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新風 10
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「もうほんと腹立たしいんですよ! 嫁いびりが趣味の小姑かってくらいネチネチちまちまクドクドうだうだ!」
「結局、男の格好しても女の格好しても文句が出てくるのよねぇ、分かってたけど」
「だから今日は、我らで協力して、全部をいっぺんにやってやったでござる!」
「次は何を言ってくるのか、ちょっと期待してる」
彼女らの溌剌とした雰囲気に救われ、サヤの体調も落ち着いた。今は精神的な消耗により眠りに落ちているけれど、顔色は良くなっているし、もう大丈夫だろう。
けれど陛下は未だ戻られず、暇潰しがてら皆がなんでそんな服装をしているのかを聞いてみたところ、かなり鬱憤が溜まっていたのか、怒涛の勢いでまくしたてられた。
女三人寄れば姦しいとは言うけれど、四人だともう、津波のようだ……。
流れていった言葉を要約すると、やはり洗礼に対抗するための服装であったらしい……。
「隊長は何も言わないけど、絶対隊長も色々言われてるのよね……」
「隊長、我慢が過ぎる」
「しょうがないじゃない、彼の方は立場があるもの。私らには無いも同然だからまぁ楽よね」
「……マルグは立場、あるでござろう?」
「始終なんてやってらんないに決まってんじゃん」
フッと悪い顔になるマルグレート様。
ものすっごく蓮っ葉な口調にびっくりしたのだけど、彼女はつい最近まで、己が貴族の血を引いていることを知らずにいたと聞き、驚いた。
酒場で歌や踊りを披露し、生きてきたのだという。
剣舞を得意としていたそうなのだけど、それに目を付けられ色々な取引等の結果、子爵家に養女として召し抱えられ、ここに至ったそうだ。取引しましたとかまで言って良かったのか……。
「良いわよ。陛下にはもう洗いざらい伝えてんだしさ。
それに私は、お義父様のお約束をちゃんと果たしてるじゃない! こうして、女近衛になって、女性らしく、慎ましく! してる」
うふんと妖艶な流し目。
女性らしくの方向性が違うと思う……。そして慎ましさはどこらへんで発揮されているのかというと、服の露出度合いであるそうだ。
それに苦笑する俺たち……。シザー辺りがいたら真っ赤になってたろうな……いや、きっと肌の色で見えないだろうけど。
「だけど、今はともかく今後は困るだろうし……。陛下が来いと言ったのも、それだと制服のことなんだろうなぁ……」
もし陛下の要件がそうじゃなかったとしても、制服については最優先事項にするつもりだけど。これじゃあまりにもアレだし……。
「制服?」
「前の時は時間が無かったから、まずは女近衛の正装だけの注文だったのだけど、これからは当然、普段用の制服とか、非番の時とか、色々必要だろうってことだよ。
騎士は非番であっても呼び出されたり、その場での対応を余儀なくされることもあるから、常に動ける服装が必要だろう?
けれど、今の女性の日常的な装いではね……」
だから彼女らも、こんな服装をしているのだろう。
マルグレート様は元々長い袴を翻して舞を踊っていたから、袴捌きには慣れているとのこと。だから女性の装いが出来るというだけで、皆ちゃんと動ける服装で過ごしているのだ。巫山戯ているようでも、役割はきちんと果たしている。これが彼女たちの戦い方だったのだろう。
だけどマルグレート様だって、別段袴が動きやすいとは思ってやしないらしい。
慣れて、動けるというだけで、当然ある程度の支障は出るし、問題もあるとのこと。
「うん……とりあえず日常着の制服の試作は近々完成するはずだから、それをまず急がせることにするよ。
実際それが制服になるかどうかはともかく、日々に使う衣服は必要だろうし。
それに、皆が洗礼に対する打開策としてそうしているのは、分かるのだけどね。やはり……ずっとそれを続けていても、駄目だと思う。
時間は掛かるけど、ゆっくりと理解を広めていくしかないことだしね。こういった、前例を覆すようなことはさ」
それに、結局は実力を示すしか、認められる道は無いのだと思う。
ディート殿が、そうしたように。
それでもなお、嫌味を言われたりくらいのことは、あるみたいだけど。
そう諭すと、皆それはなんとなく、考えていたのだと思う。
「うん……やっぱりそっかー」
少々落胆しつつ、頷いた。
「でも示すったってどうしよう? こっちから喧嘩ふっかけてみる?」
「それは駄目でござろうなぁ」
