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社交界 7

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 そのような感じで公で確認できないことを話し合い、ひと段落ついた頃合いで……。

「ま、こんなものかな。
 一応伝えておくべきことは伝えたと思うが……あ、まだあったな」

 気力の尽きかけている俺を、姫様が「こちらへ」と手招きするから、俺は溜息を吐いて言葉に従った。

「なんでしょうか……」
「遠いわ。もう少しこちらへ来い」

 ……もう無心であと二歩を進む。今度は何を無茶振りされるのかな……。近くに来いってことは皆に内緒ってことだろうし、悪戯の片棒を担がされるのだろうか……。
 と、どこか諦めの混じった思考で、姫様の指し示す場所に到達したのだが……。

「ふぐっ⁉︎」

 気を抜いていた俺の腹に、姫様の拳がめり込んだ。
 不意打ちすぎて腹筋を締めてすらおらず、痛みに耐えられず前かがみになったのだが、そこを今度は更に突かれた。
 姫様の細い腕が俺の首に回され、ガッチリと固められ……⁉︎

「お前は本当に阿呆か⁉︎」
「えっ、は、離してください⁉︎」
「反省の色が見えんな…………暫くそうしておれ」

 頭を小脇に抱え込まれるというとんでもない体勢にされた。
 ちょっ、それダメ……姫様今女装中って自覚ありますか⁉︎    補整着無しの女性の装いでそれをすると、顔の位置がヤバいんですけど⁉︎

「何がどう拗れたか知らぬが、男が一度受けると決めた職を簡単に辞してくるなっ!
 しかもなんだあれはっ、遺言かと思うたわ!    お前のことだから最悪の場合はそうなるなとか、そんな前提を据えてあれを書いたのだろうがな、ほんと虫唾が走るとはこのことだ!    そんなものを前提に据えるな!    足掻きもせずに結果を決めた上にそれをあっさりと受け入れるな!    しかも越冬時期にそんなもの寄越しおって使者も出せぬわ状況も見えぬわ……こちらがどんな気持ちで……っ。
 同じことを其方の部下らにも散々言われておろうがな、お前は、もっと自分を、大切にしろっ、馬鹿が‼︎」

 グリグリと頭に指の関節を捻じ込まれ、痛いなんてもんじゃない。それやり過ぎたら禿げるやつだよ⁉︎
 そのくせ良い香りはするわ柔らかいわ、どこを触って良いかも分からず、ただその体勢を受け入れるしかないという酷い拷問だ。
 サヤが見てるのにっ、ほんとやめてくださいって!    しかも俺が自分から抜け出せないの分かっててやってるでしょ⁉︎

「そんなに潔く覚悟を決められるなら、何にだって縋ってみせろ!    私に権力を使って助けろくらいのことを言ってこい!」
「それ一番駄目なやつじゃないですか⁉︎」
「貴族としては最低だが人としては当然のことだ!
 お前はその当然のことを……生きようと足掻くことすら諦めるから……っ、そうされるくらいなら、なんとでもしてやると……っ。お前のその浅はかな行動が、どれだけ周りを苦しめているか、いい加減、自覚しろ!」

 どうせお前は、私に助けを求めようなど、頭の片隅にすら無かったのだろうがな!    と、姫様。グリグリと抉っていた拳を、ゴン!と、脳天に振り下ろす。

「今日この時まで……其方の顔を確認するまで、皆が其方を心配していたのだ。それくらい、分かれ」

 その言葉で、あんな風にここへと連行された意味をやっと知った。

「……申し訳、ありませんでした……。
 でもあの……もう、三月も前のことなんで、その……今更物凄く恥ずかしいんで、やめてもらえませんか……」
「その三月皆が肝を冷やしたのだからな!」
「は、はい!    ほんと申し訳なかったって、思ってますから……もう、しませんしね⁉︎」
「そんなことは当たり前だ!    ホイホイこんな心労掛けられてたまるか!」

 散々絞られて頭がボサボサになった……。
 うううぅぅ、せっかくサヤが綺麗に結ってくれてたのに……。

「ハイン!    次に似たようなことをしでかしよったら簀巻きにでもして監禁しておけ!
 それからマルクス!    お前はこやつに貸しの使用方法くらい教えて然るべきだぞ!」

