異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

文字の大きさ
445 / 1,121

荊縛の呪い 14

しおりを挟む
 昼食を済ませて、しばらくした頃、スヴェンが来たと知らせがあり、兵舎の待合室に待たせてあると言われ、マスクを手渡された。
 それを身に付け席を立つ。
 館には父上や、その身の回りを世話する使用人らが動き回っているため、避けた。
 現在騎士らは村門や危険区域の警備で出払っており、人も少ないため、この場所となったのだ。

「待たせてすまなかった」

 ハインとシザーを従えて赴くと、スヴェンは待合室の窓際にて直立不動で待っており、着席を勧めなかったのか……?と、そう思った矢先。

「す、スヴェン⁉︎」

 両腕を胸の前で組んで膝をつき、床に頭を擦り付けるほどに深く下げる姿勢をとる。

 面識ないよな⁉︎    面識ない相手になんで俺、神の如く拝まれてる⁉︎

 そもそも流浪の身であり、孤児や獣人の集まりである彼らは、本来無神の民であるはずなのだ。
 神を崇める習慣のない彼らに、こんなことをされる意味が分からない。

「我らにとっての貴方様は、神に等しい」

 などと更に馬鹿げたことまで言いだすから、正直頭が混乱した。

「そんなわけないだろう⁉︎    良いから、頭を上げてくれ、床に膝をつける必要もない!」
「世辞でも、戯言でもないのです。
 我ら皆が今、貴方様に同じ想いを抱いています。
 我らは貴方様に救い上げられた。
 獣すら分け隔てなく、そのかいなに抱いて下さった。
 自身へ飛び火するかもしれぬ危険を犯して。
 領民ですらない、神にも見放された身に、人の扱いを与えて下さったのです」

 いっこうに頭を上げないので、立たせようと一歩を踏み出したら「来てはなりません!」と、鋭い声。

「万が一など、起こってはなりません。
 ですからどうか、この距離を保っていただきたい。
 顔を上げて話すこともお許し下さい。
 飛沫を浴びせるようなことは、起こしてはならないのです」

 部屋の端にいたのはそういう理由か……。

「……マスクだってしてる……そこまで大ごとにする必要はないから……。
 そもそもお前たちはもう快復したのだろう?    病は全て、身を離れたはずだ。
 それでもこうしたのは、ほとんど気分的な保険だよ……」
「ならば、我らの心の安寧のためにも、どうかお頼み申します。
 この距離を保っていただきたい……」
「…………分かったから…………だけど、拝するのはほんと、やめてもらえるか。
 俺は只人なんだよ。神と同列だなんて、おこがましい。
 今回のことだって、人として当然のことをしたまでだ。そんな大層なことじゃないんだよ……」

 大げさにもほどがある……。

 半分呆れてそう言ったのだけど、マスクに覆われた顔を上げたスヴェンは、神を崇拝するが如き視線を改めなかった。
 だから溜息を吐いて、それをやめなさいと言葉にする。

「スヴェン……」
「努力します」

 いや、努力とか……。まぁ、良いか、とりあえず話を進めよう。

 床に膝をつくのはやめてくれたものの、礼の姿勢を崩さないスヴェンに、面会を希望した理由を問うた。

「その前に、一応伝えておこう。越冬はこのまま、ここで行なってもらえば良い。
 今この村には住人も少ない。基本的に、館の周辺……北東方向に集まっている状態だから、気を付けていれば接触もそう多くならないだろう。
 食料の備蓄は、問題無いか?」
「はい。ですが特徴の強く出ている獣人は、落ち着けば山城に移してうこうと考えております」
「雪が積もるのだぞ?」
「狼に雪はさしたる問題とはなりません。
 ですが、一度に運べる人数も少なく、幼き者、年老いた者は騎狼することも難しいため、申し訳ありませんが……」
「良い。元からそのための宿舎だ。あまり無理はするな。大丈夫だから」

 彼らの警戒心はとても強い。
 そうそう見咎められるようなヘマはしないだろうし、普段から隠し慣れている彼らだから、滅多なことは起きないだろう。
 雪が積もれば、外を出歩く者だって極端に減るし、見咎められる心配をする必要もないほどだ。

「少し特殊な村だし、調理場なんかには規則も多い。利用方法の説明に、後で人をやろう。
 足りないもので、備蓄に余裕があるものは譲ることもできる。一旦調べて、また報告してほしい。
 それから……」

