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閑話 息子 2
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俺の部屋の周りを夜着で彷徨く女性なんて怪しさしかない。当然隠れて警護に当たっている吠狼らが察知し、ジェイドに伝えられ、彼が俺の部屋の前で警護のふりして立っていてくれたため、彼がその女中と対峙することとなった。
「申しつけられておりました、お茶をお持ち致しました」
比較的美しい女中であったそうだけど、そもそも俺が、若い女中に夜着でお茶持ってこいなんて、言うはずない。
それが分かっていたジェイドは、無言のままそのお茶をその場で湯飲みに注ぎ、自ら煽った。で、唖然とする女中に器を返し……。
「これ、若様の好む味をしていない。サヤに習ってから出直して来たら?」
もう帰っていいよ。と、暗に告げた。
一つしか持って来ていなかった湯飲みを勝手に使われてしまい、一見お子様に見えるジェイドにそんな風にあしらわれた女中は、凄い顔でジェイドを睨んでから引き下がったそう。
因みにそのお茶には酒が入れてあり、就寝前に入眠剤として飲む者も多い、ごく一般的なものではあったのだけど……。酒に弱い俺は更に、飲まないよね……。
「酒だけで良かったな。
これじゃ、媚薬やら強精剤やら、入れられることも考えた方が良さそうだ」
翌日サヤのいない場所でそう報告され、唖然としたものだ。
まぁそんなこともあり、吠狼の目に見えない警備があるとはいえ、見えないせいで愚行に出る輩がいることが発覚した。
そんなこんなを牽制するため、武官による夜間警備を行えるよう、人員を増やそうとなったのだ。
で、後日談。その女中は俺との接点が無い場所に配属替えとなっております。
「でも今は昼間だよ」
「昼間なら何もないなどと、何故言い切れるのです?」
……そうですね。言い切れませんね。
仕方がないのでハインをくっつけたままで父上のところに行くこととなった。
ハインとアーシュ、最初の印象が悪すぎたせいで、あまり仲が良くない。だから嫌だったんだけどなぁ……。
サヤを呼べたら良かったのだけど、本日のサヤはルーシーの貸切。バート商会の新事業、女性の仕事着開発に携わる日となっている。今日をルーシーがとても楽しみにしていたのを知っているので、邪魔をするのも悪いと思ったんだ。
「父上、少しお時間を頂いて宜しいですか」
セイバーンの執務室。仕事復帰した父上は、こちらで領内の運営に関することを手掛けてくれている。
現在俺が地方行政官の仕事でバタバタしているので、本当に助かっているのだけど、何せまだ本調子ではないわけで、あまり無理はしてほしくない。
補佐であった母もいないので、ちょっと心配だったのだけど、その穴はガイウスやルフスが、なんとか埋めてくれていた。
「どうした? 珍しい……」
「はい。……あの……アーシュ……イエレミアーシュのことで、お伺いしたいことが……」
そう言うと、ピクリとハインの眉が跳ね上がったのが視界の端に見えた。だから、来てほしくなかったんだってば……。
俺の遠慮がちなその問いに、父上も何についてか、理解した様子。
ルフスを呼び、車椅子を移動してくれと命じた。俺も足を進めて、応接用の長椅子へと移動する。
「申し訳ありません。お忙しい時に」
「良い。イエレミアーシュの件、どこで聞いた?」
「ジークハルトとユストゥスから、報告が上がりました」
どこで聞いたか。……それを確認するからには、やはり俺には伏せておくつもりだったのだな……。
俺、やっぱりアーシュにはあまり良く思われてないんだなぁと、改めて納得してしまった。……うん、まぁ……分かってはいた。
少々気落ちしていたのだけど、それは父上にも見えていたのだろう。苦笑して、俺に違うぞと、言葉をくれる。
「誤解しないでやってくれ。あれは元々が、ロレッタに仕えるための仕官であったのだ。
一般庶民であり女性だからな。あれが自ら行動するより、イエレミアーシュを介して動く方が、色々都合が良かった。
だから……本来ならイエレミアーシュはもうとっくに、ここを辞しているはずだったのだよ」
母の死の直後に。辞めていて当然だったのだと、父上。
けれどアーシュはそうしなかった。辞めたと見せかけ、父上奪還のため、陰ながらずっと、耐え忍んでいた。
「そうだな……良い機会かもしれん」
そうして父上は、少し考えてから、ロレッタの事情を話しておこう……と、俺に言った。
「セイバーンの運営は特殊である……ということは、お前はもう充分理解していよう。
ロレッタは女性の身であり、貴族ですらなく、若かった。それでも私の補佐となったのは、当然その能力を見込まれたからだ。
しかし……貴族社会は、お前の知る通り、女性の立場が弱い……。貴族ですらないとあれば尚更。
あれも例外なく、その価値観の渦中にいたのだよ」
俺の知らない母のこと……。
父上と常に共に行動していたと思っていたのに、それでも母は苦労していたのだと言う。
「イエレミアーシュの弟を、あれが助けたと言う話は、聞いているのだな?
