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門出 1
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カタリーナの仕事は庭掃除の手伝いと決まった。
と、いうのも、ここの一画を近々増築するのだそうで、そのために庭木の伐採やら整地やら忙しいのだ。職人が入るが、その世話に使用人も必要で、その中に混じる様子。
何を作るのかって、そりゃ……ね?
「今そっちはいいから、早く来い、時間ねぇんだろうが!」
ギルに急かされて慌てて執務机に戻った。窓の下の風景につい見入ってしまっていたのだ。
因みに、ジーナは庭で、見習いの若い使用人が面倒を見てくれることになった。カタリーナも傍にいるし、その方が良かったろう。
で、ジェイドの登場がまだお迎えではなかったウォルテールは、俺の部屋で待機。シザーが見張っている。オブシズは昨日ここにいなかったので、まずは荷物整理をしてくるよう指示した。
ジェイドはまた姿をくらませてしまった。
そんなこんなで、とりあえずこの時間は、書類仕事を片付けつつ、状況報告をしていたのだけど……。
「ったく、ほんと次から次から……ここに来る度に何かしら問題抱えてきやがる……お前俺を休ませる気無いよな⁉︎」
「仕方ないだろ……女近衛の正装は俺だって予想してなかったよ……」
「そっちは良い。そこじゃなく、お前だ馬鹿。
なに神殿関係者受け入れてんだって話だろ⁉︎ お前あの村が何の村か考えてるか⁉︎」
「考えてないわけないだろ。……だけど、あの時はもうどうにも……他の選択肢は無かったんだよ……」
心の動きを伺わせない、柔和な笑顔のアレクセイ殿を思い出す。
あの時、あれ以外の選択肢は無かった……。無理やり断ったら怪しまれそうだし、あの親子を見なかったふりも、できなかったし……。
何より事情を聞いて、それでもだなんて……できるわけがない。
俺の表情で、ギルは続けようと思っていた言葉を飲み込んだ様子。溜息を吐いて……。
「……でも、どうするんだよ……。
あの親子、そのまま村に入れるのか? もしそれで、獣人のことが知られたら、とんでもないことだぞ……」
「それは、分かってるよ……。
だけどじゃあどうするって部分は、俺だってまだ何も思いつかなくて……」
「無策でこんな問題抱え込むなよお前はああぁぁ!」
「仕方ないだろ⁉︎」
「答えの出ない問題はもう良いですから、今は先に手を動かしてください」
ハインにすっぱりと切って捨てられ、俺たちは言い合いも止めて書類仕事に専念することとなった。寝不足のハインに逆らうのは怖い。ただでさえ気が立ってるから尚更。
とりあえずは使用人募集の書類だ。まずは商業会館に委託して、ある程度の選考を行なってもらう。貴族に関わる以上、最低限の知識は有していなくては、血を見るだけになってしまうからだ。
本来なら、関係者の紹介等で女中や衛兵は選ばれるのだけど、今までジェスルの者が大半を占めていたセイバーン村では、この紹介はさほど使えない。そもそも村だし、人も少ないからな。
それに、貴族関係はただ金になると誰彼構わず集られても困るのだ。ある程度の絞り込みは商業会館にお願いし、まず一度ふるいにかける。
その上で、面接も必須となるだろう。保証が無い者を雇うのだから、人選には細心の注意を払う必要がある。
程なくして、俺の書類仕事は無事終了。ギルが使用人を呼んでくれて、商業会館に走らせてくれることとなった。
「……ところでサヤは?」
「お前の印綬を先に済ますってなんかやってたぞ」
他の場所で、印綬を持ち歩けるように加工してくれているらしい。
まぁこれも急がないと危険な案件だよな。いくら戴冠式当日まで必要無いとはいえ。
「女近衛の正装もなぁ、うちにとっては願ってもない好機だが……どうせなら越冬前に言ってほしかったぜ……ったく、唐突すぎんだよ姫様は……」
ぶちぶちと文句を垂れつつギルは生地の選定に余念が無い。
広げられたそれらは、濃淡の差こそあれ、全て同じようにしかみえない紺地なのだが……何かが違うんだろう、うん。
「……女近衛の正装、色は紺色にするの?」
「あぁ。姫様の性格的に、女近衛はどうせ徹底的に実戦投入されるんだろうからな。正装であっても実用に耐えなきゃ話にならんだろ」
とのこと。実用重視すると紺になるのか……。
「女性はもっと華やかな色を好まないかな……」
「職務に華やかさはさほど重要じゃないだろ。それに紺だって充分華やかな色なんだぞ?
