異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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新たな問題 18

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「アギーからの招待とはな……。参加しないという選択肢は無いわけだが……」

 アギーから……となっているけれど、その実態は姫様からだと知らない父上方は、とても深刻そうな顔だ。
 考えているよりもっとずっと大変な状況なのだと言ったらどうなるんだろうな……などと、内心思いつつ、俺としても深刻な問題であるから表情も神妙になる。

「そんなに大変なことではないですよ。
 交易路計画のことと、クリスタ様の縁での招待ですから。
 それに、この夜会はごく小規模な、近隣のみの招待である様子ですし、夜会という程ですけど、レイ様をアギーへ招待したいための口実といった感じです。
 学舎でもクリスタ様は、レイ様をそれは可愛がってらっしゃいましたから、弟の様子が気になって仕方がないといったところだと思いますよ」

 軽い調子でマルが言う。
 アギーにはまだ、異母様引退は届いていないでしょうし……と、言葉を続けて。

「こうでもしなければ、異母様はレイ様を伴って夜会になんて参加しなかったでしょうから」
「それでも夜会であることに変わりはない。
 問題は、そこだ。夜会である以上、夜会の性質を無視はすまい。そういった目的が含まれていると考える方が妥当だろう」

 まさしく含まれていますよ……。
 二十九番目のご息女との縁を作るための夜会だものな。

「レイシールは今までそういう場には、参加してこなかったのだな?」
「はい。伴われることはありませんでしたから」
「夜会のなんたるかは、理解しているか」
「それは勿論」

 ただ知り合うというだけではない。縁を繋げることを前提とするのが夜会だと、理解している。
 貴族の義務として婚姻があることを、夜会の役割を、学舎でも学んだ。

 俺の返答と表情で、何かを察した様子の父上は、額を押さえ「……すまぬな」と、俺に言った。

「学舎で学んでいるか……。
 結局私は十二年、其方の成長を見ておらぬから、つい幼子を相手にするようなことを、してしまうな。
 お前がもう十九になろうとしているということを、理解しているつもりで、できていない」

 そう言って一つ息を吐いてから、俺をこちらへ来いと、呼んだ。
 寝台の傍へ。

「夜会の性質がある以上、私はお前に確認しなければならないことがある。
 この前お前は、懇意にしている他家のご令嬢はいないとガイウスに述べたそうだが、それで間違いはないな?」

 来た。
 そう思いつつ、それには「はい」と答える。

「アギーの方に招待されている……というのにか?」
「クリスタ様の思惑はともかく、俺自身にアギーご令嬢との、将来を前提とした縁はありません」

 俺の意図した夜会ではないと、伝える。
 つまりこれは、上位貴族からの強制と呼べる招集なのだ。将来を見据えることを前提とした。

「貴族社会の夜会は、本来家の招待だ。個人を名指しというのは、あまりしない。その理由も、学舎で学んでいるな?」
「はい。個人指名は、家同士の合意の下でしか取り交わさない招待です。婚姻を結ぶことが、家同士の合意で決まっている場合のみ」

 つまり本来は、アギーからの招待状は、セイバーンを招待するものでなければならないのだ。
 俺を名指しするのは、俺と将来を誓った相手が、お互いの家の合意を得た上で、俺を招待する場合。
 身分差がある以上、下位は断ることができない。だから名指しの招待は、道徳的でない行為とされる。
 ……と、いうか。
 本来、上位から下位に強制的な婚姻の強要なんて、起こらないのが普通だ。上位にとっては利益なんて見込めない相手なのだから。

「……本来は、そうだ。だがセイバーンは、その限りではない」
「収益ゆえにですか」
「そうだな……私の場合は、そうだった」

 父上の言わんとすることは理解できた。
 やはり、ジェスルから、今回と同じことが行われたということなのだろう。
 場の状況が重苦しいのもそれが理由か。
 とくに父上の場合は、早くに両親を亡くされ、領主という立場にあったから尚のこと、断れなかったのだと思う。
 いくら学舎で親交があったからといって、それがアギーの全てではないだろう。だから、もしその強要があった場合どうするのか。ということが、今父上の問いたいことであると分かった。

「お前は、元々後継ではない。そのような、心算ではいなかったことだろうと思う……」

 辛い思いをさせてきた。だからそれゆえに、こういったことの責務を、俺に押し付けることはしたくないのだと、父上の表情は言っていた。
 だから、俺が正しく、後継の模範として行動するなら。

「責務を果たす覚悟はできていますので、お相手の審議は父上にお任せします」

 と、答えれば良いのだろう。
 それが父上の負担を減らし、セイバーンの将来を考えた、正しい選択だ。
 婚姻は政略だ。とくに後継である場合は。
 けれど……。

「確かに俺には、将来を見据えた他家のご令嬢との縁はございません。
 ですが、生涯を共にすると定めた女性はいます。
 申し訳ありませんが、他領のご令嬢との縁は望んでおりませんので、全てのお話はお断りしていただきたく思います」

