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拠点村 16

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 半ば呆然としていた俺の耳に、馬車の音が近付いてくると、それは彼らにも届いた様子。男らは舌打ちして、その場を離れた。
 近くに、馬車でも置いてあるのかもしれない。

「いやぁ、乱闘になるようならしゃしゃり出ようかと思っていたが、おおごとにならず何よりだな」

 音も気配も無かったのに、思いの外近くから現れた俺とディート殿に、土建組合員らはギョッとしたが、ハインが険悪なむくれ顔で馬車を進めて来たのを見て、この人たち立場考えず勝手やったんだなー……みたいな雰囲気で苦笑する。
 俺を見たルカが、パッと、サヤから手を離した。
 俺がまた怒ると思ったのかもしれない……。そのルカに、色々な思いを込めて「ありがとう……」と、伝えると、そっぽを向いてしまった。
 ルカの手が離れ、ホッとしたのだろう。サヤが少々不安定な足取りで、こちらに来る。

「……サヤ……」
「……申し訳ありません……。
 でも、判断に対しては、反省しません」
「駄目だ。反省しなさい。あんなことは、もうしないでくれ。俺は、そんな風に守られたくない……」

 そう言うと、何にカチンときたのか、急に顔を怒りに染める。

「そんな風にって……あの人たちは、何も知らないで、適当なこと言って怒ってるんです!
 レイシール様の考えを、勝手に決めつけた解釈で、全然見当違いのこと言ってるんです!
 そんな言葉に、レイシール様が傷付けられる必要なんて、ありませんから!」

 やっぱり、俺を傷付けまいとしてくれたんだな……。
 ルカのこともあるから、不安を抱えていたのはサヤも同じだろうに。
 そんなことはものともせず、俺のために、ああしてくれたんだ。

「…………サヤ、俺に言われている言葉は全部、俺が受け止めなきゃ駄目なんだよ。
 説明が足りていない。理解してもらえるように、動かなきゃならなかった。それを怠っていたのは俺だ」
「違います!    忙しくて、他に手が足りないから、仕方なくじゃないですか!」
「それは、彼らには関係ない。
 それでもなんとかすべきだった。楽観して、やるべきことをやってなかったのは俺だからね。彼らがああ解釈しても、仕方がないんだよ」

 そう言うと、悔しそうな顔。
 言いたいことはまだ山とある。だけどそれを、ぐっと堪えて、噛み砕いているような、そんな表情。

「だからね、サヤ。もうあんな風に、しないでくれ。俺は正直、俺に言われる言葉よりも、サヤが傷つく方が怖い……。
 あんな風に出たら、サヤが槍玉に挙げられる。
 大人のやりとりに、子供のサヤが割り込んでも、今みたいに扱われるって、分かったろう?
 今回はルカが庇ってくれたから良かったけど、もっと酷いことを、言われたり、されたりしたかもしれない。
 そんなことになったら……俺は後悔じゃ、済まないからね?」

 本当は、ありがとうも伝えたかった。
 俺のためにって、そうやって動いてくれたことは、本当にありがたいし、嬉しいんだよ。
 サヤは俺に、少なからず心を開いてくれている。例え他に選びようがなく、仕方なく選ばれたのであったとしても、俺の望み通り、俺のことを、受け入れてくれている。
 こんな時なのに、俺に気持ちを向けてくれているということが、嬉しくて、仕方がなかった。
 だけど……今は駄目だと、ぐっと堪える。
 黙ってじっと見つめていたら、最後にサヤは、小さくか細い声で「申し訳ありませんでした……」と、言った。

