異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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病と政 4

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 今回王都に護衛として連れて来た騎士らは、前職や出身に拘った。
 身内に鍛治職人がいたり、一時期でも、何らかの形でそれに関わる職に就いていたり、携わっていたりした者だ。
 運が良かった。父上奪還に協力してくれ、今回騎士に昇格した者たちの中に、そんな前歴の者が二人もいたのだから。
 鍛治職人は管理を厳しく言い渡されている職なので、例え領主の都合といえど、簡単に連れ回すわけにはいかない。領地を出るなら尚更だ。
 なので今回も、設置のためとはいえ、王都に同行させるのは難しいと判断した。
 …………まぁ、それ以前の問題として、王宮に連れて行くなんて言ったら、一般の職人は泡を吹いて卒倒しかねないから、元々連れて来るつもりは無かったのだけど。

「お、俺たちだってさして変わりませんよ、心境は!」
「そうですよ!    そもそも騎士ったって、なりたてなんですよ⁉︎」
「礼儀作法どうしよう⁉︎    復習しとかないと手打ちとかなりかねないんじゃ⁉︎    ってか、考え直しましょうよ!」
「貴族出身の方で何とかできないもんなんですか⁉︎」
「ごめん。まず貴族出身がアーシュだけなんだ。
 それに貴族って、基本的に鍛治仕事に関われないからね?」
「…………そりゃそうなんですけどおおおぉぉぉ!」

 泣き言が止まらない騎士らを宥めすかして連れて来た。二人じゃ無理と咽び泣くので、手先が器用だからと無理やり引っ張り込まれた一人には大変申し訳なかったが、巻き込ませてもらった。
 そして今、彼らは騎士団訓練所の庭にある井戸で、手押し式汲み上げ機の設置を行なっている。
 許可は得たので大丈夫。存分にやってくれ!    と、胸を叩いて告げたら、泣きそうな顔をされたけど。

「…………随分と妙なものだ……」
「あれでどうやって水を汲み上げると言うんだ?」

 騒めきがむしろ心地良い。あそこから水が出たらきっと阿鼻叫喚だろう。是非とも吠え面をかいてほしい。

 半ば無理やり気持ちを落ち着かせるため、敢えてそんな風に、不遜なことを考えてみた。
 試運転はセイバーンで済ましてある品であったし、井戸の水面までの配管もちゃんと足りた。真空とやらを保つための呼び水も、多めに汲み取ってある。
 後は、彼らがきちんと設置してくれさえすれば問題無いはずだ。

 会議室から騎士訓練場に場所を移した我々であったのだけど、陛下は陽の光を毒とする身。試運転の出席には一悶着あったのだけど、結局押し切ってここにいる。
 ただし、直接光の当たる場所はお控え下さいと、大きな傘が用意され、その下に陣取っていた。運び込まれた椅子に座り、ただ黙って状況を見守っている。
 その両横には近衛総長と、副総長ルオード様。
 お二人ともただ黙して、俺たちの作業を見守っていた。
 陛下らの視線を遮らぬよう、井戸を取り囲むように大臣や長らがおり、俺は陛下の眼前よりずっと先、井戸の手前に立っている。

 待合室で待機していた男装のサヤも、武官として連れてきたオブシズと共に作業に駆り出されているのだが、これは不測の事態が起き、汲み上げ機が機能しなかった場合、彼女ならば原因を追求できるかもしれないという、気持ちがあったから。ここの面々で、一番形状に詳しいのは彼女なのだから。
 ハインを王宮には連れてこれないので、必然的に従者はサヤになるわけだけど……黒髪から例の女近衛だと分かる者には分かっている。何故男装なのだ?    と、そちらの視線がむしろ気になった。……サヤの体調が崩れやしないかと。

 女近衛の正装で来ることや、女性従者の試作品を使用することも考えたのだけど、成人前のため正式採用ではないし、呼ばれているわけでもない状況で、女近衛の格好をさせるのは問題視されてしまいそうだった。
 女従者の従者服に至っては、従者だと判断してもらえず締め出される可能性があった。
 それで結局、いつもの男装に落ち着いたわけだ。

