上 下
720 / 1,121

オゼロ 2

しおりを挟む
 で、翌日。
 ここのところ体調不良が続いていた父上が持ち直し、セイバーンの業務に復帰できると言い出したので、お願いだからもう少し休んでいてくださいよと拝み倒すことから一日が始まったのだけど。

 人材は、思わぬことに、向こうからやって来た。

「は?    仕官?」
「ええ、そうなんです。でもハマーフェルド男爵家と縁なんてありましたっけ?」
「マルが記憶してない俺の人間関係なんて、あるわけないだろ……」
「それもそうですね。じゃぁなんでこの人、セイバーン男爵家に仕官なんてしようと思ったんでしょうねぇ」

 本当にな……。

 豊かではあるものの、麦の生産くらいしか誇るものの無いセイバーンに、わざわざ他の男爵家から仕官なんて……意図が分からない。
 普通は上位にあたる、縁のある子爵家や、伯爵家へと行くもので、わざわざ同列を選ぶならば自領で勤める方を選ぶだろう。
 だって、出世など望めないと言っているようなものなのだ。男爵家は貴族の最下位。出世したところで、出自以上の地位にはなりようがない。
 何もわざわざ同列の他家に仕官し、傅くなど……馬鹿らしいと考えるのが普通だと思う。
 ……まぁ、うちはその例外が、何故か二人もいるわけなんだけど……。
 うちが何もない片田舎であるということを、知らない……わけはないよな。仕官してくるくらいだし……。

「まぁとりあえず会ってみるか。武官、文官どっちの仕官希望?」
「文官だそうですよ。学舎の在学歴は無いですけど」
「……そんなことまでもう調べたの?」
「まさか。年齢的に考えれば、僕らの在学中にもいらっしゃったはずですからね。それなら記憶してるはずです。
 僕、自分の在学中の生徒は全員名前覚えてますし」

 在学中……って、十八年間全部ってこと?
 …………ばけものだな……。

 まぁ、マルが規格外なのは今に始まったことじゃない。学舎に在学歴がないってことは、家庭教師がいた可能性も高いし。文官希望と言うからには、それなりの自信もあるのだろう。
 ハマーフェルド男爵家って、どんな領地だったかな?    と、頭の中にある知識を紐解いてみたけれど、思いあたる記憶も無い……と、思っていたら……。

 面会に来てみると、俺の予想は大きく外れていたことを知った。
 平民と変わらぬ、若干薄汚れ、くたびれた衣服に身を包んだ、二十代前半といった感じの人物……。
 貴族だと名乗らなければ、誰もそうとは思わなかったろう方が、座していたから。

「お初にお目にかかります。ハマーフェルド男爵家が三子、ヘイスベルト・ロウス・ハマーフェルドと申します」

 ロウスという家名に心当たりは無い。と、いうことは……。

「ハマーフェルドの名をいただいてはおりますが、庶子でして、見ての通りでございます」

 ヘイスベルトと名乗った人物は、これといって特徴を持たない……という表現がとてもしっくりくる人物だった。
 容貌も、体格も、探せばどこにでも一人くらい紛れていそうな感じというか……。視線を離した次の瞬間には記憶から薄れていきそうな人だ。
 特徴を強いて上げるなら、くるくるした髪だろうか?    マルみたいな寝癖ではなさそう。地毛のくせかな。
 文官希望であるというのは、どちらかというと文官の方が……というのではなく、武術には縁が無い育ち方をしてきているのだろう。
 肉体……筋肉の付き方が、全く武術を行う人のそれではなかった。
 細い手首や首筋……特に腰から下が細い……。
 すると、俺がじっと見ていたからか、何か誤解をさせてしまったようで、急にあたふたと懐をさぐり……。

「も、申し訳ありません。こちらが証拠の品。家紋の指輪になります。
 見てくれがこれなので、信用ならないと思われましたかっ⁉︎    頭から配慮が足りずっ誠に失礼いたしました!    ただ、こうして機会をいただけたので……」
「あっ、いや、そうではないです!    別に、貴方の出自を疑ったわけではない。
 これは、私の癖のようなものです。初対面の人は特に、見入ってしまうのです。つい……その、すいません」

 普段ならこんな風に切り返されることは少ないが、多分……この人も相手を観察していまうたちの人なのだろう。
 俺の視線と今までの経験から、俺が考えてそうなことを邪推してしまったのだ。
 特に己の服装……。まぁなぁ……俺は常にバート商会の衣装を着ているし、バート商会の衣装は無駄に流行最先端……着てるものだけ見ると片田舎を忘れそうだもんな。

「大変失礼しました。
 私はセイバーン後継であります、レイシール・ハツェン・セイバーンと申します。
 ただ今父は療養中のため、私が領主代行を務めております。成人前の身で、不躾に見入るなど、大変失礼を致しました」
「へっ、あっいや……っ」

