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夜会 1
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充分な汗をかき、そろそろ昼食だろう時間帯になったため、練習を切り上げることにした。
ユミルの用意してくれた昼食を堪能し、昼からは夜会の準備。
まずは湯浴みから。
運び込まれた大きな盥で、丹念に汗を流してから、最後はサヤに髪を洗ってもらった。
椿油を数的使用して、つやつやと素晴らしい光沢になった自分の髪には、正直呆れる。……ほんと凄いよな、この油……。
腰まで届く髪の水分を丹念に拭き取ったサヤが、柘植櫛で髪を梳きながら「とても綺麗です」なんて言うものだから、正直どう応えたものか……。
礼服を身につける前であるため、脱ぎやすい夜着で「綺麗」などと……男の俺が言われてもな…………。
今頃父上も別部屋で身を清めていると思うのだが、同じく髪に油を使うよう、女中頭が小皿で数的の油を受け取っていた。
なんとか確保できた椿油だけど、サヤの小瓶をいっぱいにして、椿の香水瓶にもほんの少し、余っているくらいの分量だ。決して多くはないので、使いすぎじゃないかと少し心配になってしまう……。
「整いました」
「ありがとう。じゃあ……サヤも、自分の準備をしておいで。
女中頭が、手が空いたら声をかけてくれって言っていた」
父上の髪は短いし、もう湯浴みも終わっているだろう。
残るはサヤ一人。特に時間が必要なのも、彼女だ。
だから女中頭は、本当はサヤを一番に手入れしたかったのだけど、サヤは俺の従者……どうしてもこの順番になってしまった。
多分、急いでいるだろうなと思い、そう促したのだけど……。
「……湯浴み、一人でしたら駄目なんでしょうか……」
「うーん……今日は、特別な日だから……ちょっと我慢して、受けてあげてくれると、彼女たちも喜ぶと思う」
湯浴みはともかく、多分……他にも色々、用意してるんじゃないかな。
こういった会に出席するときの女性は、とにかく準備が……手入れしなければいけない項目が、多い。サヤは着替えて化粧をすれば終わりくらいのつもりでいるけれど、きっとそれでは済まないだろう。
とはいえ、それを俺の口から言うのも、なぁ……。
そんな葛藤の結果が、先程の台詞となったのだが、サヤは俺の返答に少し、困ったように視線を彷徨わせて……。
「そう、ですよね……。
私も……慣れなきゃいけない……ことですね」
そんな風に言うものだから、少し困ってしまった。
うーん……。
「サヤ、ちょっとこっちへ」
「はい?」
近寄って来た彼女の手を俺の両手で包み、視線を合わせた。
これは、今言っておくべきことだと、思った。だって、この夜会が、俺たちが最初に経験する、二人でこなす政務となるのだ。
「これから俺は、サヤに沢山、慣れないことをさせてしまうことになると思う。
特に貴族は……色々人の手を借りることが多い。こうやって、人前に出て行くことも多い。俺だってそれに慣れてないし、戸惑うんだ。
サヤの国の常識とはきっと、更に大きくかけ離れているだろうし、心配も、不安も、俺が思う以上に沢山あるんだろうな……」
そう言うと、サヤは咄嗟に身を引こうとした。
失言してしまったと思ったのだろう。謝り出すから、それを待ってと押し留める。
違うんだ。サヤの覚悟を、疑っているわけじゃないんだ。足りないとも、思っていない。
サヤがどれくらい、大変な決意を固めてくれたか……それをちゃんと理解しなきゃいけないのは、俺の方なんだよ。
「俺が、サヤをここに引き入れるんだ。無理を承知で、サヤを欲したんだ。
だからサヤが、ただ黙って我慢することはない。本当に嫌だったら、それは嫌だと言って良い。
俺はサヤに魂を捧げる時に、言ったろう?
