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式典 15

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 もう、関わってしまったのだと、本当は分かっていた。
 陛下を王位へと押し上げるために俺は、クロード様の娘を、勝手に駒として使った。
 だから感謝など、されたくなかった。そういったものじゃない。利用しただけなのだと、言いたかった……。
 だのにこの方は、何故か俺を、心から慕ってくれていて、年上で、身分も上で、俺に敬う部分なんて欠片も無いだろうに、主にと望んでくれて……俺はただただ、居た堪れなかったのだ。

「……セイバーン村の館は焼失してしまいまして、今は拠点村に居を移しているんです。
 便宜上拠点村と呼んでますし、そう通してますが、畳むつもりはありません。村にはもう水路を張り巡らせてありますしね。
 だけど……あの村は、貴族の方に住んでいただく予定など無く設計しましたから、ちょっと図面から考え直さないといけない。
 村の建設事態もまだ途中段階ですし、移ってもらうにしても、もう少し時間が必要です。
 ……本当に、何も無い田舎ですよ……」

 そう言うと、リカルド様の腕から解放された。
 襟元を正し、溜息を吐く。
 うん。もう腹を括る。関わる。そう、自ら決めた。

「何も無い村ですが……医師はおりますし、腕も確かです。父上の容態管理のために来ていただいたのですが、そのまま村の居着きとなっていただく予定なので、医師の問題は無いでしょう。薬師も多分……大丈夫。
 お嬢様の容態に対処できるだけの人材は、確保できていると思います。
 住居ですが、病の性質上、色々と配慮が必要でしょうし、建築の段階から、お嬢様にとって過ごしやすい形を模索しておきましょう。
 極力、普通に生活できるように……あまり貴族らしい生活は保証できませんが」
「構いません。元より、そのつもりです。
 私はあの二人を、自然の中で、もっとのびのびとさせてやりたい。人目を憚らぬ生活。ただそれだけが望みです」

 そう言ったクロード様が、申し訳なさそうに俺を見るから……そんな顔しなくて良いのだと、笑ってみせた。

「形はどうあれ……もう、俺の意思で決めましたから、大丈夫ですよ。
 クロード……そう呼んで、本当に良いんですね?」
「はい!」
「私は……秘密も、多いですよ。言えると思えるまで、色々を伏せることになる……それでも良いですか」
「勿論です」

 クロード様は即答した。けれど、ハロルド様は不思議そうに首を傾げ、リカルド様はなんともいえない渋面になる……。

「……何故それを今、ここで口にする」
「そちらの秘密だって聞いたんです。これくらいは伝えておかないと……あまりに不誠実かと思って」

 そう言うと、更に渋面になった。相変わらず理解できない……そんな表情。
 だけど、お身内の方々だって不安に感じるだろうし……。
 確かに俺には秘密が多いけれど……獣人についてはいつか、口にすべきこと。
 だから、信頼できると思い、その時が来たと感じたら、ちゃんと話すと、その気持ちだけは伝えておきたかった。

「拠点村は畳むことを建前として利用していますから、皆様も口外無用に願います」
「……承知した」
「心得た。王家にも、秘してあることなのかな?」
「拠点村は交易路計画に絡めてありますから、陛下はご存知です。
 今伝えるべきことはこれくらいですかね……。だいぶん時間が経ってしまったと思うのですが……まだ大丈夫ですか?」

 そう言うと、では一旦戻るかという話になった。
 そうしていただきたい。父上もきっと、心配していると思うし……サヤだって心配しているかもしれない。
 外に向かうハロルド様らに続き、俺も外に向かうため扉に足を向けた。っと、その前に……。

「では、これから宜しくお願いします。とりあえず、この三日は王都にいるので、その間に他の皆も紹介します。
 私はバート商会で世話になっているのですが……クロード様は、今どちらに?」
「……レイシール様……」
「あ、今日は様付け、止めてくださいよ。流石に今すぐ部下として扱うなんて、気分的に無理ですし……」

 そう言いつつ、足を進めようとすると、焦った声音が「あのっ!」と、俺を呼び止める。

「……なんでしょう?」
「…………あ、兄が、申し訳ありません……。
 今となっては、こんなこと、言い訳でしかないと思うのですが……。
 私は……私が、貴方にお仕えしたいと思ったのは、家族との移住先を探していたからではなく……。
 いや、勿論大切にしたい気持ちはあるのですが、それはこの決意の次のことと、申しますか……」

 とても言いにくそうに、言葉が出てこないのだというように、クロード様は言い淀んだ。
 けれど、何かに急かされるように、今言わなければならないと、心に決めている顔で、自らの心の中から、言葉を必死で探し出す。

