異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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新たな問題 13

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 ナジェスタらを客室に案内し、そのままユストに夕食までの時間、荷解きの手伝いをお願いした。姉弟で積もる話もあるだろうし。
 そして俺は急ぎ、執務室に戻る。そろそろ日暮れだ。もうエルランドらが到着しないとおかしい。

「ハイン!    エルランドはまだ到着してないのか⁉︎」

 執務室に入るなりそう問うたら、何か話し込んでいた様子のハインとマル。休憩を終えて戻っていたらしいシザーがこちらを振り返った。

「お帰りなさいレイ様」
「先程先触れが来ました。
 道中で脱輪したそうで、それで少々時間を食ってしまったと。けれど、もう間もなく到着です」
「そうか、良かった……。
 なら、そのまま倉庫に入ってもらって、馬だけ厩に。今日はもう休んでもらおう。荷解きは明日で構わない」
「明日の出発が遅れてしまいますが……」
「皆で手伝えばさして問題にならないよ。もう外も暗いのに、重い荷の上げ下ろしは、怪我に繋がりかねない」
「畏まりました」

 指示を飛ばして、ホッと息を吐いた。
 吠狼らに続き、エルランドまで遅れるとなったらどうしようかと、気が気じゃなかったのだ。
 冬場の波乱や想定外はほんとごめんこうむりたい。被害まで大きくなるから。
 けれど、無事到着できる様子で良かった。
 そのまま、エルランドらを迎えに出向くハインを見送ろうとしていたら。

「わざわざ後で館まで来てもらうのは二度手間ですよ。
 疲れているでしょうから、こちらから出向いて、そのまま宿舎に直行してもらうべきかなって」

 と、マルにそんなことを言われた。
 それは確かに一理ある……けど……?

「あと、宿舎のことも、伝えないといけないでしょう?」

 あ、そうだったな。
 本当なら、吠狼の面々が既に宿舎を運営している予定であったが、まだ到着できていない。
 申し訳ないが、眠るだけだと割り切って、宿舎を利用してもらうしかないから、それも説明しないといけないのだ。

「サヤ、本日は湯屋を開けていたのだよな?」
「はい。ただもうだいぶん遅いですし、まずは湯屋を利用していただいて、それから食事処へ行っていただく方が良いと思います」
「そうだな。じゃあ、カミルと食事処に連絡だけ、先に回しておいて」

 指示に従い、サヤが湯屋に向かい、俺も防寒用の外套を羽織らされ、ハイン、シザーとともに外に向かうと、留守番すると思っていたマルまでついてきたので、少々驚く。

「どうしたんだ?」
「僕だってたまには付き従いますよ」

 ニッコリと笑ってそう言われた。
 書類仕事……すごい量だったけど、目処がついたのかな?
 ちょっと違和感を感じつつ、けれどついてきたって別に構わないわけで、そのままマルも引き連れて館を出ることにした。
 途中で使用人を見かけたので、もし父上やガイウスが俺を呼んでいた場合は、来客を迎えに行っている旨を伝えてくれと言伝てて、玄関扉を押し開いた。

 外はもう宵闇だ。
 行灯を手にしたハインを先頭に館を後にして、村の入り口に向かった。
 主筋通りまで出ると石畳となる。まっすぐ中央広場まで続き、広場には湯屋と食事処。そしてそのもう一本後ろの通りに行商団用の宿舎や宿屋がくる。
 宿に泊まれば、その周りに必要なものが一通りあるように位置を決められているのだ。

「そうそう、レイシール様にはそろそろもう一人、武官を増やしていただこうかと思ってるんですけどね。
 雇った者の身内に被害がいくのを心配する必要はなくなりましたし、ジェスルのちょっかいがなくなったとも限りませんし。
 何よりこれから貴方は立場を得る。できるならば、もう四、五人は交代要員が欲しいんですけどねぇ」

 不意にそんなことを話し出したマルに、また違和感を感じた。

「うん。それは今から……考えていかなきゃいけないけどな。春からで良いんじゃないか?」
「ええまぁ。でもせっかくの機会は逃す必要ありませんよね」
「?    うん……そうかな?」