 馬車を置いてやってきたハインに、サヤを少し、休ませてくれとお願いして、今度はウーヴェに向き直る。

「ウーヴェ……。これは、はじめてのことか?」

 俺が何を言わんとしているか。それは過たず、ウーヴェに伝わっていた様子。
 彼は、やはり何か言いたげに視線を俺に向けたけれど……。

「……いいえ」
「ちゃんと、報告しなさい」
「……はい。……申し訳、ございません……」

 責務を怠っていたことは事実と、頭を下げた。

 先程のやり取りからして、多分あれは、何度も繰り返されていたと思う。俺のいない時間帯を狙って……。
 だけどウーヴェを含め、ここの作業に携わる者たちは、それを俺に伏せていた。
 少なからず、時間を取られていたろう。もしかしたら、怪我人だって、出ていたかもしれない。
 その上で、それを俺には告げず、作業も遅れないよう、進めていた……。きっと凄く、無理をさせていた……。
 俺たちの巡回は、数日に一度。しかも、昼からの三時間程度だ。だから、目が行き届かなかった……。これも、俺の失敗だ。

「ウーヴェ。これは、君らが責められるべきことじゃ、ないんだ。
 貴族の俺から要請があれば、君らは依頼を受けざるを得ない。そう主張して良いんだよ。
 自分の身を守ることを、優先してくれ」

 そう言うと、何故かとても苦しそうな顔をされた。
 だけどこれは譲れないことだ。この事業全体の責任は、俺にあるのだから。
 今までに怪我人は出ていないかと確認すると、それはいないとのこと。そのことには心底ホッとした。

「嫌な役回りをさせて、悪かった。だけど俺のことは心配しなくて良い。
 ウーヴェは、ウーヴェの責任の中のことだけ、してくれたら充分だから」
「………………はぃ……」
「っ……ぁぁぁあああ!    だぁらお前は、なんでそこ、引き下がんだよ⁉︎」

 怒鳴り声にびっくりして視線をやると、イライラ最高潮といった様子のルカが、犬歯をむき出しにしてもう一度吠えた。
 そうしてから、ずんずんと俺に大股で近付いてきたかと思うと、ドンと、肩を突き飛ばされる。

「今のは、組合内のイザコザだ。
 意思の統一が図れてねぇ、身内の問題なんだよ!    だからあんたにゃ関係ねぇ!
 それとな、ガキのくせに出しゃばんなだぁ⁉︎    それはテメェもだろうがよ⁉︎
 こっちの問題にしゃしゃり出てくんじゃねぇよ、テメェは黙ってろ、口挟まれても迷惑なんだよ!」
「不敬すぎ。言い方も悪すぎらぁ。お前も黙れ」

 突き飛ばされた肩がジンと痛む。それと合わせて、胸の痛みも酷かった。
 少なからず言われた言葉に傷付いてしまったのだが、そのルカの頭にシェルトが拳を落とす。
 容赦ない一撃…………意識が飛びかけたのか、頭を抑えて蹲るルカ。
 その様子に一瞥もくれず、シェルトは俺の前に、立つ。

「あのよ、お嬢ちゃん」
「……それは俺のことか?」

 シェルトの言い方もどうかと思う……。
 そう思ったのだけど、シェルトは腕を組んで、俺の前に仁王立ち。視線の高さは俺の方が上であるはずなのに、威圧感がハンパない。
 なんで俺が怒られる構図になってるんだろうな?    と、不思議に思っていたのだが……。

「あんたよ、俺らをなんだと思ってんだ?」
「は?    職人の皆さん……」
「そりゃそうだけどな、俺らはあんたに雇われてんだよ。それは今現在、俺らはあんたの部下だってことだな?」

 部下というか……うん、まぁ……。
 こくりと頷くと……。

「それでよ、あんた俺たちに『これをせよ』なんて言わなかったよな?    雇われるかどうか、その選択は、俺たちに任されてた。断る権利があった。
 だからあいつらは、その権利を行使し、雇われることを拒否した。俺たちは受けた。そうだな?」