 そう口にすると、その場が沈黙に支配された。
 しばらくそうしたのち、ガイウスが一気に気色ばむ。

「それは、相手が貴族の方ではないということですかな」
「そうだ」
「レイシール様は、後継となられました。
 そうである以上、貴族としての責務をご理解いただけているはずです」
「そうだな。理解している。
 だがこれに関しては、承諾しかねる。
 俺は愛の無い婚姻を結ぶつもりはないし、それが、価値あることだとも思っていない」

 今まで明言を避け、言葉を濁してきた俺が、この時になってはっきりと拒絶を示したことで、ガイウスは少なからず衝撃を受けた様子だった。
 俺の拒否に頭がついてこないのか、しばらく呆然と、俺を見る。

「貴族の方ではない……。そういうことも、ございましょうな……。
 ですが、全ての話を断ってほしいとは、どういうことですかな?
 その方と結ばれたうえで、責任を果たすことも、できるではありませんか」
「その者以外を妻に娶る気はいっさい無いということだ。
 その者が俺の唯一無二。己の半身。他などあり得ない。
 たとえそれがセイバーンの不利益であろうと、俺を後継とするならば受け入れてもらうしかない。
 もしそれが不服だというなら、俺はセイバーンを継がない」

 そこまではっきりと伝えたことで、これが冗談でもなんでもなく、俺が本気でそう言っているのだと理解した様子だ。
 ガイウスの顔色が、どんどん悪くなる。
 だが彼が口を開く前に、父上は手を上げて、それを制した。

「愛する相手がいるのか」
「はい」
「それは誰か、聞いても良いものか?」

 父上の問いに、俺はひとつ、息を吐いた。
 そして腹にグッと、力を込めて、その名を口にする。

「サヤです」

 ガイウスの怒りの矛先が、サヤに向かうのをその表情で理解した。
 やはりか、思っていた通りかと。あの女をどうやって俺から退けようか、そんなことを考えている顔。
 だけどそれはお門違いだ。

「とはいえ、彼女には断られてしまったので、俺がそうしたいと思っているだけですが」

 肩をすくめてそう続けると、二人が意表をつかれた顔で、俺に視線を戻す。

「断られた……?」
「ええ」

 全て真実だ。だが、都合の悪い部分は伏せる。
 彼女を守り、得るための手段を、俺はこれしか思いつかなかった。

「彼女は、俺がしがない片田舎の男爵家、日陰者の二子でしかない時から、恋人であってくれました。
 俺には過ぎた華だ……。教養があり、武に優れ、美しく、気立てが良い。彼女に無いのは身分だけ。それだって、ここがフェルドナレンであるからだ。
 彼女の国でなら、俺なんて歯牙にもかけてもらえなかったと思います」

 サヤの世界から、彼女が零れ落ちて来なければ、出会うこともできなかった。

「彼女は、ただ俺の恋人であったわけではありません。
 男装までして、俺の身を支えてくれた。
 俺はここで孤立していた上に、兄上や異母様の脅威に晒されていた。彼女はそれを理解していたのに、自身の危険も顧みず、その道を選んだ。
 実際命を救われたのだって、一度や二度じゃない……。
 愛さずにいろという方が無理ですよ。あんな気高く美しい人を、どうやって視野に入れないでいられるんです?    正直なんで俺を選んでくれたのかと、いまだに思っているくらい、彼女は誰にだって、愛される。敢えて俺を選ぶ必要なんて、なかったのに……俺の恋人に、なってくれた」

 彼女があの辛い経験をしていなければ、起こらなかった奇跡だ。
 肉体を、女性として求められることの恐怖。それがあったから俺は、たまたま特別でいられた。

「だから、こんな立場になったけれど当然、俺はこれからも、彼女と共にいたいと考えた。どうか妻になってほしいと伝えました。
 そうしたら……私にその気はないので、ふさわしい方を妻になさってくださいと、言われてしまいました」

 言葉にすると、胸を抉られる。
 今になってもその衝撃は、全く衰えてくれない。

「魂も捧げていたんです。それすら、返すと言われました」

 グッと拳を握って、その言葉の重みに耐えた。

「だけど俺は、それが彼女の本心じゃないと、知っているんだ……」

 好きだと言ってくれた。
 これからだって、共にいたいと本心では、思ってくれている。
 じゃなければ、あんな風に無理やりサヤ求めた俺に、応えてはくれなかったろう。

「成る程。確かに、分をわきまえていらっしゃる。
 貴方様がどうすべきかは、私が進言するまでもなく、その者が身をもって示してくれているようです」

 彼女の言動が正しい。
 そうまでお膳立てしてくれたのだから、それに従えば良い。そうすべきだと。
 そう言外に言ったガイウスに、俺は演技抜きで、腹の底から込み上げてきた笑いに、身を委ねた。
 彼女が正しい。そうなんだろうと思うよ。
 貴族であるなら、そうすべきなんだろう。
 だけど、これだけは従えないんだ。
 サヤは俺の幸せを望んでくれている。そして俺の幸せは、彼女と共にしかあり得ない。
 彼女は異界の娘で、この世界にたった独り。
 孤独な彼女が、失くさないものになると、魂と生涯をかけて、俺は誓った。