 村門まで来ると、騎士が二名、門の両側に直立している。
 今から来る一団が入村したら、門を閉ざして良いと伝えていたら、丁度車輪の音が耳に届いた。

「申し訳ありません!    遅くなってしまいました」

 門番にそう声を掛けたエルランドが、こちらに気付いて目を見開く。

「レイシール様⁉︎」
「エルランド、良かった……ちょっと心配したよ」
「え?    まさか、我々を待って?」
「うんちょっと、散歩がてらね」

 そう答えると、馬を急がせてヘルガーが前に出て来る。

「レイシール様!」
「ヘルガーも、久しぶり。まずは入って」

 馬車と荷車。そして護衛の一団を招き入れ、馬車を降りたエルランドらと並んで歩きながら、本日のことを説明することとなった。

「実は、こちらにも少々不手際がございまして、宿泊していただく予定の宿舎、経営者の到着が遅れております。
 よって、皆様にご自身で寝床の準備をお願いしなければならないのですが……」
「あぁ、そんなことなら全然、構いませんよ。屋根と壁がある場所で休めるだけで充分です」
「申し訳ありません。寝具類は到着しておりますので、好きに使って頂いて構いません。明日朝、利用した敷布や上掛けの覆いだけ外して、集めておいていただけますか。
 食事は夕食と朝食が食事処にて用意されます。まだしばらく時間がかかると思いますので、荷物を宿に置かれたら、先に湯屋へご案内いたします」
「えっ⁉︎」
「前回、次はと言っていたろう?    もう完成しているから、ぜひ疲れや汚れを落としてくれ」

 そんな風に話しつつ足を進め、中央広場までやってきたら、食事処と湯屋には灯りが灯っており、サヤらしき人影が入り口にあった。
 宿舎はこのすぐ裏手だが、倉庫はもう少し先だ。
 サヤがこちらに小走りで駆けてきて、合流すると。

「あの、レイシール様……」

 そこで不意に、ヘルガーより声がかかった。

「ん?」
「貴方様に、お伝えしたきことがございまして、ちょっとその……お時間をいただきたいんです。できるなら、早急に」

 灯りにぼんやりと照らされたヘルガーの表情は、とても真剣で、申し訳なさそうで、だけど少し何か、ソワソワとしていて……頼りない灯りで表情を読み誤ったのかもしれないなと、そう思いながら「急ぐのか?」と、聞くと、「はい!」という、強い返事。

 あの人のことかな……。

 ヴィルジールという名だと、それは手紙で伝えられたけれど、それだけだったから。
 少し重くなった気持ちに、表情が曇ってしまうのを、顔を背けて誤魔化した。
 するとサヤが、するりと身を寄せてきて、そっと影から、俺の手を握る。
 婚姻は拒んでもなお優しいサヤの、手の温もりに気持ちを慰められ、握られた手に力を込めた。

「うん……じゃあ、食事処の上階を借りようか」

 そう伝えると、するりと手が離れる。

「伝えてきます」

 サヤがそう言い、また踵を返した。
 エルランドが、部下や傭兵らに、荷物の移動を支持し、ほんの一名だけを残して、先に向かわせる。そしてエルランド本人も、残る様子だ。

「私も同行します」

 そう言ってヘルガーに並んだ。

「では、私とシザーは他の皆様を湯屋へご案内します。サヤ、後は頼みます」

 ハインがそう言い、シザーを伴って馬車の方へ。戻ったサヤに一声だけかけて、行ってしまった。

 サヤに促され、俺とマル、ヘルガー、エルランド、そして傭兵らしいもう一名が、食事処に足を進めた。
 中に入ると、暖められた室内にホッとする。いつもの部屋をどうぞと促され、礼を言って二階へ上がった。
 二階に上がり部屋へ入ると、まずサヤが灯りを点ける。壁の行灯に火を入れていき、それから俺の外套を脱がせ、壁掛けに。

「少し寒いですが、ご了承ください。もう少ししたら、温かいお茶をお持ちします」
「いえいえ、こうして風が防げるだけでどれだけ温かいか。今日は本当に、難儀したもので、有難いですよ」

 エルランドらの外套も受け取っていくサヤ。
 その動きが、最後の人物の前で、ピタリと止まった。

「……あの?」

 その人物が、外套を脱ぐことを躊躇ったためだ。

 室内に入ってもなお、頭巾すら外さない。灰色の薄汚れた外套が、なんだかあの人の記憶と重なる。
 ここに呼ばれているということは、あの人のことを知る年代の方なのだろう。