「……影から射抜くとか」
「もっと駄目よ」
うーん……と、唸り、天を仰ぐ。
そして皆の言葉を代弁したのは、ユーロディア殿。
「あー! こんなことじゃなくてさぁ、もっと……もっと普通に、本来の仕事のことを悩みたいよねぇ!」
それは本当にそう思う。
「初めてを始めるって、こんなだったんだね。考えてなかったよ。
でも……私は、なれないと思ってた騎士になれて、嬉しかったし……女近衛の仕事も、頑張りたいって思ってる」
「某もでござる。
性別を間違えて生まれ落ちたと言われ続けてきたが、某は性別どうこうでなく、ただ剣を、握りたくて握っておるゆえ」
「そこまで拘りは無い。でも、男しかできない。は、癪に触る」
「女にだって女なりのやり方ってものがあるものねぇ」
とにかくこのまま、負けたくない。
その気持ちだけは、皆一緒で、強く持っている。
だけど、認めさせる手段が思い付かない。時間が解決すると言われても、納得できない……。
そんなイライラがこうしていてもよく見えた。けれど……。
彼女らは、結局、明るいのだ。
「まぁなんにしたってさ、一人じゃなくて、良かったよね。私ここでみんなと一緒に戦うの、嫌じゃないよっ」
「国のためとか、道を開くとかはわっかんないけど……とりあえず負けたくはないわよね」
「全くその通り。この状況に負けたくない」
「今に見返す」
拳を握って明日もやるよ! おうっ! と、気合いを入れる。
なんだか、その前向きさに少し、気持ちが救われた気がした。
うん。今できることはとりあえず、足掻くことなのかもしれない。
けれどそんな号令が、ちょっと大きすぎたようだ。サヤが唸って、瞳を開いた。
むくりと身を起こし、バツが悪そうに俺を見る。
「あの……私、どれくらい休んでしまいましたか」
「ほんの二時間程度かな」
「申し訳ありません……」
「なんで謝るの。誰しも体調不良はあるのだし、そんなことは気にしなくて良い」
だいたいあんなの、想定外すぎる案件だ。
俺だって、サヤが背後にいなければ、気丈に振る舞えなかったかもしれないと思う。
アレクセイ殿のことは気になるけれど、とりあえずもう触れるつもりは無かった。俺にはどうしようもないことであるし……な。
とにかく気にしなくて良いからと念を押して、サヤの顔色を今一度確認。
うん……大丈夫そう。手も震えていない。
だけど、今日はもう無理をさせたくない。
陛下はまだお戻りにならない。……司教方との話し合いというのは当然、白の病についてであろうし……正直なところ、そうそう目処が立つとも思えなかった。
「サヤ、ここでもう少し、休んでおいて。
俺はちょっとマルのところに行ってくる。あちらはもうそろそろ、纏まってる頃合いかと思うから」
打ち合わせが終わっているなら、後は担当文官と大工らで処理してもらえるだろうから、マルを回収しておきたい。
アレクセイ殿は曲者だから、できるならばマルを伴っておきたかったというのもある。
五時までまだ時間はあるし、そもそも話し合いが難航して、その時間に彼が来れない可能性も大いにあるのだけど、念のため。
だけどやっぱりサヤは……。
「い、嫌です!」
うん……そう言うのだろうと思っていたけどね。
「心配しなくても大丈夫。クロードとオブシズがいるのだし、極力目立たない場所を通るようにもする。
サヤを一人にしておくなら不安だったけど、今なら女近衛の皆がいてくれるから、俺も安心できるんだ。
それに万が一があるだろう? 陛下が俺より先に戻られるかもしれない。その時は、要件を聞いておいてもらえるかな」
俺たち皆がいなかったら絶対怒るに違いないし。
「すぐに、戻るから……」
そう言って宥めると、サヤは渋々ながら頷いた。
今の自分では邪魔になる……。そんな風に思ってる顔。
だから違うよと、頬を撫でる。すると、心が弱っているからか、自分から頬を、手に擦り寄せてきて……。
「わー、婚約者って、本当なんだ。前は全然そう見えなかった」
「今なら、見える」
「サヤにも甘えるってあるのねぇ」
「仲がよろしいな」
興味津々に覗き込まれて、俺は咄嗟に手を引っ込めた。サヤもあっという間に長椅子の端に退避している。
「えっ、良いよ? 全然、仲良ししてくれて良いのに」
「サヤは実力者ゆえ、カカア天下かと思いきや、違うのですな!」
「あれじゃない。落差」
「成る程。勉強になる」
「いっ、行ってくるから! す、すぐ戻るから!」
「は、はいっ、いってらっしゃいませっ!」
揶揄いの声を背に、慌てて会議室を退散した。
うん。なんか、うん……。女の子ってアレだな、集まると遠慮が無い!
