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流民と孤児 3
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「力での制圧はしない。食べ物を盾に脅迫することもしない。
子供たちには、どれだけ時間が掛かっても良い、ゆっくりここのことを、理解してもらうことにする」
一旦作戦会議となり、そう宣言した俺に、孤児であった二人が一番、難色を示した。
「甘ぇよ! あいつらは常識やら道徳心やら皆無なンだぞ⁉︎
そもそもお前が優しくしたところで、それを優しさとも感じねぇ。
ンなン、こじらせるだけなンだよ!」
「承諾しかねます! どうしてそうやっかいな方を選択しようとするんですか⁉︎
何をしでかすかわからない連中なのですよ⁉︎」
盗みも暴力も、彼らにとっては手段の一つでしかない。
体格差で劣る分、隙を見せた瞬間、容赦のない攻撃を仕掛けてくると、二人は言った。
自分たちの過去と照らし合わせれば、そう行動するに決まっているのだと。
「そんなこと、貴方が一番、分かっているでしょう⁉︎」
そう叫ぶように言い、後悔に顔を歪めるハイン。
「うん。分かってるよ」
だからこそ、それが必要なことだったって、俺は分かってるんだ。
今お前と俺がこうしているのは、あの出来事があったからこそじゃないか。
「そこを越えるしかないのだって、分かってるから、言ってる。
彼らはずっと、手段なんて選んでいられない生活を、してきたんだ。
教えられてこなかったことが理解できていないのは、当然のことだろう?
だから、今からそれを教えていく。
俺たちは、彼らにこれから、手本を見せなきゃいけないんだよ。
暴力や盗みが駄目だと教えるために、暴力を振るうなんて、そんなのおかしいだろう?」
そう言うと、二人はとても怖い顔をした。
正論でどうにかなるような問題じゃねぇんだよ! と、二人の顔に書いてある。
うん。それも分かってるけどね……。
「今日から、俺は彼らの親代りなんだよ。なら、ちゃんと向き合うしかない。
楽で安全な手段なんてものを選ぶのは、親の選択じゃない」
「はぁ⁉︎ お前は関係ねぇだろ⁉︎ あいつらは孤児なんだぞ!」
「彼らは皆セイバーンの子になったんだよ。なら、彼らの庇護者は俺なんだ」
サヤと約束したのだ。彼らの父親になると。孤児であることを引け目になんてさせない。
本来なら、親の庇護下で守られて育つ、そんな年齢のうちから、自ら立つことを余儀なくされるのだ。それを成し遂げた時は、胸を張って良いのだと、教えなきゃならない。
自分の生まれを呪うのではなく、周りを恨むのではなく、自らを鍛え上げたことを、誇れるよう、育てなきゃならないんだ。
「それは、孤児院の職員に任せれば良いんです!」
「うん、俺が全部を担うことは無理だ。それはちゃんと分かってるよ。だけど、俺のやるべきことはやらないと。
この孤児院は、俺の孤児院なんだ。神殿じゃないんだから、神殿と同じやり方でなくて良い。
旅生活のジェイドらみたいに、規則を守ることが命に直結する環境でもない。
だから、ここのやり方を模索しなければならない。職員にだって、俺のやりたいこと、やるべきと思うことを、伝えなきゃならないんだ。
俺は、あの子らの親や、兄でありたいと思う。だから、俺が欲しかったものを、彼らに与えてやりたいし、俺が嫌だったものは、与えたくないんだ」
ハインは、俺を傷付けたことを、未だに後悔している。
