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地位と責任 3

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 「まずは……ロレッタ様の死因ですが、これ、二年前の初春……レイ様が領地に戻られた直後に調べた情報ですから、信憑性は高いですよ。
 レイ様の置かれた状況を把握する必要がありましたしねぇ。
 まあぶっちゃけると、僕にもその状況は掴めなかったわけなんですが……ロレッタ様の死因はまあ、落馬じゃないですね。明らかに。
 全身を滅多打ちにされたって感じですよ」

 淡々と語られた母の死因。それは、背後からの度重なる強打であったという。
 打撲痕が背中側に集中していたそうだ。落馬であるなら、そんな偏りは起こらないだろう。

「状況から見て、領主様と同時期に襲撃を受けたと、僕は考えてます。
 それで、領主様も負傷し、拘束されたんじゃないかなぁと。
 まあ、領主様を殺す気は無かったんでしょうね。もしくは、元から領主様を狙っていて、ロレッタ様が巻き込まれたのか……。
 現在も領主様が別邸にいらっしゃることは確認しています。生きてらっしゃいますよ。
 ただ解せないのが、ジェスルの目的です。強硬策にも程がありますよね。何故急に、セイバーン領主を拉致監禁なんてしたのか。
 目撃者も、巻き込まれた使用人等も探したんですよ?    ですが、見つかりませんでしたね。上手くジェスルの手の内のみで処理されたか、知った者は処分されたんでしょう。
 それともう一つ引っかかるのが、領主様です。自ら何かしらの行動に出ることを、なさっていないことなんですよねぇ……。動けないのか、動かないのか、そこは流石に分からずじまいでして。動けないなら、救出はそれなりに困難でしょうし……動かないなら、この状況を受け入れているってことなんでしょうしねぇ」

 母の死因等を調べたものの、二年前は早々に手を引いたらしい。
 ジェスルは鼻がきき、この手の探りは勘付かれやすいのだという。元々公爵家であったこともあり、影を持ち、裏工作にも長けている。外交に秀でた者が多く輩出される領地というのはつまり、裏にも精通する者が多いという意味だそうだ。

「ま、北というのは暇な人間が多いんですよ。
 何せ仕事も少ないですし、冬はほぼ雪嵐に監禁されるようなものです。やることなんて、食料の備蓄を数えることと、人の裏を探るくらいのことしかないんですよねぇ。
 僕も人のこと言えた義理じゃないんですけど」

 自身も北の出身であるマルはそう言って笑う。
 ジェスルではないが、その近隣だ。似たような環境なのだろうと思う。

「ジェスルは嫌な噂が多いんですよねぇ。おかげでどれが本当だか探るのも億劫で。
 現在だって、色々ありますよ。……まあ色々。あまり余計なことは言わないでおきますね。今は領主様の状況に話を絞ります。
 カークさんの接触は、いよいよ領主様の奪還を目指すにあたって、レイ様を重要視したからということでしたよね。
 まあ、僕でも読めない目的ですからね。慎重にならざるを得なかったんでしょう。
 凄い忍耐力だと思いますよぅ。二年接触を堪えて、慎重に二十人の人間を集めたわけですから。しかも傭兵団と偽って。ものすごく周到に、事前準備を挟んでますよねぇ。僕でも違和感を感じないくらい丹念に偽装して行動してたみたいです。言われるまで気付きませんでしたよ。いやぁ、感心だなぁ。
 徹底的に足がつくことを嫌ってますよねぇ……そのアーシュさんも北方系の貴族かなぁ?
 彼らをエルランドさんのところに向かわせたのは良い判断でしたね。情報操作、重ねておきます。近いうち拠点村の警備という名目で呼びましょう。エルランドさんの伝手で紹介してもらった傭兵団ってことで。丁度警備が必要ですし、良い隠れ蓑になりましたよ」

