異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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門出 5

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 耳飾受注の準備と、女近衛正装の準備は着々と進んでいた。
 耳飾に関しては、ウーヴェとルーシーが動いてくれており、その間に俺たちは正装の方を片付けられる。お陰で随分と順調だ。
 だけどジェイドはあれ以来全く姿を見せてくれなくて、怒ったままなのか、それとも腕の傷が相当酷かったのか、心配でたまらない。
 ウォルテールはというと、一旦アイル預かりとなり、一足早く拠点村に戻った。そして近日中に、ロジェ村へと向かうらしい。
 彼が脱走してまでサヤを求めたのは、もうサヤに会えなくなるかもしれないという、不安や焦燥があったのも要因だったのだろう。

 そうそう、メバックに戻り二日目の出来事なのだけど……。

 ウーヴェの助手を紹介され、ルカの妹ということで大いに驚いた。
 いたのか妹⁉︎

「リタでーす!    鳥頭の兄がとてつもなくご厄介になってまーす!」
「…………はい、いえ、こちらこそ、いつもお世話になってます」

 赤橙色の髪に臙脂色の瞳。鼻のそばかすが愛らしい、快活そうな女性。色調に赤味が強い家系なのかな。
 大きな声で元気にハキハキと挨拶され、もう雰囲気からして明るいなという印象。前髪を新しい髪飾りで纏めているのは、商品の宣伝を兼ねているのかな。

「土建組合長の娘ということもあって、家の手伝いも色々としてきている娘です。
 顔も広く、彼女に喧嘩を売ろうと思う者は、メバックにはまずおりませんので、安心して受付を任せられます。
 この通り物怖じしませんし……少々喧嘩っ早いのが気がかりですが……」
「ウーちゃん⁉︎    私、お兄ちゃんより時と場合を選べます!」

 う……⁉︎

「「「ウーちゃん⁉︎」」」

 何人かの声が被った。
 瞬間、ウーヴェが未だ嘗てないほどに赤面するものだから、更なる衝撃⁉︎

「リタ!」
「仕返しですぅ」
「あっ、いや……かっ、彼女とも昔から、面識がありまして……っ」
「幼馴染なんでーす」

 慌てるウーヴェを尻目に笑顔でそう言い愛想を振り撒くリタ。
 物怖じしなさ加減が兄によく似ているな……血を感じる……。
 ウーヴェはいつも黒服だし、髪もきっちりと油で撫で付けている。面差しは爬虫類系というか、目が細くて鋭いから、見た目は少々怖い印象を受ける。
 更には前職が金貸しで、父親が罪人として咎められたという経歴であるから、決して気安く接しやすい人物とは言い難い。
 話せばとても誠実で、優しい男なのだけど……表面的な触れ合いだけでは、決してそれには気付けないだろう。
 そんな彼をこんな風に手玉に取り、慌てさせるのだから、成る程。素晴らしい幼馴染だなと感心した。
 彼女はウーヴェの前歴も、父親の罪も、兄同様気にしていないのだろう……。それが伝わって、とても嬉しくなる。

「心強いな。ウーヴェ共々よろしく頼む」
「レイ様⁉︎」
「えっ、ウーちゃんも任せて下さるんですか⁉︎」

 ん?

 問われたことの意味が分からず首を傾げた。
 いや、ウーヴェの助手なんだから、ウーヴェをお願いするのは当然なんじゃ?

「ですってウーちゃん、私、いつでも任されるよ⁉︎」
「い、いや、間に合ってます。そもそも私はレイ様に忠誠をお誓いしましたので……」
「なにその硬い口調!    いつも通りに話してくれたら良いのに!」
「今は職務の最中です!」

 本当に物怖じしないなぁ……。
 なにやらウーヴェと押し問答した挙句、隙を見てこちらに視線をちらりと寄越し、ペロッと舌を出す。
 俺が小煩くしない貴族であるという認識がある態度だな。まぁ、ルカが生きているのだから当然なのか?    なんにしても、ルカよりはかなり察しが良いようだ。
 そして仕事に誠実であろうとするウーヴェを気遣う能力も持ち合わせているようで、職務を持ち出された途端、ピシリと踵を揃えた。

「はーい。職務は誠心誠意頑張ります!
 ウーちゃんのお役に立てるならば本望です!」
「それしつこい……」

 あまり虐めても駄目だと判断したのか、それまでの押しの強さをさっと引っ込めて、けれどウーヴェへのひと刺しは忘れない。
 ウーちゃん呼びに悲鳴をあげるウーヴェ。けれどその表情に、ピンときた。

「リタ、君は幾つなのかな。俺はルカを五つほど読み違えてたから、ちょっと自信が持てなくて」
「私ですか?    十八でーす。いつでも輿入れできまーす!」
「リタ!」

 あ、これ確信犯だ。

「そうか。では公私共にウーヴェを支えてやってもらえると嬉しい」
「レイ様⁉︎」

 目を剥くウーヴェだったけど、リタの表情はパァッと、花が咲くように輝いた。年の差十……いや、十一か?まぁ、開いてるけど貴族ではそう珍しくもないし、死別などで後妻を貰う場合などにもまま見られる年齢差だ。特別目立ちも、咎められもしないだろう。
 なによりリタはその気満々である様子だし、彼女はウーヴェの性格や立場的に、押さなければどうにもならないと理解して、敢えてこうしている様子。
 その上で俺を突いてきたのは、俺の反応を確認するためだったのだろう。多分、ウーヴェが俺を理由に、拒んだからだな。
 だけどウーヴェの心は……もう、定まっているはずだ。