俺だけは、何があっても、サヤを一番にする。
何を捨てても、サヤを選ぶ。俺だけは、サヤが失くさないものになる。
サヤから全てを奪う俺だから……俺を全部、サヤに捧げる」
そう言ってから、サヤの掌に、唇を落とした。次は、手の甲に。
何度だって誓う。俺の魂と生涯は、サヤに捧げる。サヤだけに全て、捧げるのだ。
顔を上げると、耳まで真っ赤になったサヤが、もう三度目となる俺の魂に狼狽えていて、その初々しい反応が可愛くて、愛おしくて、たまらないなぁと改めて思った。
そんなサヤを大切にしたい。
「だからね、サヤが本当に嫌だと思うことは、正直に言ってくれたら良い。それを踏まえて、話を聞いて?」
そう言うと、必死でこくこくと、頭を縦に振った。よし。
「夜会の参加はサヤも初めてだろう? 俺も、正式なものは初めてだ。色々知らないことも、分からないことも多いと思う。
確かに学舎で習いはしたのだけど、俺には男側のことしか分からないしさ、女性側のことは、準備も含め、全てサヤに任せるしかない。でもそれは、サヤも不安だろう?
使用人らは、そんな俺たちが失敗しないよう、きっと色々考えて、用意してくれてる。俺たちの至らない部分を、補おうとしてくれてる。
サヤの準備を彼女らが手伝うのも、そういうことなんだと、理解してあげてほしい。
だからね、今回は一度、彼女らの手伝いを、受け入れてあげてくれないだろうか。
一回試してみて、やっぱり無理だか、必要ないと思ったら、次は絶対に、そうさせない。
どうかこの一回だけ……。駄目かな?」
そう言うと、サヤは顔を伏せ、少しだけ考えた。
けれど、すぐに顔を上げて、少し恥ずかしそうではあったものの「はい……」と、小さく、返事をしてくれたのだ。
「そこまで、考えていませんでした……。
その……湯浴みを見られることが……他の人の世話になることがただ、恥ずかしくて……。
でも、そうですね……確かに、不安です。それに…………レイの横に立つのに……きちんとできてへんのは、嫌や……」
うわっ。
最後に小声で呟かれた言葉に、心臓を握られた。
その言葉がまるで、俺のために……って、聞こえたから。
いや、気のせいじゃなく、サヤは俺のために、着飾ってくれて、横に立とうとしてくれているのだと、今更、実感した。
分かってはいたのに……それをしっかりと理解したのは、この瞬間だったのだ。
カッと、頭に血が上った。
「…………正直に言うと、本当は着飾ったサヤを他に見せたくないっ」
「っ、えっ⁉︎」
「サヤはどんな格好してても綺麗なんだ。男装してたって、いつもそう思ってる。なのに、わざわざ飾り立てて人前に出すなんて、そんなことしたら、みんながサヤを見てしまうっっ」
こんなに可愛いくて、美しい。だからできることなら、独り占めしておきたいのだ。だけど、それと同じくらいに……。
「サヤを、自慢したい気持ちも、ある……。
誰が見たってきっと美しいって思う。そんな人が、俺の傍にあるんだって、見せびらかしたい……。
だけど、本当のサヤの美しさを……見た目だけじゃない部分まで、全部知ってるのは俺だけなんだって……優越感に浸りたいと、思ってる……。
ごめんっ、ほんと小さいっ、技量が狭いって分かってるんだけど、そういう気持ちが、どうにも捨てられなくて!」
「あ、あの……も、もう、結構ですから……」
「サヤが自分のこと、ちゃんと自分でできる人だってことは、俺が一番よく分かってるよ! 人の手を借りないできちんとやるのも、サヤの美徳の一つだ。そんなところは本当にかっこいいなって!」
「いえあの、もう、それくらいに……!」
「サヤが俺の隣にいてくれることが、どれほど俺を救ってくれているか……俺は本当に幸せだって今、心の底から思ってる!」
「……盛り上がっているところを大変申し訳ないのですが、早くサヤを行かせてやりませんと、仕度の時間が足りなくなります」
舞い上がってしまっていた頭に氷塊が落とされたのかと思った。
冷え切った声音のハインが空気も読まずに割り込ませてきた一言で、部屋にいるのがサヤだけではなかったことを、今更思い出す羽目に。
夜会に参加するのは俺とサヤだけ……従者や武官は控えの間に待機。だから……普段より多少小綺麗な格好に着替えてはいるものの、シザーやオブシズは俺たちの準備が済むのを部屋の隅で待っていて、留守番となるマルだって、当然ここに、いるわけ、で…………皆の視線が痛いものを見る感じだった。
蒼白になって固まった俺から、スッと手を抜き取ったサヤが、俺とは対照的な火照った顔を両手で隠し、ものすごい足早に「準備をしてきます!」と、隣室へ逃げ去っていき、後にはただ沈黙……。
まずそれを破ったのは、咳払いしたマル。
「まぁ、あれですよねぇ。
未だ嘗てないほどに、セイバーンは今、平和です」
「これから夜会だというのに、緊張感のかけらもなく……」
「いや……うん。良いと思う、ぞ、とても。これほどまでに仲睦まじいなら、耳飾など不要だろう」
「……………………」
皆が視線を逸らしてる!
