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荊縛の呪い 6

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 結局俺も冷静になれない。
 この程度のことで、苛立って声を荒げて、こんな風にボロを出す。なんて未熟だ。
 彼女を行かせた。俺の判断でだ。
 だけどやっぱり、それを後悔している……っ。

「……今の最善を選んでいる……。
 ユストを向かわせないのにも、ちゃんと理由がある……。だけど今それは、言えない……。
 どうか、今は従ってもらえないか……下手に騒ぎを大きくして、彼らをここから追い出すなんてことには、したくない……」
「おい、彼女って……サヤに、任せたのか⁉︎    病の対処を⁉︎」
「サヤさんに⁉︎」

 伏せたことが裏目に出た……。
 オブシズまでが俺の決定に異を唱える態度を取るから、俺は今一度、声を荒げた。

「今の最善は、それだったんだ!
 彼女がそれを是とした。今、父上に病の素を近付ければ、命に関わる。
 村の中に病を蔓延させ、数代前の領主の二の舞を演じるわけにもいかない!
 だけど病に囚われた者らは流浪の民だ!
 この時期にあんな状況で、ここを去れなんて言えば、結果は見えている……彼らを切り捨てるなんて、それだってできないことだ!」

 一気に吐いて、苦しくて、後悔に顔が歪んだ。
 胡桃さんは、きっと自分たちだけで、なんとかしようとしたはずだ。
 ずっとそうして、生きてきた。だから今回も、多少の犠牲を払いつつ、やり過ごすつもりでいたと思う。
 けれど、そんなことを言ってられないほどに、状況が悪化したのだろう。
 蜘蛛の糸に縋るような思いで、ここに来た。それでも、本当に頼って良いのかと最後に確認したのは、俺たちを巻き込んではいけないと、ギリギリで踏み止まろうとしたからだと思う。

「今の最善……って、どういう意味ですか……。
 医師が向かうべき場に、向かわせないことが最善なんて言う……そんなの、おかしいでしょ⁉︎
 姉貴を巻き込むべきじゃないのは分かります。
 領主様に近しい立場の者は、近付くべきじゃない。だから、サヤさんが貴方を行かせないのは、理解できます!
 だけど貴方が俺を行かせない理由が、俺には分からない!
 分からないことを、納得なんてできませんよ‼︎」

 詰め寄って怒りのまま、乱暴に言葉を叩きつけたユストは。
 そのままこう続けた。

「荊縛の死亡率、本当に分かっているんですか?
 二割です……五人に一人が死ぬんですよ。
 そんな病の中に、サヤさん一人を行かせるなんて、常軌を逸してる!
 彼女は医師でもなんでもない、ただの一般女性なんですよ⁉︎」

 それは、俺が一番、よく分かってる……。


 ◆


 祝詞の祝いは、滞りなく進められた。
 中央広場に集められたご馳走に、皆は喜び、大いに食べて、飲んだ。
 騎士らや館の使用人にも交代で休憩を取らせ、祭りに参加させた。
 使用人らは、参加できるとは思っていなかったらしく……とても喜び、感謝の言葉を伝えてくれ、俺はそれにねぎらいの言葉を返すのが精一杯だった……。
 騎士の面々は、重苦しい雰囲気を、村人らに悟らせてはいけないと、気を張って振舞っている様子。
 当然俺たちもその場には出ないといけなくて、苦痛でしかない笑顔を振りまく。とはいえ、食事を楽しむことのできる精神状態ではなく、気兼ねせず楽しんでくれと言い置いて、早々に退散した。
 昼を過ぎ、暫くした頃、エルランドらの帰還の知らせを受けた俺は、館に案内された彼らを迎え入れたのだが……。

「……ロゼ⁉︎」

 村に帰還したはずのロゼが、何故か同行していた。そして、ホセの姿は無い……。
 いつも元気いっぱいのロゼが、目の周りを真っ赤に腫らして、エルランドにしがみついているものだから、何かとんでもないことでも起こったのかと、慌てて事情を確認したのだが……。

「この冬は、ロゼを預かることになりました……」

 神妙な面持ちで、エルランドが言い、ホセの奥方の容態が、随分宜しくないことを知った。

「だいぶん大きな子なのか、腹の張りが凄いんですよ。
 それと共に、悪阻も一向に治らず……青い顔をして痩せ細ってましてね」

 そこでエルランドは、ロゼに話を聞かせることを躊躇った様子で、口を閉ざし、視線を泳がせる。
 とはいえ、どうしたものかと逡巡したのだが……。

「ロゼ、今外で祝詞の祝いをやってるんだ。
 美味いもんがいっぱいあるぞ。一緒に食いに行こう」

 オブシズがそう言い、ヒョイとロゼを抱えた。
 労わるように、優しく背中を撫でて、心配するなという言葉の代わりに、頬に唇を落とす。
 ロゼはそんなオブシズの首にその小さな両腕を回し、グリグリと頭を首筋に擦りつけ、甘えた様子を見せた。
 席を外しますという二人を外に見送ってから、俺はエルランドを長椅子に促し、話の続きを請うと、彼は沈痛な面持ちで、言葉を続けた。

