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作戦決行 1
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闇色の外套を更に重ねた出で立ちで、闇の中に立つのは三人と、そして四匹。
ジェイドとサヤ。そして今回の任務で頭に選ばれた一人、浅葱だ。
とはいえ、その匹の方も、獣人だ。馬を使わないために、この人選となったそうで、実際は七人の編成となる。
「バンスまでだろ? 半日もかからねぇよ。馬みたいに休まねぇしな」
とは、ジェイドの談。
馬や馬車で移動したのでは到底かなわない速さで移動ができるため、相手の裏をかくことができるのだそうだ。
四人も獣化できるだなんて聞いてなかったんだがな……。
「全部晒すかよ。こっちにとっちゃ、組織の心臓みたいなもンなンだからな。
それを四人ここにつぎ込ンでるって、結構こっちも冒険してンだ。報酬は弾めよ。
あと問題は、あんたの親父。獣人嫌悪が強くなきゃ良いンだが……。騒がれても困る、その時は黙らすぞ」
「あぁ。任せる。救出後も、父上が何を言おうと、君らは俺が守る。その時は即、隠居生活にでもなってもらうよ」
「…………あんた、なンか人変わってねぇ?」
「……踏ん切る方向を、切り替えたかな……」
そう言うと、フッとジェイドが皮肉げに笑い、小声で……。
「女抱きもせず死ぬとか、馬鹿かと思ってたから、まぁ、良いンじゃねぇ」
「⁉︎ ちょっ、と⁉︎」
「いや、分かるだろ……」
分かっても、それをサヤに聞こえる場所で言わないでもらえるか⁉︎
少し離れた場所で、マルとの打ち合わせをしているサヤをちらりと見たら、真剣な表情でそちらに集中している様子でホッとする。
聞いてない……っぽい。よし。
「お前か……サヤにいらないこと吹き込んだな⁉︎」
「なンだよ。効果覿面だったじゃねぇか」
「……………………っ。だけどそういうのは、サヤにとってはな⁉︎」
「お前さ……大事にするって、それだけしか手段がねぇとか思ってンの?」
子供みたいな顔で無邪気にそう聞き返され、ぐうの音も出ない…………。
ジェイドが実際何歳なのかも分からないから、余計、困る。
「成人してるかとか、そンなに重要? よく分かンねぇな、それ」
「もうその話はよせ。おしまい。お願いします……」
結局根負けした……。
その後すぐに、サヤとの打ち合わせは終えたらしい。マルが顔を上げて、皆を見た。
「さてさて。じゃあ確認といきますか。
四時間で目処が立たなければ戻ること。
任務完遂次第、集合地点を目指すこと。
遠吠えを聞いたら、即離脱すること。
緊急連絡は犬笛を使うこと。
任務は?」
「領主の回収。生存優先。手段は任意。殺人は無し。目撃されずに遂行出来れば最良。見つかった場合も、生きて戻るを優先」
「……殺人は…………やむなき場合は許す。それしか、生き残る術のない時は、己の命を優先してくれ」
「……約定違反だけど?」
「約定で君らを死なせられるか。その時の責任は俺が取ろうと思う。けど……命以外で贖うようにしてもらえると、有難いかな」
「……了解」
ジェスルを刺激するとか、そんなのはもう、気にしなくて良い。
だから、何よりもまず、自らが生きて帰ることを、優先してほしかった。
顔を頭巾で覆い、目元には色硝子のはめられた仮面。前回まで漆黒であった装束は、今回皆が濃紺だ。
闇夜であっても、黒よりこの色の方が、風景に埋没するらしい。これもサヤの提案なのだという……。
「……絶対に戻ってくれ。全員だ」
「無茶を言う……。けど、了解」
浅葱が、冷静な目でそう言い、狼の背に向かった。
狼姿の者らはサヤが提案したという中衣(ベスト)のような背負い袋を身に付けており、自身の装備はその中に。
また、その中衣の形はかなり特殊で、背に乗る者が掴みすいよう取っ手が付けてあったりと、工夫が凝らしてあるため、今までより安定して乗っていられるのだという。
ギルが寝不足を押して作業していたのは、彼らの装束に掛かっていたからであるらしい。
