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社交界 8

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「夜会はまだ先になりそうだぞ。どうも西の方の方々の到着が、遅れているようだ」

 翌朝。
 昨日は流石に、あれ以上の呼び出しを受けることもなく、荷物の整理やら、父上のために調理場使用許可を得る手続きやら、雑務をこなして終えた。
 朝食を済ませ、さて本日の予定はどうなっているのだろうなと思っていたら、部屋に訪れてきたディート殿から伝えられたのがそれ。

 え……じゃあ今日一日何をして過ごせば良いんだ……と、なったのだが……。

「サヤ、久しぶりに手合わせするか」
「良いんですか?」
「我らの任務は夜会の警備だからな。夜会が無いのではすることがない」

 気さくにそんなことを言うディート殿の襟には近衛の襟飾が煌めいており、そんな人物が当たり前の如く俺たちにあてがわれた部屋を訪れ、従者……しかも女を鍛錬相手に誘う図…………。
 昨日から色々おかしなものを目の当たりにしているからか、古参の方々は朝から妙に疲れており、そんなおかしな光景にも突っ込みが無い。
 聞けば、警備要員として呼ばれた近衛の方々は交代で休日となるそうで、本日はディート殿、暇であるらしい。

「レイ殿もどうだ。なに、剣の相手をせよとは言わぬ。見学で構わぬぞ。
 実はな、サヤに是非とも会わせたいお方がいるのだが、サヤ一人を呼ぶのもあれだしな」
「……会わせたい……お方?」
「はは、なんだその顔は。安心しろ、女性だぞ」

 ……どんな顔をしていたと言うのだろう……。

 いや、それは良い。そんなことより、サヤを鍛錬に誘っているのに会わせたい女性がいるという状況が理解に苦しむ。
 なんだろう……近衛の方々を目当てに集まっている女性方でもいらっしゃるのかな……?
 でも、ディート殿がわざわざサヤにと言うのだから、何か意味があるのだろう。そう思ったので、良いですよと返事を返すと……。

「そうか!    ではサヤ、鍛錬できる服装で来ると良い。場所は…………」

 と、いうわけで。
 長距離移動の翌日であるし、父上は本日身体を休めていただくということで、部屋で留守番となった。それと共に何故かマルが留守番をしますと言い出したので、彼も居残りだ。
 何やら目的があるようなのだが……彼が残ると言った時の古参の方々の嫌そうな顔が、なんとも印象深かった……。マルが振り返ったら何故かビクッとしてたけど……。


「……ここ?」
「ですね。声がしてます」

 やって来たのは騎士の訓練場などではなく、庭にある一角。
 まだ季節的に花は殆ど無い、とはいえ雪も無い。意図的に片付けられているのかな……けれど、わざわざ?
 不思議に思いつつ、庭木の間をすり抜けて進むと、俺の耳にも喧騒が届いた。確かにここである様子だ。
 その声の方に視線をやると……成る程。確かに近衛の方々がいた。
 近衛の制服ではない人も多いな……あれ?    あの人……。

 中に一人、とても目を惹く存在があった……。

 小柄。
 ……いや、近衛や武官……騎士であろう、恵まれた肉体の方々に囲まれているから、余計そう思ったのだろう。
 背はサヤより少し高いくらい……。しなやかそうな……けれどしっかり鍛えられているのだろう。細く見える肉体は、決して頼りなくはなかった。
 少し襟足の長い髪を、雑に首の後ろで括っていたが、肩にかかる程度の長さ。なら、成人されているのだろうな。
 群青色に近い派手な髪色だけど、癖がなくサラリとしているからか、色の重さを感じさせない。瞳は薄い緑。
 振り返ったその方は…………女性だった。明らかに。

「……」

 睨まれた。
 え?    なんで?