 そんな風に言ったマルは、この時既に、無表情だった。いつもの頭の図書館に行ってしまっているのだろう。
 そんなマルの口にした言葉にあった、いよいよ……という言葉。彼は、父上の置かれた状況を、ある程度予想していたのではないかと感じた。
 俺が急に呼び戻されたことを、彼が探っていないわけなかったか……と、内心で思う。
 けれど、今までそれに、触れてこなかった……。
 俺の状況的にも、精神状態的にも、そういったことには触れられなかったということなのかもしれない。

「領主様の救出は、もうしばらく機会を伺った方が良いでしょうねぇ。
 ああ、大丈夫ですよ。今まで生かされているのですから、今更命は取られません。焦る必要はありませんから、じっくりと最良の機会を狙えば良いです。
 なので、まず僕は、別邸のことも含め、情報収集に集中させてもらいます。
 レイ様も、当面このことには触れないで下さい。準備が整うまで、何も聞いてない。何も起こってない。そういうことでお願いしますよ」
「あの……そのことで、少し提案があるのですが……」

 マルの独壇場と化していたところ、肩の高さまで手を挙げ、いつも発言を求める際の、独特な所作でもって、サヤが言葉を発した。
 ただ黙々と話を聞くだけ……もしくは、もう興味が無いとばかりに聞き流しているだけの面々の中でだ。

「お父様の奪還は、吠狼に依頼するのですよね」
「ああ、そうだね。山城の者たちでは、別邸を襲撃するとか、そういった表沙汰になりやすい手段になりそうだったから」

 お家騒動を他に知られてしまうことになるし、下手をしたら父上の命も危ない。
 父上を無事奪還したとしても、ことを他領に知られてしまっては、後々に響くことになるだろう。下手をすれば、横槍だって入るかもしれない。
 なにより、父上に問題があった場合……その時は、あの山城の面々の犠牲は免れない。

「……吠狼なら、まず状況を見定めてもらえる。万が一があった場合、見つかっていなければ、そのまま引き返すことができるしね」

 そう言うと、一同は揃って沈痛な表情となり……サヤは衝撃を受けてしまったのか、動揺を隠せない様子で、口をただはくはくと動かした。
 うん……どうしようもない場合……救出が困難であると判断される場合も、あると思ってる。
 むしろ二年もの間、全く動いてないのだとしたら、その可能性はそれなりに高いだろう。

「セイバーンへの忠義が熱いあの人たちを、ただ無闇に犠牲としたくない……。
 だから危険を承知で……吠狼にお願いしたいと思ってる。領の問題に命をかけさせてしまう……申し訳ないとは、思うんだ……。
 だけど、吠狼の方が勝算が高いし、腕前にも信を置いている。可能性が高い方を、選びたいんだよ」

 身を切りたくないから、捨て駒を使うのだとは、思われたくなかった。
 そんな風に考えたんじゃない。
 吠狼はもう俺の身内だと思っているし、できることなら危険な目にだって、あってほしくないのだ。
 けれど、俺の周りで今頼りにできるのは彼らだけであったし、エゴンの時にその実力は示してくれている。なにより、黙って秘密裏に行動することが求められるこの状況では、彼らが一番の適任だと思ったのだ。

「ふっ、何言いやがる。腕がなるってもンだぜ。
 そもそも俺たちとしちゃぁ、目標を殺ることの方が後々の危険性が高いンだ。バレないように行動するってだけなら、さして難しくねぇ。
 あんたに高く恩を売り付けることにもなるンだろうし……折角手に入りそうな、揺れない寝床を、失くす気もさらさらねぇンでな」

 ジェイドが皮肉げに口元を歪め、好戦的な笑みを浮かべて言う。
 言葉ではそう言っているが、そんな簡単なことじゃないのは、充分理解していた。
 俺を安心させるために、敢えて軽口を叩いてくれているのだ。
 その気遣いに口元が緩む。
 あぁ……俺は恵まれている……もし父上を失うのだとしても……彼らのために働けるなら…………。

