異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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父の軌跡 10

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「…………人質……か?    父上と、私が」

 そう聞くと、是。という頷きが返った。

「……レイシール様が、奥方様の傘下である可能性も、捨てきれませんでしたので」
「申し訳なかった。私が皆と関わってきていないから、判断できなかったのだな」

 そう言うと、アーシュの頭が横からポカリと叩かれる。

「言い方が悪い!」
「御子息様、あの……違うのですよ⁉︎
 貴方が奥方様より受けてこられた仕打ちは、ジェスルの手法かもしれないのです!
 表向きには秘されていますが、あの国はこういった脅しめいたことを行なっている節があり……。
 これは、つい最近まで我々も知らなかったことなので……その……あくまで推測の話ではあるのですが……」
「マインドコントロールですか⁉︎」

 急に、サヤが声を上げた。
 やり取りをしていた三人もびっくりして視線をサヤに集中させる。

 サヤは、ハッとして口を押さえ……一瞬だけ、不安そうにぎゅっと、瞳を閉じたものの、決意を固めた表情で、口を開いた。

「マインドコントロール。
 私の国で、洗脳、強制的精神教育、人格支配など……相手の意志を無視して、強制的に従わせる行いを言います。
 取られる手法は主に暴力や、精神的な重圧・攻撃。時には優しさとの強弱によって、従順に従う者へと、強制的に教育していくんです。
 人道的な行いではありません……。ですから、私の国でも、これは危険な手法として忌避されています」
「洗脳……。そう表現するのですか……。
 我々は、姫鬼の、悪質な性質のものと判断しておりました。過去に、そういった例が、ありますもので……」

 あー……それ、マルかなぁ……。
 なんとなく、視線を泳がせてしまった……。
 教師陣から封印されるほど伝説と化す手法……下手をすると相手の性質も曲がると、マル自身が言っていた……。

「酷い……そんなことを、三歳の子供に?    酷い……酷い!」

 叫んだサヤが、背後から、俺の首に手を回し、しがみついてくる。
 黒髪の頭が俺の左肩に来て、尻尾が垂れた。

「……無いことじゃねぇよ……。神殿だって、似たようなもンだろ。
 孤児は不幸たる運命を神によって指示されたなンたらってやつ。あれだって……」

 へっ。と、鼻で笑って、言い捨てるようにジェイドが呟く。
 そうだ……あれだって、確かに似た性質のものなのだろう。

「ギルさんがいいひんかったら……レイは、心を壊されてたかもしれへんのやね……」
「あぁ……。あの人と、ギルが、助けてくれたんだな……」

 ポンポンと、頭を撫でる。
 それだけじゃ、ないけどな……。

「精神的にはもう壊れていたと、今なら分かる……。そんな俺を、人に戻してくれた。
 ギルだけじゃない。ハインも…… シザーもマルも、クリスタ様も……学舎で、俺と関わってくれた人たちが、人らしさを教え直してくれたんだ……」

 笑うことも、怒ることも忘れていた。
 それを、根気強く、与えてくれた。教え直してくれた。
 俺は、なんて幸運に恵まれていたのだろう……。

「もう、そんな目には、絶対に、あわさせへん……」
「ありがとう、サヤ……」

 でも、最後に俺を助けてくれたのは、サヤだよ。
 心の中でそう付け足して、耳元に囁く。
 望むこと、願うことを、もう一度教えてくれたのは、サヤだよ。
 そして、それをこうして、叶えてくれている……。
 気持ちのままに、すぐ横にある頬に口付けすると、バッと、サヤが飛び退いた。
 あ、しまった……。

「ご、ごめんっ。つい……!」
「………………っ!    ひ、人前っ、あかんって、前にも、言った!」
「悪かった!    もうしないから!」
「なンだよ口付けくらい……。今日びガキだってすンぞ。人前だって乳くらい揉むしな……」
「そっ、そん…………⁉︎」
「ジェイド!」

 なに、それもしてねぇの?   と、聞いてくるから黙っててくれるか⁉︎    と、怒った。
 さっきまでサヤの胸を枕にしていたことが思い出され、居た堪れない!
 メバックの広場で見かけたのを思い出したのか、サヤも真っ赤になって蹲ってしまう。その反応を見て、ジェイドがまた人の悪い笑みを浮かべた。

