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クロード 2

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 部下たちの紹介を終えた後は、俺のこれからの業務となること……交易路計画と、市井の生活向上を目的とした道具の開発。そして秘匿権の価値基準の見直しについて伝える時間となった。

「交易路計画は陛下の代の公的事業として立ち上げられるが、国防力強化も目的としている。
 これは貴族との関わりが主になってくる仕事だから、クロードに担当してもらいたいと思っているんだ。
 防衛大臣となられたヴァーリン公爵様にも関わってくる事柄かと思うから、その繋ぎ役もお願いすることになるかな。
 仕事の主となることは、騎士に土嚢の作り方、積み方を徹底して教えること。
 これができると、一昼夜で強固な堀と塀を作ることも不可能ではない。
 次に、王都から国境までを、今までより迅速に進軍できるようにすること。
 当然、侵略に対する弱点ともなりうる道だから、警戒も強めなければならない。
 だから、国境沿いの領地の騎士らには、土嚢等で侵入を防ぎしつつ、軍の到着を待つくらいの時間稼ぎができるようになってほしいと思ってるのだけどね」
「土嚢ついては兄からも聞きました。とても素晴らしいものだったと。
 ヴァーリンで兄も試してみたのですが、セイバーンで見たという、城壁のように美しく積み上げたものを作るには、至りませんでした。
 積み方ひとつにもコツが必要なようですね。ただ積むだけでは、然程高くできなかったそうです」

 リカルド様……まさか自ら試しておられたとは……流石だ。
 あの場では従者の面々が作るのを見ているだけだったはずなのに。

「袋の規格と土の量を一定にし、括り方、積み上げ方なども統一した方が強度も増すな。
 あの折には土嚢の作り方を見ていただいただけだったしね……」
「土嚢壁の資料は前にお渡ししましたが、あれでは不充分でしたねぇ。
 土嚢の作り方、扱い方を細かくを記した資料を、またお渡ししておきましょうか」

 国軍の将であるリカルド様に、土嚢の重要性をご理解いただけているというのは、とても有難いことだ。
 交易路計画の責任者が俺となっている時点で、侮られがちだろうしな。

「俺が前面に出るより、クロードの立場を利用させてもらう方が、ことがうまく進むだろうから、まずはこの交易路計画を主に手伝ってもらおうと思ってるんだ」
「上位貴族である場合特に、その傾向が強く出るでしょうね……。
 これがどれほどのものか……国が認めたからこそ、公的な事業に定められた。そう考えれば理解できると思うのですが」
「まぁ、麻袋に土を詰めるだけだからね。これが画期的な発明だと言われたって、ピンとこないのは仕方がないかな。
 やっていく上で、理解が広がれば、それで良いと俺は思ってる。
 これは元が、水害対策で考案したものだし、日常的にも利用価値が高い。習得しておけば、領内でも活用できる。
 例えば、防水対策、崖崩れでの応急処置、埋め立てや、馬車の脱輪時などにも。
 これで小屋を作ることもできたから、狩りや軍事上の拠点作りにも応用できる」
「必要なものが袋と円匙のみで、材料の殆どが現地調達可能であることが素晴らしいです。大型投石機の固定にも利用できそうですね」

 交易路は名の通り、通常時には交易路として一般に利用されることになる。使用料を払えば、安全に早く移動できる路となるのだ。
 その収入は各領地での、交易路の維持費や警備要員の給与となる。
 人が多く利用する路になれば、領内に落とされる金も物も増えるだろうし、その路の安全性が信用されれば、より利用者が増えるだろう。
 計算上、定期的にしっかりと補修していれば、修繕費用は然程にならぬと結果も出ている。使用者が増えれば収入も増えるわけだが、余った分は領地の収入にできるから、労力を割く価値はあるはずだ。

「……警備や修繕を怠けて収入を得ようとする領地も出てくると思うのですが……?」
「それは、国からの通達……例えば新年の祝賀会や会議等への招集連絡等を交易路を使って行うようにしてもらうよう、検討をお願いしてある」
「成る程。その時に国側は、道の整備がきちんと行われているか、警備が行き届いているかが、身をもって理解できるというわけですね」
「怠っている場合は勧告。それでも改善されない場合は罰金等の罰則を発生させれば良いかと。
 まぁ、正直整備をきちんとしているのが一番安価で収入に繋がります。大きな修繕を必要とする前に手を打つ。それが最も安上がりなんですよねぇ。
 他領の運営を見てそれがはっきりすれば、手を抜いてられなくなると思うのですけど。
 国境に近いの領地ほど、交易路は有事の際の命綱となりますし」

