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荊縛の呪い 12
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幾日かが過ぎた。
祝詞日もそろそろ終盤……という頃合いになり、雪が二日続いて降った。とうとう、越冬が目前である様子だ。
宿舎の病はまだ終息してはいないものの、確実に患者の数を減らしている。サヤたちも飛び火することなく、過ごせている様子だ。
ユストが宿舎に向かったことはジークらにも知らせ、彼の熱意に俺が折れたことになっている。
そして父上に、荊縛に囚われた行商団の受け入れを行なったことも、現在報告している最中だった。
蒼白になってなんてことをしたのだと発狂寸前だったガイウスに反し、父上は落ち着いたもので……。
「お前が決めたのならば、責任を全うすれば良い。
安易に考え、行動したわけではないのだろう?
確かに、いくら流民とはいえ、受け入れないというのは人道に反するし、この村の現状であるなら隔離は可能だろう。
隔離が飛び火を防ぐという説も、立証されれば今後、かなりの民を救うことになる。領民のためにもなろう。
とはいえ、楽観はするな。常に連絡、報告は徹底し、些細なことでも変化があれば、見落とさないように」
幾分か、顔色が良くなっているように思う父上が、穏やかにそう言ったものだから、ガイウスは口を閉ざさざるをえなかった。
マルが纏めてくれた、罹患者の推移を記した表や報告書も、効果を上げていたのだと思う。
「ふむ……これは面白いな。このような図は見たことが無かったが、結果が確かに、一目瞭然だ。
数字で見るよりも分かりやすい。今の学舎は、このようなことを教わるのか」
「いえ……それは、異国の手法です。
ですがとても有用なので、取り入れているのです」
「そうか……。異国の者を雇い入れるというのはこの国では近年好まれていないが、こういったことを考えると、あまり異国の民を退けるのも宜しくないのかもしれないな。
レイシールが異国の者を重用している意味が、一つ理解できた」
「異国の手法」という言葉が「サヤの知識」を指しているということを、父上は薄々察している様子だ。
彼女が決して、文明水準の低い国出身ではないということは、日々感じていることだろう。
とはいえ、下手なことを言って彼女への敵視が強まるのも避けたいので、少し話の矛先を逸らしておくことにした。
「……そういえば父上の顔色が、心持ち良いように思います。体調は、如何ですか」
まだまだ予断を許さない状況ではあるだろうが、幾分か血色が良いように思い、そう聞いてみたら。
「うむ。薬の量を分割した折は倦怠感が強かったが、慣れてきたのか、このところは良い具合だ。
ナジェスタ医師も、この調子ならば近日中に量を修正できると言っていた。
減らせばまた倦怠感が一時的に強まるという話だが、こうして起こることを前もって伝えてもらえるからさして苦痛は感じない。
それに反したことが起これば、異常が出ていると直ぐに分かるし、報告すれば対処してもらえるしな。快方に向かっていることが実感できるから、気分的にも救われているよ」
そんな返事が返り、俺もほっと胸を撫で下ろした。
穏やかな表情の父上が、記憶の奥底にある、幼かった時……まだ貴族ですらなかったあの頃と、重なる。
これは多分、本当に気負いなく、素を出せている時の、父上だ。
それだけ体調が良好なのだと思うと、俺も嬉しくなり、安堵に表情が緩んだのだが。
そんな父上が、ふいに「しばらくさがれ」と、ガイウスに指示した。
そうしてから、「レイシール」と、俺の名を呼ぶ。
「お前はこのところ、少し顔色が冴えない。体調の方が、思わしくないのか?
