシーは言っていた。
この柄には向きがある。縦と横がはっきりしているので、適当に配置できないのだよな。その向きが異なれば、違和感が出てしまうから。
格子の色は、緑と紺。そこに灰色の細い線。不規則なようでいて、規則的に、それが並ぶ。
そんな生地を全体、もしくは部分的に使った衣服を皆が纏っていた。
男の子には、短衣と細袴、腰帯。定番の形だけれど、細袴は無地のものと格子柄のもの。折り返しだけ格子柄のものと、数種ある。
女の子は、サヤがワンピースと呼んでいた繋ぎ型の子もいれば、短衣と袴と腰帯……つまり、いつも通りの服装の子もいる。
実はこれ、カスタマイズ型制服の試作として安く作ったので、形がばらけているのだ。
「今日に間に合うようにしたので、全く同じには揃えられなかったんですよね……」
「いや、全員同じより、良いと思う。だって後々は全て与える意匠なんだろう? 見れていた方が、楽しみが増えるよ」
自分の纏っているものとは違う衣装を纏った子に、チラチラと視線をやっているし、あれも良いなって思っているのが分かるしな。
そんな子らを食堂となる一室に集めて、席につかせて、俺は声を張り上げた。
「よーし。ではここのことを説明するから、みんなちゃんと聞いてくれよ!」
「聞いてるよー!」
元気に返事をしてくれた子に笑いかけて、話を始める。
「ここが、今日からお前たちの家になる。セイバーン拠点村孤児院だ。
そして前にも言ったけど、お前たちは皆、セイバーンの子。ここで食べて、遊んで、勉強して、育って、やりたいと思えることを見つけて、ここを巣立つ。
皆は兄弟で、俺とサヤが父と母。職員が兄、姉となる。つまり家族だね」
えー、という合いの手が入った。それにくすくすと笑う声。
……まぁ歓迎してもらえてると思うことにしよう……。だってそんな風にできるほど、この子らは今、緊張していない。それが嬉しいから。
「ここにいる間、皆には名前の後に、セイバーンを付けてもらうよ。
だからイザーク、お前も名を記す時は、イザーク・セイバーンだから忘れないように!
みんなもだよ! 全員近日中に、名前を書けるようになってもらうからな!」
隣をつついて遊んでいた子を名指しし、意味が分かってないみたいな顔の子らを指差しつつそう言うと、字なんて書けないよという声が飛んでくる。
「書けるようになる。教えるから。
雨季が開けたら、幼年院も開校する。
幼年院というのは、字や計算を習い、皆で遊ぶ場所になるんだ。
お前たちも当然そこの生徒になる。
まずは一学年からな。一学年では、文字を全部覚えてもらう。
次に、二学年。計算ができるようになってもらう。
まぁまずこの二つができれば何かしら仕事に就ける。間違いなくね。だけど、自分でやりたいと思うことがあるなら、それだけではダメだ。
そのやりたいと思うことに活かせる勉強を、更に重ねてもらう。
十五になったら自立……。だけどここには、もう十四の子もいるからね。最低二年の勉強期間は用意するつもりだけど、仕事探しもしなきゃならない。
そういったこと諸々全部、ここの兄や姉、親を頼ってくれたら良い。相談に乗る。力になるから。お前たちがちゃんと仕事を持って社会に巣立てるまで、俺たちがちゃんと、支える。
それから、これはちょっと気が早いかもしれないんだけど……あー……お前たちが、結婚とか、そういうことをする場合もだな……」
「うわっ」
「うわって言うな。大切なことなんだから。
その場合も、ちゃんと報告してほしい。祝いたいし、旅立ちを見送りたいから。
婚姻の際、家の役は、この孤児院が担うよ。父母として、俺たちの名を使う。俺たちが家族というのは、もう一生のことだ。ここを巣立ったって同じだ。そのことだけは、忘れないでいてほしい」
孤児院の出であることを卑下せずとも済む形にする。
きちんと学があるのだということを、俺たちの名を出すことで保証できるようにするのだ。
それでも偏見の目はあるだろうし、悔しい思いもするだろう。だけど……そんなことにくじけてほしくない。道を踏み外さず、まっすぐ歩んでいけるよう、願っている。
そのために、自分がひとりじゃないことを、ここで知っていってほしい。兄弟も、家族も、お前たちにはいるんだからな。
「と、いうわけでだな、今日は孤児院校舎完成の祝い食をユミルが用意してくれた! みんなで味わおう! ユミルー!」
名を呼ぶと、食堂の調理場へと繋がる配膳棚から、はーい! という声。
「準備整っていますよ。皆さん一人ずつ取りに来てくださいね。
今日の汁物は鶏団子のシチュー。麵麭を浸して食べてください。主菜はきのこと芋の肉巻きと、焼き野菜。あと食後のお茶には、祝い菓子が付いてます!」
歓声が上がり、盆の上に一式揃えられた昼食を受け取って、席に戻る。いつもより豪華だ。美味しそうだねと声を弾ませる子らに笑みが溢れた。
職員や、本日特別招待客となっているジークも含めて席に着き、皆で手を合わせた。
「いただきます!」
「「「いただきまーす!」」」
その後は部屋の割り当て。
今までは性別でまとめて雑魚寝だったけれど、今日からは四人ずつひと部屋となる。
性別は揃えたけれど、年齢はばらけさせて。
そうだ……一つ、悲しい報せがある。
闘病中の母親のうちひとりが、ついに来世へと旅立ったのだ。
そのため、三名のうちの二人……兄弟であった二人は親を失い、孤児となった。
母親が快復に向かっている少女はひとり孤立する形となり、いつもまとまっていた三人に、亀裂が入った瞬間。
けれど……その三人に手を差し伸べたのは……。
「仕方ねぇよ。がんばっても、ダメな時はあるしな……」
兄弟に近寄ることができない少女に、そう声を掛けたのはトゥーレ。
「アイツらだってカクゴしてたんじゃね。だから別に、お前はいつも通りにしてたらいいよ」
そして兄弟二人には、何を言うでもなく、イザークらが側にいた。
ただひたすら泣く弟と、硬い表情で固まった兄。
泣き疲れた弟を寝具に寝かせ、その場を離れた兄を、そこでは追わず……。
まどろみからすぐに起きてしまった弟が泣き出すと、イザークはすっと寄っていって、厠に行ってるだけだよと声を掛け、話し相手を務めていたそうだ。
兄が戻り、またいつも通り……なんでもない顔をする兄を、皆が何も言わず、受け入れて。
そのうち兄弟は男の子たちに紛れ込むようになり、だけど母の残った女の子にも、いつも通りの笑顔を向け、手を差し伸べていた。
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