あの折も、本来ならば、あれに付けていた従者や武官が動けば良かったのだ。けれど、実際はそうならなかった……。
そしてお前のことを引け目に感じていたロレッタには、あの状況を捨て置くなど到底無理だった。……小柄であったからな……それで少なからず、命を危険に晒したのだよ」
急に走り出したロレッタを、配下の者らは追わなかった。
それは、母との間に信頼関係が築けていなかったということであり、彼らが母を警護対象と見なしていなかったということでもある。
例えばそれが俺であれば、ハインは俺が動くより先に、俺が取ろうとする行動を見抜いて忠告するくらいのことはしてくるし、俺が止まらないとなれば自らが動くだろう。
「イエレミアーシュは仕官の面接時、あの時のことを、よく覚えていると言っていた。
下位貴族であるセイバーン男爵領に貴族は少なく、本来なら身内で補う部分に割く人手すらなかった。
その事情があり、仕方なしに登用された一般女性。男で彼女ほどのことができる者がいなかった。だから採用された、特例中の特例。なのに、その体たらく。
『そのような状態では、為すべきことも成せないままでありましょう。
ですから、私がロレッタ様の補佐となります。私を彼の方の手足として、お使いください』
成人してすぐ、ここにやってきたあれは、我々より上位の子爵家の者でありながら、そう言ったのだよ」
クスクスと笑って、父上。
それはまた豪胆な……と、思ったけれど、アーシュは優秀だ。
北の貴族は他に仕官する者が多とはいえ、彼ほどならば領内でも口は有ったろう。なのににわざわざ、セイバーンへやって来た。
「イエレミアーシュがここに残っていたのは……ロレッタの死が、落馬などではないと、分かっていたからだ。
あれは本当に、忠義に厚い男だよ。一庶民でしかないロレッタに、誠を尽くしてくれた。あれが死してもなお、あれの願いに尽くしてくれたのだ。
だから私は、イエレミアーシュの願いをそのまま受け入れることにした。それだけのことなのだよ。
本来ならば、手放したくはないのだが……。だが、お前の姿を目にすることは、あれにはかなり、堪えるようだ……」
そう諭され、やはり俺の姿が母に似ていることが問題だったのだと、改めて理解した。だけど……。
「そんなに、似ていますか? だって性別から違うんですよ?」
小柄だったという母。俺の記憶の中の母は、俺より背が高かったから、全く実感が湧かない。
今の俺は男の中でも、上背はある方だし、そもそも性別が違えば、取る行動だって全く違ってくるだろう。
なのに、似ていると言われることに、違和感しかない。
そりゃ、顔は似ているのだと思うが……見て育ったわけでもないのに、他に似る要素は無いと思う。
だがその問いは、父上の笑いを誘ったようだ。
しばらく顔を伏せて笑っていたのだけど、最後に深く、重い息を吐き……。
「……何故だろうなぁ……。不思議と、似ているんだ。見た目ではなくて、咄嗟の仕草や、行動が……。
お前とあれは……ほんの幼き頃に、数年しか、共にいなかったはずなのに……」
顔を上げた父上が、思いの外苦しそうな表情であったことに、動揺した。
ガイウスとルフスが、そんな父上の表情から、視線を逸らす。
父上が、こちらに来いと手招きするから、恐る恐る近寄ると、そのまま頭を抱き寄せられた。
「私は、お前があれに似てくれたことを、嬉しく思える。
苦しくはあっても、嬉しいのだよ……。あれはちゃんと、お前の中に残っているのだと思えるから。お前に繋がっているのだと、感じれるからな。
だがイエレミアーシュは……そうもいかないのだろう。
ロレッタは……お前をあれに重ねていた……。まるで息子と接するように、接していたんだ」
だが、悪く思わないでやってくれ……と、父上は言葉を続けた。
母がそうしたのは、俺にしてやりたくてもできない。そんなやりきれない気持ちがあったからなのだと。
「親元を離れ、田舎の地で一人暮らしだ。当然はじめは、イエレミアーシュも色々と苦労を強いられた。
