異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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新たな問題 2

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 日に日に、問題が浮き彫りになりつつある。

 当初、父上と俺の再会は、とても喜ばれたし、歓迎の雰囲気が大きかった。
 領主の館を灰にする失態は犯したものの、ジェスルの陰謀は退け、父上の奪還に成功したからだ。
 ただ、俺という人物があまりに知られていなかったため、疑念も強かった。
 特に、兄上を死なせてしまった経緯がある……。
 意図的に、あえてなのでは……と、感じた者がいても、仕方がないことだろう。

 俺と、セイバーンの者らとの接点は唯一、交易路計画をめぐる、騎士派遣について。それの書簡だ。
 急に決定し、送られてきた国との共同事業だから、妙に期待が高まっていたというのも、問題であったかもしれない。
 優秀で切れ者な二子……というものを期待していたなら、落胆させただろうな。

「な、なんですかここ……村の規模ですか」
「あー……。必要なものを詰め込んでいったらこうなってね。少々規模が、膨らんでしまったが……。
 国からの承諾は得ている。
 本当は、父上にもお伝えしたかったのだけど……あの当時は、父上の状況も、知らなかったもので……」

 ジークらが接触を図ってくれたおかげで、初めて気付いたのだと言うと、少しがっかりとさせてしまった。
 セイバーンに戻ったときから、着々と準備していたと、考えていたのだろうなぁ。

 きっと、反発の一つ目は、それだったのだと思う。

 異母様の手を掻い潜って、好き勝手にセイバーンを弄り回し始めた二子。
 そんな印象を持たれてしまったのかもしれない。
 更に俺は、セイバーンの者をほぼ部下に持たず、他領の者や孤児、異国人を身の回りに侍らせ、あまつさえ影まで持っている。
 得体の知れない二子……と、印象が改まるのは、早かった。

 特に、その疑念を強く抱いているのは、父上の従者……ガイウスだ。
 父上が逃げ込んだ地域の管理を担当していた人で、もちろん優秀な人。ただ、少々堅物である様子。
 父上の帰還に伴い、職務を即座に一子に譲り、父上の従者に戻った。更に、俺と年の近い末の息子、五子のルフスを、俺の従者にと連れ帰ったのだったが……。

「申し訳ないが……。私に従者は必要ありません。間に合ってますので……」

 吠狼の抱える秘密もあり、よく知らない者を身近に置くのは憚られたため、ついそう、断ってしまったのが、まず良くなかった。
 更に良くなかったのがサヤだ。
 女性の身でありながら、従者をさせている。
 そのことが彼の容認できる許容量を超えた。
 自分の息子を断っておきながら、女を従者にするとはなんと破廉恥な!    と、そうなったわけである。

「サヤくんの優秀さを知れば、そうも言ってられませんけどねぇ」

 マルが、苦笑しつつそう言い、一枚の書類をまとめて終了済の箱に移した。

「全くです。
 そもそも、あのルフスという者は確実に掃除も洗濯も炊事も、できないでしょうから、ここの従者は務まりません」
「……まぁそれ、本来従者のすることじゃねぇけどな……」

 衣服の納品に来たついでに、お茶に呼ばれようと、ちゃっかり残っているギルが言う。
 越冬のための準備だ。衣類系は彼が全て担ってくれて、本当に助かっている。
 私物を灰にしてしまった騎士や使用人らの分も、古着屋等より手頃にかき集めてくれて、大変有難い。
 それに、父上の衣類は悉く新調される。バンスにあったものは、何が施されているか分かったものではないからだ。

 ウーヴェは先程、メバックに戻るため出発した。
 拠点村への移転を望む職人らへの対応のためだ。
 ジェイドはいつもの如く、ふらりと何処へやらである。

「にしても……サヤ……大丈夫か?」
「うん……ちょっと…………やはり、気にしていると思う……。
 サヤの素性は、正直どことも知れぬ遠い異国の者……としか、言えないしな……」

 現在執務室にはサヤの事情を知る者と、シザーしかいない。
 シザーの口の硬さは尋常ではないので、この手の話をここですることに問題は無いと判断された。
 ちなみにルーシーも来ているが、彼女は今、サヤの茶菓子作りを手伝いに喜び勇んで駆けていったので、大丈夫だ。

 サヤは、遠い異国の者で、家族とはぐれたため保護をし、そのまま俺の従者となった。
 その今まで通してきた嘘を、そのまま伝えただけになっている。
 大変優秀で、相当な武人であると言うことも当然、伝えた。
 けれど、女の身であるということが、全てを否定する要素であるらしい。
 また、当初美しかった彼女が、男装をして過ごしているということも、何やら反感を買ってしまった様子だった。
 男の真似事までして、しゃしゃり出てくるとは……と、そんな感じ。

