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閑話 夫婦 8
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ロジェ村は、樹々に埋もれたような村だ。
けれど、入り口で見たような、森に侵食された感じではない。風景に溶け込むような村……といった印象。
通常の村や町のように、家々が集まっているのではなく、森の中に家が点在しているような、細長く続く村。なんとも不思議な感じだ。
「本当は、もっと奥地で小さく纏まってたんだけどねぇ。あたしたちが大所帯で、村の拡張を余儀なくされたのよぅ。
だけど森の中だし、地形の問題もある。それと、やはり目立たない方が良いしねぇ。
それで、細長く連なるみたいに、村を拡張しているわけなの」
まだ村の拡張は途中段階。
だけど、来た人がパッと見ても、森に埋もれた家が数軒あるだけにしか見えない。それがずっと連なっているなんて想像できないだろう。
冬の終わりにここへとやって来た吠狼は、現在空き家を修繕して利用したり、各家庭にお世話になったりしているという。新居ができたら順番に家移りしていくそうだ。
食料に関しては、干し野菜がまだあったし、吠狼は越冬中でも狩猟が行える。まだ雪が残っていた時期から、猪や鹿を仕留めて提供したりしたのだそう。
この村の住人は基本的に細々と隠れて生活していたので、荒事は苦手で、見つかることを恐れて遠出もしなかったため、彼らの働きは大いに喜ばれ、受け入れられた。
そうして、ここに来てまだほんの数ヶ月であるけれど、吠狼の者たちは皆、すっかり馴染んでいた。
「建材なんかはそこの運送業さんが運んでくれるしねぇ。あたしらも行商のふりをすれば仕入れられるし」
「人里には怖くて行けないって人が多いから、代わりに買い物に行ったりとかでも喜んでくれて」
「なにより、獣の特徴を晒したままにして歩き回れる場所って、本当になんかこう……不思議で……でも……楽っていうか、ホッとするの」
新しく作ったという集会場で、吠狼の面々が代わる代わるに報告をしてくれる。
皆が笑顔で、名前で呼び合っていて……耳も尻尾も、普通に晒して生活している。
ロジェ村は、俺やマルにとっての理想郷だった。拠点村もいつか、こんな風にしたい……。
「そうか……良かったよ。
皆がそうやって、笑ってくれてるって分かって、本当にホッとした。嬉しい……」
しみじみそう言うと、恥ずかしそうにもじもじしたり、照れたように笑う。
そうして、また次の一人と入れ替わって、報告は続いた。
夕食を済ませてもそれは終わらず、ひと段落ついたのは、もう深夜に近い時間。
俺だけじゃなく、サヤにも皆が話し掛けていて、笑い合う声に身も心も満たされたから、全然苦にはならなかったけど。
「ごめんなさいねぇ。皆が貴方と話したがっちゃって」
「いや、俺も嬉しかった。……なんていうか……申し訳ないと、思っていたんだ。
マルも俺も、拠点村をこんな風にしたいと思っているけれど、まだまだ道のりは遠くて……。
獣の特徴がある者たちを、あの村にいさせてやれなかった。だから……」
人目に触れない場所に、追いやってしまったという気持ちが、少なからずあった。
だけど皆は、この村にいることを喜んでくれていて、幸せだと思ってくれていて、それを嬉しそうに話してくれた。
それが本当に、嬉しくて嬉しくて……。
「……貴方ってほんと、変わってるわぁ」
そんな俺に、ローシェンナは可笑しそうに笑って、いつもの言葉。
この村に宿泊用の宿なんて無いから、集会場で、本日はエルランドらも含め皆で眠る。
その準備の間、星が綺麗に見えるのだという近くの岩場を、ローシェンナが案内してくれた。
平べったい、まるで舞台みたいな岩……これも多分、玄武岩だよな? 結晶の集まりであるみたいな形だけれど、上部は平らに均してあるそこに寝転がって天を仰ぐと、降り注ぎそうな満天の星空が、樹々の隙間から大きく広がり、覆い被さってくるようだ。
「……本当に、申し訳なくなんて、ないわよぅ。
あたしが生きているうちに、こんな場所……絶対にできっこないって、思っていたのにねぇ。
自分が今、そんな夢のような場所にいるんだもの……人生って、何が起こるか分からないわぁ……」
少し離れて、同じく空を見上げていたローシェンナ。