「私は、事の顛末を、全て、兄より聞いたのです。
 その上で、貴方の導き出した答えが、選んだ道が、見ず知らずの、隠されていた我が娘を救うものであったことが、貴方の意思だと感じた。
 誰一人として犠牲にしたくないと、そう考えて導き出した答えなのだと、感じたのです!
 貴方の命を、なんとも思っていなかったに違いない叔父ですら貴方は、殺すことを選びはしなかった。
 もっと楽な方法はいくらだってあったはずです。なのに、貴方は……!」
「クロード様。私は、そんなに綺麗なことを考えて、ああしたのではないです」

 そもそも、俺の力で得た結果ではない。
 提案しただけだし、動いてくれた皆が、導き出してくれた結果だ。
 命を賭けて、やり遂げたのは、俺じゃない。

「……俺は、俺が譲りたくないものを守ろうと思っただけです。
 俺や、俺の仲間の手を汚したくなかった。ただそれだけ……。
 あれがたまたま、俺の選べる最善だった。
 だから俺は、貴方が期待するような男ではないと思います。申し訳ないのですが……」

 そう言うと、なんとももどかしそうな顔をされてしまった。
 だけど、これが真実なんだよな。
 今からだって俺は、俺の望むものを優先するし、俺に近しい者らのために、他に犠牲を強いる選択だって、するだろう。
 それが、俺が今からも立ち、歩いて行く道だ……。

「それから、貴方が本心、俺に仕えようとしてくださっていることは、疑いようもなく伝わっています。
 保身優先じゃないことくらい、見ていれば分かりますよ。
 ……リカルド様だって、別に俺を脅す気なんて無かった。ただ、貴方たち家族を大切にしたかっただけだって、分かってますから、大丈夫」

 兄のハロルド様のために、弟のクロード様のために、彼の方は十年を耐えたのだ。
 それに比べたら、俺のしたことなんて、大したことじゃない。

「だから、あまり気負わないで。
 俺は自分の意思で貴方と関わると決めました。
 内容と展開は少々あれでしたけど、まぁ、どっちにしてもこうなる気は、してたんで。
 あ、セイバーンの領民となるからには、幸せになってもらわなければ困りますから、そこは覚悟してもらいますよ」

 そう言い笑いかけると、クロード様はようやっと、肩の力を抜いてくれた。
 そうして、うっすらと微笑みを浮かべる。
 うん、その顔。
 俺が見たかったのは、決意に固まってしまった覚悟の表情じゃなくて、その顔だ。


 ◆


「一言くらい、伝えてから行動していただけますか。どんな状況であったとしても、使用人に言伝を頼むくらいのことは、できましたよね」
「はい……申し訳なかった……」
「そもそも何故、公爵家の方々に連れ去られる事態になるのです……」
「いや、ちょっと色々あって、語らってただけで、別に連れ去られたわけじゃないんだけど……」
「周りはそう思ってらっしゃる方しかしらっしゃいませんでしたけれど、結果が全てでは?」

 グサグサとアーシュに言葉で刺された。
 父上はそんな俺たちを苦笑しつつ眺めている。

 結局あの後、約束通りベイエル公爵様にまで紹介されてしまった俺は、そこでも暫く、歓談を強制的に楽しまされた……。
 それでようやっと解放され、クロード様とは明日、改めてお会いすることを約束して別れ、戻る途中で今度はアギー公爵様に捕まり、結局父上と合流する頃には夜会も終盤……。
 いや、良いんだけどね。お陰で色々回避できたし……。

「先程、陛下より使いが来た。
 サヤを迎えに来いと。サヤは正式採用ではないゆえ、祝賀会の終了までの任務で構わぬそうだ」

 それを、早く、教えてほしかった!

 慌てて舞踏館を出て、控えの間に向かった。基本的に王族しか入れない区画となるため、本来であれば許されないのだけど、印綬を示すとすぐに通され、流石印綬と感心する。
 扉を叩くことももどかしく、急いた気持ちで訪を告げると、どうぞと言う、聞きなれた声。

「サヤ!」

 入るなり、近衛の正装のままのサヤを、力一杯抱きしめた。
 いやだって、色々気持ちも磨り減ったし、とにかくそうしたかったのだ。

「人目は憚ってくださいって、いつも言うとる!」
「憚ってるよ。だけど今はごめん」
「憚ってないやんか⁉︎」

 そう怒られたけれど、結局サヤは、許してくれた。
 俺が精神的に磨り減ってしまっているのだと、察してくれたのだと思う……。
 そうして真っ赤になったサヤに、ぐいぐい押されて離されるまで、俺は腕の中のサヤを感じ、ホッと胸を撫で下ろしたのだった。
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