異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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バート商会 4

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 正直、バート商会のような大店は、秘匿権が収入の要だ。意匠の独占期間にどれだけ稼げるかが大きく影響する。
 秘匿権を得るにも、当然金が必要で、大店や貴族、神職者ばかりが秘匿権を有することになる理由の多くは、それが原因。
 だから、秘匿権を得た者は早くそれを回収しようと、品の料金を吊り上げることになり、その吊り上げたげた料金で収入を得てしまえば、もうその旨味に抗えない……となる。
 無論、業種や品によってその金額は違うのだが、移り変わりの激しいこの服飾関係は、言わば管理機関からすれば収入源。安価とは言い難いのだ。

 また、服飾業界のように、流行の移り変わりが激しい分野は、その匙加減が大変難しいのも特徴だ。
 木炭や石鹸のように、類似品が出回りにくく、いつまでも所持し続けられるほどに特殊なものならばともかく、流行はあっという間に移り変わる。
 だから、引き際を見極めなければならない。
 少しでも収入を得ようと独占期間を引き伸ばせば、次の流行に乗り遅れかねないし、早く切りすぎては次の資金すら得られない。意匠師に支払う報酬だって必要だ。
 加減を間違えば流行にすら育たなかったり、所持しすぎとみなされれば、恨みを買ったり……。
 手続き自体にも、手間や時間が掛かる。
 他店から似たような申請が出ていないか、そもそも秘匿権を他が取っていないか、過去に出されたものに同一のものがないか、それが秘匿権の効果を発揮したままであるかどうか……等、移り変わりが早いゆえに、確認する量も膨大だ……。
 マルみたいに、一応の秘匿権が頭に入ってる……なんて人間はそうそういないし、資料をいちいち確認するのだから、やる方もたまらない。
 その辺りの審査に、下手したら半年くらい取られたりする。
 俺たちがサヤ絡みで習得した秘匿権は、類似品が少ない分野か、明らかに今まで無かったものが多かったから、比較的早く権利を確保できていたのだが、それだってマルが一応、類似品の有無に目星をつけてくれていたから確信を持って提出できたし、貴族や大店からの申請であるゆえに調査も早かっただめだ。

 あと、服飾業界の秘匿権は特別で、十年経った秘匿権は抹消される。
 ずっと残しておくには内容が細かく膨大すぎ、更に流行には巡りが存在するため、そのような形で管理されていた。
 よって、どのような意匠も十年で破棄され、また秘匿権を取れるようになるのだが……。

「ここのところ移り変わりも早いからねぇ」
「えぇ……それは本当に……」

 流行の波は必ず十年で巡るわけではない……。
 時代によって当然違うし、全く同じものが求められるなんてことは、まず起こらない……。
 近年は、少し早い切り替わりが続いていて、そのせいか意匠案も出つくしてしまった感が拭えなかった。

「だけど昨年は、意匠師カメリアに随分と助けてもらったよ。
 この流行の行き詰まった時代にも関わらず、斬新で新しい発想を沢山いただいた。
 正直、これほど沢山の秘匿権を一度に確保できたことなど、今まで無かったくらいだよ。
 しかも流行の息が長い品に恵まれたしね」

 スランバートさんの視線が、俺の背後に立つサヤに向けられる。
 サヤが女性であり、意匠師カメリアであることは、もう伝えてあった。なにせ雇用主だし。
 彼女の国は遠い異国で、その異国の服から着想を得た意匠を、提案しているのだということも。
 サヤは、恥ずかしそうに縮こまって「お、お役に立てたなら、良かったです……」と、視線を彷徨わせる。
 自分は国にあるものを描いているだけ……とか、ズルをしているみたい……とか言っていたし、居た堪れないのだろうな。

 まぁ正直、サヤの従者服……あれは特例だ。
 今年も既に夏用の注文が殺到しているから、秘匿権の公開を区切る目処が立っていない。それゆえ所持が許され、更に従者服にとどまらず、貴族の衣装としても望まれているだなんて……。
 それだけのものを提案したというのに、彼女はやっぱり、そのことを後ろめたく思っている様子。
 そんなサヤの心情を見て取ったスランバートさんは、小さく苦笑した。
 スランバートさんは、長年職人と貴族の仲介に力を入れてきた店主だ。
 アルバートさんに店主を任せてからは特に、職人たちとの交流に精力を注いでいた。
 だから、サヤの様子が特に、気になったのだと思う。

「奥ゆかしい性格だってギルが手紙にも書いてだけど、本当にそのようだねぇ。
 あのねぇ、サヤさん。ただ、今までの定石を奇抜な形で引っ掻き回してみた。というだけなら、こんな風にはならなかったよ」