「うわー……初々しいこって……」
「ジェ・イ・ド⁉︎    俺も、サヤも、成人してない!」
「だから?」
「だ、だから…………っ、もうその話はするな!」

 あんたもお預けくらって大変だな。と、鼻で笑われて、頭を抱えた。

「だからあああぁぁ、今、真面目な話をしているんだ、話の腰を折るな!」
「それにしたって奥手すぎます……」
「ハイン‼︎」

 引っ掻き回すな、混ぜ返すなーー‼︎

 ギャーッ!    っとなった俺たちに、三人とカークが呆然とした視線を向けていたが、そのうち脱力した。
 クックと、一人が肩を震わせると、アーシュが咎めるように肘で突く。

「いや、失礼しました……。
 レイシール様は、愛されているなと……。そう思いましたもので……」

 紺の髪に、翡翠色の瞳をした男だ。三人の中では、一番年長だろう。

「ジークハルトです。一応ここでは、隊長という役割を担っております。
 アーシュは参謀。残る一人が、ユストゥスで、こいつはまぁ、遊撃手かな?横槍を入れる役です」
「賑やかし役やってます。あいつはジーク、俺はユストとでも呼んでください」

 ユストがそう言って、人好きのする笑みを浮かべる。深緑の髪に、橙色の瞳だ。

「逢瀬を楽しむのは、後でゆるりと時間を取っていただくとして、とにかくここに来ていただいた理由を話しましょうか」

 そんな風に言われ、硬直した俺を見て、ユストの頭をアーシュがペシンと叩く。

「失礼いたしました。話を戻します。
 二年は、人手を集めることに費やしました。
 ジェスルは油断がなりません。なので、早急に兵力を集めるような真似は、慎むべきと判断しました。
 正規の騎士でしたのは、私のみ。怪我を理由に退役、他領の実家へ戻ったことになっておりますので、足はついておりません。ご安心ください」
「頭脳はどうにも見つけづらくて……致し方なかったんですよ」
「私は後悔しておりません」
「だけど戻れねぇじゃん……」
「気にしておりません。仕える方も、もういらっしゃいませんし。
 私以外は、準騎士、もしくは騎士試験を合格出来る範囲の者を、信頼できる家柄からのみ選別しておりますし、それぞれ足がつかぬよう、細心の注意を払っております。
 こちらも志願者のみですので、士気も保証します」

 ユストの横槍は意に介さず、アーシュは言葉を続ける。

「氾濫対策における、御子息様の行動で、奥方様の支配は及んでいない可能性が高いと判断致しました。
 そして、まず貴方ご自身に、人質である自覚を持って頂く必要がございました。それゆえの、今回の接触です。
 もう一つは……カーク様が、貴方を高く評価されましたので……。内側よりの、攪乱等……何かしら、役割を担っていただけたらと……」

 言いにくそうに、視線を逸らし、アーシュは尻すぼみに言い淀む。それが、危険な役割だと、理解しているからだろう。
 そのアーシュの言葉に被せるようにして、ジークが身を乗り出す。

「なんとか、領主様の救出を図りたいのです!
 彼の方は例え病まれても、ただ漫然とすごされるような方ではない。動けないのは、病以外に何かあるのです!
 これは絶対に、何かの陰謀だ……。ですから、どうかお力をお貸しいただきたい!」

 真剣な表情。
 皆が動かなかったのは、その忠誠心ゆえなのだと、それだけでよく分かった。
 一丸となって、一度の機会を必ず勝ち取ると、浅慮な行動に出ず、愚直に、耐えてくれていたのだ……。

「……カークを、私の元に、寄越したのは……それだけが理由か?」
「いえ。我々の行動に、探りを入れている者がおりました。
 その為、情報の撹乱を目的に加えております。
 カーク様は何かの折の奥の手として、全ての事柄から身を引いていただいておりました。ですから、我々との接点は今回のことのみ。
 こちらとの繋がりは疑われておりません。
 疑われていれば、御子息様へ繋げはしなかったでしょう」

 一度懐に飛び込んでみせれば、まさか首に噛み付こうと狙っているとは思うまい……ということ。
 人選がカークであったのも、一番奥に潜り込め、油断を誘えるからなのだろう。
 一度瞳を閉じて、情報の整理をする。
 複雑な形の欠片が、組み合わさっていくような感覚……。

「……マルを連れてくれば良かったな……。分かっていれば、館の留守番など捨て置いたのに……」

 ふぅ……と、溜息が溢れた。
 まあ、それでも、これはまたとない機会なのだろう。歯車が、噛みあって、回る、瞬間だ。
 父上が病でなく、囚われているかもしれないというなら、俺の取るべき行動は決まっていた。
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