異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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オゼロ 2

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 で、翌日。
 ここのところ体調不良が続いていた父上が持ち直し、セイバーンの業務に復帰できると言い出したので、お願いだからもう少し休んでいてくださいよと拝み倒すことから一日が始まったのだけど。

 人材は、思わぬことに、向こうからやって来た。

「は?    仕官?」
「ええ、そうなんです。でもハマーフェルド男爵家と縁なんてありましたっけ?」
「マルが記憶してない俺の人間関係なんて、あるわけないだろ……」
「それもそうですね。じゃぁなんでこの人、セイバーン男爵家に仕官なんてしようと思ったんでしょうねぇ」

 本当にな……。

 豊かではあるものの、麦の生産くらいしか誇るものの無いセイバーンに、わざわざ他の男爵家から仕官なんて……意図が分からない。
 普通は上位にあたる、縁のある子爵家や、伯爵家へと行くもので、わざわざ同列を選ぶならば自領で勤める方を選ぶだろう。
 だって、出世など望めないと言っているようなものなのだ。男爵家は貴族の最下位。出世したところで、出自以上の地位にはなりようがない。
 何もわざわざ同列の他家に仕官し、傅くなど……馬鹿らしいと考えるのが普通だと思う。
 ……まぁ、うちはその例外が、何故か二人もいるわけなんだけど……。
 うちが何もない片田舎であるということを、知らない……わけはないよな。仕官してくるくらいだし……。

「まぁとりあえず会ってみるか。武官、文官どっちの仕官希望?」
「文官だそうですよ。学舎の在学歴は無いですけど」
「……そんなことまでもう調べたの?」
「まさか。年齢的に考えれば、僕らの在学中にもいらっしゃったはずですからね。それなら記憶してるはずです。
 僕、自分の在学中の生徒は全員名前覚えてますし」

 在学中……って、十八年間全部ってこと?
 …………ばけものだな……。

 まぁ、マルが規格外なのは今に始まったことじゃない。学舎に在学歴がないってことは、家庭教師がいた可能性も高いし。文官希望と言うからには、それなりの自信もあるのだろう。
 ハマーフェルド男爵家って、どんな領地だったかな?    と、頭の中にある知識を紐解いてみたけれど、思いあたる記憶も無い……と、思っていたら……。

 面会に来てみると、俺の予想は大きく外れていたことを知った。
 平民と変わらぬ、若干薄汚れ、くたびれた衣服に身を包んだ、二十代前半といった感じの人物……。
 貴族だと名乗らなければ、誰もそうとは思わなかったろう方が、座していたから。

「お初にお目にかかります。ハマーフェルド男爵家が三子、ヘイスベルト・ロウス・ハマーフェルドと申します」

 ロウスという家名に心当たりは無い。と、いうことは……。

「ハマーフェルドの名をいただいてはおりますが、庶子でして、見ての通りでございます」

 ヘイスベルトと名乗った人物は、これといって特徴を持たない……という表現がとてもしっくりくる人物だった。
 容貌も、体格も、探せばどこにでも一人くらい紛れていそうな感じというか……。視線を離した次の瞬間には記憶から薄れていきそうな人だ。
 特徴を強いて上げるなら、くるくるした髪だろうか?    マルみたいな寝癖ではなさそう。地毛のくせかな。
 文官希望であるというのは、どちらかというと文官の方が……というのではなく、武術には縁が無い育ち方をしてきているのだろう。
 肉体……筋肉の付き方が、全く武術を行う人のそれではなかった。
 細い手首や首筋……特に腰から下が細い……。
 すると、俺がじっと見ていたからか、何か誤解をさせてしまったようで、急にあたふたと懐をさぐり……。

「も、申し訳ありません。こちらが証拠の品。家紋の指輪になります。
 見てくれがこれなので、信用ならないと思われましたかっ⁉︎    頭から配慮が足りずっ誠に失礼いたしました!    ただ、こうして機会をいただけたので……」
「あっ、いや、そうではないです!    別に、貴方の出自を疑ったわけではない。
 これは、私の癖のようなものです。初対面の人は特に、見入ってしまうのです。つい……その、すいません」

 普段ならこんな風に切り返されることは少ないが、多分……この人も相手を観察していまうたちの人なのだろう。
 俺の視線と今までの経験から、俺が考えてそうなことを邪推してしまったのだ。
 特に己の服装……。まぁなぁ……俺は常にバート商会の衣装を着ているし、バート商会の衣装は無駄に流行最先端……着てるものだけ見ると片田舎を忘れそうだもんな。

「大変失礼しました。
 私はセイバーン後継であります、レイシール・ハツェン・セイバーンと申します。
 ただ今父は療養中のため、私が領主代行を務めております。成人前の身で、不躾に見入るなど、大変失礼を致しました」
「へっ、あっいや……っ」