 少し、悩んでから……けれどやはり、必要だろうと、口を開く覚悟を決めた。

「亡くなった者の埋葬だけどな……この村にはまだその設備が備わっていないんだ。
 馬車で一時間半のセイバーン村にはあるのだけど、どうする?」
「我らは自然に還ります。神の元へは逝けませんから。
 かといって、悪魔の使徒も、望んでおりません……ですから、自然の環に組み込まれることが、我らの希望です」

 マルの言ってた通りか……。
 彼らの埋葬は、鳥葬や獣葬が主であるという。
 身体の全てを自然に返す。
 墓も、作らないと言っていた。
 持っていた私物は全て仲間で分けられ、使われる。その者の存在は、生活に取り込まれ、そのうち溶けて、消えるのだ。

「死した者の骨も、肉も、血の一滴も。余さずセイバーンに捧げます。この地の繁栄を願い、土地を潤す糧となります」

 また突拍子もないことを言い出した……。

「頭目より、言伝を頼まれております。面会を希望しましたのは、それをお伝えするため。
 我ら豺狼組は、余さず吠狼となります。赤子の一人まで。年寄りの残り僅かな時間も全て、貴方様に捧げます。
 救っていただいた命全てを、貴方様の礎に、時を刻む、歯車の一つに……」

 ……ぁぁぁあああ!    もう、限界っ!

「スヴェン!   己の船を操るための櫂を他人に明け渡すなど、愚かなことだ!そんなことはしなくて良い!
 俺にそのようなものは必要ない。俺の好きにしろと言うなら、皆がそれぞれ、自分らしくあることを望む。
 せっかく拾った命なら、自分のために使え!」

 まるで手駒になるとでも言うような言葉の数々に、俺はとうとう、堪忍袋の緒が切れた。
 それは、彼らが一番嫌うことだと、俺はもう知っている。彼らが一番嫌がることをしてもらって、何が嬉しいものか!
 俺は別に、恩を着せようとか、そんなつもりで行動したのではない。
 ジェイドに、あんな言葉を言わせたくなかった。知り合った皆を、骸にしてしまいたくなかっただけなのだ。
 俺もたくさん助けてもらった。だから、こんなのはお互い様だ。
 命を捧げられるようなことではない。
 せっかく助けた命を、俺のためだと簡単に手放すような言葉を、口にしてほしくない!

「だいいちまだ、終わってすらいない……。
 皆がちゃんと無事快復した後に、礼の言葉だけ、受け取ろう。
 胡桃さんにも、今まで通りで良いんだって、伝えてくれ」

 そう言うと、スヴェンは……困ったように眉を寄せてしまった。
 あー……自分たちの決意が、迷惑だったのかとか、負担になってしまったとか、その手のいらないことを考えてそうな顔だ……。

「気持ちは、嬉しいよ。それは本当だ。
 だけど俺は、皆が幸せになってくれるのが一番嬉しい。
 人らしく暮らして、幸せだって笑ってくれたら、それが一番良いんだ。
 お前たちは、すべからく、只人だよ。俺と一緒。なんら変わらない。
 ……そうだな、俺に命を預けるほどの覚悟をしてくれるなら、自らを貶めない練習をしてもらおう。
 自身を獣や孤児だと卑下することを禁止する。
 それから、皆、髪色で呼び合うのではなく、名前を持ってくれ。
 捨てたものを拾い直すのでも、新たに名付けるのでも構わない。
 俺への報酬は、それが良い」

 そう言うと、スヴェンは呆けたように瞳を見開いて、押し黙ってしまった。

「スヴェン。たぶんね、俺にだって獣人の血は少なからず流れているんだよ。
 世界中の皆が、ほぼ例外なくそうなんだと思う。
 だからね、どうか自分を安く扱うな。大切にしてほしい」

 そう伝えると顔を伏せた。
 震える身体を無理やり抑え込むみたいにして、しばらく沈黙し……最後に小声で「畏まりました……」と、呟いた。
しおりを挟む
感想 192

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

余命1年の侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
余命を宣告されたその日に、主人に離婚を言い渡されました

私が美女??美醜逆転世界に転移した私

恋愛
私の名前は如月美夕。 27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。 私は都内で独り暮らし。 風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。 転移した世界は美醜逆転?? こんな地味な丸顔が絶世の美女。 私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。 このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。 ※ゆるゆるな設定です ※ご都合主義 ※感想欄はほとんど公開してます。

番(つがい)と言われても愛せない

黒姫
恋愛
竜人族のつがい召喚で異世界に転移させられた2人の少女達の運命は?

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...