上 下
705 / 1,121

試練の時 2

しおりを挟む
 セイバーン村の交易路計画。
 ただ今は、派遣された騎士と、視察のため他領からお越しになった担当官らに土嚢壁作りの重要性を理解してもらうため、ひたすら土嚢作りを繰り返してもらう期間となっている。
 土嚢を作る流れ作業は、十人程の人足が組となり、土を掘り返す者、土を袋詰めする者、完成した土嚢を別場所に運ぶため、馬車に積む者と、役割分担をしつつ、それを回して交代する形で行われている。
 上手い組は全体休憩をあまり挟まず、それぞれが疲れを溜め込みすぎないうちに交代し、休憩を小刻みに取り入れ、同じ時間でかなりの数の土嚢を作り上げることができる。
 作り上げた土嚢の正確さと数により、給与に色がつくとあって、人足たちは皆お互い真剣だ。同じ働くなら給与は多く欲しいし、疲れたくない。それは当然のこと。

 で、現在その組の中に、騎士が三人ずつ割り振られており、共に作業しつつ、土嚢の正しい作り方、正確な作り方を身に付けている最中だった。
 セイバーンの騎士らには貴族出身者などほぼいないし、ここで立場をどうこう言うような輩もおらず、作業は問題無く進んでいるが、やはり視察のために来た方々が問題で……。
 来訪者は基本的に貴族、連れて来た騎士らも、貴族出身者が圧倒的に多い。それゆえちらほらと問題が勃発していたよう。

「とはいえ、ヴァーリンのクロード様が同じことをやってのけてしまいましたから、現在は静かなものですよ。
 正確な土嚢作りを行えることを騎士の必須技能にすることが女王の思し召し……と、この方に言われてしまえば、納得するしかありませんから」

 見ものでしたとアーシュ。

「実際にやって見せたんだ……」
「当然です。口先だけなどと思われたのでは、ヴァーリンの名が廃りますので」

 にっこりと笑って言うけど、全然当然じゃないのだよね……クロードの血筋、ありえないくらい高位なのだから……。

 文官らしく汗など流しませんといった爽やかな風情のクロードだけど、彼の出身……ヴァーリン公爵家は、優秀な文官を多く輩出する家系でありながら、武にも精通していることで有名だ。
 だから、彼も当然、身体を鍛えているし、武官が務まるほどに剣術を体得している。見た目に騙された者らは痛い目を見るだろう。

 現在の領主たるハロルド様、二子であり、嫡子であるリカルド様も共に、人並み以上の剣の腕をお持ちで、特にリカルド様は、文官家系の中から武官どころか、騎士団の将にまで上り詰めてしまっている実力者。
 技量が重視されがちな騎士団は、血だけで成り上がれるものではない。騎士団の務めは命懸け。部下を従わせるとは即ち、命を捨てろと命じれる立場ということ。当然、実力を示さなければ、命を預けることを受け入れてはもらえない。
 つまり、将として認められている彼の方リカルドさまは、千や万の命を背負うに相応しい方ということなのだ。

 そんな方の弟であり、しかも文官のクロードが、あの重労働を人足に混じってこなしてしまったとあっては、公爵家以下の血筋の者に無理ですとか、嫌です……なんて言えない……。
 なにせクロードは、ヴァーリンのみならず、ベイエル公爵家の血をも引いていらっしゃる……要は貴族の中で最も血の地位が高い方の一人なのだ。
 血筋や地位にとやかくいう奴のほぼ全てがクロード様に並べない。超えられる人に至っては、王家くらいしか存在しないのだから、従うしかない……となるのだよな。

「無理矢理にでもやってみれば、その難しさ、難易度の高さは身体が理解します。
 初めは顔を顰めていた者も、後になる程真剣味が増しておりますよ。
 彼らは故郷に戻れば、それを指導しなければならない立場なのですから、そこはきちんと弁えて戻って頂きます」

 ただやって見せるだけじゃなく、きちんとその重要性も伝え、周知を広げてくれている様子のクロード。さすが、王都で文官をやっていた実力者。有能さが凄い。

「本日は父上が体調を崩されているから、村の巡回は俺が行くことになる。交易路の方にも顔を出すと思うから、宜しく頼むよ」

 そう伝えたら、クロードは一瞬だけ、口を噤んだ。そうして……。

「左様でございますか。
 ……でしたらその……例の若女将……彼の方を少し、気にかけてやっていただけますか?」

 交易路に関してではなく、そんな風に話を振られて……。

「若女将……って、カーリン……?    あぁ、やっぱりまだ仕事、続けてるのか……もうそろそろ八ヶ月だろう?」
「そうなのです。腹も随分と大きく迫り出しておられて……たまに顔を顰めておられます……。もうかなり、お辛いのではと……」

 それまで話を黙って聞いていたサヤが、ぴくりと反応し、顔を上げた。
 逡巡するように視線を彷徨わせてから、意を決して「あの、クロード様……」と、おずおず声を掛けて。

「カーリンさんのお腹、張ったりしている様子でしょうか……?」
「すまない、そういった細かいことは、私にはなんとも……。
 妻にも聞いてみたのだけど、こればかりは個人差も大きくある様子で、私の話ではなんとも言えぬと言われたのだよ」
「そう、ですか……」

 考え込むサヤ。
 そうして、私もセイバーン村に同行しても良いですかと、俺に聞いてきた……。
 俺が、サヤを連れて行きたくないと考えていることを、もう見透かしているのだろう。けれど、立ち向かうと決めている……。
 サヤとのこれからのことは、ロジェ村でしっかり話し合った。だから……今回はサヤを伴おうと、俺も決めた。

「分かった。ちょっと様子を見てみよう」

 午後を待ち、昼食を終えて、今回も馬で向かうことにする。
 色々溜まっていた書類を片付けていたら、出発が少し遅れてしまったのだけど、馬だし、まぁ良いだろう。

「空模様が少々怪しいですね……」
「本当だ。この時期に雨か……収穫が滞るんだよなぁ……」
「毎年必ず一度は降るのですから、明日から数日は休息日だと割り切るしかないでしょうね」

 ハインとそんな風に話しつつ、アーシュ、クロード、そしてサヤと、シザー、オブシズを伴って。
 俺たちはセイバーン村へと出発した。
しおりを挟む
感想 192

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

恋文を書いたらあんなことがおきるなんて思わなかった

ねむたん
恋愛
あなたがどこで何をしているのか、ふとした瞬間に考えてしまいます。誰と笑い合い、どんな時間を過ごしているんだろうって。それを考え始めると、胸が苦しくなってしまいます。だって、あなたが誰かと幸せそうにしている姿を想像すると、私じゃないその人が羨ましくて、怖くなるから。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

別に要りませんけど?

ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」 そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。 「……別に要りませんけど?」 ※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。 ※なろうでも掲載中

処理中です...