だから、俺を危険に晒したくないって、余計にそう思うのだよな。
だけど俺は、あの時ああしたことを、後悔なんてしていないんだ。だから何度だって、同じ選択をする。お前にやったと同じ選択をする。
「時間が掛かったって良いと思ってる。どちらにしたってやり方は模索していくしかないんだから、やりたいように、やらせてくれないか」
「私は、もうあんなのは、ごめんなんです!」
「大丈夫だよ。あの時だって、俺は大丈夫だったじゃないか。
それにもう、幼い子供じゃないんだよ、俺も、お前も。
大丈夫だよ。怖がらなくていい。大丈夫だから」
たった一度の過ちを、一生の後悔にさせてしまった。
本当なら、笑って済ませられることであったはずなのに、俺の手がこんな風になってしまったから、お前の人生の枷にしてしまった。
でも今こうしていられることが、俺が得たものなのだ。
俺の人生を賭けても良いと思えるくらい、お前は掛け替えのない存在になってるんだよ。
「我儘を言って、すまない。だけど俺は、このやり方で行きたい。
俺が無理だって思うまで、どうか、我儘を聞いてほしい」
◆
「みんな、まずはご飯だよ!」
口に手を当て、大声でそう叫んだら、孤児らの視線が一瞬で俺に集中した。
部屋に押し込められていた子らは、少なからず不安を抱えていたろうと思ったから、極力明るい声を張り上げた。
「汁物、お菜、麵麭を皆にそれぞれ渡すけど、足りなかったらおかわりがある。
空になったお皿を持って来てくれたら、何度でも注いであげよう。
みんなに配る。早いも、遅いも、関係ない。焦らなくて良いから、男の子は俺のところ。女の子は、サヤのところへ、一人ずつおいで!」
俺が話し終わる前に、暴れていた男の子たちは我先にと俺へ殺到してくる。けれどそれは、オブシズとシザーが立ちはだかり、抑えてくれた。
騎士らも多数動員し、まずは暴走するに違いない子らへ対応してもらう。ただし、極力暴力無しだ。
「一人ずつだよ。慌てなくて良い」
元気すぎる男の子たちとは逆に、女の子たちは立ち上がったものの、固まったままこちらの様子を伺っている様子。
サヤが心配そうに、ご飯の乗ったお盆を持ったまま、女の子たちが来るのを待っていたのだけど、そこに横から細い腕が伸びた。
「駄目だって言ったろ。男の子はこっちだよ」
さっとお盆は持ち上げられ、男の子の腕は空を切る。
女の子のお盆から麵麭を取ろうとしたのだけど、広の視点が使える俺やサヤが、その動きに気付かないはずがない。
だけど男の子のその行動で、別の効果があった様子。
早く行かなければ、男の子らにご飯を取られてしまうと考えたのか、一番大きな女の子が意を決し、警戒しつつも、恐る恐るこちらに足を伸ばしてきたのだ。
「はいどうぞ」
優しくサヤがそう言い、持っていた盆を、その子に差し出す。
その子が盆を受け取ると、また別の子がそれに続いた。
盆を持った女の子は、部屋の隅へ。小さな女の子がそこに駆け寄っていく。
次の女の子も、一人目の子の方へ足早に移動しようとしたのだけど、そちらの盆へまた、別の男の子が手を伸ばそうとし、今度はハインに阻止された。
「みんなに同じものを配ってるよ。早く食べれば、おかわりできるんだ。他の人のものを取らなくても大丈夫だ」
列から外れた男の子は、並びの後方に回された。それに対し暴言を撒き散らすけれど、そこは淡々と嗜める。
「順番。列を外れたんだから、もう一度初めからだ。だけど、ちゃんと渡すって言ってるだろう?