遅れてやってきた羞恥で顔が熱いなんてもんじゃない!
頭を抱えて蹲った俺を見下ろして、とどめはやはり、ハインだった。
「とりあえず、夜着では何を言ってもしまりませんよ」
もうそれくらいで勘弁してください‼︎
◆
陽が傾き始めた頃、会場にお越しくださいと、報せがあった。
「サヤの準備は……」
「もう少し、かかるのではないか?」
車椅子に座った父上が、そう言いサヤが仕度を進める部屋の方へと視線をやった。
父上は、ギルが急ぎ用意してくれた礼服姿。……正直、父上の礼装は初めて目にする。
細ってしまっている体型を誤魔化すため、用意された礼服は流行には敢えてそぐわぬ形だった。
まず深い緑の上着。今は腰丈のものが主流なのだが、父上の上着は膝ににかかるほどに長い。
象牙色の長衣の丈も同じくらい……つまり、少し短めなのだが、立ち襟からまっすぐ中心が開く形で、その前中心にはびっしりと見事な刺繍が施されている。
通常は両脇にある開きが、前身頃の中心にもあるのだが、これは足捌きが苦にならぬよう……座っていても見栄えがするようにと選ばれた。
腰帯は鮮やかな芥子色。左脇には、印綬が飾られている。細袴も上着と同じく深い緑。
白髪の混じった麦色の髪は、薬物の影響で少し痛みパサついていたのだけれど、椿油の効果は抜群で、見事な艶とコシを取り戻していた。
前髪を後方に撫で付けた姿は貫禄すらあって、ガイウスもなんだか嬉しそうに見える。
流行にならっていないにも関わらず、父上のお姿はとても整っていた。流石ギルだ。
「レイ様がサヤくん引き止めるからですよぅ」
「いついかなる時も愛を語ろうとするのですから困ったものです……」
「悪かったよ! もういい加減思い出させないでくれないか⁉︎」
マルとハインに蒸し返されて頭を掻き毟りたくなった。
ちなみに俺の髪もまだ整えられていない……おろされたままだったりする。
「ハイン……もう時間も無いし、俺の髪……」
「……仕方ありませんね……。私ではまだ三つ編みくらいしかできませんが……」
「いや、あれで充分だろ……。衣装がこれだけゴテゴテしてるんだし、頭はあまり複雑にしない方が良い」
絶対その方が良い。うん。
力説すると仕方ありませんね……と、ハイン。
椅子に座らされ、左肩から垂らす形でいつもの三つ編みに結わえられた。うん。これが落ち着く。
「飾り紐は……もう、青で良いですかね」
「良いんじゃないか。色合いを合わせておけば」
時間も無いことだし。
と、適当に同意したのだが、扉の向こうから慌てた声で「銀色にしてください!」と、サヤの声。
「あのっ、もう終わりますから、髪色に合わせた銀色でお願いします。極力目立たないもので」
「……今日は目立たない方が良いんだな」
やっぱり飾り紐選びの基準は謎だ……。
サヤの言葉通りにするハイン。
そうして俺の準備も終わった頃、やっと扉が開いた。
「申し訳ありません、遅くなってしまいました」
ユミルの用意してくれた昼食を堪能し、昼からは夜会の準備。
まずは湯浴みから。
運び込まれた大きな盥で、丹念に汗を流してから、最後はサヤに髪を洗ってもらった。
椿油を数的使用して、つやつやと素晴らしい光沢になった自分の髪には、正直呆れる。……ほんと凄いよな、この油……。