あの中衣、人姿の時は裏返して使うそうだ。そうすると、取っ手などは内側にしまわれ、邪魔にならない。効率化民族の真骨頂だな……。
「行ってきます」
「うん……待ってるから」
最後、サヤと交わした言葉は、それだけ。
彼女は可愛らしくはにかんで、その後前を向けば、もうその先しか見ていなかった。
あっという間に、闇に紛れて、見えなくなる…………。
「中に、戻りましょうか」
マルに促されて、館の中に戻ると……。
「お帰りなさいませ」
俺とマル以外、館の中で待機していた面々が、温かいお茶を用意してくれていた……。
黙って進んで長椅子に向かい、ギルの横、ついさっきまでサヤと座っていた場所に、腰を下ろすと、ぐしゃりと頭を、かき回してくる……。
「……」
誰も、何も言わなかったが、言うべきことは、分かっていた……。
「すまな、かった……」
自分一人で全てけりがつくなんて、おこがましいことを考えていたこと。
皆の気持ちも、願いも、何も考えず、自分の過去ばかりに囚われていたこと。
「それは、サヤが無事戻ってからにしようぜ……」
ギルがそう言って、眉間に深いシワを刻み、はぁ……と、大きな溜息を吐く。
「…………そうだな」
今なら、皆の表情が、ちゃんと読めた。
彼らにだって、葛藤はあった。サヤを行かせて良かったのか……。自身にできることは、他になかったのか……。
それぞれが、皆考えて、この結果を選んだのだろう。
特にギルは……だいぶん消耗しているように見える。
そんな中一同を見渡して、マルがパンパンと、手を叩いた。
「さて。じゃあ、今後の予定を今一度、説明しますね。
今晩中に、彼らはバンスの別邸に到着し、下見を行います。決行は明日の真夜中。もし難しい場合は明後日です。
明日は、街中で騒ぎを起こす予定です。
吠狼の別働隊による、衛兵の誘導ですね。窃盗団が街中に逃げ込んでいると、嘘をばら撒きます。数日間は街中の警備人数が増え、巡回経路も変わるでしょうね」
「それ、なんで起こす必要があるんだ? 余計動きにくいんじゃ……」
ギルがそう口を挟み、ウーヴェが心配そうに眉を寄せる。
シザーは、サヤがいないため、俺の護衛の責任を担っていると考えているのか、いつもよりキリリとしており、ただ黙って俺の背後に立っていた。
その質問に対し、マルはへらりと笑い。
「そりゃね。でもそれは、別館の影の連中だって同じなんでねぇ。
吠狼には鼻も、サヤくんの耳もありますから、他の連中より察知は早いですし、身の隠しようもあります。狼の面々には準備期間でバンスに潜伏し、地図と実際の街を頭に叩き込んでいただいてますから、そこいらは上手くやりますよ。
とにかく、最大の難所はバンスの街中です。相手に地の利がありますからね。そこを乗り切るための策です」
長い時間をかけた準備は、かなり細密に、行われていた様子だ。
また、街中の別働隊には、通り掛かりの旅人を装い、宿に宿泊している者もいるという。最悪、そこに逃げ込めるよう手はずも整えているとのこと。
「最短の道では、領主様の救出に成功したら、夜半を通して移動。夜明け前にはここに帰還します。
ただ、領主様の体調次第ですから、そこはなかなか、難しいかもしれません。
第二の道。途中で行商団と合流。そちらに匿ってもらいつつ、距離を稼いで別場所より離れて、帰還。
アギーに向かう商団と、逆方向、オーストに向かう商談が通りかかるようにしてあります。ただ詳細は伝えておらず、犬笛で緊急時のみ知らせるとしてあります。
第三の道。負傷などで行動が阻害される場合。とにかく近場に避難。領主様の拠点村到着を最優先とし、残りは各自で対応。
極力二人以上組んで行動するように訓練も積みましたから、状況が許す限り、怪我人一人を放置ということにはしません。
その場合も、第二の商団やら利用する手段は色々ありますし、安心してください。
第四の道。山城への非難。
どうにも動けないようになった場合は、こちらに帰るよりあちらの方が彼らには近いですからね。
それに、吠狼の面々も潜伏してますから、怪我人はそちらで離脱、交代してもらう予定です」