だいたい、姫様が光に弱いと分かった以上、光の反射が起こる色調のものも使うべきじゃない。
白の女王である姫様を引き立てつつ実用性あって見栄えが良い配色……って考えると、やっぱり紺だろうなってなったんだよ」
「その心は?」
「……お前、暇なのか?」
「ギルの手が空かないと暇かな」
と、いいますか……リヴィ様のことをどう切り出そうかと探りを入れていたのだ。
俺から女性を紹介されるとは思ってないだろうから、今のうちに探れるだけ探りたい。
こちらの腹積もりを知らないギルは、俺が構ってほしいのだと判断したらしい。口を動かしてくれる気になったようだ。
「女性は繊細だ。どうあっても肉体的に男よりは脆弱だしな。
例えば行軍時だ。何日も着替えすら無しで歩き続けるとか、圧倒的に多い男の、欲望を抑え込まれた視線に晒されるとか、考えるまでもなく、心身共に負担は大きい。
だから変に男の目を惹く色味は使うべきじゃないだろうし、汚れが目立つ色合いも辛かろう。
とはいえ、軍事ごとであっても美しさを損ねる要素は減らすに越したことはない。
藍染は汗の匂いを抑えてくれるし、虫除けにもなるし、肌にも優しいんだよ。更には生地も強くなるしな」
「そういえば、学舎にいた時の遠征訓練、ギルはあれ大嫌いだったよな」
「ったり前だ。五日以上着の身着のままって……死ぬわ。正直死にかけたわ。
俺は騎士には向かないってあれで徹底的に身に沁みた」
思い出してしまい、つい笑みが溢れた。反対にギルは死にそうな顔だ。
学舎では、上の学年になると武術講義に実習が多くなる。
その一つが遠征を体験する実習なのだけど、結構な荷物と食料を担ぎ、十日近くを掛けて目的地までを歩き通す。
日数制限があるため、とにかく先を急がなければならない。間に合わなければ留年決定で、また翌年同じ遠征に出なければならないので、皆必死だった。
この実習、学舎で最も過酷と言われる講義に、必ず名が上がるのだよな。
遠征訓練の間は水浴びなどする時間も無く、着た服を着替える余裕も無い。せいぜい濡らした手拭いで顔を拭うくらいで、頭も身体も痒く、鼻が麻痺するほどに体臭が臭くなる。天候だって、体調だって考慮されない。徹底的に実戦を模していたためだ。
戦では何一つ考慮などされない。我が身を守るは我が身のみ。行軍に遅れれば、最悪死ぬ。貴族であってもそれは当然で、兵の立場を知ることも大切だ。そのための実習。
平和と言われるフェルドナレンにおいて、この訓練は不要なのではないかと声を上げる者もいたけれど、終わってみれば経験して良かったと思える、俺には良い思い出だった。
とはいえ、これは貴族出身者には特に苦行で、道中は虫も多く出るため、始めは大騒ぎなのだけど、末日など声を上げることもなく、身体に虫が集ろうと無心で足を進めるだけの、屍の列と化す、伝統の実習。
で、美しさに拘るギルにも、当然これは思い出したくもない苦行だったのだよな。実習の後は目が死んでた。
「あの時藍染の効果を知っていれば……持ち物全部を藍染にしたものを……」
「……あ、もしかしてサヤの知識?」
「ん……まぁ、裏付けが取れたといったところだな。
前から言われてはいたんだ。地方によっては魔除けになるとされているし、昔から長く使われてきた染めの技術だしな……。
それが気のせいとか思い込みじゃなく、確かな効能なんだと聞いた。成分だのはちんぷんかんぷんだったけどな」
そう言って薄く微笑む。
そうして、沢山の紺の中から選んだ数枚を分けて、それを手に取って。
「……お前は……よくサヤを、女神だって言うけど……ほんとそうだよな……。
サヤの知識が無くとも、俺は紺を選んだと思う。だけど……サヤの言葉のお陰で、選んだことに誇りを持てる。
王家の推薦に応えるのに、これほど心強いことはねぇよ」
ポツリと添えられたその言葉に、サヤへの信頼が伺えて、俺は胸が熱くなった。
と、いうのも、ここの一画を近々増築するのだそうで、そのために庭木の伐採やら整地やら忙しいのだ。職人が入るが、その世話に使用人も必要で、その中に混じる様子。
何を作るのかって、そりゃ……ね?