きちんと並んで、自分の番を待つ方が、確実に食べ物が手に入る。
食べ終わった後は盆を持ってまた並べば良い。同じだけ入れてあげる」
何度も何度もそう繰り返し、言い聞かせ、皆がもう、お代わりを取りに来なくなるまで、それは続けられた。
かかった時間は二時間。配った食事は、人数の倍近い五十人分に及んだのだが、それは子供らが皆、限界まで腹に食い物を詰め込んだからだ。服が膨らんだりしている子もいるから、きっと麵麭や一部のお菜が、服の中に隠されているのだと思う。
「ご飯は、一日三回目。朝、昼、夕方に、汁物、お菜、麵麭が、必ず貰える。おかわりもできる。
まずはそれを今日から、覚えていこうか」
本日皆を、風呂に入れることは諦め、まずは、食べ物がちゃんと手に入る。それを理解させることを優先すると決めた。
衛生管理はその次。
診察を終えたユストに来てもらい、食事をする子供らに病気の子がいないか、一応目視で確認してもらったのだけど、見える範囲では問題のありそうな子はいないとのこと。
「ちゃんと診察してみないと、何とも言えないですよ?」
「うん。それは分かってるけど、今は不安を拭ってあげる方が先だと思うんだ」
そう言うと、苦笑しつつそうですね。と、頷いてくれた。
だけどジェイドやハインはというと……やはりどうも、納得できていない様子で、苦々しい表情……。
それには申し訳ないと思いつつ、俺はこの方針を曲げる気は無かった。
二人が俺の安全性を憂い、無駄に苦労させたくないと考えてくれていることは、分かっているんだ。
だけど、今考えるべきは、俺のことじゃない。この子供たちの、これからのことだろう?
ここにいる子全員が、今日からセイバーンの子だ。
だから、力で脅して指示に従わせるなんて、絶対に嫌だった。
「レイシール様」
「ありがとうジーク、色々ややこしいこと言ってごめんな」
「何を仰いますか。むしろ俺たちの方が、ああいった奴らには慣れてますから、ご安心ください。
今日はまだ落ち着かないでしょうが、二、三日すれば、もう少し大人しくなります。
隙あらば色々をくすねようとしてくるでしょうが、まぁそれも、染み付いている癖なので、あまり目くじら立てないでやってください」
孤児院がが完成するまで、土建組合員らが当初使っていた仮小屋が施設の代わりとして使われることとなった。
当の職人らは、既に完成している長屋に移ってもらっており、空いていたからだ。
春から床板を剥がし、厩に作り替える予定であったのだけど、その作業は延期。
他にも空き家は沢山あったのだけど、子供らをできるだけまとめて一部屋で管理したかったのと、あまり凝った構造をしていると、色々隙を作りやすいというジークらの意見のもと、ここが最適となった。
この仮小屋がある場所は、水路で囲われており、出入りできる場所が二箇所と限られている。
元から厩にする予定であったから、馬の管理がしやすいようにそうしてあったのだけど、それが活きた。
建物は、大小合わせて合計三棟あるのだけれど、大きい一棟を日常、子供らを集めて過ごさせる場所とし、残りの二棟を男女別の寝室として、分けることができた。
現在、騎士の中から、衛兵経験の豊富な者らを抜粋して、警護についてもらっている。
彼らはやんちゃな子供の扱いにも慣れていた。
そんなわけで、ここの警護担当で、隊長であるジークと、今後の打ち合わせである。
「ハインやジェイドが言う通り、隙を作るべきではありません。
彼らは誰かを信用するなんて考えは持ち合わせていませんからね。一年や二年では、元の価値観を捨てることもできないでしょう。
ですから、本当に、大変ですよ? 彼らは必ず貴方を裏切る。それくらいの心算でいていただく必要があります」