これは当分、揶揄われるのを覚悟しなきゃかもな……。
「結局、男の格好しても女の格好しても文句が出てくるのよねぇ、分かってたけど」
「だから今日は、我らで協力して、全部をいっぺんにやってやったでござる!」
「次は何を言ってくるのか、ちょっと期待してる」
彼女らの溌剌とした雰囲気に救われ、サヤの体調も落ち着いた。今は精神的な消耗により眠りに落ちているけれど、顔色は良くなっているし、もう大丈夫だろう。
けれど陛下は未だ戻られず、暇潰しがてら皆がなんでそんな服装をしているのかを聞いてみたところ、かなり鬱憤が溜まっていたのか、怒涛の勢いでまくしたてられた。
女三人寄れば姦しいとは言うけれど、四人だともう、津波のようだ……。
流れていった言葉を要約すると、やはり洗礼に対抗するための服装であったらしい……。
「隊長は何も言わないけど、絶対隊長も色々言われてるのよね……」
「隊長、我慢が過ぎる」
「しょうがないじゃない、彼の方は立場があるもの。私らには無いも同然だからまぁ楽よね」
「……マルグは立場、あるでござろう?」
「始終なんてやってらんないに決まってんじゃん」
フッと悪い顔になるマルグレート様。
ものすっごく蓮っ葉な口調にびっくりしたのだけど、彼女はつい最近まで、己が貴族の血を引いていることを知らずにいたと聞き、驚いた。
酒場で歌や踊りを披露し、生きてきたのだという。
剣舞を得意としていたそうなのだけど、それに目を付けられ色々な取引等の結果、子爵家に養女として召し抱えられ、ここに至ったそうだ。取引しましたとかまで言って良かったのか……。
「良いわよ。陛下にはもう洗いざらい伝えてんだしさ。
それに私は、お義父様のお約束をちゃんと果たしてるじゃない! こうして、女近衛になって、女性らしく、慎ましく! してる」
うふんと妖艶な流し目。
女性らしくの方向性が違うと思う……。そして慎ましさはどこらへんで発揮されているのかというと、服の露出度合いであるそうだ。
それに苦笑する俺たち……。シザー辺りがいたら真っ赤になってたろうな……いや、きっと肌の色で見えないだろうけど。
「だけど、今はともかく今後は困るだろうし……。陛下が来いと言ったのも、それだと制服のことなんだろうなぁ……」
もし陛下の要件がそうじゃなかったとしても、制服については最優先事項にするつもりだけど。これじゃあまりにもアレだし……。
「制服?」
「前の時は時間が無かったから、まずは女近衛の正装だけの注文だったのだけど、これからは当然、普段用の制服とか、非番の時とか、色々必要だろうってことだよ。
騎士は非番であっても呼び出されたり、その場での対応を余儀なくされることもあるから、常に動ける服装が必要だろう?
けれど、今の女性の日常的な装いではね……」
だから彼女らも、こんな服装をしているのだろう。
マルグレート様は元々長い袴を翻して舞を踊っていたから、袴捌きには慣れているとのこと。だから女性の装いが出来るというだけで、皆ちゃんと動ける服装で過ごしているのだ。巫山戯ているようでも、役割はきちんと果たしている。これが彼女たちの戦い方だったのだろう。
だけどマルグレート様だって、別段袴が動きやすいとは思ってやしないらしい。
慣れて、動けるというだけで、当然ある程度の支障は出るし、問題もあるとのこと。
「うん……とりあえず日常着の制服の試作は近々完成するはずだから、それをまず急がせることにするよ。
実際それが制服になるかどうかはともかく、日々に使う衣服は必要だろうし。
それに、皆が洗礼に対する打開策としてそうしているのは、分かるのだけどね。やはり……ずっとそれを続けていても、駄目だと思う。
時間は掛かるけど、ゆっくりと理解を広めていくしかないことだしね。こういった、前例を覆すようなことはさ」
それに、結局は実力を示すしか、認められる道は無いのだと思う。
ディート殿が、そうしたように。
それでもなお、嫌味を言われたりくらいのことは、あるみたいだけど。
そう諭すと、皆それはなんとなく、考えていたのだと思う。
「うん……やっぱりそっかー」
少々落胆しつつ、頷いた。
「でも示すったってどうしよう? こっちから喧嘩ふっかけてみる?」
「それは駄目でござろうなぁ」
「……影から射抜くとか」
「もっと駄目よ」
うーん……と、唸り、天を仰ぐ。
そして皆の言葉を代弁したのは、ユーロディア殿。
「あー! こんなことじゃなくてさぁ、もっと……もっと普通に、本来の仕事のことを悩みたいよねぇ!」