そんな感じに、何重にも予防策が組まれた計画が語られた。
吠狼の面々を全投入……という様相だ。細かく定められた計画は、全部マルの頭の中で、一枚の図面になっているのだろう。
ただ通り過ぎるだけの設定の者も、何かしらの役割を担い、その時間帯にそこを通るよう配置されている。
「領主様の確保に見事成功しましたら、ここから傭兵団と共にセイバーンを抑えます。
出来うるならば、狼の機動性を活かして、バンスの知らせがセイバーンの異母様方に届くより早く、行動したいところですが、それは状況次第でしょうね。
領主様がこちらの手にあるとなれば、セイバーンの兵はこちらに従わざるを得ませんし、無益な流血を避け、ジェスルのみと対することができるんですけど。
まあこれも、領主様が旗印として表に出られることが前提ですし……状況によってはそうもいかないんで、覚悟はしておかなきゃですね」
「……それでも、極力、セイバーンの者は巻き込みたくない」
「分かってますよ。傭兵団の面々にも、そのように支持してありますから」
現在、傭兵団の面々には、拠点村の警備を言い渡しているのだが、いつでも出動できるよう、身支度だけは整えてもらっている。
父上の安全が確保ができ次第、異母様方を制圧するとあって、彼らの覇気は高まっていた。
また、本館の様子も吠狼が見張っており、ここまでの道中にも潜伏している。知らせが入れば、すぐさま犬笛を駆使してここに知らせが届く。
狼煙や急使より余程早い。凄い裏技だ。
「これを切り抜ければ、吠狼もセイバーン領に大きな恩を売りつけることができますからねぇ。
そういう意味でも、彼らは乗り気でしたよ。やる気も集中力も申し分ありませんから、安心してくださいねぇ。
というか、干し野菜。あれの情報を提供したことが、かなり高評価で協力的なんです。サヤくんに感謝ですよねぇ」
定住できない彼らにとって、冬場は、より過酷だろう。保存できる食品を確保しておくにしても、馬車の中。どこかに備蓄しておくというのも難しい。
だから干し野菜は、彼らにとって黄金より価値のあるものになるのだそうだ。
「山城を備蓄庫にすることも、許してくれたんでしょう?」
「使ってないのだから……掃除をしてもらうついでに、物置に使うことを許可したってだけだよ」
実際彼らは、麓の住人にも全く悟られず、あそこで干し野菜を作っている。
そろそろ野菜も品薄になってきているが、葉物野菜等はまだ多少出回っているので、今はそれを干しているそうだ。
「全てがひと段落しましたら、王都への知らせですね。
領主様に責任能力があることを願いますよ……。間違ってもレイ様を犠牲にはしたくないので」
そう言ったマルが、ふぅ……と、息を吐く。
「……サヤくんに何かあったら、僕を、恨んで良いですよ……。
僕は僕の目的のために、レイ様を失えないんです……。だからね、僕にとって最善だと思う人選をしました。
別邸の構造、警備の配置や交代時間、出入りする業者や……思い付ける限りのことは調べましたし、想定しましたけど……不測の事態は起こり得ます。
彼らの能力なら、切り抜けられると、思ってますけど……」
「分かってるよ……。できる限りの対処をしてくれているのは、分かってる……。
マルがサヤを選ばなくても、サヤは絶対、行ったってことも、分かってる……」
彼女は聡い。たまに失敗もするけれど、大抵において慎重だ。
そんな彼女が、自分の能力はちゃんと役に立つと、確信して、行くと言った。
刃物にも怯まない胆力でもって、恐怖をねじ伏せて、何があったって、きっと行ったろう。
「彼らの最善のために、皆が最大限のことをしてくれたんだって、分かってるよ……」
分かってるけど……。
不安も、恐怖も、どうにもならない。
信じてる。絶対に帰ってきてくれると。彼らの能力にだって、不安を抱いているわけじゃない。それでも、どうしても……。
俺はこうやって、全部を失ってきたのだって、それも分かってるから…………。
…………あの人も……ヴィルジールも大丈夫って、言ったんだ。
言ったけど、彼は……。
不安の塊に押しつぶされそうで、何にでも縋りたい気持ちで、どうか……と、祈りを捧げた。