あえて厳しい表情をし、ジークからも念を押された。
けれど、それは当然承知していると俺も頷く。
「うん。だけど、いつかは必ず、分かってくれる日が来ると思うんだ。だから申し訳ないけど、俺の我儘を許してほしい」
「……いや、俺たちは良いんですよ。命令ならば従うのが当然なんですから。
ですけど……貴方が……大変じゃないかって、どうしても思ってしまうもので……。
特に彼ら、セイバーンの孤児より……拗れてますからね」
頭を掻きつつ、苦笑するジーク。
セイバーンの孤児は、もう少しのんびりとしているのだという。
ここはやはり、他よりは豊かで、必死の奪い合いを行うほどには切迫していないらしい。施しをしてもらえることも多く、近所が手助けして育てられたりする場合もある。
「どうも彼ら、目が良くない……。あれは人を傷つけた経験だってあると思います……。
ですからどうか、あまり気を許さぬよう……。特に、刃物等の管理は徹底して行う方が良いかと」
「うん。気を付けよう」
人を傷付けた経験……か。
そうだろうな、あるだろう。なりふり構わず生きてきた子らなのだから。
今ここにいる孤児ら……その中でも男の子らは、少々込み入った事情のもとで、セイバーンに来た。
小物を売り歩く行商人のふりをしていた吠狼に、彼ら子供の窃盗団が襲い掛かったのだ。
当然返り討ちにあったのだが、怪我を負った子供を放置しておくわけにもいかず、そのままであればまた他の者を襲いかねない。
役人に突き出したり、神殿に預けるという手段もあったが、吠狼自体が元々、彼らのような生業でやって来た経緯があるし、それをするのも忍びない。
結果、回収する形となったのだ。
当初アイルは、この子らを吠狼となるよう育てようと考えていたらしい。
彼ら自身がそうやって、各地で拾われた孤児であったから。
けれど、そこで発覚したのが、彼らの窃盗団が、もっと別の大きな組織の末端であるということ。
そういった、他との繋がりがある者を吠狼に加えるのは危険と判断され、役人へ引き渡す等、処置を検討……と、報告を受けたのだが、それは駄目だと、当初の目的……孤児の保護へと、切り替えさせてもらった。
「危険だ。彼らには鎖が付いている。立ち直ろうとしても、また引かれればあっという間に転げ落ちる」
アイルにも反対された。
けれど……なら尚のこと、見捨てられないと思ったのだ。
彼らは自らの意思で、それを選んだわけじゃない、それしか無かった……それしか選べなかったのだ。
なら、一度でも良い。選ぶ機会を与えてやりたかった。
「……職員に吠狼を加えろ。それが条件だ」
「神殿関係者も加わる職場なんだぞ?」
「構わない。主の安全の方が大事に決まっている」
これを飲まない限り承諾しかねると言われ……。孤児院職員に、吠狼からの人員が加わることとなった。
とはいえ、子供相手だし、神殿関係者もいる状況で、あまり強面の者は置きたくない。それにカタリーナは、夫や神官らに暴力を振るわれていた経緯がある。
そのため、数は少ないのだが、前線に出ることのできる女性が中心に選ばれた。
「フォギーも、久しぶり」
「ひ、久しぶり……」
サヤの配膳の補佐を終えて戻って来たフォギーにそう声を掛けると、モジモジと視線を逸らす。
彼女は上がり症で、人と話をするのが苦手とのことなのだけど、今回、顔を晒すことになるこの仕事を、受け入れてくれた。
小柄だが、年齢は十九であるらしい。若いけれど、実力もあり、面倒見の良い娘であるそうだ。
騎狼する吠狼は小柄な者が選別される。狼の負担を極力減らすために、昔からそう決まっているそう。だから、女性も案外いるのだ。
彼女を含め、三名の女性吠狼が加わってくれている。