 その俺の心配を察してくれているオブシズが、髪を整え瞳を晒し、サヤに集まる視線をそれとなく散らしてくれており、その辺の連携が随分とこなれてきたなぁと思う。

「レイシール様、設置完了いたしました」
「分かった。試運転、始めようか」
「はい」

 報告に来たサヤが、きりりと引き締まった表情で頷き、踵を返す。
 昨日のあれは引きずっていない様子でホッとする。
 無論、全力で謝って許してもらったのだけど、結局あの後は少々お互い意識し過ぎて、踏み込んだ話もできなかったのだ。

 汲み上げ機を覗き込み、握りを上下させて重みを確認したサヤが、呼び水を上部の開き口から注ぎ込む。
 あれから多少改良された汲み上げ機の弁は、現在鹿革の袋に収められている。これは当然磨耗するので、ある程度使った後は交換が必要なのだけど、密閉度は格段に改善されたと聞いていた。

 先程サヤが動かした時は、スカスカと軽く動いていた握りであったのだけど、今度はガチャン。と、重みを感じさせる音。
 ゴボボと空気の抜ける音も重なる中、サヤが騎士らに呼び水を追加で注ぐように指示。
 今回、井戸内の水面が少々低かったので、はじめに入れた分では足りないと判断したのだろうか。

「水を出すんじゃないのか?」
「注げば水が出て来るのか?    それは水が出ていると言えるのかな?」
「注いだ分は出るんじゃないか?」
「違いない」

 俺の背後から、そんな会話が耳に飛び込んできた。
 水を出そうとしているのに何をしているのだろうと、失笑している者もいる。
 笑っていればいい。その分、結果が出ればその感情は、ひっくり返るだろうから。
 そう思うものの、俺の手は拳を握っていた……。
 失敗は許されないと、サヤも、勿論騎士の皆も、理解している。だから、周りの声を意識しつつも歯を食いしばり、作業に集中していた。

 出ろ。出てくれ……!

 無言で様子を見守っていたのだけど、真剣な顔で握りを上げ下げしていたサヤが、少し眉を寄せ、握りを上下する速度を緩めた。
 何か問題があったのかもしれない!    咄嗟に一歩が前に出たのだけど、次の瞬間、彼女はふんわりと、優しく微笑み……。

「桶を」
「はいっ!」
「盥と樽も用意してください。直ぐに溢れますから。出ます!」

 その宣言が終わるより先に、注ぎ口から水が溢れた!

 桶は一瞬で満たされてしまい、大きな盥の上に置かれた樽が、慌てて桶の下に差し込まれた。
 それでも間に合わず、少量が盥に溢れてしまった。
 でもそれを気にせずサヤは、握りを動かし続ける。
 呼び水として注いだ分は、桶から溢れた時点でとっくに超えた。
 唖然とし、言葉を失くす大臣や長らを前に、サヤが握りの上下を止めた後も、水は暫く出続けた。盥からも溢れ、水場を濡らしてしまったのもご愛嬌だろう。

 最高の結果だ。
 自然と顔が綻ぶ。握っていた拳を、つい振り上げそうになって、慌てて止めた。
 その代わり、期待に応えてくれた皆に向かい、俺は声を張り上げ、叫ぶ。

「良くやった!」

 その声にホッとした表情だった騎士らがこちらを見て、何故か慌てて顔を伏せ、礼の姿勢になった。
 陛下や大臣らの前で粗相を控えるためだろうか?    それにしては、随分顔が赤い気がしたけれど、まぁ……こんな注目を集める場では、顔に血が上ってしまうのも仕方がないだろう。
 緊張が解けたら、現実に引き戻されたって感じかな。

 さて。皆は自身のやるべきことを成し遂げてくれた。
 続きは、俺の仕事だ。

「手押し式汲み上げ機、問題無く作動致しました。
 見ての通りです。井戸水を桶で組み上げるより格段に労力を減らし且つ、迅速に水を得ることが可能と、ご理解頂けたかと!」