 敏感な人なのだろう。
 普段ならば誰も気には止めない俺の視線……それに気付いたのだから。
 ヘイスベルト殿は成人していらっしゃったし、立場としては俺より上。なので丁寧に言葉を返すと、慌てたように手が泳ぐ……。
 ふむ……こういう反応は想定外ということだな。
 もっと居丈高に出られると思っていた……と、顔に書いてある。つまりこの人は、そういう扱われ方をしてきた人であるようだ。

「ご存知かもしれませんが、私も庶子……。後継とは申しましても、成人すらしておらぬ身です。
 私が伺いましたのは、別に貴方を侮ったからではなく、セイバーンに名を連ねた者が、父と私しかおらぬがゆえ。
 決して貴方を侮辱するつもりはないのです。それを、ご承知いただけますか」
「あっはい、存じ上げております!
 ……あ、あの、実は……アギーの社交界、あれには私も出席しておりました。その……使用人の立場でしたが。
 なので私は、貴方を見知っております」

 おや、初対面ではなかったらしい。
 しかし、顔に覚えが無いし、マルも知らない人物であった。と、いうことは、従者や文官ではなく、本当に末端の使用人として、あの場にいたということなのだろう。
 そして、俺が下手に出てみせても、態度が変わらなかった……微塵の変化も無しか。

 ちらりとマルに視線をやると、彼はまだこのヘイスベルト殿を観察している。そしてヘイスベルト殿もそれに気付いているものの、どうして良いかは決めあぐねて放置している感じのよう。マルは見るからに平民。なのに、咎めない……か。
 よし。ならば、彼の希望通り、面接を行うことにしよう。

「ではどうぞお掛けください。お名前と素性は承知致しました。面接に入らせていただきます」
「あ、はい!    よろしくお願い致します!」

 結果として、彼は採用となる予定で定まった。
 とはいえ、本日は検討させていただき、明日結果を伝える旨を承知してもらったけれど。


 ◆


「なんか旨すぎる人物だったな……。どう思う?」
「何か隠してはいるみたいでしたけどねぇ……。まぁ良いんじゃないです?    実際文官は必要ですし、まず使ってみては。
 読み書き計算の基本的な部分はきちんとできるようでしたし、思いの外、字が綺麗な御仁でしたしねぇ。
 隠してる部分……隠しているのだとしても……」

 どうとでもなりますよ。と、マル。
 あの性格だと、嘘は得意そうじゃない。秘密も得意そうじゃない……。
 なのに、何かを伏せてはいるようで、そこは気になったけれど……。
 マルの言う通り、使えそうな人物であることは確かだった。

「ほんと、回し者みたいに的確に僕らの希望に沿った人でしたよねぇ。
 庶子であり、ほぼ平民として生活してきたゆえに、貴族としての認識が甘い。平民の僕が上司でも文句ない。
 若干鈍臭そうではありましたけど、その分仕事は丁寧そうでしたし」
「サヤのことも知ってたから、アギーの社交界にいたのは確かなようだしな」

 途中でお茶を持ってきたサヤに対し、女従者の装いであったことに驚き、萎縮していたものの、彼女を従者だと紹介しても、それに対する驚きは無かった。
 無論、婚約者であることも後出しで教えたのだけれど、存じ上げておりますといった感じだったし……。

「まあ本日の宿、紹介しておきましたし、一日しっかり情報収集させてもらいますよ」
「……それで、拠点村での一泊を勧めてたんだな……。まだ全然、メバックに戻れるのに……」

 本来ならば一棟貸しをする宿。あそこの一室を、本日の宿にと提供したマル。メバックは今、雨季の準備で部屋を探しにくいですし。とか、それらしい言い訳をしていたけれど、毎年のことなんだから、探せば宿はちゃんとある。
 その上で吠狼の女中をわざわざ呼び止め、ジェイドを呼ばせ、案内させていたから、そんなことだろうとは思っていた。

「ついでに拠点村の中を案内するように言っておきました。
 ここで働くことを希望するなら、この環境を受け入れてもらわないとねぇ」
「それでジェイド、嫌そうな顔してたんだな……」

 表面上はにこやかにしてたけれど、すっごい面倒くさそうな雰囲気漂わせてた……。あれ、ヘイスベルト殿にも伝わるんじゃないかな……。萎縮しなきゃいいけどな……。

「下手に貴族を近付けるなって、もう言わないんだな」
「今更でしょ。どうせもういるのですから、今更増えたって然程変わりませんもん。
 貴族でもなんでも、使えそうなら使うまでですよ」

 と、いうわけで。ヘイスベルト殿の採用は決定した。
しおりを挟む
感想 192

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。 愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。 実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。 アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。 「私に娼館を紹介してください」 娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

処理中です...