腰まで届く髪の水分を丹念に拭き取ったサヤが、柘植櫛で髪を梳きながら「とても綺麗です」なんて言うものだから、正直どう応えたものか……。
礼服を身につける前であるため、脱ぎやすい夜着で「綺麗」などと……男の俺が言われてもな…………。
今頃父上も別部屋で身を清めていると思うのだが、同じく髪に油を使うよう、女中頭が小皿で数的の油を受け取っていた。
なんとか確保できた椿油だけど、サヤの小瓶をいっぱいにして、椿の香水瓶にもほんの少し、余っているくらいの分量だ。決して多くはないので、使いすぎじゃないかと少し心配になってしまう……。
「整いました」
「ありがとう。じゃあ……サヤも、自分の準備をしておいで。
女中頭が、手が空いたら声をかけてくれって言っていた」
父上の髪は短いし、もう湯浴みも終わっているだろう。
残るはサヤ一人。特に時間が必要なのも、彼女だ。
だから女中頭は、本当はサヤを一番に手入れしたかったのだけど、サヤは俺の従者……どうしてもこの順番になってしまった。
多分、急いでいるだろうなと思い、そう促したのだけど……。
「……湯浴み、一人でしたら駄目なんでしょうか……」
「うーん……今日は、特別な日だから……ちょっと我慢して、受けてあげてくれると、彼女たちも喜ぶと思う」
湯浴みはともかく、多分……他にも色々、用意してるんじゃないかな。
こういった会に出席するときの女性は、とにかく準備が……手入れしなければいけない項目が、多い。サヤは着替えて化粧をすれば終わりくらいのつもりでいるけれど、きっとそれでは済まないだろう。
とはいえ、それを俺の口から言うのも、なぁ……。
そんな葛藤の結果が、先程の台詞となったのだが、サヤは俺の返答に少し、困ったように視線を彷徨わせて……。
「そう、ですよね……。
私も……慣れなきゃいけない……ことですね」
そんな風に言うものだから、少し困ってしまった。
うーん……。
「サヤ、ちょっとこっちへ」
「はい?」
近寄って来た彼女の手を俺の両手で包み、視線を合わせた。
これは、今言っておくべきことだと、思った。だって、この夜会が、俺たちが最初に経験する、二人でこなす政務となるのだ。
「これから俺は、サヤに沢山、慣れないことをさせてしまうことになると思う。
特に貴族は……色々人の手を借りることが多い。こうやって、人前に出て行くことも多い。俺だってそれに慣れてないし、戸惑うんだ。
サヤの国の常識とはきっと、更に大きくかけ離れているだろうし、心配も、不安も、俺が思う以上に沢山あるんだろうな……」
そう言うと、サヤは咄嗟に身を引こうとした。
失言してしまったと思ったのだろう。謝り出すから、それを待ってと押し留める。
違うんだ。サヤの覚悟を、疑っているわけじゃないんだ。足りないとも、思っていない。
サヤがどれくらい、大変な決意を固めてくれたか……それをちゃんと理解しなきゃいけないのは、俺の方なんだよ。
「俺が、サヤをここに引き入れるんだ。無理を承知で、サヤを欲したんだ。
だからサヤが、ただ黙って我慢することはない。本当に嫌だったら、それは嫌だと言って良い。
俺はサヤに魂を捧げる時に、言ったろう?