 優しい声音で、ギルに似た青い瞳が、サヤを見る。

「貴女の意匠案がここまで受け入れられたのは、ひとえにその機能性だ。
 形以上に、その機能美を高く評価された。
 貴族社会の流行は、優美と機能美の兼ね合いだというのは、ギルから聞いているかな?」
「は、はい……。従者服の図案を、買い取らせて欲しいと言われた時に、おっしゃってました……」
「君の国の衣服は、この国の衣服と同じ形をしているわけじゃないよね?    似たものはあるのだとしても、全く同じじゃないだろう?」
「……はぁ、それはまぁ……」
「なら、この国の形にその発想を落とし込んだというところに、価値が出ているんだ。貴女の国のものを、そのまま再現したってウケなかったよ。
 貴女の描いた従者服は、きちんと従者に求められるものを含めた上で、機能性を格段に向上させていた。
 現場を知る貴女自身がその機能を欲していたからこそ、この形が生まれたし、社会も実はそれを求めていたから、結果がついてきた。
 そんな風に難しく考えなくってもね、貴女はちゃんと貴女の仕事をしているよ。評価を得るだけの価値を持っている。
 そもそも、どんな流行だって模倣から始まってる。真似たら駄目なんて言ってたら、我々は服を着れなくなってしまうよ」

 スランバートさんのその言葉に、隣のアリスさんもにっこりと笑う。
 二人がそんな風に肯定の意を示してくれたことで、サヤも少し、心が軽くなったのだろう。ありがとうございます。と、微笑んで頭を下げた。
 それに満足したように、二人は顔を見合わせて笑いあって……。

「まあ、ひとつ身贔屓で褒めさせてもらうと、ギルがきちんと社会の需要を捉えていたって部分も、重要だったわね」
「そうだねぇ。サヤさんが自分の仕事着としてだけ利用してても、見た目では殆ど分からないし、広まらなかったろうしねぇ」

 確かに。
 田舎にほぼ引っ込んでいる我々がどれだけ利用していたところで、高が知れていた。
 ギル偉いわぁ!と、誇らしそうにアリスさん。
 サヤは元々、自分が過ごしやすくあるためだけに、あの意匠を考案した。
 それを、売れる。と、断言し、世に出したのはギル。
 つまり今、バート商会が掴んでいるものは、ギルの読みが正しかったという結果なのだ。

「だからね、この件も……私としては、ギルの判断に委ねても良いと思ってるよ」

 更に続けて、そう静かに宣言したスランバートさんに、俺は言葉を詰まらせた。
 まさかそんなにあっさりと告げられるとは思ってなくて……。
 そんな俺を見て「レイくんの肩に乗っかっちゃう形になるけどねぇ」と、少しすまなそうに付け足す。

「ギルもそこは、きちんと理解しているはずだよ。
 ただまぁ、アルは安定や維持には向いていると思うけど、舵取りはあまり得意ではないし、つい守りに入っちゃうのが、少々心配だけどねぇ」

 まぁでも、隠居した私たちが口出しすべきじゃないと思うから、二人に任せるけどね。と、スランバートさん。
 自分の意見が店の方針を左右することはない。と、宣言され、俺のソワソワは増してしまう。

 アルバートさんは、良い商人だ。
 父親が守ってきたものをきちんと守り、更に大きく育ててきた。
 貴族との取引はどれもこれもが神経を使う。それを堅実に積み重ね、地を踏み固めるようにして、ここまで育て上げた人だ。
 だからこそ、ギルの選択を受け入れられないのではないかと、そう感じる……。
 アルバートさんには見えてしまうかもしれない……。俺たちが狙い、成そうとしているものが。
 貴族との関わりに細心の注意を払ってきた人だからこそ、秘匿権というものがそこにもたらしているもの、与えている影響が、より明確に見えているだろう。
 だからギルが、ただバート商会の将来のためだけに、こう動くと決めたわけじゃないと、分かってしまうのじゃないか……。

 そんな俺の、内心にある焦りなど知る由もないお二人は、世間話をするような口ぶり。

「この国は、もともと異国文化を取り入れることを、あまりしてきてないのよね。
 だから余計、似たようなものばかりが繰り返されて来てると思うの。最近の、流行の巡りが早いのも、正直見慣れて飽きやすくなっているのね。
 発想だって出尽くしていたから、今までに無い変化……というものにも、飢えていたと思うわ」
「そうそう。そんな感じだよねぇ。だから新風が吹いた今が、決断の時だとギルが考えたのも、間違ってはいないと思うんだよ。
 今、我々はその風を掴んでいる。専属の意匠師として、独占までしている。まぁ、サヤさんひとりに頼るわけじゃないけど、これは大きいよ、やはりね。
 その上で王族からの依頼を得て、定期的な収入が見込める……。人員は必ず増員されるだろうし、収入も上がるよね、そうなると。
 なら、今舵を切らないで、いつ切れるというのか……と、まぁあの子ならそう考えるだろうねぇ」
「正直今しか無いわよねぇ」
「更に新分野まで開拓するつもりみたいだしねぇ」

 …………なんでそんなに軽い感じなんですか?

 まぁ、その軽さは信頼の裏返しだったのだと、後で分かるのだけど……ね。
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