 有事の際には、迅速に人や物資、もしくは情報を運ぶために、国の軍事利用が優先される。
 そのために、王家の印を掲げて馬や馬車が走ることを、日常に織り込む計画なのだ。そうやって、緊急時の予行演習を行う。民への周知にも繋げるという狙いもあった。
 とにかく、この交易路という一手に、何役を与えられるか。それがこの事業の、肝心な部分。
 できることなら、陛下の代だけでなく、今後百年、五百年、千年と続き、使っていけるものであれば良い。そうありたいと思っていたから、これからも極力使い方を増やしておきたいと考えている。

「交易路を日常的に利用される、要の道となるまで育てることができたら……更に加えたい利用方法があるのだけどね……それはまぁ、まだ気の早い話だから、十年後か、二十年後か……いつか形になれば良いなと思ってる」

 獣人が人として認められてから。
 人と狼。二つの姿を持つことが、そのまま受け入れられる世になったなら……そう思っている。

 次に話したのが、ブンカケンの活動目的について。秘匿権を共同利用することの利点を話した。
 例えば衣服の流行や、料理、生活必需品等……。
 要は、今我々が秘匿権を取り、販売している品、販売していこうとしている品を、そうあれるようにしたい。

「例としてあげると、この硝子筆がそうですねぇ。
 木筆は摩耗が激しく、安価であるけれど、大量に消費する。字を書く際も、墨を何度も付け直さなければならない。筆に吸わせる墨だって結構なものになります。木筆は墨が筆に馴染むまで使いにくい。でも滲んだあとは磨耗が早い。色々と浪費の激しい道具なのですよねぇ。
 それに対しこの硝子筆は、一度付けた墨で書類一枚くらいは仕上げることが可能で、正しく丁寧に使っていけば、一生だって使い続けることができます。
 墨だって筆が吸ったものはほぼ使われるので、長時間放置でもしない限り無駄になりませんし。
 まさに画期的なものなのですけど、レイシール様はこれの権利をセイバーンで独占するのではなく、国全体に利用者を増やしたいとのお考えです」

 実際筆を手にし、使ってみるように促されたクロードは、その墨を吸い上げ、模様が浮き上がるさまや、滑らかな使い心地、いつまでも墨が出続けるその様子に、相当な感動を覚えたよう。

「これならば、金貨十枚だって出して買います!    なんで心地良い滑り……」
「まあ現在、量産型の簡素なものならば、そのおっしゃった値段の一割にも満たない金額ですね。付属品を付けたり、軸や筆先の模様を選ぶなりすればもう少し割高ですが」

 そう言ったマルに、信じられないと瞳を見開くクロード。
 練習を兼ねて作られる、無色の基本型となるガラス筆ならば、現在銀貨五枚程だ。

「材料費と、製作時間。木筆を使う場合の筆や墨の値段を考えると、もう少し安くできれば良いと思うのだけど」
「充分ではございませんか!    秘匿権を得ている品が、しかもこのように素晴らしい品が、銀貨で購入できるだなんて!」
「うんまぁ、貴族であれば、そうだろう。だけど民が買うには、やはりまだ高価だよ……。せめて、銀貨三枚……理想としては、一枚が望ましい」

 彼らの給料で、金貨は大金だ。銀貨一枚とて、家族四人が数日暮らせるほどの金額なのだ。おいそれと出せるものではない。
 銀貨五枚ともなれば、下手をしたらひと月の食費くらい賄えてしまう。それを考えると、決して安いとは言えなかった。

「陛下の出発は荒れる。
 まず女王であること。次に病の発表……。
 今まで尊び、崇めていたものを覆すんだ……反発は当然大きいだろう。
 だから尚のこと、民に王家は何も変わっていないことを、分かり易く示す必要がある。
 交易路計画だってその一環ではあるのだけど、あれは結果が目に見えてくるまでに時間がかかり過ぎるからな。
 だからもっと、伝わりやすいもの、実感しやすいものが必要だ。
 それを俺は、秘匿権の開示という形で行おうと思っている。
 ブンカケンで、生活に根差した道具の開発を行い、需要が見込め、生活向上の効果が高いもの、生活の助けになると判断したものの設計図を、国から公開していく。
 でも、闇雲に公開したところで、作り方を理解できなきゃ作れないからね。ブンカケンで研修を受けてもらい、規定の出来栄えに達した者に製造許可を出す。そんな形でいこうかと思っている」
「…………秘匿権を、国から開示……⁉︎
 せっかく得た権利を、もう、捨てるというのですか⁉︎」

 この筆の権利を捨てる⁉︎
 と、あまりに驚いた顔をするものだから、つい笑ってしまった。いや、そうじゃないよ。

「捨てるんじゃないよ。秘匿権は取るし、それを管理していくよ。
 ただ、今までの秘匿権と違うのは、この技術は求める者には常に、国から無償で、提供され続けるということ。
 その代わり、粗悪品は認めない。技術は必ず習得してもらうし、値段だってこちらの設定する金額内におさめてもらうし、権利を利用する以上、規約にも従ってもらう。
 例えば、まず開示しようと思っている技術に手押しポンプがあるのだけど、製造者はブンカケンの規程に定められた機能に達していなければならない。これに製造者、製造年、ブンカケンの商標も記しておかなければならない」