どうか、彼らの歯車が、ちゃんと回り続けるよう……俺から外れてしまわないよう……どうか。
祈ることしかできない自分が、悔しい。
ジェイドとサヤ。そして今回の任務で頭に選ばれた一人、浅葱だ。
とはいえ、その匹の方も、獣人だ。馬を使わないために、この人選となったそうで、実際は七人の編成となる。
「バンスまでだろ? 半日もかからねぇよ。馬みたいに休まねぇしな」
とは、ジェイドの談。
馬や馬車で移動したのでは到底かなわない速さで移動ができるため、相手の裏をかくことができるのだそうだ。
四人も獣化できるだなんて聞いてなかったんだがな……。
「全部晒すかよ。こっちにとっちゃ、組織の心臓みたいなもンなンだからな。
それを四人ここにつぎ込ンでるって、結構こっちも冒険してンだ。報酬は弾めよ。
あと問題は、あんたの親父。獣人嫌悪が強くなきゃ良いンだが……。騒がれても困る、その時は黙らすぞ」
「あぁ。任せる。救出後も、父上が何を言おうと、君らは俺が守る。その時は即、隠居生活にでもなってもらうよ」
「…………あんた、なンか人変わってねぇ?」
「……踏ん切る方向を、切り替えたかな……」
そう言うと、フッとジェイドが皮肉げに笑い、小声で……。
「女抱きもせず死ぬとか、馬鹿かと思ってたから、まぁ、良いンじゃねぇ」
「⁉︎ ちょっ、と⁉︎」
「いや、分かるだろ……」
分かっても、それをサヤに聞こえる場所で言わないでもらえるか⁉︎
少し離れた場所で、マルとの打ち合わせをしているサヤをちらりと見たら、真剣な表情でそちらに集中している様子でホッとする。
聞いてない……っぽい。よし。
「お前か……サヤにいらないこと吹き込んだな⁉︎」
「なンだよ。効果覿面だったじゃねぇか」
「……………………っ。だけどそういうのは、サヤにとってはな⁉︎」
「お前さ……大事にするって、それだけしか手段がねぇとか思ってンの?」
子供みたいな顔で無邪気にそう聞き返され、ぐうの音も出ない…………。
ジェイドが実際何歳なのかも分からないから、余計、困る。
「成人してるかとか、そンなに重要? よく分かンねぇな、それ」
「もうその話はよせ。おしまい。お願いします……」
結局根負けした……。
その後すぐに、サヤとの打ち合わせは終えたらしい。マルが顔を上げて、皆を見た。
「さてさて。じゃあ確認といきますか。
四時間で目処が立たなければ戻ること。
任務完遂次第、集合地点を目指すこと。
遠吠えを聞いたら、即離脱すること。
緊急連絡は犬笛を使うこと。
任務は?」
「領主の回収。生存優先。手段は任意。殺人は無し。目撃されずに遂行出来れば最良。見つかった場合も、生きて戻るを優先」
「……殺人は…………やむなき場合は許す。それしか、生き残る術のない時は、己の命を優先してくれ」
「……約定違反だけど?」
「約定で君らを死なせられるか。その時の責任は俺が取ろうと思う。けど……命以外で贖うようにしてもらえると、有難いかな」
「……了解」
ジェスルを刺激するとか、そんなのはもう、気にしなくて良い。
だから、何よりもまず、自らが生きて帰ることを、優先してほしかった。
顔を頭巾で覆い、目元には色硝子のはめられた仮面。前回まで漆黒であった装束は、今回皆が濃紺だ。
闇夜であっても、黒よりこの色の方が、風景に埋没するらしい。これもサヤの提案なのだという……。
「……絶対に戻ってくれ。全員だ」
「無茶を言う……。けど、了解」
浅葱が、冷静な目でそう言い、狼の背に向かった。
狼姿の者らはサヤが提案したという中衣(ベスト)のような背負い袋を身に付けており、自身の装備はその中に。
また、その中衣の形はかなり特殊で、背に乗る者が掴みすいよう取っ手が付けてあったりと、工夫が凝らしてあるため、今までより安定して乗っていられるのだという。
ギルが寝不足を押して作業していたのは、彼らの装束に掛かっていたからであるらしい。
あの中衣、人姿の時は裏返して使うそうだ。そうすると、取っ手などは内側にしまわれ、邪魔にならない。効率化民族の真骨頂だな……。
「行ってきます」