貴族だと知らない者からの、金持ちに対するやっかみなどもあったからな。
来て早々、訓練期間も短く試験を受け、騎士に採用されたこともまた、やっかみを買った。
自らも苦しい立場に立つ身であったから……当然ロレッタにもそれは、見えたのだろう」
あれこれと世話を焼かずにはいられなかった。
自らの下に就くせいで、アーシュが更に難しい立場に立たされることも、申し訳なく思っていた。だから……。
「どうしても、母親の目線になってしまったんだ」
「そうだったのですか……」
そしてアーシュは、唐突に母を失った。
彼からしてみれば、疑惑まみれの死因だったのだろう。だから、足掻いた。真相を追求するために。
その中で俺と縁が繋がり、会ってみれば、俺は母親を嫌悪し、名が出るだけで顔を歪めて話すら拒否していたのだ。それは、腹も立つだろう。
俺が置かれていた状況だって、彼は知りようもなかった。事実を知ったところで、信じれたものでも、なかったろうし……。
そうして今ここは……母がいなくとも、動き、日々が恙無く巡っている……。
母に似た俺が、当たり前の顔をして、母の代わりにここにいる。
それが苦痛にならないわけがなかった。
息子のように、接していた……か。
アーシュはそんなこと、俺に一言も、言わなかった。……いや、言えなかったのだな……。
「……俺と共にいることは、アーシュにとって苦痛なのですね……」
知っていた。
俺を見て、拳を握っていたことを。だけどその理由を、そこまで深く、考えていなかった。
だけど、それでも……。
……彼に残って欲しいと思うのは……俺の我儘なのだろうか……。
「申しつけられておりました、お茶をお持ち致しました」
比較的美しい女中であったそうだけど、そもそも俺が、若い女中に夜着でお茶持ってこいなんて、言うはずない。
それが分かっていたジェイドは、無言のままそのお茶をその場で湯飲みに注ぎ、自ら煽った。で、唖然とする女中に器を返し……。
「これ、若様の好む味をしていない。サヤに習ってから出直して来たら?」
もう帰っていいよ。と、暗に告げた。
一つしか持って来ていなかった湯飲みを勝手に使われてしまい、一見お子様に見えるジェイドにそんな風にあしらわれた女中は、凄い顔でジェイドを睨んでから引き下がったそう。
因みにそのお茶には酒が入れてあり、就寝前に入眠剤として飲む者も多い、ごく一般的なものではあったのだけど……。酒に弱い俺は更に、飲まないよね……。
「酒だけで良かったな。
これじゃ、媚薬やら強精剤やら、入れられることも考えた方が良さそうだ」
翌日サヤのいない場所でそう報告され、唖然としたものだ。
まぁそんなこともあり、吠狼の目に見えない警備があるとはいえ、見えないせいで愚行に出る輩がいることが発覚した。
そんなこんなを牽制するため、武官による夜間警備を行えるよう、人員を増やそうとなったのだ。
で、後日談。その女中は俺との接点が無い場所に配属替えとなっております。
「でも今は昼間だよ」
「昼間なら何もないなどと、何故言い切れるのです?」
……そうですね。言い切れませんね。
仕方がないのでハインをくっつけたままで父上のところに行くこととなった。
ハインとアーシュ、最初の印象が悪すぎたせいで、あまり仲が良くない。だから嫌だったんだけどなぁ……。
サヤを呼べたら良かったのだけど、本日のサヤはルーシーの貸切。バート商会の新事業、女性の仕事着開発に携わる日となっている。今日をルーシーがとても楽しみにしていたのを知っているので、邪魔をするのも悪いと思ったんだ。
「父上、少しお時間を頂いて宜しいですか」
セイバーンの執務室。仕事復帰した父上は、こちらで領内の運営に関することを手掛けてくれている。
現在俺が地方行政官の仕事でバタバタしているので、本当に助かっているのだけど、何せまだ本調子ではないわけで、あまり無理はしてほしくない。
補佐であった母もいないので、ちょっと心配だったのだけど、その穴はガイウスやルフスが、なんとか埋めてくれていた。