「よろしく頼む……」
「任せろ」

 ……だけど……これをお願いする以上……、彼らを危険に晒すことになる以上…………最悪の想定は、伝えておくべきだよな……。
 皆に、不安を与えるわけにはいかない。後で個人的に伝えようと決めて、今はそこで口を閉ざす。
 俺の決意は伏せた上で、皆を一度見回すと、視線を合わせたサヤは、キュッと一度、口元を引き締めてから、瞳を伏せた。そして、意を決したように顔を上げる。

「あの、でしたら……吠狼の装備を、整えませんか」
「あ?」

 サヤの提案に、俺も、当のジェイドも困惑して首を傾げる。
 装備を整える……?    彼らは潜入の専門家だ。それなりの装備は持っていると思うけど……。

「兇手と忍では、目的が異なります。
 暗殺が主目的なのと、隠密が主目的なのとでは、必要な道具が違ってくると思うんです。
 それで……吠狼の皆さんが使っている道具を、全て確認させてくれませんか。
 私の知っている道具で、有用だと思うものを、提案できると思うので」
「あぁん?    俺らの装備を見せろってのか?
 こっちの大切な商売道具……命綱を、見せろって?」
「はい。そもそも、一部は一度見せてもらってます。本館潜入の時に。
 その時にも、改良した方が良いと思う道具がありました。見せて頂けるなら、提案します」

 目を眇めて、かなり剣呑な顔になったジェイドに怯むこともなく、サヤはそう言った。怯むどころか……挑むように、見返して。

「最善を期すならば、受け入れるべきです。今後の忍としての仕事にも役立つのですから」
「役立つなンて保証が、なンでできンだよ?    お前だって、それなりの生まれで、平和に安穏と暮らしてきてンだろうが。
 俺らのやり方の、何が分かるつもりになってンだよ、あぁ?」
「知識量が違いますよ。私は、私の国の忍道具だけを知っているのではないです。
 忍が私の世界で活躍していたのは数百年も前。それから当然、色々な国で、色々な道具が発展しています。
 より有効になったり、手軽になったりした道具が沢山あります。その知識が」
「……私の、世界?」
「っ!……ええ、私の暮らしていた世界……私の国にも、いろんな国……領地がありましたから」

 勢いで口にしてしまったのだろう。私の『世界』と、口にしたことを指摘され、サヤは咄嗟にそう言い繕った。
 強い決意のあまり、つい集中を疎かにしてしまったのだろう……。俺のことに、気を取られていたのだと思う。
 少し焦った様子を見せるサヤに、咄嗟に提案という形で、助け舟を出した。

「……吠狼の皆の安全が最優先だよ。
 その道具で少しでもその可能性が上がるというなら、試してみてほしい。
 そうだな……サヤ、まずは幾つか思い当たる道具だけを、見せてもらったらどうだろう。サヤの案を聞いて、有用だと思えば、他の道具も見せてくれる気になるかもしれない」

 俺のその提案に、ぱっとサヤの表情が明るくなった。
 ジェイドも、渋々といった様子ではあるものの「しょうがねぇな……」と、妥協を示してくれる。

「ではまず服装と、道具入れを。あともう一つが目潰しなんですけど……そんな道具はありますか?」
「目潰しぃ?……あるけど……ありゃそンな、使わねぇぞ」
「まさか!    忍にはかなりの必須アイテムですよ⁉︎
 見つからないことが大前提ですけど、見つかってしまった場合も、逃げ切り、生きて帰るのが最優先です。その時にとても役立つものなのに……」
「……そう言うなら……まぁ……見せてやる……。まずはその三つだけだぞ」
「はいっ!」

 どうやら交渉成立であるらしい。
 吠狼の皆を守るための道具なら、是非とも受け入れてほしいものだと思う。命より大切なものは、無いのだから。

「他の提案はあるか?…………無いな?
 では、父上救出に関しては、何かあれば個別に聞く。
 マルの情報が揃い、サヤの提案がひと段落するまでは保留だ」
『畏まりました』

 俺の言葉に、皆が口を揃えて頭を下げる。

 父上のことについては、これで一旦終了だ。
 では次、俺たちがここを離れていた間の報告を聞こうか。
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