「オリヴィエラ殿、俺の客だ。
 よく来たレイ殿、すぐに分かったか?」
「ディート殿……。ええ、大丈夫でしたよ」

 すぐにディート殿が気付いてくれ、声をかけてくれたからホッとした。
 いきなり睨まれてちょっとびっくりしたし、一瞬固まってしまったのだが、ディート殿の声でその視線はあっさり雰囲気を変えたから、取り乱さずに済んだ。
 なんだ?    初対面だよな、どう考えても……。

「この寒空の下で鍛錬ですか」
「あぁ、どうせすぐ熱くなる。
 それに、ここでなければならん理由があるのでな」

 ……あ。
 察した。
 オリヴィエラと呼ばれたその女性が、剣を握って構えたから。

 丁度模擬戦を始めるところであったようだ。優れた体躯の男性と向き合い、一礼。剣を構え、審判役の号令で舞が始まった。
 良い動きだ……長年身体に刷り込ませた、きちんと経験値を稼いであると分かる足運び、剣さばき。女性とは思えぬ力強さ。
 けれど、相手の方は当然、それ以上の腕前。打つ場所を考えている余裕がある。顔や手に傷を負わせないよう配慮されている。
 ……これくらいの手練れでなければ、彼女に怪我をさせてしまうのだろうな……それくらい、強いのだ、女性の身であるにも関わらず。

 ただ黙って見入っていたのだが、男の方がオリヴィエラ様の剣を器用に絡め取ってしまい、この試合は男の勝利となった。

「次、俺で良いか?    この子と手合わせする」

 早速手を挙げたディート殿が、そう言ってサヤを手招いた。もう始めるらしい……。うぅ、俺の心の準備はまだなんだけどな……。

「準備は済ませているか?」
「はい。大丈夫です」
「レイ殿は……」
「下がっておきますよ。……サヤ……」
「大丈夫です。無茶しませんから」

 ぺこりとお辞儀をして、ディート殿に従い進み出るサヤ。
 周りの視線がおいおい……みたいな、どこか心配そうなものになったのを感じた。
 ……ディート殿だものなぁ……。先程のオリヴィエラ様の対戦相手より、多分ディート殿は強い……。
 装飾に見える小手を着け、上着を脱いだサヤ。それをきっちりと畳んで端に置き、ディート殿のところへ駆け寄っていく。
 鍛錬できる服装……と、指定されたため、袖の短い短衣に少しゆったりした細袴そして腰帯替わりのベルトという格好だ。当然今日も男装中。
 ディート殿との身長差は頭一つ分ほど、体重は当然、サヤが圧倒的に軽いだろう。
 庭の中心で、お互い深く一礼して……オリヴィエラ様が俺の横に立ったところで、号令がかかった。

 ………………結論から言おう。
 サヤの負けであったのだけど……まぁ、凄かった。
 まずサヤは無手であるわけで、拳を握ってディート殿と向き合った時には流石に周りから野次が飛んだ。
 大人気ないぞ!    といった風な内容だ。けれど二人は当然、それを聞いていなかった。
 その時にはもう、お互いしか見えていないほどに、集中していたのだ。
 はじめに仕掛けたのはサヤ。
 軽く跳ねるようにしつつ、ゆっくりと横に流れるように、動いていたと思ったら、次の瞬間、ディート殿のすぐ横にいた。
 ……っいや、違う!    ディート殿の突きを、まるで風の流れを読むようにして避けたうえに、間合いを詰め……たと、理解した時にはもう、目が追えなくなっていた。
 凄まじい、攻防……なのだろう。
 素手と、剣。
 男と、女。
 体格差まで、あるというのに……サヤは、明らかに、磨きが掛かっていた。
 まるで空を蹴っているみたいに、唐突に、身体が動く方向を変える。
 拳と脚を駆使して動く。
 移動と防御と攻撃が、繋がった旋律を奏でるが如く展開され、もうサヤに危険が及んでいるのかどうかも分からない。
 そして気付いた時には、サヤが吹き飛んでいたのだ。                                    

「っ、すまん!」

 焦ったディート殿の謝罪、けれどサヤは、そのままするりと身体を回し、気付けば立ち上がっていた。

「平気です」

 と、言いつつ、腹部に手をやっていて、一瞬顔をしかめたのが見えたら、もう駄目だった。

「サヤ⁉︎」
「あ、大丈夫です。後方に飛んだので、派手に吹き飛んで見えただだけで。
 骨とかは折れたりしてません……ってっ、言ってるのにっ⁉︎」

 捕まえようとしたら避けられた。
 なんで、そこ、避ける⁉︎

「見せろ、本当に怪我してないなら見せれるよな⁉︎」
「見せれるわけあらへんやろ⁉︎」
「じゃあやっぱり怪我してるんじゃないか!」
「してへんっ!    ヒビとかも入ってへんっ、押して確認しただけや!」
「あー……内出血とかはかなり酷いと思う……」
「サヤ‼︎    内出血も怪我だからな⁉︎」