岩の上に寝そべる姿に、なんとなく既視感があって……なんだろうかと考えていたら、マルの話してくれた、過去の話だと思い至った。
岩の上で、獣の姿でだらしなく寝そべっている……。
少し違うけど、きっとこんな風なのだろう。
「……良かったよ。本当に……。
ローシェンナは……マルと離れて寂しくないかなって、それも心配してた……。
ごめん。本当はマルも連れて来たかったんだけど……そうも、いかなくて……」
今は拠点村を離れられないと、マルは言ったのだ。
「今、隙を作るわけにはいかないので、僕は残りますよ。
情報戦は時間との勝負ですからねぇ。留守は守っておきますから、どうぞ行ってきてください」
サラッとそう流され、ローシェンナに対して言伝も何も無くて……。
正直それを、どう切り出したものかと思っていたのだけど……。
「寂しい? あっははは! そんな心配する人がいるだなんて……くっくっ……あたしたちそんな仲じゃないわよぅ?」
本気で笑われてしまった……。
いや、だって……マルはローシェンナのことを特別だと思っているのだもの。本心では会いたいし、一緒にいたいと思ってる。
でも今は、それが出来る環境にない。だから、それを一日でも早く成し得るために、彼は今も働いている。
マルは、ローシェンナがおばあちゃんになるまで、ずっと共に歩むのが当たり前なのだ。
だけど、どうやらローシェンナは、そんな風に思っているマルの気持ちに、気付いていない様子……。
「あの変人に、そんな甲斐性無いわよぅ。
そりゃ、貴方はサヤといっときだって離れがたく思っているものねぇ。同じように考えてしまったのかもしれないけれど、あたしとあいつはただの腐れ縁よぅ。
少し前は、あたしもあいつがどこかでのたれ死んでやしないか、いちいち確認しに行かなきゃいけなかったけど……」
笑いながらそう言って、そこで、なんとか笑いの発作を飲み込んだローシェンナは、滲む涙を指で拭った。
「今は、そんな馬鹿もしなくなったしねぇ。顔見にいかなくても平気よぅ。放っておいても、ちゃんと生きてるでしょう?」
当然のこととして、そう微笑んだ……。
「……ローシェンナ、マルは……」
「あの変人がまともに生活整えようとするんだから、貴方って本当、できた主人なんだと思うわぁ。
あたしには到底無理だったもの。ほんと、ビックリよねぇ」
そう言って、くすくすと笑う。
だけど、違うよ……と、言いたかった。
マルが無茶をするのは、全部ローシェンナのため。
今無茶をしないのも、全部ローシェンナのためなんだよ……。俺じゃない。俺は何も、していないのだ。
「あたしは、あいつがちゃんとやってるのなら良いのよ。関わってたのは、放っておいたらどこかで絶対野垂れ死ぬと思ってたからだしねぇ。
そんなことより、村に潜伏させた吠狼は、問題無くやってるかしらぁ? フォギーみたいな、まだ実践不足の子まで雇うんだもの……」
「……元気だし、みんな本当に良くやってくれているよ」
少し前の、孤児らの暴走事件なんかを含め、ローシェンナに話した。
すると、貴方らしいけど甘すぎるわねぇと、呆れたみたいに言って、また笑う。
「それこそマルクスは、何も言わなかったのぅ?」
「マルは……こういったことには助言とか、してくれないんだ。
俺の、思うようにしたら良いって言う……。だけどね、あの件に関しては……もっと思うことを、言ってくれたら良かったのにって思ったんだ……。
……あ、でも……言えなかったのかも。俺、ジェイドやハインの意見も退けてたし……聞く耳を持ってないって、思ったのかな……。
マルには、きっともっと、沢山のことが見えていたよな……。彼が采配を振るっていれば、子供らを不安にさせることも無かった気がする。
そもそも職員に怪我をさせたり、子供らが事件を起こすような状況になんて、しなかったろうし……」
つい、そんな風に弱音を吐いてしまったのだけど……。
するとローシェンナは、それはどうかしらねぇ。と、意味深に視線を空へと向けた。
「怪我も衝突もなく……それがその子たちにとって、価値があることかどうか……私には、分からないわねぇ。
あたしはあいつに、貴方みたいな子供らを無条件に慈しむ心が、備わっているなんて思わないし……。
正直、肉として食べるの前提の子豚とかを一定以上の大きさに飼育するとかなら、それなりの成果を発揮するとは、思うわよぅ?」
肉…………飼育………………。
「だけど貴方がやりたいことは、違ったんでしょう?