「この冬は、奥方にかかりきりになるだろうから、ロゼを預かることにしたのです。
 その……万が一ということも、ありうるような、状況らしく……」
「そんな……そこまで悪かったのか⁉︎    何故もっと早く言わなかった⁉︎」

 ついそう口にしてしまったのだが、言えるわけがないと、頭では分かっていた。
 ロジェ村は捨場にあった隠れ里だ。冬を無事越せるかどうかも危ぶまれるような寒村。医者にかかれるような金が、あるわけもない。
 玄武岩で大きな収入を得ることができた今回だが、それだって冬支度にほとんど飛んでいるだろう。

「……今、この村に医師がいる。症状を伝えて、せめて何か……」
「もう無理です。あの村の辺りは、雪が積もり始めていますから。
 今からでは、雪に閉ざされてしまう。
 あとはホセと、村人と、奥方の体力次第といったところです。
 ……そんな顔を、なさらないでください。覚悟はしていたことなんですよ」
「だが……!」

 つい声を荒げてしまったのに、エルランドは何故か、優しい笑みを浮かべて言葉を続けた。

「ホセは、感謝していましたよ。
 少なくとも、食べ物への不安なく、冬を迎えることができたんですから。
 それに、奥方の傍にずっと付き添っていることができるんです。
 ロゼの時よりマシなくらいだと言ってましたよ。だから、レイシール様は、無事な出産をただ、祈っておいてくだされば充分。
 それだけのことを、していただいてますからと、そう伝えるように言付かりました。
 貴方のことだから、知ればきっと、そんな反応になりそうだと、笑ってましたよ。その通りでしたね」

 こんな状況で、俺の方を気遣う必要なんてない。
 そう思ったけれど、エルランドはもう、現実を受け止めたといった様子で、微笑みを絶やさない。
 彼らはもう充分話し、お互い納得して、ここに戻ったのだろう……。

 …………苦しかった。
 領民に、そんな決断をさせてしまったことが。
 そしてそれに、感謝の言葉すら、言われてしまったことが。
 そんな彼らに、何もしてやれない自分が虚しかった……。

 ちょっとした問題が起こり、宿舎が使えない状態になったので、本日は申し訳ないが、館に滞在してもらえるかと伝えると、エルランドは恐縮しつつ受け入れてくれた。
 食事に関しては、祝詞の祝いで沢山の料理が振舞われている。それを遠慮なく食べてくれと伝え、夜は湯屋も開くからと、極力平常心を心がけ、言葉を選んだ。
 使用人に、エルランドらを部屋に案内するよう伝えてから、見送って……。
 執務机に移動して、何か仕事でもと思ったけれど、席に着いた途端、根が生えたみたいに身体が動かなくなった。

 ホセたちのこと……もっとちゃんと見ていれば、気付けたんじゃないのか……。
 ホセはずっと、ロゼを伴っていた。
 幼子を長旅に同行させるなんて、安易にできることじゃない。そんなことは、重々分かっていたはずだ。なのにそうしていた理由を、俺はどうして、考えなかったんだ……。
 自分の身の回りのことに気を取られて、きちんと見ていなかった。気付く機会は何度もあったはずなのに。
 領民の生活を第一に考えなきゃいけないのに、俺の視野は、なんて狭いんだろう……。
 それに…………。

 やろうと思えば、まだやれることがあるということを、俺は理解している……。

 サヤのことだってそうだ。
 本当は、まだ選択肢がある。
 それを分かっているから、ユストの言葉に、あんな風に苛立った。図星を突かれて、腹を立てて言い返した……。

「貴方が俺を行かせない理由が分からない……か」

 あの言葉は刺さった。
 そして、五人に一人が亡くなるという、現実に、谷底へと蹴り落とされる心地だった。

 サヤは、大丈夫だと言った……気を付けると。
 対処できる自分が行くのだと。

 だけどサヤは、微々たる効果しかないことにさえ、縋ったのだ。
 現場に近付かない俺たちにまで、手拭いで口と鼻を覆わせた。

 ちぐはぐだ……。

 彼女の言動が。
 それにだって、俺は本当は、気付いてる…………。
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