 適当に作られた粗悪品を法外な値段で売る……なんてことは許さない。
 これも、行なっているのを見つけた場合は、許可を取り消す等の処置を取らせてもらう。

「で、ですが……このように価値あるものを無償で公開するなど……レイシール様の……セイバーンの利益は?    秘匿権は申請だってただではないのですし……。
 それに、そんなことをすれば、貴族らの反発が、相当なことになるのでは?」
「一応、逃げ道は作っているよ。
 まずブンカケンの中で暫く管理し、その間に作品を作って試作販売する。その材料費、製造にかかる期間、売れ行き等を参考にして、世間で必要とされる品かどうかを検証する。秘匿権申請にかかる料金と、交易路計画の費用をある程度稼いでから、一般公開に踏み切る形となる。
 この件の肝心なところは、全ての秘匿権を誰もが共有できるものにする……だなんて風には、言っていないことだ。
 ブンカケンで秘匿権を得た後、検証してから国に進呈し、国がそれを所持管理し、開示していく。
 他の貴族が有する秘匿権もそうする。しなきゃならない……なんて風には、一言も言っていない」
「ですが、秘匿権開示をしない貴族は、当然民からの反感を買うのでは?
 しかも、万が一、その他貴族が持つ秘匿権に近しいものが開示されれば……」
「その貴族の持つ秘匿権の価値は大きく失墜するだろうな」

 そう言うと、ゴクリと唾を飲む。
 でも、こうとも考えられるだろう?   本当に重要で高度な技術ならば、簡単に模倣されはしない……。

「人類が失ってはいけない技術。それを守るために高度な職人技や、管理者のこまめな対応が必要であるようなものは、秘匿しておいて構わないと、俺は思ってる。
 本来秘匿権は、そのために作られたものなんだから。
 そうではなく、秘匿権を得ることが世の価値の全てにならないことが肝要なんだ。
 秘匿権を開示することに価値を作りたい……と、表現すれば良いのか……難しいな、どう言えば伝わるだろう」

 大災厄で失くした沢山の技術……それも国が管理していれば、もっと、残ったかもしれない。
 どんな素晴らしい技術だって、作れる人、知る人がいなくなれば消えていくんだ。そうして俺たちは、殆どのことを忘れ、失って、また一から始まった。
 だから、技術の保護を謳うことは間違っていない。そこに、人の欲が絡むことが駄目なんだ。

「特殊な技術に関して話してきたけど……今の秘匿権は、取りたくなくても取らなければいけない形になっているだろ?
 価値の基準が秘匿権一択になっていることがいけないと思うんだ。だから、秘匿権が必要ない事柄まで秘匿権で括らないためにも、民には開示を選べる手段が必要なんだよ。
 秘匿権の手続きだって、安くないからね。開示のために身銭を切る余裕なんて、無い人が殆どだよ」

 ブンカケンに持ち込んでくれれば、その権利をこちらで手続きし、管理する。その代わり、その技術は手数料分を得た後は国全体に開示される。
 管理者が必要だと思えるほどに高度なものであれば、それなりの金額で買い取らせてもらうし、措置を検討し、場合によっては管理者を置く。

「ブンカケンの活動は、秘匿権を無くすための活動……というわけではないのですね?」
「うん。そうではなく、秘匿権が必要ない事柄まで、秘匿権で括らないための活動だ。
 それに……情報を共有することで得られる利益というものも、あるんだ。今はその可能性すら潰しているから、それが生まれるようにしたいと言うかね」
「……?    申し訳ありません、おっしゃっていることの、意味が……共有することで得られる情報の価値、利益というのは、いったいどういうものなのです?」
「一言で言うなら文明の発展……が近いかな。
 まぁそこは……また伝えよう。これは言葉では伝わりにくいし……分かる時は一発で分かるしね」

 そう言い笑うと、なんとも曖昧な表情になった。
 今知りたい。そんな顔。だけど、これは本当に、実感を伴わないと理解しにくいことだと思う。

「大丈夫、直ぐだよ。サヤが起きてくれたら…………」

 そこまで考え、サヤに何をしでかしたかを思い出した……。
 仕事に熱中することで頭から追い出してたのに、ズシンと気持ちが重くなる……。

「ど、どうされましたか⁉︎」
「…………いや、なんでもない。ちょっと落ち込んだだけ……」

 サヤはまだ起きてこない。もしくは起きてても出てこないのか……。
 なんにしても顔を合わせたら一番に謝り倒そう。そう心に誓い直した。
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