異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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死の残滓 3

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 そこからの日々は、もうてんやわんやだ。

 何がどうてんやわんやかというと、まずは燃えてしまった本館の後片付け。雪が積もれば作業にならないため、急がなければならない。
 何か回収できるものがあればということで、セイバーン村の住人が中心になって手伝ってくれている。
 そしてジェスルの残党処理。
 さした悪事を働いていない者や小者は、緊急事態であるが故に故郷へと強制送還になった。
 これから越冬だというのに、罪人を大量に養っておく余裕は無い。とにかくまずは、セイバーン内をなんとかしなければならない。
 捕縛していたジェスルの者らだが、やはりあの火事の中で、逃げた者もいるらしい。
 その再捕縛を含め、マルが中心となって後を追い、吠狼らが走ってくれているのだが、成果は想定通り、芳しくなかった。
 逃げた執事長も消息を絶ったままだ。火事とその事後処理の混乱の中、うまく逃げられてしまったのだろう。

 それから、焼け出された使用人や衛兵の仮住まいの手配。
 これは、火が燃え移らなかった別館を使うことで早々にかたがついた。
 何せ部屋数は申し分ない。どうせ俺たちは拠点村で過ごすことになるので、この際だからと俺たちの荷物も全部、拠点村に移動させ、引き払うこととなった。
 来年からは交易路計画で忙しくなるし、領主の館を再建している余裕は無いだろう。
 だからもう、拠点村の新たな屋敷を、仮の領主の館にすることに決まったのだ。
 そうなると、別館に戻る必要もないわけで、セイバーンの守りにいなければならない衛兵や、その別館管理のための使用人に、あそこに住んでもらうのが手っ取り早い。一人身の者も多かったから、食事の管理が共同でできて、むしろ楽だろう。

 一つ、想定していなかったのは、父上のこと。
 容態としてもあまり芳しくないため、逃げ込んだ部下……元従者であった者の所で冬を越す方が良いだろうという話であったのだけど……。

「え?    こっちに?」
「ええ。本人たっての希望で。
 それで、地方に散っていた元配下の方々から、動けそうな方も招集しまして、この拠点村に来ていただく話になっているのですけど……」

 少し困った顔でマルが言う。
 父上は、長い間薬を盛られていたせいで、身体に色々支障をきたしていたし、急に薬を断つのは、かなり負担が大きいのだという。
 だから同様の薬を飲み続け、量を少しずつ減らしていくという、細やかな治療が必要で、俺たちだけではどうにもならない。
 拠点村には当然医師もいなければ、薬の管理ができる薬師だっていない。
 にもかかわらず、父上が無理を通すような、我儘とも取れる要求をしてくるとは、想定していなかった。

「その、ですね……貴方に、早くお会いしたいのだそうですよ。
 それから、負担を掛けているから、書類仕事でもなんでも……できることから少しずつ、復帰していきたいのだそうで……」
「そんなこと言ってられる容態じゃないだろう⁉︎」
「それは、そうなんですけど……」

 親心ってやつなんでしょうねぇ……。と、マルは言う。
 そして父上の本音としては、冬の間に力尽きてしまう可能性が少なからずあるから、雪に閉ざされる前に、俺の顔を見ておきたい……ということであるらしかった。
 そんな風に言われてしまっては……無下にもしにくい……。

「……医師と薬師の手配はできるのか?」
「現在、探しているところです」
「……分かった。雪が積もり出すまでに目処がつくなら、来ていただこう。……すまない、手間を増やしてしまって……」

 この忙しい時に……などとは、誰も言わなかった。
 父上たちの部屋が急遽用意されることとなり、特殊な家具の手配等はウーヴェが奔走してくれた。
 そして、父上を招く以上、人手も当然必要となり、本館を焼け出された使用人や衛兵らから抜粋され、拠点村に来てもらうことで話がついた。

 別館を衛兵らの宿舎にするにあたって、別館にあった俺たちの荷物や家具も引き上げた。
 必要なものは使い、もう準備済みのものは払い下げられたり、客間に使われる形でおさまった。

「姫様方のひと騒動のおかげで、家具には困りませんでしたね」

 偽装傭兵団の面々は、そのまま昇格、新たに領主の館(仮)となったここの、騎士となってもらうことに決まった。兵舎もそのまま利用してもらう。
 ジェスルの者がごっそりと抜けたから、それくらいは増やさないと人手が足りなかったのだ。
 功績の対価としての昇格ではあるが、皆快く引き受けてくれて、正直ホッとした。お前の元でなんて嫌だと突っぱねられる覚悟もしていたのだ。
 が。

「レイシール様は、色々危なっかしいので……少しでもお力になれれば!」

 と言う理由が大半だったのはちょっと……うん……なんか…………。

 けどまぁ、影の存在ももう知ってくれている面々なので、吠狼が彷徨いてても気にしないでくれるから、ややこしくなくて良い。
 ……吠狼が実は、獣人の多い集団である……ということは、まだ話せないでいるのだけど……そのうち打ち明けることになるだろう。