「どうかな、女の子たちの方。男の子に比べて、静かなのがとても気になっているのだけど……」
「まだ様子見してるみたい……。だけどこっちも、今は静かにしてるだけ。あまり、気は抜かないで……」
「そうか。……ありがとうな。よろしく頼むよ」
「う、うん……」
彼女自身は人だ。
けれど、身内に獣がおり、堕ちてきたそうだ。
色々な事情を抱えた者たちが、この村ではひしめき合っている。
そうなるだろうと思っていたけれど、混沌とした村に、なってきたな。
「孤児院が完成するのは雨季前くらいになると思う。暫く不便だと思うが、どうかよろしく頼む」
「了解」
「心得ております」
二人に現場をお願いして、俺たちは館に戻ることにした。
明日以降の作戦を練らなきゃな。とりあえず、どうやって風呂に入れるか……難しい問題だ。
子供たちには、どれだけ時間が掛かっても良い、ゆっくりここのことを、理解してもらうことにする」
一旦作戦会議となり、そう宣言した俺に、孤児であった二人が一番、難色を示した。
「甘ぇよ! あいつらは常識やら道徳心やら皆無なンだぞ⁉︎
そもそもお前が優しくしたところで、それを優しさとも感じねぇ。
ンなン、こじらせるだけなンだよ!」
「承諾しかねます! どうしてそうやっかいな方を選択しようとするんですか⁉︎
何をしでかすかわからない連中なのですよ⁉︎」
盗みも暴力も、彼らにとっては手段の一つでしかない。
体格差で劣る分、隙を見せた瞬間、容赦のない攻撃を仕掛けてくると、二人は言った。
自分たちの過去と照らし合わせれば、そう行動するに決まっているのだと。
「そんなこと、貴方が一番、分かっているでしょう⁉︎」
そう叫ぶように言い、後悔に顔を歪めるハイン。
「うん。分かってるよ」
だからこそ、それが必要なことだったって、俺は分かってるんだ。
今お前と俺がこうしているのは、あの出来事があったからこそじゃないか。
「そこを越えるしかないのだって、分かってるから、言ってる。
彼らはずっと、手段なんて選んでいられない生活を、してきたんだ。
教えられてこなかったことが理解できていないのは、当然のことだろう?
だから、今からそれを教えていく。
俺たちは、彼らにこれから、手本を見せなきゃいけないんだよ。
暴力や盗みが駄目だと教えるために、暴力を振るうなんて、そんなのおかしいだろう?」
そう言うと、二人はとても怖い顔をした。
正論でどうにかなるような問題じゃねぇんだよ! と、二人の顔に書いてある。
うん。それも分かってるけどね……。
「今日から、俺は彼らの親代りなんだよ。なら、ちゃんと向き合うしかない。
楽で安全な手段なんてものを選ぶのは、親の選択じゃない」
「はぁ⁉︎ お前は関係ねぇだろ⁉︎ あいつらは孤児なんだぞ!」
「彼らは皆セイバーンの子になったんだよ。なら、彼らの庇護者は俺なんだ」
サヤと約束したのだ。彼らの父親になると。孤児であることを引け目になんてさせない。
本来なら、親の庇護下で守られて育つ、そんな年齢のうちから、自ら立つことを余儀なくされるのだ。それを成し遂げた時は、胸を張って良いのだと、教えなきゃならない。
自分の生まれを呪うのではなく、周りを恨むのではなく、自らを鍛え上げたことを、誇れるよう、育てなきゃならないんだ。
「それは、孤児院の職員に任せれば良いんです!」
「うん、俺が全部を担うことは無理だ。それはちゃんと分かってるよ。だけど、俺のやるべきことはやらないと。
この孤児院は、俺の孤児院なんだ。神殿じゃないんだから、神殿と同じやり方でなくて良い。
旅生活のジェイドらみたいに、規則を守ることが命に直結する環境でもない。
だから、ここのやり方を模索しなければならない。職員にだって、俺のやりたいこと、やるべきと思うことを、伝えなきゃならないんだ。