その孤児たちを、貴方は家畜として扱いたくなかったのよねぇ?
愛情とか、そういうのはさぁ、見えないけどやっぱり有ると無しじゃ、違うのよ……。
だから、貴方がしたいと思うことは、貴方がやらなきゃ意味ないと思うわぁ」
そう言ってから、またくすくすと笑う。
「だいたい、北生まれのくせに食べ物に頓着しないあの変人が、孤児らの飢餓感を理解できると思う?
下手したら、食べ物を与えることすら忘れて部屋に引きこもるわよぅ」
うっ、それは、否定できない……っ!
考えが顔に出ていたのだろう。
それを見たローシェンナは、また吹き出して、大いに笑った。
「だからねぇ、そんなこと、考えるだけ無駄。
あいつだったら、貴方とは違う別の問題が出てきただけよぅ」
知ってるでしょう? あいつ人間としては相当な欠陥品なんだから。と、ローシェンナ。
「……でも、変わりなくやってる様子が聞けて、良かったわぁ」
暗がりの中、行灯の灯りひとつしかなかったから、ローシェンナの表情を、きちんと見ることはできなかった。
だけど……行灯の火を写し取ったローシェンナの瞳に俺は、言葉とは裏腹の感情がちらついているようにしか、見えなかったのだ……。
けれど、入り口で見たような、森に侵食された感じではない。風景に溶け込むような村……といった印象。
通常の村や町のように、家々が集まっているのではなく、森の中に家が点在しているような、細長く続く村。なんとも不思議な感じだ。
「本当は、もっと奥地で小さく纏まってたんだけどねぇ。あたしたちが大所帯で、村の拡張を余儀なくされたのよぅ。
だけど森の中だし、地形の問題もある。それと、やはり目立たない方が良いしねぇ。
それで、細長く連なるみたいに、村を拡張しているわけなの」
まだ村の拡張は途中段階。
だけど、来た人がパッと見ても、森に埋もれた家が数軒あるだけにしか見えない。それがずっと連なっているなんて想像できないだろう。
冬の終わりにここへとやって来た吠狼は、現在空き家を修繕して利用したり、各家庭にお世話になったりしているという。新居ができたら順番に家移りしていくそうだ。
食料に関しては、干し野菜がまだあったし、吠狼は越冬中でも狩猟が行える。まだ雪が残っていた時期から、猪や鹿を仕留めて提供したりしたのだそう。
この村の住人は基本的に細々と隠れて生活していたので、荒事は苦手で、見つかることを恐れて遠出もしなかったため、彼らの働きは大いに喜ばれ、受け入れられた。
そうして、ここに来てまだほんの数ヶ月であるけれど、吠狼の者たちは皆、すっかり馴染んでいた。
「建材なんかはそこの運送業さんが運んでくれるしねぇ。あたしらも行商のふりをすれば仕入れられるし」
「人里には怖くて行けないって人が多いから、代わりに買い物に行ったりとかでも喜んでくれて」
「なにより、獣の特徴を晒したままにして歩き回れる場所って、本当になんかこう……不思議で……でも……楽っていうか、ホッとするの」
新しく作ったという集会場で、吠狼の面々が代わる代わるに報告をしてくれる。
皆が笑顔で、名前で呼び合っていて……耳も尻尾も、普通に晒して生活している。
ロジェ村は、俺やマルにとっての理想郷だった。拠点村もいつか、こんな風にしたい……。
「そうか……良かったよ。
皆がそうやって、笑ってくれてるって分かって、本当にホッとした。嬉しい……」
しみじみそう言うと、恥ずかしそうにもじもじしたり、照れたように笑う。
そうして、また次の一人と入れ替わって、報告は続いた。
夕食を済ませてもそれは終わらず、ひと段落ついたのは、もう深夜に近い時間。
俺だけじゃなく、サヤにも皆が話し掛けていて、笑い合う声に身も心も満たされたから、全然苦にはならなかったけど。