 それぞれが忙しくしているものだから、なかなか皆で顔を揃えることもできなかった。
 大工らがいなくなった拠点村だったが、全く閑散としていない。
 衛兵や使用人の中には我々に仕える以上、拠点村に家族で引っ越してくるしかない者らもおり、村はなんだか賑わっていた。

 ただ、忙しい分、サヤと触れ合うことのできる時間も、当然減っていて…………。

 そして年明けがもう目前となった頃。

「吠狼から連絡が入りました。本日、昼過ぎに到着されるみたいですよ」

 父上との、再会。
 俺はもう、逃げ出したい気持ちでいっぱいだった……。

 ほぼ十三年間、全くお互い、関わってこなかった相手。
 俺の記憶にある最後の父上は、あの人……ヴィルジールとの邂逅の最中にあった面会。あの時が最後だ。
 もう記憶の中に、父の面立ちすら、残っていない。
 何より、貴族となった時から俺は、自ら父上と接することを、許されてこなかった。

「その誓約、領主様はご存知ないそうです。
 そんな誓約を許すはずもないとおっしゃいましたしねぇ」

 日程調節のため、父上らと手紙のやり取りを続けていたマルはそんな風に言うのだが、今まで身に染み付いていた習慣だ。今更違うのだと言われてもなと思う。
 けれどこの日が来て、俺はこの恐怖の理由を悟っていた。もう、誤魔化せなかった。

 誓約のせいではない……。
 俺は、父上にお会いすることが、怖いのだ……。

 異母様は現在幽閉中。捜索の済まされた別邸で、父上と入れ替わりに、少数の見張りと、使用人のみを残してだ。
 そして少数の捕らえた重役たちは、牢に繋がれており、取り調べの最中だった。

 異母様をジェスルに送還することも検討されたが、それは今回、見送った。
 肝心の、ジェスルの悪事を証明できる証拠が、無いからだ……。
 ジェスルがセイバーンから、どれくらいの金策をしていたか。その記録は尽く処分されてしまっていた。
 セイバーンの中で長年続けられてきたこの歪な状況も、家庭内の問題と言われればそれまでだ。
 で、ある以上、異母様も大切な情報源。
 だから、世間的な体裁を守ることで、ジェスルを貶めることは避ける選択となった。
 相手は伯爵家……二つも位が上なのだから、下手に突くのは危険だったのだ。
 異母様は、兄上を病で亡くしたことによる傷心のため、表舞台から退いたという建前で、貴族社会からも退く。
 今後ずっと、一生を、バンス別邸で過ごしていただくことになる。
 異母様を人質とすることで、ジェスルがまたセイバーンにちょっかいを出すことを牽制しつつ、下っ端らは送り返すことで、こちらは全て承知しているという、意図を伝えた。次は無い。と、いうことをだ。
 まぁ、異母様に人質としての価値があるかとなると……期待はできないのだがな。

「レイシール様、お髪を、結えましょう」

 準備が一通り済んだところで、サヤがやって来た。
 その姿に、つい狼狽えて、視線を泳がせてしまう……。
 顔が勝手に火照ってくる。やばい、落ち着け俺。

 拠点村に戻ってからもずっと、サヤは今まで通りの男装だった。
 もうそうする意味も無いし、皆に性別だって知られてしまっているのにだ。
 だけど本日のサヤは、女性の装い……。紫紺のカツラも被っていない。
 本来の、サヤの姿だ……いつ以来……?    あぁ、なんかもう頭もよく働かない。
 顔の傷を隠すためか、化粧もしっかりめに施されていて、祝賀会準備の時の、麗しすぎたサヤの再来に、動揺を隠せなかった。

 今日の装いは、白い短衣に深緑の袴。ごくありふれた、一般的な配色。腰帯は深い茶色。腰高の編み上げる形のもので、豊かな胸と細い腰がとても強調される。
 ギルめ……なんかサヤの体型をやたらと際立たせる衣装を選んでやしないだろうか……なんかそんな気がする。
 少し変わっているのは、深緑の袴が少々短く、真ん中でぱっくりと割れていて、下から紺地の、もう少し長い袴が見えていること。
 髪は横髪を少々編み込み、簡素なピンで、後れ毛をおさえ、左肩でひとまとめにされていた。さほど凝ってはいないのだが調和がとれており、とても清楚で好ましい。
 可憐であるのに、どこか落ち着いた……なんだかとても、サヤらしいと思える出で立ちだった。
 サヤの魅力は強調しておきながら、サヤらしさは的確におさえてくるとか……くそっ、なんかちょっと、ムカつく。

 髪を結ってもらいながら、サヤを直視できずに困り果て、ただひたすら無心を心がけていたら……。

「あの……私、どこか変ですか?」

 と、心配そうに聞かれてしまった。
 ち、違う。そうじゃない。

「大丈夫、とてもその……似合ってるから」

 とてもよく似合っている。本当に……。だけど、だからこそ余計、サヤが女性であることを意識させられて、落ち着かない。
 サヤがこんな服装をしているのは、父上を迎えるためなのだ。
 サヤは既に、父上にお会いしている。けれど、父上はサヤのことを……きっと影の一人だと、認識しているだろう。
 約十三年ぶりに、父上に会う……それだけでも重圧なのに、サヤを……俺の唯一無二だと、生涯を共にすると誓っていることを告げる。そのことに恐怖を感じていた。