 周りにまで当たり散らしだした姫様……。ハインは渋面で頷き、マルはケラケラ笑っている。
 とりあえず平謝りして、時間も頃合いだということで、一旦密会は終了と相成った。

 俺とリカルド様は、隠し部屋を辞して、来た道を引き返す。
 小屋の中に戻って、そこで一旦サヤが俺の髪を調え直すと言ってくれたので、手近な椅子に腰を掛けた。
 ボサボサのままでは流石にね……リカルド様と何があったのかと、大騒ぎになりそうだし……。
 姫様とアギー公爵様はそのまま部屋に残られたのだが、多分別の出入り口があるのだろうな。もしくはまだ二人で何がお話されるのかもしれないが。

 サヤの懐から取り出された柘植櫛で髪を梳かれて、いつものごとく三つ編みにされていく。
 手際よく済ませ、さした時間もかけずに整った。
 それでは帰ろうかという段階になって……。

「……レイシール……あれは怒って誤魔化していたがな、其方は本当に、もう少し自分の価値を考えた方が良い」

 俺の身支度が整ったのを見計らったように、それまで黙っていたリカルド様が唐突に口を開いた。
 壁に背を預けて、ただ俺の髪が結われるのを興味深げに見ていたのだけど、どうやら待っていてくださったらしい。

「それはそれは取り乱していたのだぞ。
 ルオードに縋って涙を零すほどにはな」

 静かな口調でそう言われ、ちょっと信じられずぽかんと見返してしまう……。
 あの、姫様が?    ご自身の婚姻問題ですら涙なんて見せず、暴走気味に爆進していた、彼の方が?

「お前は、一度はあれの夫へと求められたことを、自覚しておるのか?
 ただの政略的なものだったと考えておるなら、甘い。あの強欲な女が、それだけしか求めていなかったわけがなかろう。
 少なくともあれは、お前を懐に入れるつもりがあった。それほど其方に心を許したのだ。
 あんな状況であったから自覚できずとも仕方ないが……あれは……最後の足掻きに、其方を選んだ。其方に縋ったのだぞ」

 そんな風に言われ……だけど意味の理解が追いついていない様子の俺を見て……。

「……あれだけ他に気付けて何故……いや、良い。もう済んだことだ。
 とにかく、其方は自身の評価をもう少し上方修正しろ。
 自身のことが信じられぬと言うのなら、周りの評価を組み込め。
 其方は、自分で思っておるより相当必要とされている。替えがきかぬと思われておる。その周りの期待を裏切るなよ」

 そう言い、またわしゃりと頭をかき回されてしまった。

「り、リカルド様っ⁉︎」

 せっかくサヤに直してもらったのに!

「私は先に戻る。其方は少し時間を潰してからここを出よ。ではな、あれに呼ばれなければ、次は夜会で会おう」

 わざと俺の頭を掻き乱したのだろう。そう言い置いて、リカルド様は颯爽と立ち去ってしまった。


 ◆


 色々、考えたのだ。これでも。

 特に、サヤが病を知らせてくれなかった、あのことがあって……。
 何も知らないまま、言われないまま、ある日サヤが消えていたらと思ったら、絶望なんて言葉では生ぬるい。
 だけど思い返してみれば俺も……皆に迷惑をかけたくないとか、巻き込みたくないとか……そんな風に考えて、俺だけで全てを決めていた。

 ああ、こんな気持ちにさせていたのか……。

 俺は皆のことを考えているつもりで、全く考えていなかったんだなと……。
 俺のことで、皆を苦しめたくない。だから、一人で始末しなければならないと思っていた。
 だけど関わって生きてきた……。そうである以上、何をどうしたところで遅いのだと、やっと理解した。

 皆、俺と時を共有してきた。俺が何も言わずに消えることは、皆の中のその時間を無理やり引き千切ることなのだ。
 なら俺は……もう、時を共有してしまった俺は、皆を巻き込まないなんて選択は、選べない……。元からそんな道は、無かったということ……。
 じゃぁ、こういった時俺が、皆を悲しませないよう、苦しませないよう、迷惑をかけないよう、選べるのは……。

 なんとかして、皆を幸せにできるよう、足掻くことだけなんだ。
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