俺だけは、何があっても、サヤを一番にする。
何を捨てても、サヤを選ぶ。俺だけは、サヤが失くさないものになる。
サヤから全てを奪う俺だから……俺を全部、サヤに捧げる」
そう言ってから、サヤの掌に、唇を落とした。次は、手の甲に。
何度だって誓う。俺の魂と生涯は、サヤに捧げる。サヤだけに全て、捧げるのだ。
顔を上げると、耳まで真っ赤になったサヤが、もう三度目となる俺の魂に狼狽えていて、その初々しい反応が可愛くて、愛おしくて、たまらないなぁと改めて思った。
そんなサヤを大切にしたい。
「だからね、サヤが本当に嫌だと思うことは、正直に言ってくれたら良い。それを踏まえて、話を聞いて?」
そう言うと、必死でこくこくと、頭を縦に振った。よし。
「夜会の参加はサヤも初めてだろう? 俺も、正式なものは初めてだ。色々知らないことも、分からないことも多いと思う。
確かに学舎で習いはしたのだけど、俺には男側のことしか分からないしさ、女性側のことは、準備も含め、全てサヤに任せるしかない。でもそれは、サヤも不安だろう?
使用人らは、そんな俺たちが失敗しないよう、きっと色々考えて、用意してくれてる。俺たちの至らない部分を、補おうとしてくれてる。
サヤの準備を彼女らが手伝うのも、そういうことなんだと、理解してあげてほしい。
だからね、今回は一度、彼女らの手伝いを、受け入れてあげてくれないだろうか。
一回試してみて、やっぱり無理だか、必要ないと思ったら、次は絶対に、そうさせない。
どうかこの一回だけ……。駄目かな?」
そう言うと、サヤは顔を伏せ、少しだけ考えた。
けれど、すぐに顔を上げて、少し恥ずかしそうではあったものの「はい……」と、小さく、返事をしてくれたのだ。
「そこまで、考えていませんでした……。
その……湯浴みを見られることが……他の人の世話になることがただ、恥ずかしくて……。
でも、そうですね……確かに、不安です。それに…………レイの横に立つのに……きちんとできてへんのは、嫌や……」
うわっ。
最後に小声で呟かれた言葉に、心臓を握られた。
その言葉がまるで、俺のために……って、聞こえたから。
いや、気のせいじゃなく、サヤは俺のために、着飾ってくれて、横に立とうとしてくれているのだと、今更、実感した。
分かってはいたのに……それをしっかりと理解したのは、この瞬間だったのだ。
カッと、頭に血が上った。
「…………正直に言うと、本当は着飾ったサヤを他に見せたくないっ」
「っ、えっ⁉︎」
「サヤはどんな格好してても綺麗なんだ。男装してたって、いつもそう思ってる。なのに、わざわざ飾り立てて人前に出すなんて、そんなことしたら、みんながサヤを見てしまうっっ」
こんなに可愛いくて、美しい。だからできることなら、独り占めしておきたいのだ。だけど、それと同じくらいに……。
「サヤを、自慢したい気持ちも、ある……。
誰が見たってきっと美しいって思う。そんな人が、俺の傍にあるんだって、見せびらかしたい……。
だけど、本当のサヤの美しさを……見た目だけじゃない部分まで、全部知ってるのは俺だけなんだって……優越感に浸りたいと、思ってる……。
ごめんっ、ほんと小さいっ、技量が狭いって分かってるんだけど、そういう気持ちが、どうにも捨てられなくて!」
「あ、あの……も、もう、結構ですから……」
「サヤが自分のこと、ちゃんと自分でできる人だってことは、俺が一番よく分かってるよ! 人の手を借りないできちんとやるのも、サヤの美徳の一つだ。そんなところは本当にかっこいいなって!」
「いえあの、もう、それくらいに……!」
「サヤが俺の隣にいてくれることが、どれほど俺を救ってくれているか……俺は本当に幸せだって今、心の底から思ってる!」
「……盛り上がっているところを大変申し訳ないのですが、早くサヤを行かせてやりませんと、仕度の時間が足りなくなります」
舞い上がってしまっていた頭に氷塊が落とされたのかと思った。
冷え切った声音のハインが空気も読まずに割り込ませてきた一言で、部屋にいるのがサヤだけではなかったことを、今更思い出す羽目に。
夜会に参加するのは俺とサヤだけ……従者や武官は控えの間に待機。だから……普段より多少小綺麗な格好に着替えてはいるものの、シザーやオブシズは俺たちの準備が済むのを部屋の隅で待っていて、留守番となるマルだって、当然ここに、いるわけ、で…………皆の視線が痛いものを見る感じだった。
蒼白になって固まった俺から、スッと手を抜き取ったサヤが、俺とは対照的な火照った顔を両手で隠し、ものすごい足早に「準備をしてきます!」と、隣室へ逃げ去っていき、後にはただ沈黙……。
まずそれを破ったのは、咳払いしたマル。
「まぁ、あれですよねぇ。
未だ嘗てないほどに、セイバーンは今、平和です」
「これから夜会だというのに、緊張感のかけらもなく……」
「いや……うん。良いと思う、ぞ、とても。これほどまでに仲睦まじいなら、耳飾など不要だろう」
「……………………」
皆が視線を逸らしてる!