「うん……待ってるから」
最後、サヤと交わした言葉は、それだけ。
彼女は可愛らしくはにかんで、その後前を向けば、もうその先しか見ていなかった。
あっという間に、闇に紛れて、見えなくなる…………。
「中に、戻りましょうか」
マルに促されて、館の中に戻ると……。
「お帰りなさいませ」
俺とマル以外、館の中で待機していた面々が、温かいお茶を用意してくれていた……。
黙って進んで長椅子に向かい、ギルの横、ついさっきまでサヤと座っていた場所に、腰を下ろすと、ぐしゃりと頭を、かき回してくる……。
「……」
誰も、何も言わなかったが、言うべきことは、分かっていた……。
「すまな、かった……」
自分一人で全てけりがつくなんて、おこがましいことを考えていたこと。
皆の気持ちも、願いも、何も考えず、自分の過去ばかりに囚われていたこと。
「それは、サヤが無事戻ってからにしようぜ……」
ギルがそう言って、眉間に深いシワを刻み、はぁ……と、大きな溜息を吐く。
「…………そうだな」
今なら、皆の表情が、ちゃんと読めた。
彼らにだって、葛藤はあった。サヤを行かせて良かったのか……。自身にできることは、他になかったのか……。
それぞれが、皆考えて、この結果を選んだのだろう。
特にギルは……だいぶん消耗しているように見える。
そんな中一同を見渡して、マルがパンパンと、手を叩いた。
「さて。じゃあ、今後の予定を今一度、説明しますね。
今晩中に、彼らはバンスの別邸に到着し、下見を行います。決行は明日の真夜中。もし難しい場合は明後日です。
明日は、街中で騒ぎを起こす予定です。
吠狼の別働隊による、衛兵の誘導ですね。窃盗団が街中に逃げ込んでいると、嘘をばら撒きます。数日間は街中の警備人数が増え、巡回経路も変わるでしょうね」
「それ、なんで起こす必要があるんだ? 余計動きにくいんじゃ……」
ギルがそう口を挟み、ウーヴェが心配そうに眉を寄せる。
シザーは、サヤがいないため、俺の護衛の責任を担っていると考えているのか、いつもよりキリリとしており、ただ黙って俺の背後に立っていた。
その質問に対し、マルはへらりと笑い。
「そりゃね。でもそれは、別館の影の連中だって同じなんでねぇ。
吠狼には鼻も、サヤくんの耳もありますから、他の連中より察知は早いですし、身の隠しようもあります。狼の面々には準備期間でバンスに潜伏し、地図と実際の街を頭に叩き込んでいただいてますから、そこいらは上手くやりますよ。
とにかく、最大の難所はバンスの街中です。相手に地の利がありますからね。そこを乗り切るための策です」
長い時間をかけた準備は、かなり細密に、行われていた様子だ。
また、街中の別働隊には、通り掛かりの旅人を装い、宿に宿泊している者もいるという。最悪、そこに逃げ込めるよう手はずも整えているとのこと。
「最短の道では、領主様の救出に成功したら、夜半を通して移動。夜明け前にはここに帰還します。
ただ、領主様の体調次第ですから、そこはなかなか、難しいかもしれません。
第二の道。途中で行商団と合流。そちらに匿ってもらいつつ、距離を稼いで別場所より離れて、帰還。
アギーに向かう商団と、逆方向、オーストに向かう商談が通りかかるようにしてあります。ただ詳細は伝えておらず、犬笛で緊急時のみ知らせるとしてあります。
第三の道。負傷などで行動が阻害される場合。とにかく近場に避難。領主様の拠点村到着を最優先とし、残りは各自で対応。
極力二人以上組んで行動するように訓練も積みましたから、状況が許す限り、怪我人一人を放置ということにはしません。
その場合も、第二の商団やら利用する手段は色々ありますし、安心してください。
第四の道。山城への非難。
どうにも動けないようになった場合は、こちらに帰るよりあちらの方が彼らには近いですからね。
それに、吠狼の面々も潜伏してますから、怪我人はそちらで離脱、交代してもらう予定です」
そんな感じに、何重にも予防策が組まれた計画が語られた。
吠狼の面々を全投入……という様相だ。細かく定められた計画は、全部マルの頭の中で、一枚の図面になっているのだろう。