「どうした? 珍しい……」
「はい。……あの……アーシュ……イエレミアーシュのことで、お伺いしたいことが……」
そう言うと、ピクリとハインの眉が跳ね上がったのが視界の端に見えた。だから、来てほしくなかったんだってば……。
俺の遠慮がちなその問いに、父上も何についてか、理解した様子。
ルフスを呼び、車椅子を移動してくれと命じた。俺も足を進めて、応接用の長椅子へと移動する。
「申し訳ありません。お忙しい時に」
「良い。イエレミアーシュの件、どこで聞いた?」
「ジークハルトとユストゥスから、報告が上がりました」
どこで聞いたか。……それを確認するからには、やはり俺には伏せておくつもりだったのだな……。
俺、やっぱりアーシュにはあまり良く思われてないんだなぁと、改めて納得してしまった。……うん、まぁ……分かってはいた。
少々気落ちしていたのだけど、それは父上にも見えていたのだろう。苦笑して、俺に違うぞと、言葉をくれる。
「誤解しないでやってくれ。あれは元々が、ロレッタに仕えるための仕官であったのだ。
一般庶民であり女性だからな。あれが自ら行動するより、イエレミアーシュを介して動く方が、色々都合が良かった。
だから……本来ならイエレミアーシュはもうとっくに、ここを辞しているはずだったのだよ」
母の死の直後に。辞めていて当然だったのだと、父上。
けれどアーシュはそうしなかった。辞めたと見せかけ、父上奪還のため、陰ながらずっと、耐え忍んでいた。
「そうだな……良い機会かもしれん」
そうして父上は、少し考えてから、ロレッタの事情を話しておこう……と、俺に言った。
「セイバーンの運営は特殊である……ということは、お前はもう充分理解していよう。
ロレッタは女性の身であり、貴族ですらなく、若かった。それでも私の補佐となったのは、当然その能力を見込まれたからだ。
しかし……貴族社会は、お前の知る通り、女性の立場が弱い……。貴族ですらないとあれば尚更。
あれも例外なく、その価値観の渦中にいたのだよ」
俺の知らない母のこと……。
父上と常に共に行動していたと思っていたのに、それでも母は苦労していたのだと言う。
「イエレミアーシュの弟を、あれが助けたと言う話は、聞いているのだな?
あの折も、本来ならば、あれに付けていた従者や武官が動けば良かったのだ。けれど、実際はそうならなかった……。
そしてお前のことを引け目に感じていたロレッタには、あの状況を捨て置くなど到底無理だった。……小柄であったからな……それで少なからず、命を危険に晒したのだよ」
急に走り出したロレッタを、配下の者らは追わなかった。
それは、母との間に信頼関係が築けていなかったということであり、彼らが母を警護対象と見なしていなかったということでもある。
例えばそれが俺であれば、ハインは俺が動くより先に、俺が取ろうとする行動を見抜いて忠告するくらいのことはしてくるし、俺が止まらないとなれば自らが動くだろう。
「イエレミアーシュは仕官の面接時、あの時のことを、よく覚えていると言っていた。
下位貴族であるセイバーン男爵領に貴族は少なく、本来なら身内で補う部分に割く人手すらなかった。
その事情があり、仕方なしに登用された一般女性。男で彼女ほどのことができる者がいなかった。だから採用された、特例中の特例。なのに、その体たらく。
『そのような状態では、為すべきことも成せないままでありましょう。
ですから、私がロレッタ様の補佐となります。私を彼の方の手足として、お使いください』
成人してすぐ、ここにやってきたあれは、我々より上位の子爵家の者でありながら、そう言ったのだよ」
クスクスと笑って、父上。
それはまた豪胆な……と、思ったけれど、アーシュは優秀だ。
北の貴族は他に仕官する者が多とはいえ、彼ほどならば領内でも口は有ったろう。なのににわざわざ、セイバーンへやって来た。
「イエレミアーシュがここに残っていたのは……ロレッタの死が、落馬などではないと、分かっていたからだ。
