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父の軌跡 5

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 西への遠征は、マルを留守番に、シザーを加えてとなった。
 長旅で疲れているだろうに、休んでいたらどうだと言ったのだけど、ブンブンと首を大きく振られ、袖をしっかと握られて抗議された。
 もう置いていかれるのは嫌だと態度で示され、ディート殿にも武官は絶対必要だぞと説得され、承諾した。

「手合わせだけでも一度願いたいものだな。実に楽しそうだ」

 戦闘狂ですかと言いたくなるディート殿の発言……。
 シザーは確か、年齢的には俺の一つ上、十九歳。学年としては、一つ下だった。つまり順当に進級し、卒業したという事実から、かなり優秀だと言える。
 学舎では、一年も留年せずに卒業できる者は、三割に満たないのだ。
 彼は肌の色からも分かるように、異人の血が流れている。その影響か、身体能力が極めて高い。
 故に、俺が在学していた当時でも、学舎内全体で一位か二位という、極めて優秀な武術の成績を、常に維持していた。
 ……こうして考えると、座学首席のマルと、武術首席のシザーがここにいる……凄いな。

「士官の話は無かったのか?
 シザーなら、王都に残れたろう?」

 そう聞いたのだが、またブンブンと首を横に振られてしまった。
 唯一の身内である祖父の元を離れたくなかったということかな……。彼の肌の色は、周りに揶揄されがちだ。特に混血となると、風当たりは強い。
 けれど、実は彼、異人との混血ではなく、先祖返りなのだ。
 通常の肌色の両親から生まれた。それ故、両親とは縁遠かった彼を、引退した元衛兵隊長であった祖父が引き取り、育てたのだという。
 一人であったとしても、彼に理解者があったことは幸いだった。そのお祖父様は、とても立派な方だったのだと思う。

 さて、配置についてだが。
 御者は基本的にハイン。けれど、ジェイドがたまに交代することとなった。三日の行程だ。一人運転を続けるのは疲労が溜まる。
 シザーは馬で警護をしつつ同行する。馬車の中は、俺とカーク。そしてサヤと、休憩中の御者となる。
 また、見当たらないが、気配を察知されない程度離れて、忍が周りに配置されているらしい。
 もしくは、同じ方向に進む旅人のふりをしている可能性もあるが、誰がどこにいるかは俺にも伏せられていた。

「良い結果が得られることを祈っている」
「ありがとうございます。ディート殿も、道中お気をつけて」

 朝の出発は同時となった。
 サヤに弁当を渡されたディート殿はご機嫌だ。留守番のマルも、昼食は同じく弁当に入っているのと同じタマゴサンドが用意されている。マヨネーズ大好きだからな、彼もご満悦だ。
 夕食からは食事処にお願いしておいた。ほっとくと食べないから、管理必須だ。コダンの食事も食事処に手配しておいた。マル同様、生活力は限りなく皆無であるらしい。
 コダンの世話に関しては、兄弟の多いカーリンの家族が見てくれることとなった。子供らは変な大人に興味津々で、とてもやる気があるらしい。……うん、良いことかな。

「こちらは進められることは進めておきます。
 何かあれば連絡してください。それと……」

 出発間近に、マルから封筒が手渡された。
 そして、小声で耳打ちされたのは……。

「カークさん……確か、元々はご領主様の執事長をされていた方です。政務の補佐でもありました。
 つまりね、レイ様のお母上の、前任者ですよ。
 何かしら思惑があるのは確実だと思うので、もし情報が欲しいと思うことがあれば、これを見てください。とっておきのやつです」

 言葉で伝えず文面にしたのは……俺の気持ちを気遣ってのことなのだろう……。
 気持ちの準備ができた時に見れば良いと、そういう意味。つまり、そういった内容……ということか。

「……分かった。ありがとう、マル。留守を頼む」

 マル一人に見送られて、俺たちは本館前までカークを迎えに行った。
 荷物はもう詰め込んである。カークは、門前にきっちりと身繕いを済ませ、立っていた。

「では、よろしくお願いいたします」
「ああ、こちらこそ」

 異母様への報告は昨日のうちに済ませている。カークの言う、放置された山城を一度確認し、問題が多いようなら山賊等の根城とならないよう潰す必要があるからと伝えた。
 異母様ご本人には会えず、執事に言伝てたのだが、まあ、伝わるだろう。

 それはそうと、本館に泊まったカークだが、体調は問題ないだろうかと確認すると。

「概ね良好でございます。
 この歳になりますと、節々が痛むのはもう、常でして」

 とのこと。
 大型の馬車なので、普段使っているものよりは揺れもマシだろうし、連れて行っても問題無さそうだ。

 出発して橋を渡ると、もう見慣れた土嚢壁横を通り過ぎる。拠点村がある程度完成したら、交易路の着手となるが、来年春からとなるだろう。
 夏までにはきちんと堤にする。その後は、上道。そして、そこからは延々と伸ばしていく作業だ。