「今そっちはいいから、早く来い、時間ねぇんだろうが!」
ギルに急かされて慌てて執務机に戻った。窓の下の風景につい見入ってしまっていたのだ。
因みに、ジーナは庭で、見習いの若い使用人が面倒を見てくれることになった。カタリーナも傍にいるし、その方が良かったろう。
で、ジェイドの登場がまだお迎えではなかったウォルテールは、俺の部屋で待機。シザーが見張っている。オブシズは昨日ここにいなかったので、まずは荷物整理をしてくるよう指示した。
ジェイドはまた姿をくらませてしまった。
そんなこんなで、とりあえずこの時間は、書類仕事を片付けつつ、状況報告をしていたのだけど……。
「ったく、ほんと次から次から……ここに来る度に何かしら問題抱えてきやがる……お前俺を休ませる気無いよな⁉︎」
「仕方ないだろ……女近衛の正装は俺だって予想してなかったよ……」
「そっちは良い。そこじゃなく、お前だ馬鹿。
なに神殿関係者受け入れてんだって話だろ⁉︎ お前あの村が何の村か考えてるか⁉︎」
「考えてないわけないだろ。……だけど、あの時はもうどうにも……他の選択肢は無かったんだよ……」
心の動きを伺わせない、柔和な笑顔のアレクセイ殿を思い出す。
あの時、あれ以外の選択肢は無かった……。無理やり断ったら怪しまれそうだし、あの親子を見なかったふりも、できなかったし……。
何より事情を聞いて、それでもだなんて……できるわけがない。
俺の表情で、ギルは続けようと思っていた言葉を飲み込んだ様子。溜息を吐いて……。
「……でも、どうするんだよ……。
あの親子、そのまま村に入れるのか? もしそれで、獣人のことが知られたら、とんでもないことだぞ……」
「それは、分かってるよ……。
だけどじゃあどうするって部分は、俺だってまだ何も思いつかなくて……」
「無策でこんな問題抱え込むなよお前はああぁぁ!」
「仕方ないだろ⁉︎」
「答えの出ない問題はもう良いですから、今は先に手を動かしてください」
ハインにすっぱりと切って捨てられ、俺たちは言い合いも止めて書類仕事に専念することとなった。寝不足のハインに逆らうのは怖い。ただでさえ気が立ってるから尚更。
とりあえずは使用人募集の書類だ。まずは商業会館に委託して、ある程度の選考を行なってもらう。貴族に関わる以上、最低限の知識は有していなくては、血を見るだけになってしまうからだ。
本来なら、関係者の紹介等で女中や衛兵は選ばれるのだけど、今までジェスルの者が大半を占めていたセイバーン村では、この紹介はさほど使えない。そもそも村だし、人も少ないからな。
それに、貴族関係はただ金になると誰彼構わず集られても困るのだ。ある程度の絞り込みは商業会館にお願いし、まず一度ふるいにかける。
その上で、面接も必須となるだろう。保証が無い者を雇うのだから、人選には細心の注意を払う必要がある。
程なくして、俺の書類仕事は無事終了。ギルが使用人を呼んでくれて、商業会館に走らせてくれることとなった。
「……ところでサヤは?」
「お前の印綬を先に済ますってなんかやってたぞ」
他の場所で、印綬を持ち歩けるように加工してくれているらしい。
まぁこれも急がないと危険な案件だよな。いくら戴冠式当日まで必要無いとはいえ。
「女近衛の正装もなぁ、うちにとっては願ってもない好機だが……どうせなら越冬前に言ってほしかったぜ……ったく、唐突すぎんだよ姫様は……」
ぶちぶちと文句を垂れつつギルは生地の選定に余念が無い。
広げられたそれらは、濃淡の差こそあれ、全て同じようにしかみえない紺地なのだが……何かが違うんだろう、うん。
「……女近衛の正装、色は紺色にするの?」
「あぁ。姫様の性格的に、女近衛はどうせ徹底的に実戦投入されるんだろうからな。正装であっても実用に耐えなきゃ話にならんだろ」
とのこと。実用重視すると紺になるのか……。
「女性はもっと華やかな色を好まないかな……」
「職務に華やかさはさほど重要じゃないだろ。それに紺だって充分華やかな色なんだぞ?