「サヤ」

 無理を強いる必要はないと、小さく首を振る。
 俺にも心の準備が必要だしなと、そう思ったのだけど、その人は意を決したみたいに、外套を外した。

「っ⁉︎」

 長い髪をしていた。後頭部で雑に纏められているものの、横髪は零れ、顔を隠してしまっている。
 前髪も長く、目元も隠されていた。そしてなにより……………………砂色。

 まさか。

 そう思ったけれど、すぐにそれを否定する。そして急ぎ視線を外した。
 もう嫌だ。絶望は、もうたくさん。期待するな。何度も何度も、あの人の死を突きつけられて耐えられるほど、俺は自分の心が強くないのを、知っている。
 サヤも気付いたのだろう。受け取った外套を慌てて壁掛けに並べてから、急ぎ俺のもとに来た。
 少し躊躇ってから、俺に寄り添い、また手を握りしめてくれる。
 そんなやりとりをする俺たちをよそに、それまで黙っていたマルが、朗らかに弾んだ声音で、口を開いた。

「よくお越しくださいました。待ち望んでたんですよぅ。
 来ていただけたということは、お話を受けていただけるのだと、そう受け取ってしまってよろしいんでしょうかね?
 ねぇ、ヴィルジールさん」

 ヴィル、ジール……⁉︎

 呼ばれた名前に、視線が勝手に、その人に向かった。

「安心して下さい。セイバーンに、もうジェスルの脅威はありません。
 表向きにはまだ公表されてませんけれど、レイシール様が後継となられました。
 ですから、もう、大丈夫なんですよ」

 その台詞に、砂色の髪の人は、一つ息を吐く。

「そうか……。まぁ、俺はともかく、団の者に累が及ぶことは避けたかったから、な。
 けどなんというか……もう俺はオブシズだよ。今更その名で呼ばれても違和感しかないんだ。オブシズと呼んでくれ」
「ですってレイ様。……大丈夫ですか?」

 だいじょうぶじゃない。

 返事もできず、そう思っただけで、目の前の人物を凝視することしかできなかった。
 するとその人は、前髪で隠れた視線を俺に向ける。

「ははっ、いやいや、成長し過ぎ。
 あんなちっちゃい、女の子かって感じだったのにお前、なんだ、ずいぶん男前になったな」

 そう言い、困ったみたいな苦笑を零し、前髪を掻き上げて……!

 輝くような蜜色に、縁が翡翠色をした特殊な瞳が、そこにはあった。
 頬に走る大きな刀傷も、左の額にある亀裂のように走った傷も。
 記憶と違うのは、その人がより精悍な印象になっていたこと。
 まるで、十二年の時を、重ねたように……!

「う、うそだ……」

 また覚める。そうしたら俺は、また絶望のどん底だ。
 そう思って身を引いたのに、それはサヤに阻まれた。

「レイ、触れてみたら分かる。
 確認しいひんと逃げて、後悔してもええの?
 手を伸ばしたら、届くんやで?」

 そう言って、励ますみたいに、腕をさすって、俺を見上げる。
 怯える俺の前に、その人は足を進めてきた。細身だけど、ガッチリとした筋肉に覆われた、立派な体躯。
 けれど今は俺の方が、少しだけ背が高い。
 だから視線が、まっすぐに俺と合う。誤魔化しようのない、記憶に違わない、あの美しい瞳が。

 手を伸ばすその人。差し出された掌をただ見ていたら、俺の手を取ったサヤが、その掌に、俺の手を乗せた。
 温もりを感じる前に、グッと握り込まれる。そうして引っ張られて……!

「レイシール。立派になった」

 その逞しい腕に抱きしめられて、強く背中を叩かれた。
 ジンと痺れる背中と、ゆっくり伝わってくる温もり……そして、乾いた汗の匂い。
 あぁ、なんで?    これは夢?    俺は、今何に抱きしめられているんだろう。

「夢じゃないですよ。
 今からちゃんと説明しますから、レイ様、もう安心してください。
 あなたは誰も死なせてません。その人はヴィルジールさんであり、オブシズさんです。間違いなくね」

 マルの声にまでそう、背中を押されて……俺は溢れ出してしまった涙をそのままに、俺を抱きしめる人物の背に、手を回した。
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