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荊縛の呪い 2

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 広場を確認し、食事処の面々に挨拶して、それからぐるりと回って兵舎へ。
 本日はここも祝詞日の祝い準備に追われている。

「レイシール様」

 いち早く俺に気付いたジークが手を挙げ、にこやかな笑顔で俺を迎えてくれた。
 その向こうでは、アーシュやユストら、他の騎士団の面々に混じってハインが、ある重大な任務をこなしていた。

「なぁ、焦げてないこれ……やばいんじゃ……もうひっくり返そうよ⁉︎」
「さっきもそう言って位置を変えたばかりだろうが!」
「あーもー、肉汁がたまらん匂いだああぁぁ」
「…………」

 ハインがものすごく不機嫌な顔しているのは、多分煩いって思ってるんだろうなぁ……。
 山城にいた時も思ったけれど、彼ら、あまり料理が得意ではない様子なんだよな。だからちょっと不安で、ハインに手伝いをお願いしたのだけれど。
 もう焼くだけの状態になったら、ただ群がってる子供と一緒だ。嫁の出産を待つ夫かって感じに、焼かれる豚の周りでウロウロと落ち着きなくしているものだから、鬱陶しくて仕方がないといった様子。だけどその感じがなんだか、とても平和で、微笑ましい。

「昼までに焼きあがりそうか?」
「表面は。中はやはり、切り離して別焼きしなければどうしようもありませんので」
「中央広場の準備は問題無さそうだった。中は食事処の調理場を借りて焼く感じになるかな」
「そうしなければ仕方がないでしょうね」

 訓練用の広場。その片隅で行われているのは、祝いのための調理……豚の丸焼きだ。
 鉄串を突き刺された一頭の豚。俺一人分くらいゆうにありそうな大きさ。これを早朝からずっと焼いていた。
 村の全員が、本日の昼と夜に食せるだけの分量だからな。
 この豚は、越冬のための備蓄となる家畜であったのだけど、ひときわ立派で飼料も大量に必要そうだったので、祝詞の祝いに提供することにしたのだ。館の者と騎士らとで食べるにしても、大きすぎる感じだったし。

「こんな立派な豚が振舞われるなんて、村人も喜ぶでしょう」
「まぁ、この大きさを越冬させるのはちょっとな。今が食べどきだと思うよ」

 そう言うと、近くにいた騎士らが揃って苦笑する。

「……なんというか……飼料の金額だとか、そういったことまで考えているレイシール様ってほんと……庶民的……」
「なのにこれをポンと民に提供してしまう辺りが、貴方らしいですね……」
「拠点村に参加してくれている、奇特な人たちだからね。感謝の気持ちを伝えたかったし……丁度良かったんだよ」

 実はこの家畜、地方の管理をしていた父上の部下らから送られてきたものだ。
 館の炎上により、越冬用の食料も焼かれてしまったため、地方の備蓄を一部送ってもらうよう、父上が手配してくださったのだけど、その中に含まれていた。
 生きたままの豚十数頭が、家畜用の飼料と共に。
 けれど、ジェスルの者らを領地に送り返したのと、試験的に大量生産された干し野菜があるため、肉類はそこまで必要ではない。
 ……本来なら、正直、肉しか食べ物が無くなる……もしくはそれすら腐って、食べられる部分だけを削って食すのが越冬というものだ。
 だから、干し野菜が有用となれば、来年以降の越冬は大いに変わってくるだろう。

「干し野菜、そろそろ到着するかな」
「間に合えば、一緒に祝詞の祝いができるのですが」

 俺の呟きに、ハインが答える。
 マルの試算によると、本日の昼過ぎにエルランドらは戻る予定であるという。
 運送の専門家であるエルランドらは、この時期の移動にも慣れているし、元々が優秀だから、予定がずれることは、そうそう起こらないだろうと言っていた。
 なので、彼らの帰る頃合いと、この祝いの席を揃えたのだけど……前回脱輪して到着が遅れるという不測の事態が発生したし、やっぱり少し心配だ。

「貴方がどれほど心配したところで、なんの足しにもならないのですから、邪魔にならないよう、大人しくしておいてください」

 ちょっと村門まで確認しに行ってみようかな……なんて考えてたら、暇を持て余して動き回ってんじゃねぇぞと、ハインに釘を刺されてしまった。
 仕方がない……館に戻って待機しておくか……。

 お前の従者、容赦ねぇな……なんてオブシズに言われつつ、館に戻って一休みしてようと踵を返したのだが。

「レイ!」

 村の男らと一緒に力仕事を担当していたギルとシザーが、村門に馬車の一団が到着したと知らせてきた。
 想定していたより早いが、エルランドらの帰還かと思ったのだけど……。