 途端にギャーギャー始めてしまった俺たちに、周りは唖然とするばかりだ。
 まぁ、ディート殿と一見無手の子供がこんなとんでもない動きをすればそうなる……。
 俺としてはとにかく怪我の程度が気になって仕方がなかったのだが……。

「それにしても、良い動きだった!    だいぶん経験を積んだな」
「そうですか?    ディート様にそう言っていただけると、自信がつきます」

 なんて風に、二人があまり気にした風もなく、普通に会話を始めたものだから、そこまで焦る怪我ではないのだと、必死で自分に言い聞かせた。

「……本当に、大丈夫なんだな?」
「大丈夫です。痣になる程度ですから……」
「いや、すまん。焦ってな……あれはほぼサヤの勝ちだ」
「結局防がれてしまったのだから、私の負けです」

 いや、勝ち負けとか、どうでも良い……。
 そんな風にしていたら、急にぐいっと、身体を押しやられてしまった。
 え?

「其方、名は⁉︎」
「は……あ、サヤと、申します……あ、あの?」
「サヤ……美しい動きであった。なんて無駄のない足運び……コツがあるのですか?    何故身に刃も帯びずあのように動けるのです?    腕の飾りは防具だったのですね!    長靴の中にも何か仕込んでおりますの?」

 オリヴィエラ様……喋ると、とても女性らしかった……。
 だけどなんで俺、この方に押し退けられて婚約者を奪われているのだろうな……?

 サヤの両手を握り、口づけする気かと疑いたくなるほどに顔を寄せて、熱く語っているオリヴィエラ様……。だけど質問内容は乙女の口から出る話題ではない……。
 呆気にとられていたのだけど、いつもの如く気配の無い場所からグイと引かれて、俺は更にサヤから引き離された。

「オリヴィエラ殿……察しはついていると思うが、アギーのご息女だ」
「……驚きました」
「だろう?    女性としては、かなり異色だしな。
 筋は良いし、頭もきれる。並の騎士ならば勝てぬだろう」

 楽しそうに笑ってディート殿は言う。
 そして、少し真面目な顔になって言葉を続けた。

「ゆえに、孤独だ。女性の友人にも恵まれておらぬし、男性は更に最悪だな。
 こうやって人目のない場で鍛錬を続けるだけでも、精神的な重圧を日々強いられているだろう。
 だから、サヤと、レイ殿に目合わせたかった。社交界の間だけでも、付き合ってやってはくれぬか」
「……それは良いんですが……俺は要らないのでは?」
「そうか?    サヤをありのまま受け入れるレイ殿だからな。
 オリヴィエラ殿を色眼鏡で見たりせぬだろうし、貴殿のような殿方もおるのだということを、彼の方には伝えるべきかと思ったのだがな」
「……」

 だけど俺、あからさまに敵視されてますよね……。

 そう思ったものの……オリヴィエラ様と話すサヤの表情は、俺の気持ちとは裏腹に、どこか嬉しそうだ。
 そうだよな……武術をする女性……っていう色眼鏡を、サヤは常に意識する日々なのだ。
 拠点村にはまだ理解者が多いほうだと思うが、古参らのように、あからさまに敵視する者もいるわけで……そんなだから、同じく武を嗜む女性はきっと、心強い味方となるだろう。
 ならまぁ……良いか。

「分かりました。お引き受けしますよ」
「レイ殿ならそう言ってくれると思っていた!」
「はぁ。まぁそれは良いんですけど……ディート殿?    オリヴィエラ様に、サヤの性別は伝えてあるのですか?」
「伝えているわけなかろう。あの二人がお互いをどう思うか分からぬ状態で、サヤの秘密を勝手に話したりなどせぬぞ」

 あぁ、解せた。それでか。
 オリヴィエラ様のサヤを見る視線がやたらと熱いのは、サヤの性別、見たままで受け止めているんだな。

 …………え?    それ、ヤバくないか?
 なんか、嫌な予感しかしない……。
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