だいたい、姫様が光に弱いと分かった以上、光の反射が起こる色調のものも使うべきじゃない。
白の女王である姫様を引き立てつつ実用性あって見栄えが良い配色……って考えると、やっぱり紺だろうなってなったんだよ」
「その心は?」
「……お前、暇なのか?」
「ギルの手が空かないと暇かな」
と、いいますか……リヴィ様のことをどう切り出そうかと探りを入れていたのだ。
俺から女性を紹介されるとは思ってないだろうから、今のうちに探れるだけ探りたい。
こちらの腹積もりを知らないギルは、俺が構ってほしいのだと判断したらしい。口を動かしてくれる気になったようだ。
「女性は繊細だ。どうあっても肉体的に男よりは脆弱だしな。
例えば行軍時だ。何日も着替えすら無しで歩き続けるとか、圧倒的に多い男の、欲望を抑え込まれた視線に晒されるとか、考えるまでもなく、心身共に負担は大きい。
だから変に男の目を惹く色味は使うべきじゃないだろうし、汚れが目立つ色合いも辛かろう。
とはいえ、軍事ごとであっても美しさを損ねる要素は減らすに越したことはない。
藍染は汗の匂いを抑えてくれるし、虫除けにもなるし、肌にも優しいんだよ。更には生地も強くなるしな」
「そういえば、学舎にいた時の遠征訓練、ギルはあれ大嫌いだったよな」
「ったり前だ。五日以上着の身着のままって……死ぬわ。正直死にかけたわ。
俺は騎士には向かないってあれで徹底的に身に沁みた」
思い出してしまい、つい笑みが溢れた。反対にギルは死にそうな顔だ。
学舎では、上の学年になると武術講義に実習が多くなる。
その一つが遠征を体験する実習なのだけど、結構な荷物と食料を担ぎ、十日近くを掛けて目的地までを歩き通す。
日数制限があるため、とにかく先を急がなければならない。間に合わなければ留年決定で、また翌年同じ遠征に出なければならないので、皆必死だった。
この実習、学舎で最も過酷と言われる講義に、必ず名が上がるのだよな。
遠征訓練の間は水浴びなどする時間も無く、着た服を着替える余裕も無い。せいぜい濡らした手拭いで顔を拭うくらいで、頭も身体も痒く、鼻が麻痺するほどに体臭が臭くなる。天候だって、体調だって考慮されない。徹底的に実戦を模していたためだ。
戦では何一つ考慮などされない。我が身を守るは我が身のみ。行軍に遅れれば、最悪死ぬ。貴族であってもそれは当然で、兵の立場を知ることも大切だ。そのための実習。
平和と言われるフェルドナレンにおいて、この訓練は不要なのではないかと声を上げる者もいたけれど、終わってみれば経験して良かったと思える、俺には良い思い出だった。
とはいえ、これは貴族出身者には特に苦行で、道中は虫も多く出るため、始めは大騒ぎなのだけど、末日など声を上げることもなく、身体に虫が集ろうと無心で足を進めるだけの、屍の列と化す、伝統の実習。
で、美しさに拘るギルにも、当然これは思い出したくもない苦行だったのだよな。実習の後は目が死んでた。
「あの時藍染の効果を知っていれば……持ち物全部を藍染にしたものを……」
「……あ、もしかしてサヤの知識?」
「ん……まぁ、裏付けが取れたといったところだな。
前から言われてはいたんだ。地方によっては魔除けになるとされているし、昔から長く使われてきた染めの技術だしな……。
それが気のせいとか思い込みじゃなく、確かな効能なんだと聞いた。成分だのはちんぷんかんぷんだったけどな」
そう言って薄く微笑む。
そうして、沢山の紺の中から選んだ数枚を分けて、それを手に取って。
「……お前は……よくサヤを、女神だって言うけど……ほんとそうだよな……。
サヤの知識が無くとも、俺は紺を選んだと思う。だけど……サヤの言葉のお陰で、選んだことに誇りを持てる。
王家の推薦に応えるのに、これほど心強いことはねぇよ」
ポツリと添えられたその言葉に、サヤへの信頼が伺えて、俺は胸が熱くなった。
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