 セイバーンの後継は、もはや俺しかいないのだ……。
 もし、政治的な都合で、サヤ以外を娶るよう言われたら、俺は貴族の義務として、それを受け入れなければならないのだろう……。
 父上だって、そうしてきた。当然、俺にもそれを求めてくるのだろうと思う。
 だけどまだ、その辺りのことを、サヤとは一切、話していなかった。
 忙しかったことを理由に、今日まで先延ばしにしてきてしまった……。
 話すことが怖くて……今日、この時まで……。

「…………っ」

 今も、言うべきだと、話さなきゃならないのだと分かっているのに、口にできない……。

「レイシール様?」

 サヤに呼ばれてはっと顔を上げると、心配そうな表情が、俺を覗き込んでいた。
 いけない。俺が不安そうにしてたら、サヤもきっと、不安になってしまうから。
 急ぎ表情を取り繕ったのだけど、そんなのはお構いなしに、サヤが俺の頬を両手で包んできて、ドキリとしてしまう。
 すぐ間近にサヤの顔がある……。少し身を乗り出せば、唇が触れてしまう距離に。
 紅の引かれた唇に、視線が吸い寄せられて、慌てて目線を、斜め下にずらしたけれど、もう脳内にしっかりとその唇が刻まれてしまい、全く意味が無かった。

 あの、約束の夜から……。サヤと口づけは、交わしていない……。
 火事の最中さなかの、啄ばむようなアレはあったけれど、それすら無い……。
 俺たちの今後のことを話せない後ろめたさで、どうしても……。
 それに加えて、誘惑に揺さぶられてしまう自分が、まざまざと想像できてしまうのだ。
 サヤと口づけをしてしまえば、それ以上を望みかねない……。
 あの約束の夜、サヤが口づけ以上を許そうとした記憶が、絶対一緒に引っ張り出されてくるに決まっている。
 そんなことは起こらないと分かっているうちは割り切れていたというのに、いざそれが望めるかもしれないとなると、途端にこれだ……。

「……不安?
 そうやろね……十年以上、お会いしてへんのやし……その不安は、最もや思う。
 けど、お父様は、怖い方や、あらへんかった。
 そないに緊張せんかて、大丈夫や」

 そんなこと知る由もないサヤは、俺を安心させるためか、そんな言葉を優しく、言い聞かせるように口にする。
 ごく近距離にある美しいサヤに、潤った唇に、こっちがどんな衝動を掻き立てられているか、気付いていないのだろうか?
 いや、こういったことに敏感であるサヤのことだから、もしかしたら、分かっているのにあえて、こうしてきているのだろうか……。

 そんな雑念に囚われている俺なんて知らない風に、サヤは俺の頬を両手で挟んだまま、じっと見つめてくる。
 愛おしいものを見つめるような、どこか熱を帯びた視線に、つい鼓動が早くなった。

「髪や瞳の色なんかは、似てへんかったけど……声は、レイとよう、似てるって思うた……」
「声?」
「うん……レイよりもう少し、低いけど……優しい喋り口調とか、声の質感?    よう似てるって、思うた。
 …………レイも、あと三十年くらいしたら…………あんな声に、なるんやろか……」

 その言葉に、何か嫉妬めいた感覚が疼く。
 自分が何にそれを抱いたのか理解できないまま、サヤの唇に、己のものを重ねようとしたのだけど。

「おい、仕度まだかって、ハインがイラついてンぞ」

 という、扉越しの声が乱入したことにより、直前で身体が硬直した。
 目の前のサヤも、瞳を見開き、驚いた顔。その頬が、みるみる染まっていく。
 自分の態勢に気付いたのか、慌てたように、頬から手が離れ、そのままサヤは立ち上がって、二歩ほど俺から遠去かる。

「あ……、お、終わりました」
「うん……」

 名残惜しくて、サヤをじっと見つめたまま返事をしたら、顔を横に背けて、恥じらいを覗かせるものだから……余計にざわついた気持ちを宥めるのに苦労した。

 言わなきゃいけないことは言えないくせに、求めることは抑えられないとか……どれだけ都合が良いんだ、俺。

 鏡を確認すると、白い長衣に濃紺の上着と細袴。枯草色の腰帯を巻いた俺がいる。今日の俺は、普段のサヤがよくする、高く結わえた馬の尾のような髪型なのだが、細い三つ編みが編み込まれ、少し大人びて見える。
 壁に立て掛けてあった杖を手にして、さて、行こうかと思ったら。

「あのっ」

 と、サヤに呼び止められて。

「ん?」
「……い、いえ。なんでも、ないです……」

 とても良く、お似合いです。と、言葉を濁されて……。
 お互いそれ以上が続けられず、黙って部屋を後にした。
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