それとも……サヤを見かけないことに、原因があるのかな?」
その言葉が、ぐさりと胸に刺さった。
ガイウスを下がらせたのは、彼の前ではサヤの話題を選ばないだろうと、察したからだろう。
後が少々怖い気もしたが、今は精神的な余裕もなくて、つい、父上の言葉に縋り付きたい衝動にかられた。
手紙では、毎日やり取りをしている。
同じ村の中で、ほんの数分しか離れていない場所に、彼女はちゃんといるのだ。
だけど……一日過ぎるごとに、今日は無事か、明日は大丈夫かと、心配ばかりが募っていく……。
「彼女の母親は、医療従事者でしたから……。
何も知らない素人よりは、医師の手助けができる身です……」
「……荊縛の看病に、赴いていると?」
「彼女は……責任感の、強い娘ですから……。
自分がこうすべきと決めたなら、俺の意見など無いも同然なのです」
つい愚痴みたいになってしまった……。
俺だって最後は承知した。
彼女が行ってくれたからこそ、この結果を得ているのだと、分かっている。
けれど、危険な場所に彼女が身を置いていると思うと、やはりどうしても、苦しい。
自分がこうして、安全な場所にいるから余計に。
彼女と共にあれないことが、余計に……。
「……報告を見る限り、飛び火の比率は、確実に落ちているように思うが……」
「はい。それまでの患者数や、五人に一人という死亡率を考えれば、相当な成果を上げています。
けれど……それが、彼女の無事とどう関係があると言うんです?
病の中に身を置いているんです……彼女の安全なんて、誰も保証してくれない。
あの場にいる誰もが同じ条件だと分かっています。彼女だけを、特別にしてはいけない……俺は領主になる身で、その配下としての彼女は正しきことをしている。
だけど彼女は、俺の唯一なんです……こんな風に、危険の中に身を置いてほしくない!」
つい語調を荒げ、まるでサヤを責めるみたいに言ってしまった。
俺たちのためにそうしてくれている彼女に対し、なんてことを言ってるんだと、罪悪感に今度は胸が詰まる。
「……それくらい、あの娘にとってのお前も、大切なのだろうな……」
手で顔を覆って羞恥と苦悩を押し殺していた俺の耳に、父上のそんな言葉が届き、頬にやせ細った指が触れて、驚いて顔を上げた。
「女性は……いざという時に一体どうやって、あの覚悟を固めているのだろうな……。
お前の苦悩は、よく分かる。
だが、今のその言葉を、本人に言うべきではないということは、分かっているな?」
どこか寂しげに、俺の頬を撫でた父上のその手が、母の面影を見ているのだということは、なんとなく分かった。
瞳が俺を通し、過去を見ていると分かる……。いざという時の、覚悟……その言葉が、酷く重かった。
けれど父上は、記憶を断ち切るように、俺の頬から手を離す。そして、ポンと頭をひと撫でして、俺から離れた。
「彼女が無事に戻ったら、これ以上ないほどに、愛情を注いで、よくやってくれたと労ってやることだ。
あの娘が一番に望んでいるのはその言葉と、お前の喜ぶ顔だろうから。
お前のその気持ちは、言わなくても充分伝わっている。
……あとは頑張って口説きなさい。領主の妻であれば、お前同様、守られるべき立場だ。今よりは、束縛ができるのではないかな?」
どこか茶目っ気を滲ませて、不意にそんなことを言われたものだから、一瞬頭がついていかず、理解と同時に顔が火を噴いた。
そ、束縛……?
俺ってそんなに、重たい感じなのか⁉︎
いや、それは勿論、危険なことはしてほしくないと思っているけども!
…………そりゃ、片時も離れたくないとは、思っているけども……。
「……レイシール……前から確認しようと思ってはいたのだが……サヤとは契りを交わしてはいないのか?」
更に投下された問題発言に、顔が火を噴くでは済まないことになった。
「な、な、何を、言うんですか⁉︎」
「お前はサヤをそうやって大切だと主張するわりに、行動には出さないのでな。
まぁ……夜会に参加したことはないと言っていたが……その場がどういったところかは、理解しているのだろう?
ならば、その距離感では、困ったことになるのではないか?」
「…………は? サヤは夜会には伴いませんが……」
「…………何を言っている? 他の令嬢を断るならば、同伴させるのが筋だろう。
後継となった以上、お前はこれから、夜会への出席が増えるぞ。同伴無しでは通用せぬと、理解しているだろう?