俺は、あの子らの親や、兄でありたいと思う。だから、俺が欲しかったものを、彼らに与えてやりたいし、俺が嫌だったものは、与えたくないんだ」
ハインは、俺を傷付けたことを、未だに後悔している。
だから、俺を危険に晒したくないって、余計にそう思うのだよな。
だけど俺は、あの時ああしたことを、後悔なんてしていないんだ。だから何度だって、同じ選択をする。お前にやったと同じ選択をする。
「時間が掛かったって良いと思ってる。どちらにしたってやり方は模索していくしかないんだから、やりたいように、やらせてくれないか」
「私は、もうあんなのは、ごめんなんです!」
「大丈夫だよ。あの時だって、俺は大丈夫だったじゃないか。
それにもう、幼い子供じゃないんだよ、俺も、お前も。
大丈夫だよ。怖がらなくていい。大丈夫だから」
たった一度の過ちを、一生の後悔にさせてしまった。
本当なら、笑って済ませられることであったはずなのに、俺の手がこんな風になってしまったから、お前の人生の枷にしてしまった。
でも今こうしていられることが、俺が得たものなのだ。
俺の人生を賭けても良いと思えるくらい、お前は掛け替えのない存在になってるんだよ。
「我儘を言って、すまない。だけど俺は、このやり方で行きたい。
俺が無理だって思うまで、どうか、我儘を聞いてほしい」
◆
「みんな、まずはご飯だよ!」
口に手を当て、大声でそう叫んだら、孤児らの視線が一瞬で俺に集中した。
部屋に押し込められていた子らは、少なからず不安を抱えていたろうと思ったから、極力明るい声を張り上げた。
「汁物、お菜、麵麭を皆にそれぞれ渡すけど、足りなかったらおかわりがある。
空になったお皿を持って来てくれたら、何度でも注いであげよう。
みんなに配る。早いも、遅いも、関係ない。焦らなくて良いから、男の子は俺のところ。女の子は、サヤのところへ、一人ずつおいで!」
俺が話し終わる前に、暴れていた男の子たちは我先にと俺へ殺到してくる。けれどそれは、オブシズとシザーが立ちはだかり、抑えてくれた。
騎士らも多数動員し、まずは暴走するに違いない子らへ対応してもらう。ただし、極力暴力無しだ。
「一人ずつだよ。慌てなくて良い」
元気すぎる男の子たちとは逆に、女の子たちは立ち上がったものの、固まったままこちらの様子を伺っている様子。
サヤが心配そうに、ご飯の乗ったお盆を持ったまま、女の子たちが来るのを待っていたのだけど、そこに横から細い腕が伸びた。
「駄目だって言ったろ。男の子はこっちだよ」
さっとお盆は持ち上げられ、男の子の腕は空を切る。
女の子のお盆から麵麭を取ろうとしたのだけど、広の視点が使える俺やサヤが、その動きに気付かないはずがない。
だけど男の子のその行動で、別の効果があった様子。
早く行かなければ、男の子らにご飯を取られてしまうと考えたのか、一番大きな女の子が意を決し、警戒しつつも、恐る恐るこちらに足を伸ばしてきたのだ。
「はいどうぞ」
優しくサヤがそう言い、持っていた盆を、その子に差し出す。
その子が盆を受け取ると、また別の子がそれに続いた。
盆を持った女の子は、部屋の隅へ。小さな女の子がそこに駆け寄っていく。
次の女の子も、一人目の子の方へ足早に移動しようとしたのだけど、そちらの盆へまた、別の男の子が手を伸ばそうとし、今度はハインに阻止された。
「みんなに同じものを配ってるよ。早く食べれば、おかわりできるんだ。他の人のものを取らなくても大丈夫だ」
列から外れた男の子は、並びの後方に回された。それに対し暴言を撒き散らすけれど、そこは淡々と嗜める。
「順番。列を外れたんだから、もう一度初めからだ。だけど、ちゃんと渡すって言ってるだろう?