あれは本当に、忠義に厚い男だよ。一庶民でしかないロレッタに、誠を尽くしてくれた。あれが死してもなお、あれの願いに尽くしてくれたのだ。
だから私は、イエレミアーシュの願いをそのまま受け入れることにした。それだけのことなのだよ。
本来ならば、手放したくはないのだが……。だが、お前の姿を目にすることは、あれにはかなり、堪えるようだ……」
そう諭され、やはり俺の姿が母に似ていることが問題だったのだと、改めて理解した。だけど……。
「そんなに、似ていますか? だって性別から違うんですよ?」
小柄だったという母。俺の記憶の中の母は、俺より背が高かったから、全く実感が湧かない。
今の俺は男の中でも、上背はある方だし、そもそも性別が違えば、取る行動だって全く違ってくるだろう。
なのに、似ていると言われることに、違和感しかない。
そりゃ、顔は似ているのだと思うが……見て育ったわけでもないのに、他に似る要素は無いと思う。
だがその問いは、父上の笑いを誘ったようだ。
しばらく顔を伏せて笑っていたのだけど、最後に深く、重い息を吐き……。
「……何故だろうなぁ……。不思議と、似ているんだ。見た目ではなくて、咄嗟の仕草や、行動が……。
お前とあれは……ほんの幼き頃に、数年しか、共にいなかったはずなのに……」
顔を上げた父上が、思いの外苦しそうな表情であったことに、動揺した。
ガイウスとルフスが、そんな父上の表情から、視線を逸らす。
父上が、こちらに来いと手招きするから、恐る恐る近寄ると、そのまま頭を抱き寄せられた。
「私は、お前があれに似てくれたことを、嬉しく思える。
苦しくはあっても、嬉しいのだよ……。あれはちゃんと、お前の中に残っているのだと思えるから。お前に繋がっているのだと、感じれるからな。
だがイエレミアーシュは……そうもいかないのだろう。
ロレッタは……お前をあれに重ねていた……。まるで息子と接するように、接していたんだ」
だが、悪く思わないでやってくれ……と、父上は言葉を続けた。
母がそうしたのは、俺にしてやりたくてもできない。そんなやりきれない気持ちがあったからなのだと。
「親元を離れ、田舎の地で一人暮らしだ。当然はじめは、イエレミアーシュも色々と苦労を強いられた。
貴族だと知らない者からの、金持ちに対するやっかみなどもあったからな。
来て早々、訓練期間も短く試験を受け、騎士に採用されたこともまた、やっかみを買った。
自らも苦しい立場に立つ身であったから……当然ロレッタにもそれは、見えたのだろう」
あれこれと世話を焼かずにはいられなかった。
自らの下に就くせいで、アーシュが更に難しい立場に立たされることも、申し訳なく思っていた。だから……。
「どうしても、母親の目線になってしまったんだ」
「そうだったのですか……」
そしてアーシュは、唐突に母を失った。
彼からしてみれば、疑惑まみれの死因だったのだろう。だから、足掻いた。真相を追求するために。
その中で俺と縁が繋がり、会ってみれば、俺は母親を嫌悪し、名が出るだけで顔を歪めて話すら拒否していたのだ。それは、腹も立つだろう。
俺が置かれていた状況だって、彼は知りようもなかった。事実を知ったところで、信じれたものでも、なかったろうし……。
そうして今ここは……母がいなくとも、動き、日々が恙無く巡っている……。
母に似た俺が、当たり前の顔をして、母の代わりにここにいる。
それが苦痛にならないわけがなかった。
息子のように、接していた……か。
アーシュはそんなこと、俺に一言も、言わなかった。……いや、言えなかったのだな……。
「……俺と共にいることは、アーシュにとって苦痛なのですね……」
知っていた。
俺を見て、拳を握っていたことを。だけどその理由を、そこまで深く、考えていなかった。
だけど、それでも……。
……彼に残って欲しいと思うのは……俺の我儘なのだろうか……。
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