ちゃんと周知を広げなければ、要らぬ横槍を入れようとする輩が山と湧くし、独り身だと公言していることになってしまうが?」
そう指摘され…………。
そういえばギルにも距離感云々で怒られたのを思い出した。
「契りを交わしているならば、アギーの社交界までに耳飾を用意しておくべきだと思ったのだが、その様子だとまだだな……」
「当たり前でしょう! 彼女は、両親の許可が、得られない身の上なんですよ⁉︎」
「それは承知している。
だが、身の保証が無いというのは、成人しておらぬあの娘にとっても宜しくなかろう。
今ならば、私が後見人となることもできるし、そうすれば、契りを交わすこともできるだろう?」
父上の指摘に、後見人のことをすっかり失念していたのを思い出した。
と、いうか……選択肢に含めていなかったのだ。
後見人は、その者の才能を認め、支援するとともに、生活と身元の保障をする。それはつまり、庇護をするということと同等なのだ。
だからそれを……悪く言えば悪用して、女性を囲ったりすることに、利用したりする……。
女性の後見は、基本的にそちらに使われる。純粋な、才能を認めた上での後見は、皆無と言って良い。
「俺は…………サヤを、そのような目で見られる立場には、したくないのです……」
女性とみられることに恐怖を感じる彼女であるから余計、望みもしていないのに、セイバーンの血に繋がれたかのように見られる立ち位置にはしくない。
彼女の事情を知らなかった時はともかく、今は絶対に、それはしてはいけないと思う。
「彼女は、色々複雑な経験を強いられてきた身です。
たとえ守るためでも、針の一つ程度の傷だって、俺からは与えたくありません。
彼女が望まない限りは……」
特に今サヤは、俺との婚姻を拒んでいる……。
父上が後見人になれば、彼女に婚姻を強要することだって可能なのだ。
そんなことは絶対に許すつもりはないけれど、彼女が俺を拒む理由が分からない以上、それはできない。
「…………綿で包むような愛なのだな……」
「俺もまだ、成人前ですし……」
「今時それを実践する者も珍しいと思うが……それは耐えられるものなのか?」
「た、耐えますよ! 当たり前でしょう⁉︎」
「ふむ。お前がそれで良いならば、これ以上とやかくは言うまい……。
だが、夜会にサヤを伴うことだけは、しておきなさい。
他領との交流にも関わることであるからな」
「…………はい……」
と、いうことはだ……。
サヤの夜会用の衣装も用意しなければならない……。
従者として伴うことは考えていたけれど、女性としてとは想定していなかっただけに、どうしたものかと内心思いつつ。
とりあえずギルに相談するしかないかと、父上の部屋を後にした。
祝詞日もそろそろ終盤……という頃合いになり、雪が二日続いて降った。とうとう、越冬が目前である様子だ。
宿舎の病はまだ終息してはいないものの、確実に患者の数を減らしている。サヤたちも飛び火することなく、過ごせている様子だ。
ユストが宿舎に向かったことはジークらにも知らせ、彼の熱意に俺が折れたことになっている。
そして父上に、荊縛に囚われた行商団の受け入れを行なったことも、現在報告している最中だった。
蒼白になってなんてことをしたのだと発狂寸前だったガイウスに反し、父上は落ち着いたもので……。
「お前が決めたのならば、責任を全うすれば良い。
安易に考え、行動したわけではないのだろう?
確かに、いくら流民とはいえ、受け入れないというのは人道に反するし、この村の現状であるなら隔離は可能だろう。
隔離が飛び火を防ぐという説も、立証されれば今後、かなりの民を救うことになる。領民のためにもなろう。
とはいえ、楽観はするな。常に連絡、報告は徹底し、些細なことでも変化があれば、見落とさないように」
幾分か、顔色が良くなっているように思う父上が、穏やかにそう言ったものだから、ガイウスは口を閉ざさざるをえなかった。
マルが纏めてくれた、罹患者の推移を記した表や報告書も、効果を上げていたのだと思う。
「ふむ……これは面白いな。このような図は見たことが無かったが、結果が確かに、一目瞭然だ。
数字で見るよりも分かりやすい。今の学舎は、このようなことを教わるのか」
「いえ……それは、異国の手法です。
ですがとても有用なので、取り入れているのです」
「そうか……。異国の者を雇い入れるというのはこの国では近年好まれていないが、こういったことを考えると、あまり異国の民を退けるのも宜しくないのかもしれないな。
レイシールが異国の者を重用している意味が、一つ理解できた」
「異国の手法」という言葉が「サヤの知識」を指しているということを、父上は薄々察している様子だ。
彼女が決して、文明水準の低い国出身ではないということは、日々感じていることだろう。