「ジェイドが、お前を呼べって。ウルヴズ行商団だ」

 何故か深刻な顔で、兼ねてから決めていた、吠狼の表向きの行商団名を告げてきた。
 遅れていた吠狼の者たちがやっと到着したと言うなら、喜ばしいはずなのだが。

「村の中を突っ切るには、広場が祝いの準備で埋まってるだろう?
 だから、横手から回り込んでいく方が、良いかと思うんだが」

 そう言いつつ、俺に顔を近付けて……。

「飛び火が、だいぶん深刻らしい。
 本当に入村して良いのか、今一度確認したいと言ってきたそうだ」

良いと言うものをわざわざ確認させて欲しいと言うからには、本当に深刻なのだろう。
 ならば事情の分かっている者で出向く方が良いかな……。

「オブシズ。シザーと交代して、力仕事の方を担当してもらえるか。
 ハイン……は、そこを離れたらまずいか……うーん……」
「ギル、サヤを呼んでください。私は豚から離れられません」
「分かった」

 走っていこうとするギルを呼び止めて、サヤは道中で拾っていくからと、オブシズの案内をお願いした。
 彼にはまだ、獣人絡みのことは伝えていない。一瞬これを機会に……とも思ったのだけど、先ほどの瞳の件を考え、保留にした。
 もう少し、彼の獣人に対する見識を、見定めた方が良いように思ったのだ。

「できるだけ早めに戻る」

 それだけ言い置いて、俺たちは兵舎を後にした。

 先程は準備の進行具合を確認するため大回りしたけれど、今度はまっすぐ村門に向かうため、東に進む。
 その道中に先程お邪魔した長屋店舗があり、細い脇道から奥に向かい、直接共同調理場に顔を出して緊急事態だと告げると、サヤはさっと現れた。

「胡桃さん達が来たらしい。けど、だいぶ飛び火しているらしくて、本当に村に入って良いのか確認したいと呼ばれたんだ。
 ハインが持ち場を離れられないから、サヤが来てくれるか」

 そう言うと、はいと、返事。
 村の女性に後のことを任せて、俺に続いた。

「飛び火……というのは、感染が広がっている……ってことなのですよね……。
 この時期に流行ってる、飛び火で広がる病って、何が考えられますか」

 村門に向かう最中、サヤにそう聞かれ、俺は少し逡巡して……。

「……まあ、風邪かな。この時期はどこでもそうだ。越冬のためにひとところに人が集まるから、飛び火しやすい。
 可能性として一番高いのは、それだと思う。
 あとは……荊縛いばらのいましめ
「いばらのいましめ?」

 サヤは、困惑したように眉を寄せた。聞いたことがない病であるらしい。

「荊縛は、咳や頭痛に加え、高熱と、荊に囚われるような痛みに襲われる病だ。
 危険な病だよ。かつては、荊縛と知られたら、村から家族ごと追い出されたりもしたほどだ。
 強い呪いなんだ……人が密集して過ごすこの時期に、狙い定めて振るわれる、悪魔の呪い。
 特に、幼子や老人は、死に至る可能性が高まる」

 実は、これなのではないかと、考えている……。
 良いと言ったのに、確認を取りたいという胡桃さん。
 それは自身らを襲う病が、下手をしたら村を潰す可能性があることを、理解しているからではないか。
 けれど、もうこの時期に野営で過ごすなんて自殺行為だし、受け入れると言ってなお、到着までにこれほど時間がかかった状態を考えると、山城に出向くなんて、絶対に無理だ。
 もし荊縛だった場合どうしたものかと頭を悩ませつつ、足を急がせていたら。

「…………ちょっと、待って下さい。お二人は、手拭いをお持ちですか?」

 急に足を止めたサヤが、俺たちにそう問うた。
 シザーが懐から手拭いを取り出し、俺も隠しに入れていたそれを引っ張り出すと……。

「無いよりはマシ程度の効果ですけど、口と鼻を覆いましょう。
 飛び火する病というのは、前に話したウィルス性の病である可能性が高いです。ようは、飛沫感染……患者さんの咳やくしゃみで飛散した唾液などが原因で、飛び火するんです。
 当然それは、私たちの鼻や口から体内に入りますから、手拭いで多少は、防げるかと」

 そう言いつつ、手拭いを受け取って、手早くそれぞれの顔半分を覆い、頭の後ろで括ってくれた。
 そうして、自分にも同じようにする。

「……これで、少しはマシなの?」
「本当に、微々たるものです。
 本来は、患者さん……病の方がした方が、効果的なんですけど。
 くしゃみで人の唾液は、五メートルから九メートルも飛散すると言われています。
 マスク……これをしていれば、それが二メートル程度に抑えられる……。また、これに絡め取られた分がここで留まります。
 だから、マスクは病原菌の飛散を抑制するための道具。防ぐ効果は、あまり期待できないんです」

 期待できないのに、それでもやらないよりはマシだと、彼女は判断したのだ。
 そうした上で、至極真面目な顔で、もう一つの問いを投げかける。

「そのいばらのいましめは、薬でどうにかできる病ですか……」
「……」
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