「ごめんなさいねぇ。皆が貴方と話したがっちゃって」
「いや、俺も嬉しかった。……なんていうか……申し訳ないと、思っていたんだ。
マルも俺も、拠点村をこんな風にしたいと思っているけれど、まだまだ道のりは遠くて……。
獣の特徴がある者たちを、あの村にいさせてやれなかった。だから……」
人目に触れない場所に、追いやってしまったという気持ちが、少なからずあった。
だけど皆は、この村にいることを喜んでくれていて、幸せだと思ってくれていて、それを嬉しそうに話してくれた。
それが本当に、嬉しくて嬉しくて……。
「……貴方ってほんと、変わってるわぁ」
そんな俺に、ローシェンナは可笑しそうに笑って、いつもの言葉。
この村に宿泊用の宿なんて無いから、集会場で、本日はエルランドらも含め皆で眠る。
その準備の間、星が綺麗に見えるのだという近くの岩場を、ローシェンナが案内してくれた。
平べったい、まるで舞台みたいな岩……これも多分、玄武岩だよな? 結晶の集まりであるみたいな形だけれど、上部は平らに均してあるそこに寝転がって天を仰ぐと、降り注ぎそうな満天の星空が、樹々の隙間から大きく広がり、覆い被さってくるようだ。
「……本当に、申し訳なくなんて、ないわよぅ。
あたしが生きているうちに、こんな場所……絶対にできっこないって、思っていたのにねぇ。
自分が今、そんな夢のような場所にいるんだもの……人生って、何が起こるか分からないわぁ……」
少し離れて、同じく空を見上げていたローシェンナ。
岩の上に寝そべる姿に、なんとなく既視感があって……なんだろうかと考えていたら、マルの話してくれた、過去の話だと思い至った。
岩の上で、獣の姿でだらしなく寝そべっている……。
少し違うけど、きっとこんな風なのだろう。
「……良かったよ。本当に……。
ローシェンナは……マルと離れて寂しくないかなって、それも心配してた……。
ごめん。本当はマルも連れて来たかったんだけど……そうも、いかなくて……」
今は拠点村を離れられないと、マルは言ったのだ。
「今、隙を作るわけにはいかないので、僕は残りますよ。
情報戦は時間との勝負ですからねぇ。留守は守っておきますから、どうぞ行ってきてください」
サラッとそう流され、ローシェンナに対して言伝も何も無くて……。
正直それを、どう切り出したものかと思っていたのだけど……。
「寂しい? あっははは! そんな心配する人がいるだなんて……くっくっ……あたしたちそんな仲じゃないわよぅ?」
本気で笑われてしまった……。
いや、だって……マルはローシェンナのことを特別だと思っているのだもの。本心では会いたいし、一緒にいたいと思ってる。
でも今は、それが出来る環境にない。だから、それを一日でも早く成し得るために、彼は今も働いている。
マルは、ローシェンナがおばあちゃんになるまで、ずっと共に歩むのが当たり前なのだ。
だけど、どうやらローシェンナは、そんな風に思っているマルの気持ちに、気付いていない様子……。
「あの変人に、そんな甲斐性無いわよぅ。
そりゃ、貴方はサヤといっときだって離れがたく思っているものねぇ。同じように考えてしまったのかもしれないけれど、あたしとあいつはただの腐れ縁よぅ。
少し前は、あたしもあいつがどこかでのたれ死んでやしないか、いちいち確認しに行かなきゃいけなかったけど……」
笑いながらそう言って、そこで、なんとか笑いの発作を飲み込んだローシェンナは、滲む涙を指で拭った。
「今は、そんな馬鹿もしなくなったしねぇ。顔見にいかなくても平気よぅ。放っておいても、ちゃんと生きてるでしょう?」
当然のこととして、そう微笑んだ……。