とはいえ、下手なことを言って彼女への敵視が強まるのも避けたいので、少し話の矛先を逸らしておくことにした。
「……そういえば父上の顔色が、心持ち良いように思います。体調は、如何ですか」
まだまだ予断を許さない状況ではあるだろうが、幾分か血色が良いように思い、そう聞いてみたら。
「うむ。薬の量を分割した折は倦怠感が強かったが、慣れてきたのか、このところは良い具合だ。
ナジェスタ医師も、この調子ならば近日中に量を修正できると言っていた。
減らせばまた倦怠感が一時的に強まるという話だが、こうして起こることを前もって伝えてもらえるからさして苦痛は感じない。
それに反したことが起これば、異常が出ていると直ぐに分かるし、報告すれば対処してもらえるしな。快方に向かっていることが実感できるから、気分的にも救われているよ」
そんな返事が返り、俺もほっと胸を撫で下ろした。
穏やかな表情の父上が、記憶の奥底にある、幼かった時……まだ貴族ですらなかったあの頃と、重なる。
これは多分、本当に気負いなく、素を出せている時の、父上だ。
それだけ体調が良好なのだと思うと、俺も嬉しくなり、安堵に表情が緩んだのだが。
そんな父上が、ふいに「しばらくさがれ」と、ガイウスに指示した。
そうしてから、「レイシール」と、俺の名を呼ぶ。
「お前はこのところ、少し顔色が冴えない。体調の方が、思わしくないのか?
それとも……サヤを見かけないことに、原因があるのかな?」
その言葉が、ぐさりと胸に刺さった。
ガイウスを下がらせたのは、彼の前ではサヤの話題を選ばないだろうと、察したからだろう。
後が少々怖い気もしたが、今は精神的な余裕もなくて、つい、父上の言葉に縋り付きたい衝動にかられた。
手紙では、毎日やり取りをしている。
同じ村の中で、ほんの数分しか離れていない場所に、彼女はちゃんといるのだ。
だけど……一日過ぎるごとに、今日は無事か、明日は大丈夫かと、心配ばかりが募っていく……。
「彼女の母親は、医療従事者でしたから……。
何も知らない素人よりは、医師の手助けができる身です……」
「……荊縛の看病に、赴いていると?」
「彼女は……責任感の、強い娘ですから……。
自分がこうすべきと決めたなら、俺の意見など無いも同然なのです」
つい愚痴みたいになってしまった……。
俺だって最後は承知した。
彼女が行ってくれたからこそ、この結果を得ているのだと、分かっている。
けれど、危険な場所に彼女が身を置いていると思うと、やはりどうしても、苦しい。
自分がこうして、安全な場所にいるから余計に。
彼女と共にあれないことが、余計に……。
「……報告を見る限り、飛び火の比率は、確実に落ちているように思うが……」
「はい。それまでの患者数や、五人に一人という死亡率を考えれば、相当な成果を上げています。
けれど……それが、彼女の無事とどう関係があると言うんです?
病の中に身を置いているんです……彼女の安全なんて、誰も保証してくれない。
あの場にいる誰もが同じ条件だと分かっています。彼女だけを、特別にしてはいけない……俺は領主になる身で、その配下としての彼女は正しきことをしている。
だけど彼女は、俺の唯一なんです……こんな風に、危険の中に身を置いてほしくない!」
つい語調を荒げ、まるでサヤを責めるみたいに言ってしまった。
俺たちのためにそうしてくれている彼女に対し、なんてことを言ってるんだと、罪悪感に今度は胸が詰まる。
「……それくらい、あの娘にとってのお前も、大切なのだろうな……」
手で顔を覆って羞恥と苦悩を押し殺していた俺の耳に、父上のそんな言葉が届き、頬にやせ細った指が触れて、驚いて顔を上げた。
「女性は……いざという時に一体どうやって、あの覚悟を固めているのだろうな……。
お前の苦悩は、よく分かる。
だが、今のその言葉を、本人に言うべきではないということは、分かっているな?」
どこか寂しげに、俺の頬を撫でた父上のその手が、母の面影を見ているのだということは、なんとなく分かった。
瞳が俺を通し、過去を見ていると分かる……。いざという時の、覚悟……その言葉が、酷く重かった。
けれど父上は、記憶を断ち切るように、俺の頬から手を離す。そして、ポンと頭をひと撫でして、俺から離れた。
「彼女が無事に戻ったら、これ以上ないほどに、愛情を注いで、よくやってくれたと労ってやることだ。
あの娘が一番に望んでいるのはその言葉と、お前の喜ぶ顔だろうから。
お前のその気持ちは、言わなくても充分伝わっている。
……あとは頑張って口説きなさい。領主の妻であれば、お前同様、守られるべき立場だ。今よりは、束縛ができるのではないかな?」
どこか茶目っ気を滲ませて、不意にそんなことを言われたものだから、一瞬頭がついていかず、理解と同時に顔が火を噴いた。
そ、束縛……?
