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新風 4

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 理路整然と言葉を並べた俺に、その方はワナワナと震えた。
 居丈高に押せば、俺が怯えて受け入れると思っていたのだろう。
 だけど……そんなの、昨日の会議を見て、判断できませんでしたか。
 俺はそういうのに、弱く見えましたか。
 俺にとって怖いのは、不敬を働いたと罵られることじゃなく、自分の役割を果たせないことなのです。
 サヤを、領民を、国民を守れないこと。その方が断然怖い。
 皆を守るために賜った職務なのだから、保身より役割が優先されるに決まっています。
 それは、昨日の俺の振る舞いを見て、理解してほしかった。貴族社会とは、そういったものでしょう?

「ですのでどうか、お引き取りいただきたい。
 汲み上げ機をご所望ならば、どうぞブンカケンにご注文いただければ、先着順となりますが、手配いたしますので」

 身分ではなく、手続き順だと、念を押した。
 例え公爵家からだろうと、男爵家からだろうと、どこぞの村からであろうと、順番だと。

「き、きさっま……っ!」

 当然それが、この方には受け入れられないだろうことも、分かっていたけれど。

 だってな……これだけの目に晒されてなお、欲を優先する人物だ。それは、顔色を読まなくても分かる。
 だからこそ、ここで譲るのは間違いだ。我が通るなんて、思わせてはならない。力に屈するだなんて、断固示してはならないのだ。
 この次に相手がどう出るかも分かっていたけれど、敢えて待った。抜剣沙汰になることも、覚悟して。その前に、サヤが戻ってくれればと、一縷の望みは、残していたけれど……。
 ………………駄目か。

「オブシズ。許す」

 合図のため手を挙げた相手に、俺たちと、我が身を守れと、命じた。多勢に無勢だけど、負けるとは思っていない。オブシズと、相手の武官らの実力差は、俺にも見えていたから。
 たった一人でも、うちの武官は百戦錬磨の元傭兵。場数が違う。
 だけどどうか、極力、殺生は控え、怪我人は最小限で……。
 小声でそう、伝えたのだけど……。

「おー、ここにおったかレイシール殿」

 聞き覚えのない声が、ひょろりと入ってきて、緊張の糸をふつりと切った。

「いやすまん。貴殿が来たと知らせを受けたら、飛んで行くようにと仰せつかっていたのだが、たまたま近衛が皆出払っていてな。
 我しか空きがなかったゆえ、ちんたら来てしまった。
 貴殿は思いの外せっかちだなぁ。ゆっくりしていてくれれば、間に合ったろうに」

 自分が悪いと言っているのか、はたまた俺が悪いと言っているのか、どこかのらりくらりとした口調。
 だけど、近衛。という言葉は、何故かかずしりと耳に残る。

「陛下が、用が済めば寄るようにと仰っているのだが、ちょいと付き合ってもらえるか?」

 そうして唐突に、俺の前に、人が立った。
 殺気立っていた伯爵家の方々を完全無視し、背中を晒しているが、そこに隙など皆無。
 直前まで存在を感じさせないのは、ディート殿みたいだなと思う。でも……声までしていたのに、近付いて来る気配が無かったって、どういうことだ?
 視界にあるのは、近衛の制服。しかしディート殿のものとは、袖口が違った。
 視線を上げると、それは……。

「近衛総長様……」

 名前は、そう。確か……ボニファーツ・レミオール・アウラー……。伯爵家の方。

「ファーツで良いよ。役職名はまだ慣れん」

 いきなり略称を許す。剣に手を掛けるオブシズや、伯爵家の方々など、視界に無いかのように和かに。
 思っていたよりも高く、軽やかな声音で、外見にそぐわぬ気がして少々違和感を感じた。
 唖然としていると、ん?    と、首を傾げられてしまい、慌てて返事を返す。

「も、申し訳ありません。今、来たところで……」
「なんだこれからか。そりゃ呼び止めて悪かった。
 とはいえ、まだ王宮内は不慣れよな。よしよし、では途中までご案内いたそうか」
「えっ⁉︎    い、いや、近衛総長様に道案内など、そんな、恐れ多い……!」
「こっちももののついで。遠慮するな」

 その流れのまま俺の背に手を回し、誘導するように伯爵家の長殿の横を、すり抜けた。
 彼らには未だ、視線ひとつ寄越さない。
 その完璧な無視で、促されるままに、俺たちは足を進めることとなった。マルもついてきてる、でもサヤは……?