「……ローシェンナ、マルは……」
「あの変人がまともに生活整えようとするんだから、貴方って本当、できた主人なんだと思うわぁ。
あたしには到底無理だったもの。ほんと、ビックリよねぇ」
そう言って、くすくすと笑う。
だけど、違うよ……と、言いたかった。
マルが無茶をするのは、全部ローシェンナのため。
今無茶をしないのも、全部ローシェンナのためなんだよ……。俺じゃない。俺は何も、していないのだ。
「あたしは、あいつがちゃんとやってるのなら良いのよ。関わってたのは、放っておいたらどこかで絶対野垂れ死ぬと思ってたからだしねぇ。
そんなことより、村に潜伏させた吠狼は、問題無くやってるかしらぁ? フォギーみたいな、まだ実践不足の子まで雇うんだもの……」
「……元気だし、みんな本当に良くやってくれているよ」
少し前の、孤児らの暴走事件なんかを含め、ローシェンナに話した。
すると、貴方らしいけど甘すぎるわねぇと、呆れたみたいに言って、また笑う。
「それこそマルクスは、何も言わなかったのぅ?」
「マルは……こういったことには助言とか、してくれないんだ。
俺の、思うようにしたら良いって言う……。だけどね、あの件に関しては……もっと思うことを、言ってくれたら良かったのにって思ったんだ……。
……あ、でも……言えなかったのかも。俺、ジェイドやハインの意見も退けてたし……聞く耳を持ってないって、思ったのかな……。
マルには、きっともっと、沢山のことが見えていたよな……。彼が采配を振るっていれば、子供らを不安にさせることも無かった気がする。
そもそも職員に怪我をさせたり、子供らが事件を起こすような状況になんて、しなかったろうし……」
つい、そんな風に弱音を吐いてしまったのだけど……。
するとローシェンナは、それはどうかしらねぇ。と、意味深に視線を空へと向けた。
「怪我も衝突もなく……それがその子たちにとって、価値があることかどうか……私には、分からないわねぇ。
あたしはあいつに、貴方みたいな子供らを無条件に慈しむ心が、備わっているなんて思わないし……。
正直、肉として食べるの前提の子豚とかを一定以上の大きさに飼育するとかなら、それなりの成果を発揮するとは、思うわよぅ?」
肉…………飼育………………。
「だけど貴方がやりたいことは、違ったんでしょう?
その孤児たちを、貴方は家畜として扱いたくなかったのよねぇ?
愛情とか、そういうのはさぁ、見えないけどやっぱり有ると無しじゃ、違うのよ……。
だから、貴方がしたいと思うことは、貴方がやらなきゃ意味ないと思うわぁ」
そう言ってから、またくすくすと笑う。
「だいたい、北生まれのくせに食べ物に頓着しないあの変人が、孤児らの飢餓感を理解できると思う?
下手したら、食べ物を与えることすら忘れて部屋に引きこもるわよぅ」
うっ、それは、否定できない……っ!
考えが顔に出ていたのだろう。
それを見たローシェンナは、また吹き出して、大いに笑った。
「だからねぇ、そんなこと、考えるだけ無駄。
あいつだったら、貴方とは違う別の問題が出てきただけよぅ」
知ってるでしょう? あいつ人間としては相当な欠陥品なんだから。と、ローシェンナ。
「……でも、変わりなくやってる様子が聞けて、良かったわぁ」
暗がりの中、行灯の灯りひとつしかなかったから、ローシェンナの表情を、きちんと見ることはできなかった。
だけど……行灯の火を写し取ったローシェンナの瞳に俺は、言葉とは裏腹の感情がちらついているようにしか、見えなかったのだ……。
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