俺ってそんなに、重たい感じなのか⁉︎
いや、それは勿論、危険なことはしてほしくないと思っているけども!
…………そりゃ、片時も離れたくないとは、思っているけども……。
「……レイシール……前から確認しようと思ってはいたのだが……サヤとは契りを交わしてはいないのか?」
更に投下された問題発言に、顔が火を噴くでは済まないことになった。
「な、な、何を、言うんですか⁉︎」
「お前はサヤをそうやって大切だと主張するわりに、行動には出さないのでな。
まぁ……夜会に参加したことはないと言っていたが……その場がどういったところかは、理解しているのだろう?
ならば、その距離感では、困ったことになるのではないか?」
「…………は? サヤは夜会には伴いませんが……」
「…………何を言っている? 他の令嬢を断るならば、同伴させるのが筋だろう。
後継となった以上、お前はこれから、夜会への出席が増えるぞ。同伴無しでは通用せぬと、理解しているだろう?
ちゃんと周知を広げなければ、要らぬ横槍を入れようとする輩が山と湧くし、独り身だと公言していることになってしまうが?」
そう指摘され…………。
そういえばギルにも距離感云々で怒られたのを思い出した。
「契りを交わしているならば、アギーの社交界までに耳飾を用意しておくべきだと思ったのだが、その様子だとまだだな……」
「当たり前でしょう! 彼女は、両親の許可が、得られない身の上なんですよ⁉︎」
「それは承知している。
だが、身の保証が無いというのは、成人しておらぬあの娘にとっても宜しくなかろう。
今ならば、私が後見人となることもできるし、そうすれば、契りを交わすこともできるだろう?」
父上の指摘に、後見人のことをすっかり失念していたのを思い出した。
と、いうか……選択肢に含めていなかったのだ。
後見人は、その者の才能を認め、支援するとともに、生活と身元の保障をする。それはつまり、庇護をするということと同等なのだ。
だからそれを……悪く言えば悪用して、女性を囲ったりすることに、利用したりする……。
女性の後見は、基本的にそちらに使われる。純粋な、才能を認めた上での後見は、皆無と言って良い。
「俺は…………サヤを、そのような目で見られる立場には、したくないのです……」
女性とみられることに恐怖を感じる彼女であるから余計、望みもしていないのに、セイバーンの血に繋がれたかのように見られる立ち位置にはしくない。
彼女の事情を知らなかった時はともかく、今は絶対に、それはしてはいけないと思う。
「彼女は、色々複雑な経験を強いられてきた身です。
たとえ守るためでも、針の一つ程度の傷だって、俺からは与えたくありません。
彼女が望まない限りは……」
特に今サヤは、俺との婚姻を拒んでいる……。
父上が後見人になれば、彼女に婚姻を強要することだって可能なのだ。
そんなことは絶対に許すつもりはないけれど、彼女が俺を拒む理由が分からない以上、それはできない。
「…………綿で包むような愛なのだな……」
「俺もまだ、成人前ですし……」
「今時それを実践する者も珍しいと思うが……それは耐えられるものなのか?」
「た、耐えますよ! 当たり前でしょう⁉︎」
「ふむ。お前がそれで良いならば、これ以上とやかくは言うまい……。
だが、夜会にサヤを伴うことだけは、しておきなさい。
他領との交流にも関わることであるからな」
「…………はい……」
と、いうことはだ……。
サヤの夜会用の衣装も用意しなければならない……。
従者として伴うことは考えていたけれど、女性としてとは想定していなかっただけに、どうしたものかと内心思いつつ。
とりあえずギルに相談するしかないかと、父上の部屋を後にした。
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