「この先にいる。
 リカルド殿を……とのことだったが、あれでは少々、事が大きくなり過ぎるんでなぁ。それは貴殿も好まんだろう?」
「そ、それは、はい……」
「先程の武官らも、無かったことになってホッとしているさ。本人はともかく、な」

 実力差は分かりきっておったろうしなぁと笑う。
 確かにリカルド様であれば、無視して無かったことにするなんて手法は取れないよな……。先程のあれができたのは、この方だからこそなのだと思う。
 きっとこういった、身分をかさにきたぶつかり合いなどにも慣れているのだろう。

 そのまま足を進めると、ファーツ様のおっしゃっていた通り、サヤがいた。
 俺の姿を確認した途端、駆け寄ってきて「お怪我は⁉︎」と、腕に縋る。

「大丈夫。まだ何も、始まってなかったから」
「この娘が出れば、余計な争いを招きそうだったんで、悪いが残ってもらったよ。
 そこな武官もそれを踏まえて、彼女を走らせたようだったし」

 そう言うファーツ様に、オブシズも頭を下げた。

「お心遣い、感謝致します。
 彼女の強さに疑いはありませんが、女に負けたとあっては……」
「だなぁ。後々を考えれば尚のこと、あの手の輩には関わらせぬに限る」

 女性のサヤに圧されてしまえば、それをずっと逆恨みし、影から何を仕出かすか分からない……。
 オブシズはあの場でそれを瞬時に判断し、動いてくれていたのだ。

「ありがとう、オブシズ……」

 あんな輩に、サヤを傷付けられたくないし、関わらせたくなかったから、本当に有難い。
 その俺の心情を察してくれているのだろうオブシズは「いえ。お怪我が無く、なによりでした」と、にこやかに笑ってそう言ってくれる。
 だけど、サヤは悔しそうに、唇を噛んで……。

「私、いつも、お役に立てません……」

 いざとなったら危険から遠去けられてしまうことを、自分が不甲斐ないからだと感じているのかもしれない。

「そんなわけないだろう。サヤがファーツ様を呼んで来てくれたから、流血沙汰にならずに済んだんだよ」
「よく動いてくれた。サヤ、本当に助かった」

 オブシズとふたりでそう諭すが、納得はいかないといった様子。
 だがそんな風にするサヤに、ファーツ様は微笑みを浮かべて言った。

「あの手の輩に、わざわざ真っ向から挑むのはただの阿呆。
 お前の中にそうする意味があるなら好きにすりゃ良いが、そうであったかどうか、今一度考えてみな。
 あそこでお前が拳を握ることに、何か価値があったとは、我も思わんよ。
 折角だし、出し惜しみしとけ。ここぞって時にだけ使う。懐剣ってのは、そういうもんだと思うが」
「懐剣……ですか?」
「そう。お前は懐剣。そこの武官は小剣。
 役割が違うんだから、お前はまだ懐に収まってりゃ良い。
 それに折角女に生まれてんのに、男とおんなじ風にしたってつまらんよ。持ってるもんは活かしてなんぼだろう?
 その辺りの割り切り方は、ユーロディアやメリッサなんか上手いもんだぜ」

 何やら身分にそぐわない、妙に俗っぽい口調。
 伯爵家の方ですよね?    と、首を傾げたくなる。

「まぁ、当面あそこにゃ近付かんことだ。
 あそこにいる連中は、大抵似たり寄ったりな目的で、貴殿を待っておるのだろうしな」

 恐喝も色仕掛けも好まんだろう?    と、ファーツ様。
 そうですね……どんなお願いのされ方でもお願いじゃ聞く気無いです……手続きを踏んでいただきたい。
 だけどあそこに用があるんだよ……どうしたもんかなぁ……。

「じゃ、我はここらで失礼させてもらおう。
 あと、あそこの連中を散らしたいなら、番犬を連れていけば一発だ。吠えてもらえ」

 そのままひょこひょこと、軽い足取りで去っていったファーツ様。慌ててありがとうございました!    と、叫んだのだが、ひらひらと手だけが振られた。
 そしてその場に残された俺たちは、顔を見合わせて唸る。

「番犬……」

 番犬……って、飼っていないのだけどなぁ……。
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