 敏感な人なのだろう。
 普段ならば誰も気には止めない俺の視線……それに気付いたのだから。
 ヘイスベルト殿は成人していらっしゃったし、立場としては俺より上。なので丁寧に言葉を返すと、慌てたように手が泳ぐ……。
 ふむ……こういう反応は想定外ということだな。
 もっと居丈高に出られると思っていた……と、顔に書いてある。つまりこの人は、そういう扱われ方をしてきた人であるようだ。

「ご存知かもしれませんが、私も庶子……。後継とは申しましても、成人すらしておらぬ身です。
 私が伺いましたのは、別に貴方を侮ったからではなく、セイバーンに名を連ねた者が、父と私しかおらぬがゆえ。
 決して貴方を侮辱するつもりはないのです。それを、ご承知いただけますか」
「あっはい、存じ上げております!
 ……あ、あの、実は……アギーの社交界、あれには私も出席しておりました。その……使用人の立場でしたが。
 なので私は、貴方を見知っております」

 おや、初対面ではなかったらしい。
 しかし、顔に覚えが無いし、マルも知らない人物であった。と、いうことは、従者や文官ではなく、本当に末端の使用人として、あの場にいたということなのだろう。
 そして、俺が下手に出てみせても、態度が変わらなかった……微塵の変化も無しか。

 ちらりとマルに視線をやると、彼はまだこのヘイスベルト殿を観察している。そしてヘイスベルト殿もそれに気付いているものの、どうして良いかは決めあぐねて放置している感じのよう。マルは見るからに平民。なのに、咎めない……か。
 よし。ならば、彼の希望通り、面接を行うことにしよう。

「ではどうぞお掛けください。お名前と素性は承知致しました。面接に入らせていただきます」
「あ、はい!    よろしくお願い致します!」

 結果として、彼は採用となる予定で定まった。
 とはいえ、本日は検討させていただき、明日結果を伝える旨を承知してもらったけれど。


 ◆


「なんか旨すぎる人物だったな……。どう思う?」
「何か隠してはいるみたいでしたけどねぇ……。まぁ良いんじゃないです?    実際文官は必要ですし、まず使ってみては。
 読み書き計算の基本的な部分はきちんとできるようでしたし、思いの外、字が綺麗な御仁でしたしねぇ。
 隠してる部分……隠しているのだとしても……」

 どうとでもなりますよ。と、マル。
 あの性格だと、嘘は得意そうじゃない。秘密も得意そうじゃない……。
 なのに、何かを伏せてはいるようで、そこは気になったけれど……。
 マルの言う通り、使えそうな人物であることは確かだった。

「ほんと、回し者みたいに的確に僕らの希望に沿った人でしたよねぇ。
 庶子であり、ほぼ平民として生活してきたゆえに、貴族としての認識が甘い。平民の僕が上司でも文句ない。
 若干鈍臭そうではありましたけど、その分仕事は丁寧そうでしたし」
「サヤのことも知ってたから、アギーの社交界にいたのは確かなようだしな」

 途中でお茶を持ってきたサヤに対し、女従者の装いであったことに驚き、萎縮していたものの、彼女を従者だと紹介しても、それに対する驚きは無かった。
 無論、婚約者であることも後出しで教えたのだけれど、存じ上げておりますといった感じだったし……。

「まあ本日の宿、紹介しておきましたし、一日しっかり情報収集させてもらいますよ」
「……それで、拠点村での一泊を勧めてたんだな……。まだ全然、メバックに戻れるのに……」

 本来ならば一棟貸しをする宿。あそこの一室を、本日の宿にと提供したマル。メバックは今、雨季の準備で部屋を探しにくいですし。とか、それらしい言い訳をしていたけれど、毎年のことなんだから、探せば宿はちゃんとある。
 その上で吠狼の女中をわざわざ呼び止め、ジェイドを呼ばせ、案内させていたから、そんなことだろうとは思っていた。

「ついでに拠点村の中を案内するように言っておきました。
 ここで働くことを希望するなら、この環境を受け入れてもらわないとねぇ」
「それでジェイド、嫌そうな顔してたんだな……」

 表面上はにこやかにしてたけれど、すっごい面倒くさそうな雰囲気漂わせてた……。あれ、ヘイスベルト殿にも伝わるんじゃないかな……。萎縮しなきゃいいけどな……。

「下手に貴族を近付けるなって、もう言わないんだな」
「今更でしょ。どうせもういるのですから、今更増えたって然程変わりませんもん。
 貴族でもなんでも、使えそうなら使うまでですよ」

 と、いうわけで。ヘイスベルト殿の採用は決定した。
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