「ウーヴェ、何度も言ってることだと思うけどね。
 俺の職務は領民の生活を守ること。幸せに暮らせるよう地盤を整えるのこと。
 ウーヴェはそのためにとても良く働いてくれているけれど、それは君の生活を犠牲にしろってことじゃないんだよ。
 ウーヴェは罪を犯してなどいないし、家業や父親のことは、お前の与り知らぬことだったと承知している。なによりもう済んだことだと、言ったろう?
 それに貴方だって俺の領民だ。セイバーンに住むからには、幸せになってくれないと、俺の管理能力が問われてしまう。
 それともウーヴェは、俺の元では幸福を得られないとでも、言うのかな?」

 敢えて全てを言葉にしたのは、リタに俺の見解を伝えるため。
 そしてにっこりと笑って小首を傾げてみせると、ウーヴェは朱に染まった顔で、戸惑ったように口籠る。

 思いつめてしまう彼のことだから、自分は幸せを得る資格は無いとか、身内に罪人がいるだとか、俺へ魂を捧げたからだとか、そんなことを色々考えて彼女を拒んだのだろう。
 だけどそれは、俺には全く嬉しくない事態だ。
 俺は昨日見たような、柔らかく微笑むウーヴェでいてほしい。
 あんな表情、今まで見たことがなかったのに、それを俺に見せたのは……ウーヴェの中で、もう心の変化が起こっているということなのだと思う。
 なら、俺への忠誠なんて、秤に掛けなくても良いんだ。
 俺は、戸惑うウーヴェの手を取り引き寄せて、耳元に口を近づけ、小声で囁いた。

「なんなら魂だって返すよ」
「レイ様⁉︎」

 悲壮な顔で悲鳴をあげる。
 違うって、そういうことじゃないよ。

「ウーヴェの忠義を疑うからじゃないよ、分かってるだろう?
 俺だって、国に魂なんて捧げてない。俺の魂はサヤに捧げたからね。ほら、こんな立場なのに私欲に走ってるんだ。
 俺がそうしてるのに、ウーヴェがしちゃいけないはずないじゃないか。
 実際のところどうなの。彼女を愛しいと思ってる?    ウーヴェは俺に偽りなんて、言いやしないよな?」

 サヤには聞こえているだろうけど、他の者には聞こえぬよう、声は潜めた。
 少し後方のリタは、ウズウズとした表情で、聞こえない俺たちの会話に耳をそばだてている様子。
 俺の言葉に、ウーヴェは赤い顔で必死に止めてくれと瞳で訴えてくるが、当然俺は、そんな訴えを聞くつもりはない。
 否定の言葉を口にできないのは、肯定と同じだよ、ウーヴェ。

「幸せになってほしいよ、ウーヴェ。
 彼女なら、きっと明るい家庭を築いてくれるし、ウーヴェの性格だって、過去だって、全て知ってる。その上で、ああして笑ってる。ウーヴェを求めてる。
 後は、貴方が気持ちを固めるだけじゃないかな?    彼女を泣かせたい?    そんなわけないよな?」

 ぐいぐいと押していくと、居た堪れぬ様子で口をはくはくとさせるが、声は出てこない。
 だから最後に、もうひと押しすることにした。

「式の時は、拠点村の館が、ウーヴェの家になるよ」
「…………っ」

 式で、花嫁を迎え入れる場所になるよ。と、ウーヴェに伝える。
 それは俺が身元を保証するよという意味でもある。
 そうすれば、彼の出自も、身内の罪も、声高に叫ぶ者はいなくなるだろう。つまらないことでリタを悲しませるなんて、したくないものな。

「貴方は……どうしてそう……」
「何もおかしなことは言ってない。配下がそうなれば、俺は他の皆にだってそうするんだから」
「ですが私は……!」
「ウーヴェ。貴方が幸福だと、俺だって今よりもっと幸せだと感じれるよ」

 苦しんでいたのを知っているから。
 その試練を乗り越えて幸せを掴んでくれたなら、俺はきっと、とても嬉しい。あの事件に関わった皆がそう思うことだろう。

「そういうことだから。必要ならばいつでも言っておいで」

 声量を戻し、最後にそう付け足した。
 決断は自分でくださなきゃな。ウーヴェが自分で選びとらなきゃいけない。だからこれ以上は、踏み込まない。

「待たせたねリタ。これからどうぞよろしく。
 新しいことだらけだから、きっとバタバタした職場だと思うけど」
「いーえ!    ウーちゃんのお手伝いができるなら、本望ですから!」

 まだウーちゃん呼びをやめない。彼女の本気がうかがえるというものだ。
 ニパッと笑うリタは、まるで麦のような娘だなと思った。
 踏まれても、茎を増やして育ち、黄金色に輝いて、大いに実る。
 近い将来、ウーヴェの家庭がそうなるんじゃないかって予感がしてるよ、俺はね。
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