遅れてやってきた羞恥で顔が熱いなんてもんじゃない!
頭を抱えて蹲った俺を見下ろして、とどめはやはり、ハインだった。
「とりあえず、夜着では何を言ってもしまりませんよ」
もうそれくらいで勘弁してください‼︎
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陽が傾き始めた頃、会場にお越しくださいと、報せがあった。
「サヤの準備は……」
「もう少し、かかるのではないか?」
車椅子に座った父上が、そう言いサヤが仕度を進める部屋の方へと視線をやった。
父上は、ギルが急ぎ用意してくれた礼服姿。……正直、父上の礼装は初めて目にする。
細ってしまっている体型を誤魔化すため、用意された礼服は流行には敢えてそぐわぬ形だった。
まず深い緑の上着。今は腰丈のものが主流なのだが、父上の上着は膝ににかかるほどに長い。
象牙色の長衣の丈も同じくらい……つまり、少し短めなのだが、立ち襟からまっすぐ中心が開く形で、その前中心にはびっしりと見事な刺繍が施されている。
通常は両脇にある開きが、前身頃の中心にもあるのだが、これは足捌きが苦にならぬよう……座っていても見栄えがするようにと選ばれた。
腰帯は鮮やかな芥子色。左脇には、印綬が飾られている。細袴も上着と同じく深い緑。
白髪の混じった麦色の髪は、薬物の影響で少し痛みパサついていたのだけれど、椿油の効果は抜群で、見事な艶とコシを取り戻していた。
前髪を後方に撫で付けた姿は貫禄すらあって、ガイウスもなんだか嬉しそうに見える。
流行にならっていないにも関わらず、父上のお姿はとても整っていた。流石ギルだ。
「レイ様がサヤくん引き止めるからですよぅ」
「いついかなる時も愛を語ろうとするのですから困ったものです……」
「悪かったよ! もういい加減思い出させないでくれないか⁉︎」
マルとハインに蒸し返されて頭を掻き毟りたくなった。
ちなみに俺の髪もまだ整えられていない……おろされたままだったりする。
「ハイン……もう時間も無いし、俺の髪……」
「……仕方ありませんね……。私ではまだ三つ編みくらいしかできませんが……」
「いや、あれで充分だろ……。衣装がこれだけゴテゴテしてるんだし、頭はあまり複雑にしない方が良い」
絶対その方が良い。うん。
力説すると仕方ありませんね……と、ハイン。
椅子に座らされ、左肩から垂らす形でいつもの三つ編みに結わえられた。うん。これが落ち着く。
「飾り紐は……もう、青で良いですかね」
「良いんじゃないか。色合いを合わせておけば」
時間も無いことだし。
と、適当に同意したのだが、扉の向こうから慌てた声で「銀色にしてください!」と、サヤの声。
「あのっ、もう終わりますから、髪色に合わせた銀色でお願いします。極力目立たないもので」
「……今日は目立たない方が良いんだな」
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