 貴族である俺の代わりなんて、いくらでもいる。
 だけど、サヤには、俺独りなんだ。

「ガイウス。
 其方はずっと俺を警戒しているな。
 常に俺を見張って、揺さぶって、本当に俺が、セイバーンのために尽くせる人間か、貴族たるに相応しいか、見定めようとしてる。
 殆ど面識のなかった、十年もの間、一度もセイバーンに戻りもしなかった、二子だものな。
 答えをやろう。
 俺は相応しくなんてないんだよ」

 くすくすと笑いながらそんな風に言った俺に、ガイウスのみならず、父上や護衛の騎士らまで、訝しげな視線を向けてくる。
 だから俺は、演技半分、残りの半分は本心で笑って、言葉を続けた。

「ガイウス……俺は本当はね、父上の救出を諦めて、セイバーンを終わらせる選択を、するつもりだったんだ」
「な、なんですと……⁉︎」

 絶句する一同に視線を巡らせて、俺は今一度、口角を釣り上げる。
 笑みを崩しては駄目だ。とにかく俺に、皆の意識を集める必要があるのだから。
 あえて時間を取り、間を空ける。皆に少しだけ、考える時間を与えてから、頃合いだというところで、また口を開いた。

「皆の、俺への懸念を当てようか。
 この人は本当に、セイバーンに身を捧げる覚悟があるのか。父上の子として相応しい人物なのか。ちゃんとセイバーンを愛しているのか……。
 なら問うが、俺の、そろそろ十九年という人生で、セイバーンやお前たちは、俺にいったい何を与えてくれたかな?」

 俺の質問に、一同は息を飲む。
 ここが俺に与えてくれたもの。俺との面識が殆ど無い彼らに、それが分かるはずもない。

「今まで俺は、起こりうる最悪の状況しか起こらない人生を、歩んできたんだ。
 愛されていたと思っていた母に死を望まれ、貴族となっても存在を否定され、そんな中であの事件が発覚して、学舎へやられた。
 六歳の子供を、たった一人でだ。ていのいい厄介払いだよな。
 そもそもがそんな境遇だったのに、故郷に愛着が湧くと思うか?    帰ってきたいと、思うとでも?」

 ニコニコと笑顔でそんなことを問う俺に、一同は恐怖すら滲んだ視線を、向けてくる。
 俺のいた環境を知っているなら、そんな顔しか、できないよな。

「十年は、発狂したくなるような、苦しくて、長い時間だった。それを耐えたのは、成人すれば自由になれると、思ったからだ。
 そんな中で、俺を支えてくれたのは、セイバーンじゃない。
 孤児であるハインやジェイド、他領の友、天涯孤独の身の上で、何処の馬の骨とも知れぬサヤ。俺に何かを与えてくれたのは、彼らだよ」

 父上の顔を見ることができなかった。
 きっと傷付けている。
 こんなことを言えば、父上は、自分を責めるだろう。
 そう分かっていたけれど、俺は勢いのままに、言葉を吐く。全て吐ききるまで、閉ざさない。全部を俺が背負うためには、これが必要だから。

「だから本当は、後継なんて、冗談じゃないんだ…………。
 それなのになんで俺がここにこうしているのかって……それは、彼女がそう、望むからだよ」

 俺がもう何一つ失くさないように、失わないように。望んでくれた。
 命まで賭けて、父上を、セイバーンを、俺を掬い上げてくれたのは、彼女なんだ。

「彼女は故郷を失った身だから、持つ俺が、それを捨てることを許さなかった。
 俺を育んだ地だから。大切にしなきゃいけないって、彼女が言ったんだ。
 彼女が望むから、俺はここに立っている。セイバーンを継ぐ覚悟だってした。
 なのに、彼女を失ってまでここに尽くせって?    本当、冗談にもならないよ」

 彼女はもう充分、セイバーンの母たる資格を持っている。
 貴族じゃない?    子が成せないかもしれない?    そんなものが彼女の価値を、どれほど損ねるというんだ?
 もうこれ以上ないほどに、彼女はここに、与えてくれている。
 もう与えなくてよい。
 今度は、与えられるべきなんだ。

「だから、これが条件だ。
 俺は彼女以外を娶る気は無い。それが許されないなら、ここを去る。
 俺が領主に相応しくないと思うなら、養子でもなんでも、好きに用意してくれ。
 俺に地位など不要だ。誰にだって、くれてやる」
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