それは本当にそう思う。
「初めてを始めるって、こんなだったんだね。考えてなかったよ。
でも……私は、なれないと思ってた騎士になれて、嬉しかったし……女近衛の仕事も、頑張りたいって思ってる」
「某もでござる。
性別を間違えて生まれ落ちたと言われ続けてきたが、某は性別どうこうでなく、ただ剣を、握りたくて握っておるゆえ」
「そこまで拘りは無い。でも、男しかできない。は、癪に触る」
「女にだって女なりのやり方ってものがあるものねぇ」
とにかくこのまま、負けたくない。
その気持ちだけは、皆一緒で、強く持っている。
だけど、認めさせる手段が思い付かない。時間が解決すると言われても、納得できない……。
そんなイライラがこうしていてもよく見えた。けれど……。
彼女らは、結局、明るいのだ。
「まぁなんにしたってさ、一人じゃなくて、良かったよね。私ここでみんなと一緒に戦うの、嫌じゃないよっ」
「国のためとか、道を開くとかはわっかんないけど……とりあえず負けたくはないわよね」
「全くその通り。この状況に負けたくない」
「今に見返す」
拳を握って明日もやるよ! おうっ! と、気合いを入れる。
なんだか、その前向きさに少し、気持ちが救われた気がした。
うん。今できることはとりあえず、足掻くことなのかもしれない。
けれどそんな号令が、ちょっと大きすぎたようだ。サヤが唸って、瞳を開いた。
むくりと身を起こし、バツが悪そうに俺を見る。
「あの……私、どれくらい休んでしまいましたか」
「ほんの二時間程度かな」
「申し訳ありません……」
「なんで謝るの。誰しも体調不良はあるのだし、そんなことは気にしなくて良い」
だいたいあんなの、想定外すぎる案件だ。
俺だって、サヤが背後にいなければ、気丈に振る舞えなかったかもしれないと思う。
アレクセイ殿のことは気になるけれど、とりあえずもう触れるつもりは無かった。俺にはどうしようもないことであるし……な。
とにかく気にしなくて良いからと念を押して、サヤの顔色を今一度確認。
うん……大丈夫そう。手も震えていない。
だけど、今日はもう無理をさせたくない。
陛下はまだお戻りにならない。……司教方との話し合いというのは当然、白の病についてであろうし……正直なところ、そうそう目処が立つとも思えなかった。
「サヤ、ここでもう少し、休んでおいて。
俺はちょっとマルのところに行ってくる。あちらはもうそろそろ、纏まってる頃合いかと思うから」
打ち合わせが終わっているなら、後は担当文官と大工らで処理してもらえるだろうから、マルを回収しておきたい。
アレクセイ殿は曲者だから、できるならばマルを伴っておきたかったというのもある。
五時までまだ時間はあるし、そもそも話し合いが難航して、その時間に彼が来れない可能性も大いにあるのだけど、念のため。
だけどやっぱりサヤは……。
「い、嫌です!」
うん……そう言うのだろうと思っていたけどね。
「心配しなくても大丈夫。クロードとオブシズがいるのだし、極力目立たない場所を通るようにもする。
サヤを一人にしておくなら不安だったけど、今なら女近衛の皆がいてくれるから、俺も安心できるんだ。
それに万が一があるだろう? 陛下が俺より先に戻られるかもしれない。その時は、要件を聞いておいてもらえるかな」
俺たち皆がいなかったら絶対怒るに違いないし。
「すぐに、戻るから……」
そう言って宥めると、サヤは渋々ながら頷いた。
今の自分では邪魔になる……。そんな風に思ってる顔。
だから違うよと、頬を撫でる。すると、心が弱っているからか、自分から頬を、手に擦り寄せてきて……。
「わー、婚約者って、本当なんだ。前は全然そう見えなかった」
「今なら、見える」
「サヤにも甘えるってあるのねぇ」
「仲がよろしいな」
興味津々に覗き込まれて、俺は咄嗟に手を引っ込めた。サヤもあっという間に長椅子の端に退避している。
「えっ、良いよ? 全然、仲良ししてくれて良いのに」
「サヤは実力者ゆえ、カカア天下かと思いきや、違うのですな!」
「あれじゃない。落差」
「成る程。勉強になる」
「いっ、行ってくるから! す、すぐ戻るから!」
「は、はいっ、いってらっしゃいませっ!」
揶揄いの声を背に、慌てて会議室を退散した。
うん。なんか、うん……。女の子ってアレだな、集まると遠慮が無い!
これは当分、揶揄われるのを覚悟しなきゃかもな……。
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