きちんと並んで、自分の番を待つ方が、確実に食べ物が手に入る。
食べ終わった後は盆を持ってまた並べば良い。同じだけ入れてあげる」
何度も何度もそう繰り返し、言い聞かせ、皆がもう、お代わりを取りに来なくなるまで、それは続けられた。
かかった時間は二時間。配った食事は、人数の倍近い五十人分に及んだのだが、それは子供らが皆、限界まで腹に食い物を詰め込んだからだ。服が膨らんだりしている子もいるから、きっと麵麭や一部のお菜が、服の中に隠されているのだと思う。
「ご飯は、一日三回目。朝、昼、夕方に、汁物、お菜、麵麭が、必ず貰える。おかわりもできる。
まずはそれを今日から、覚えていこうか」
本日皆を、風呂に入れることは諦め、まずは、食べ物がちゃんと手に入る。それを理解させることを優先すると決めた。
衛生管理はその次。
診察を終えたユストに来てもらい、食事をする子供らに病気の子がいないか、一応目視で確認してもらったのだけど、見える範囲では問題のありそうな子はいないとのこと。
「ちゃんと診察してみないと、何とも言えないですよ?」
「うん。それは分かってるけど、今は不安を拭ってあげる方が先だと思うんだ」
そう言うと、苦笑しつつそうですね。と、頷いてくれた。
だけどジェイドやハインはというと……やはりどうも、納得できていない様子で、苦々しい表情……。
それには申し訳ないと思いつつ、俺はこの方針を曲げる気は無かった。
二人が俺の安全性を憂い、無駄に苦労させたくないと考えてくれていることは、分かっているんだ。
だけど、今考えるべきは、俺のことじゃない。この子供たちの、これからのことだろう?
ここにいる子全員が、今日からセイバーンの子だ。
だから、力で脅して指示に従わせるなんて、絶対に嫌だった。
「レイシール様」
「ありがとうジーク、色々ややこしいこと言ってごめんな」
「何を仰いますか。むしろ俺たちの方が、ああいった奴らには慣れてますから、ご安心ください。
今日はまだ落ち着かないでしょうが、二、三日すれば、もう少し大人しくなります。
隙あらば色々をくすねようとしてくるでしょうが、まぁそれも、染み付いている癖なので、あまり目くじら立てないでやってください」
孤児院がが完成するまで、土建組合員らが当初使っていた仮小屋が施設の代わりとして使われることとなった。
当の職人らは、既に完成している長屋に移ってもらっており、空いていたからだ。
春から床板を剥がし、厩に作り替える予定であったのだけど、その作業は延期。
他にも空き家は沢山あったのだけど、子供らをできるだけまとめて一部屋で管理したかったのと、あまり凝った構造をしていると、色々隙を作りやすいというジークらの意見のもと、ここが最適となった。
この仮小屋がある場所は、水路で囲われており、出入りできる場所が二箇所と限られている。
元から厩にする予定であったから、馬の管理がしやすいようにそうしてあったのだけど、それが活きた。
建物は、大小合わせて合計三棟あるのだけれど、大きい一棟を日常、子供らを集めて過ごさせる場所とし、残りの二棟を男女別の寝室として、分けることができた。
現在、騎士の中から、衛兵経験の豊富な者らを抜粋して、警護についてもらっている。
彼らはやんちゃな子供の扱いにも慣れていた。
そんなわけで、ここの警護担当で、隊長であるジークと、今後の打ち合わせである。
「ハインやジェイドが言う通り、隙を作るべきではありません。
彼らは誰かを信用するなんて考えは持ち合わせていませんからね。一年や二年では、元の価値観を捨てることもできないでしょう。
ですから、本当に、大変ですよ? 彼らは必ず貴方を裏切る。それくらいの心算でいていただく必要があります」
あえて厳しい表情をし、ジークからも念を押された。
けれど、それは当然承知していると俺も頷く。
「うん。だけど、いつかは必ず、分かってくれる日が来ると思うんだ。だから申し訳ないけど、俺の我儘を許してほしい」
「……いや、俺たちは良いんですよ。命令ならば従うのが当然なんですから。
ですけど……貴方が……大変じゃないかって、どうしても思ってしまうもので……。
特に彼ら、セイバーンの孤児より……拗れてますからね」
頭を掻きつつ、苦笑するジーク。
セイバーンの孤児は、もう少しのんびりとしているのだという。
ここはやはり、他よりは豊かで、必死の奪い合いを行うほどには切迫していないらしい。施しをしてもらえることも多く、近所が手助けして育てられたりする場合もある。
「どうも彼ら、目が良くない……。あれは人を傷つけた経験だってあると思います……。