「こうして見ますと、凄まじいものを作られたのですね……。
 アルドナン様の積年の思いが、成就致しました。話を聞いたときは、耳を疑いましたが…………本当に、素晴らしい」

 ポツリとそう呟いたカークに、「皆が頑張ってくれたからね」と、言葉を返す。

「とはいえ……布告は出されないのですか?
 私がこの話を聞きましたのは商人からでしたが」
「来年春に、姫様が王位を継承されたら、発表があると思う」
「……それはつまり……」
「一応ね、そういうことになる。とはいえ、夏までには堤として作らないといけないから、こちらは先に進めさせてもらうことになるけど」

 国の事業として進める。
 祝賀会ではあえて言葉にしなかったが、聡い者は気付いているだろう。セイバーンとアギーだけでは、終わらないことに。
 そして、交易路を作る傍らで、土嚢壁を軍事関係者に徹底して叩き込む。我が国の防衛力強化を兼ねて。
 本日、姫様から賜った襟飾は身に付けていない。しかし、カークは先日、俺の襟に飾られていたそれを、ちゃんの見ていたのだろう。姫様の王位継承後という言葉だけで、察した様子だった。

「お一人で……これだけのことを成し遂げられるとは……」
「一人じゃない。私だけで思い付けることではないよ。
 知恵を貸してくれた者、方策を練ってくれた者、工事に参加してくれた者……はじめはただ、氾濫を防ぐだけを目的にしていた。
 ほとんど行き当たりばったりで始めたそれを、皆がこうして、育ててくれたんだ」

 隣に座るサヤを見ると、心なしか頬を染めて、俯いている。
 向かいのジェイドもどこか誇らしげに見えるのは……彼自身がその手で詰んだ土嚢が、あそこを支えているからだろう。
 そんな二人の様子に、自然と俺も気持ちが穏やかになる。
 皆で手にしてきたものだ。それがとても嬉しい。

「…………」

 ポツリと、何かをカークが呟いたけれど、車輪の音に紛れて聞き取れなかった。
 言い直す素振りもなく、独り言であったのだろう。
 気付かなかったふりをして、その後は雑談となった。

 カークは、父上のことを色々と話してくれた。
 彼は、祖父の代より執事としてセイバーンに仕えていたという。
 幼い頃の父上は、思っていたのとは随分と違った。
 俺の父上の印象は、優しいけれど、厳格……といったものだったのだけど、幼い頃の父は、一つのことに没頭すると周りが見えなくなるほど融通がきかなかったり、村の子供に混じって野山を駆け回ったりと、思いの外活発な面があったという。
 祖父母はあまり子に恵まれず、父上自身が随分遅い子供で、兄弟も望めなかったこと……。
 父が成人する前に、二人が事故で他界してしまったこと……。
 許婚がおり、けれど最愛の人すら、結ばれる前に、失ってしまったこと……。
 長年相手を求めず、ずっと政務に没頭していたこと……。
 結局政略結婚という形で、異母様と結ばれたこと……。
 異母様と父上も、十も歳が離れている……その理由を、今日初めて知った。

「…………本日、初めてお聞きになられたのですか?」

 途中でカークにそう問われた。
 二十五年も前に引退しているのだから、俺の育った環境全てを知っているわけではないのだろう……。
 道中、ジェイドと運転を代わっていたハインが、その言葉にギッと、鋭い視線をやったけれど、やめなさいと視線で制す。

「あぁ……。幼い頃の記憶はもうさすがに曖昧で……聞いたことがあるのかもしれないが、覚えていないんだ。
 六つで学舎に行ってからは寮生活だったし、こちらには戻らなかったから、知る機会もなくてね」

 極力穏やかに聞こえるよう、抑揚に気をつけ、言葉を選んだ。
 どこまでを知っているか、知らされているか……探りを入れるためでもあった。
 また、俺の方からも、学舎での話は色々した。
 ギルのこと、ハインのこと……これには流石に驚かれてしまった。
 指の不自由についても知らなかったようで、眉をひそめられてしまったけれど、全く使えなかったものを、訓練して多少は動くものにしてくれたのが、シザーであったことも話した。
 アギーのクリスタ様との交流……それの延長が、今回の土嚢壁が国へと進言されるに至った理由であることも。

「学舎で、素晴らしき縁に、恵まれたのですね」
「うん。だから父上には、本当に感謝している」

 あの人にも。
 父の愛は、確かにあったと思う。俺にあの十年を与えてくれたのだから。
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