「……親父さんには、伝えたのか、サヤとの間柄……」
「……伝えられてない……。ガイウスが、ほぼ片時も離れず一緒だし……言えばきっと、余計反感を買うしな……」
「だろうなぁ……後継を誑かすどこの馬の骨とも知れぬ悪女……とか」
「それはもう、遠回しにだけど、ほぼ言っていた……」

 後継……か。
 そうなったのなんて、つい先日だ。
 サヤはその前からずっと一緒だった。
 俺の一番大変だった時期を、共に過ごし、父上のために命まで賭けてくれた。
 そんな彼女が、私利私欲のために俺と共にいると、本気で言っているなら、俺だって全力で言い返す。
 だけど……見えてしまうのだ。
 セイバーンの未来を、憂いていることが。
 後継が、俺一人しかいない。その現実に、少なからず苦しんでいることが。
 好きでそんな風に言っているのではない。
 セイバーンの未来のために、心を鬼にしているのだと、それが見えてしまう……。
 父上のために、少しの懸念だって、取り払って差し上げたいと、そのために嫌われ役にだって甘んじている。
 彼は、ただ父上のために、一生懸命なのだ……。

「…………社交界の話は、もうされたのか」
「それとなくされた……。他領の娘との交流はあるのかとか……」
「異母様がレイシール様を社交界に伴ったはずがないでしょうに」
「それは分かっていると思うよ……。ただ、牽制で口にしたのだろうな……心の準備をしておけって意味で……」

 要は、地盤固めのための、政略結婚。その、心の準備だ。
 ジェスルのせいで、色々引っ搔き回されたセイバーンを、立て直す必要がある。そのための、婚姻。
 社交界は庇護者がいなければ参加できないが、父上は戻られた。
 父上の参加は体調的に無理であろうから、代理を任せる相手を用意する気だろう。そして、早ければ来年中……成人を待たずして、妻を娶ることになる……。
 義務だ。貴族としての義務。それは、勿論分かっている。
 けれど…………。

「ちょっと、サヤの様子を見てくる……」

 そろそろ茶菓子の準備も終わる頃だろう。
 そう前置きして、執務室を後にした。
 後ろをシザーが付いてくる気配があるが、気にせず進む。
 すると、台車を押してやって来るルーシーに出くわした。

「あっ、レイ様。もう間もなく準備完了ですっ」
「分かった。サヤはまだ調理場かな?」
「ええ。洗い物をされてます」

 シザーに、ルーシーの手伝いを言い渡してから、杖を極力早く操り、気持ちだけ小走りで調理場に向かった。
 途中で息を整えて、ゆったりと歩いて中に向かう。
 するとサヤは、こちらに背を向けて、洗い物の最中で……。

「ルーシーさんとすれ違いませんでしたか?」

 背中を向けたまま、そう問われた。

「うん。会ったよ」
「レイシール様も、応接室に向かってください。
 私も、これが終わりましたら……」
「うん。分かってるよ」

 分かってるよ。
 今サヤが、どんな気持ちで、どういった表情で、俺に背を向けているのかも……。

 そのまま歩み寄って、後ろから抱きしめた。
 サヤはカバタに手を突っ込んだまま……洗い物は、もう、終わってしまっていた様子だ。
 まだ終わらないふりを、していただけ……。
 冷たい水に、手を浸して、心も、冷たく、鈍化させて……。

「サヤ」
「…………」

 きっと、俺が耳にした以上のことを、サヤは耳にしてる。
 けれどあえて、従者であろうと、してるんだよな……。
 俺と共にいるために。それが余計、反発を招くのだと、分かっていても。
 彼女は、自分の役割を心得ている。
 ここでどんな風に必要とされているか、それを重々承知しているのだ。
 だから、ガイウスの視線が痛かろうと、自分の仕事を優先する。
 皆のために、そうしているのだ。たとえ、たくさんの言葉に傷付けられても……。

 俺の魂は、サヤのものだよ。
 何があっても、俺にはサヤだけだ。
 それに、父上はまだ何も、おっしゃってないよ……。
 そうと決まったわけじゃないし、別に絶対結婚しろと言われるわけでもないと思うんだ。
 まだお互い、事情を伝え合う時間も取れていない。
 だから、時間ができたら……年が開けたら……祝詞日が来たら、ちゃんと話ができると思う。
 サヤのことは、きちんと伝える。だから…………。

 色々なことを思ったけれど、口にできず、心の中でだけ、呟いた。
 気休めを口にしたところで、きっとサヤには、分かるだろう。それが、気休めなのだということが。
 そして、後継となる以上、義務が発生し、俺はそれを行わなければならないのだと。

「サヤ、君が好きだ」

 君だけが俺の唯一無二だ。
 言葉にできたのは、それだけだったけど。
 サヤは冷え切った冷たい手で、俺の手に触れた。

「うん、おおきに」

 そう言って、なんとか作った笑顔で振り返るから、その頬に唇を落とした。
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