ですからどうか、あまり気を許さぬよう……。特に、刃物等の管理は徹底して行う方が良いかと」
「うん。気を付けよう」
人を傷付けた経験……か。
そうだろうな、あるだろう。なりふり構わず生きてきた子らなのだから。
今ここにいる孤児ら……その中でも男の子らは、少々込み入った事情のもとで、セイバーンに来た。
小物を売り歩く行商人のふりをしていた吠狼に、彼ら子供の窃盗団が襲い掛かったのだ。
当然返り討ちにあったのだが、怪我を負った子供を放置しておくわけにもいかず、そのままであればまた他の者を襲いかねない。
役人に突き出したり、神殿に預けるという手段もあったが、吠狼自体が元々、彼らのような生業でやって来た経緯があるし、それをするのも忍びない。
結果、回収する形となったのだ。
当初アイルは、この子らを吠狼となるよう育てようと考えていたらしい。
彼ら自身がそうやって、各地で拾われた孤児であったから。
けれど、そこで発覚したのが、彼らの窃盗団が、もっと別の大きな組織の末端であるということ。
そういった、他との繋がりがある者を吠狼に加えるのは危険と判断され、役人へ引き渡す等、処置を検討……と、報告を受けたのだが、それは駄目だと、当初の目的……孤児の保護へと、切り替えさせてもらった。
「危険だ。彼らには鎖が付いている。立ち直ろうとしても、また引かれればあっという間に転げ落ちる」
アイルにも反対された。
けれど……なら尚のこと、見捨てられないと思ったのだ。
彼らは自らの意思で、それを選んだわけじゃない、それしか無かった……それしか選べなかったのだ。
なら、一度でも良い。選ぶ機会を与えてやりたかった。
「……職員に吠狼を加えろ。それが条件だ」
「神殿関係者も加わる職場なんだぞ?」
「構わない。主の安全の方が大事に決まっている」
これを飲まない限り承諾しかねると言われ……。孤児院職員に、吠狼からの人員が加わることとなった。
とはいえ、子供相手だし、神殿関係者もいる状況で、あまり強面の者は置きたくない。それにカタリーナは、夫や神官らに暴力を振るわれていた経緯がある。
そのため、数は少ないのだが、前線に出ることのできる女性が中心に選ばれた。
「フォギーも、久しぶり」
「ひ、久しぶり……」
サヤの配膳の補佐を終えて戻って来たフォギーにそう声を掛けると、モジモジと視線を逸らす。
彼女は上がり症で、人と話をするのが苦手とのことなのだけど、今回、顔を晒すことになるこの仕事を、受け入れてくれた。
小柄だが、年齢は十九であるらしい。若いけれど、実力もあり、面倒見の良い娘であるそうだ。
騎狼する吠狼は小柄な者が選別される。狼の負担を極力減らすために、昔からそう決まっているそう。だから、女性も案外いるのだ。
彼女を含め、三名の女性吠狼が加わってくれている。
「どうかな、女の子たちの方。男の子に比べて、静かなのがとても気になっているのだけど……」
「まだ様子見してるみたい……。だけどこっちも、今は静かにしてるだけ。あまり、気は抜かないで……」
「そうか。……ありがとうな。よろしく頼むよ」
「う、うん……」
彼女自身は人だ。
けれど、身内に獣がおり、堕ちてきたそうだ。
色々な事情を抱えた者たちが、この村ではひしめき合っている。
そうなるだろうと思っていたけれど、混沌とした村に、なってきたな。
「孤児院が完成するのは雨季前くらいになると思う。暫く不便だと思うが、どうかよろしく頼む」
「了解」
「心得ております」
二人に現場をお願いして、俺たちは館に戻ることにした。
明日以降の作戦を練らなきゃな。とりあえず、どうやって風呂に入れるか……難しい問題だ。
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待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。
婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。
従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。
※なろうさんにも公開しています。
※短編→長編に変更しました(2023.7.19)
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
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