 振り返り、声を張り上げる。
 陛下のところまで声を届けるためと、周りの皆に、状況を理解させるためだ。
 それにより、呆然としていた方々が、染み込む現実に騒めき出す。

「これを、来年度以降を目標とし、無償開示できるよう、改良を進めて参りたい所存です」

 そう言うと、悲鳴が上がった。
「無償開示だと⁉︎」「何を考えているんだ!」「気が狂ってる⁉︎」と、一気に混乱が広がる。
 だが俺はそれを無視し、とにかく陛下にご理解いただけるよう、言葉を尽くすことに専念した。

「私は、これからの世に、これは必ず必要となる品と、考えております。
 ですがまだ試作機。練度も低く、精密性にも不満が残る代物で、もっと数をこなし、工夫を重ねていかねばなりません。
 そのためにも検証期間に入ることを切望いたしておりました。売り上げの上がらぬ作業を延々と続けられるほど、ブンカケンの財力は潤沢ではないですから」

 特に鍛治仕事には金が掛かる。無論、主な出費は燃料費だ。
 秘匿権を得ている木炭を、湯水のように使うのだから。

「しかし、鍛治職人には制限が多い。そしてブンカケンに所属する以上、将来を天秤にかける決断をせねばなりません。
 ですからどうしても、職人が希望する数ほど集まりません。
 また、例えセイバーン全ての鍛治職人がこれに同意し、製造したとしても、その供給量は、需要に遠く及ばないと考えております」

 サヤの世界では、これが家庭の調理場にまであったと言っていた。つまり、それだけの需要が見込めると言うことだ。
 だからそう遠くない未来、貴族や富裕層はこれを屋敷中の井戸に設置するだろうし、大きな都市でも求められ、利用されるようになるだろう。
 だが、今のままでは明らかに職人不足。先程も述べた通り、セイバーン中の職人を駆り出して作り続けても、きっと足りない。
 それに、他領への輸送を考えると、費用が嵩みすぎる。それは到底、現実的ではない。

「つきましては、他領からも鍛治職人の募集を、許可していただきたいのです。将来的に、領内の需要は領内の職人で処理していけるように。
 ただし、先程述べました通り、無償開示前の秘匿権を閲覧、利用するためには、ブンカケンへの登録が必須。つまり、長期の研修期間が必要です。
 更にその職人は、今後秘匿権を得る発明をしたとしても、それをブンカケンに譲渡せねばなりません。
 言わば、自領の鍛治職人の将来を、我らの研究に使い潰すとも言えること。
 我々貴族が、なまなかな覚悟でこれを強要し、前途有望な職人を潰す。などということが、あってはなりません」

 当代だけの役職で、一時的なことだと思わないでほしい。
 一度登録をしたら、一生その約束に縛られるのだ。これは言わば、民にとっての誓約だ。
 そして俺は、当代のみでこの役職を終わらせる気など、毛頭無い。

 この構造をフェルドナレンに根付かせ、価値基準の改革を行わなければならない。
 それに合わせ、民の知識水準、識字率だって向上させていくつもりでいる。
 それは全て、将来獣人を、人であると認めさせるための、一手。
 まだ、ほんの小さな、水滴だ。
 それを重ねて、波紋から、波へと、育てていくのだ。
 俺が生きているうちに、獣人らを受け入れた世の中を作れたらと思う。
 けれど、もしそれが無理であったとしても……可能性を育てていくことを、やめてはいけない。
 だから、どれだけ時間がかかろうと、小さな一手、一滴を、続け、重ねていく。

「ですから、領主命令などではなく、職人本人の意思で、決めるべきと考えます。
 それを陛下より、確約していただきたいのです。
 我ら貴族は、彼らと立場が違う。我らが命じれば、民はそれを受け入れるしかない。
 それゆえ民の盾である陛下に、このことをお願いしたいと考えておりました」

 俺は口先だけの承諾などでは納得しない。
 知っている。命じられれば聞くしかない民の苦悩を。家族を縦に取られることだって、多々あるのだということを。
 だから、確実に実行してもらうために、民の意思を尊重してもらうために、我らの長……陛下の命令が必要なのだ。
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