ただ通り過ぎるだけの設定の者も、何かしらの役割を担い、その時間帯にそこを通るよう配置されている。
「領主様の確保に見事成功しましたら、ここから傭兵団と共にセイバーンを抑えます。
出来うるならば、狼の機動性を活かして、バンスの知らせがセイバーンの異母様方に届くより早く、行動したいところですが、それは状況次第でしょうね。
領主様がこちらの手にあるとなれば、セイバーンの兵はこちらに従わざるを得ませんし、無益な流血を避け、ジェスルのみと対することができるんですけど。
まあこれも、領主様が旗印として表に出られることが前提ですし……状況によってはそうもいかないんで、覚悟はしておかなきゃですね」
「……それでも、極力、セイバーンの者は巻き込みたくない」
「分かってますよ。傭兵団の面々にも、そのように支持してありますから」
現在、傭兵団の面々には、拠点村の警備を言い渡しているのだが、いつでも出動できるよう、身支度だけは整えてもらっている。
父上の安全が確保ができ次第、異母様方を制圧するとあって、彼らの覇気は高まっていた。
また、本館の様子も吠狼が見張っており、ここまでの道中にも潜伏している。知らせが入れば、すぐさま犬笛を駆使してここに知らせが届く。
狼煙や急使より余程早い。凄い裏技だ。
「これを切り抜ければ、吠狼もセイバーン領に大きな恩を売りつけることができますからねぇ。
そういう意味でも、彼らは乗り気でしたよ。やる気も集中力も申し分ありませんから、安心してくださいねぇ。
というか、干し野菜。あれの情報を提供したことが、かなり高評価で協力的なんです。サヤくんに感謝ですよねぇ」
定住できない彼らにとって、冬場は、より過酷だろう。保存できる食品を確保しておくにしても、馬車の中。どこかに備蓄しておくというのも難しい。
だから干し野菜は、彼らにとって黄金より価値のあるものになるのだそうだ。
「山城を備蓄庫にすることも、許してくれたんでしょう?」
「使ってないのだから……掃除をしてもらうついでに、物置に使うことを許可したってだけだよ」
実際彼らは、麓の住人にも全く悟られず、あそこで干し野菜を作っている。
そろそろ野菜も品薄になってきているが、葉物野菜等はまだ多少出回っているので、今はそれを干しているそうだ。
「全てがひと段落しましたら、王都への知らせですね。
領主様に責任能力があることを願いますよ……。間違ってもレイ様を犠牲にはしたくないので」
そう言ったマルが、ふぅ……と、息を吐く。
「……サヤくんに何かあったら、僕を、恨んで良いですよ……。
僕は僕の目的のために、レイ様を失えないんです……。だからね、僕にとって最善だと思う人選をしました。
別邸の構造、警備の配置や交代時間、出入りする業者や……思い付ける限りのことは調べましたし、想定しましたけど……不測の事態は起こり得ます。
彼らの能力なら、切り抜けられると、思ってますけど……」
「分かってるよ……。できる限りの対処をしてくれているのは、分かってる……。
マルがサヤを選ばなくても、サヤは絶対、行ったってことも、分かってる……」
彼女は聡い。たまに失敗もするけれど、大抵において慎重だ。
そんな彼女が、自分の能力はちゃんと役に立つと、確信して、行くと言った。
刃物にも怯まない胆力でもって、恐怖をねじ伏せて、何があったって、きっと行ったろう。
「彼らの最善のために、皆が最大限のことをしてくれたんだって、分かってるよ……」
分かってるけど……。
不安も、恐怖も、どうにもならない。
信じてる。絶対に帰ってきてくれると。彼らの能力にだって、不安を抱いているわけじゃない。それでも、どうしても……。
俺はこうやって、全部を失ってきたのだって、それも分かってるから…………。
…………あの人も……ヴィルジールも大丈夫って、言ったんだ。
言ったけど、彼は……。
不安の塊に押しつぶされそうで、何にでも縋りたい気持ちで、どうか……と、祈りを捧げた。
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