 なんでいちいち確認するんだろう……。
 そうだね。と、肯定すると……。

「ならよ、俺たちは俺たちで判断して、雇われてんだよ。
 何かしら問題があるかもしれねぇってことも、こんな風にいざこざが起こるかもしれねぇってことも、考えた上でだ。
 考えてなかったとしても、そりゃそいつの責任だ。あんたの責任は、俺たちに選択権を渡した時点で、ねぇんだ」
「…………」
「手が足りねぇって言ったな。そりゃ、一人で全部、背負いこもうとしてるからだろうが。あんた一人で回るわけねぇだろ。
 ここのことは、俺たちに任せりゃいい。
 あの連中は、俺たちに言ってきてんだ。お嬢ちゃん、あんたじゃねぇ」

 だけど、元は、俺が原因…………。
 と、続けようとしたら、まだ続きあんだから黙れと睨まれた。
 ……はい。

「あとルカが言いたかったのは、サヤ坊だけじゃねぇ、あんただって成人前の小童こわっぱだってことだ。
 せいぜい社会経験二、三年のペーペーだろうがよ。偉そうに坊を叱れるお年じゃねぇよな?」

 鼻で笑われた。
 いや、それはそうだけど!    

「俺はそれでも、責任者だ」

 そう言うと、これだから小童は。とでも言うように、溜息を吐かれた。

「俺は、あんたの倍は生きてんだよ。
 そこの阿呆なルカだってな、十年以上社会経験積んでんだ。少しは大人を頼れや」

 思いがけない言葉を言われて、面食らう。た、頼る?

「全部の責任ひっかぶろうとする根性は見上げたもんだがよ、人に任せられねぇのは、あんたの未熟さだ。
 人の上に立つなら、当然求められる能力だろうが。
 そこを履き違えんじゃねぇよって、あの阿呆も言いたかったんだろうが……全く伝わってなかったな」

 ………………。

「ルカだって、二十歳くらいのものだろう?」

 いくら庶民だって、十五くらいからだよな、職に就くのって……。十年以上の社会経験は無理だろう?
 つい疑問をそのまま口にしたら、ブハァ!    と、組合員全員が吹き出した。ゲラゲラと笑い転げたり、突っ伏したり痙攣したり……大騒ぎだ。

「まぁな!    あれだけアホ面晒してたらな!」
「何回言ってもお貴族様対応覚えらんねぇガキだもんなぁ」
「……腹が、千切れる……」
「そんなだから嫁が来ねぇんだよルカぁ。ガキだと思われてんだよお前」
「うるっせええええぇぇぇぇ‼︎」

 怒ったルカがガバリと起き上がり、組合員らの輪に殴りかかっていく。
 呆気にとられて見送ったのだが、ウーヴェが困った顔で「レイ様……ルカは、二十六です……」と、教えてくれた。
 ハインより五つも上⁉︎

「…………見えません」

 ボソリとハインも言う。
 いや、でも……ルカは、土建組合の後継なのだ。未熟であれば、他の組合員らが、ルカの指示には従わないだろう。
 貴族相手の対応は本当に覚えないが……彼も充分な社会経験を持つ、一人前の、大人だったのだ。

 先程ルカに言われた言葉を思い出す。
 組合内のイザコザと言ったが、彼らは土建組合の者ではなさそうに思う。
 集団で、大きな仕事を受けることが大半の土建組合は、本当に大きな家族みたいに、連帯感が強い。
 ルカの決定に、内心では違う意見を持っていようが、それを堪えて指示に従う。そんな場面は氾濫対策でも見てきた。
 例え反発があったとしても、あんな風にはしないだろう。
 ならあれは……身内のことだと言い訳して、俺を、庇おうとしていた?

「そもそもよ、俺らにゃ、あれくらいのやりとりは日常茶飯事だ。
 もともと血の気が多い人間だらけだからよ、土建とか、石工や大工ってのはな。あんなん、争いのうちにも入らねぇ。
 お嬢ちゃんにゃ刺激が強いのかもしれんが、こっちにとっちゃ瑣末ごとだ。
 だから、あんたにゃ知らせる必要ねぇって判断したんだ。ひと段落したら、報告には行った。
 そんなわけだ。ここのことは、俺らに任せろ。ああいうのも含めてだ。
 あんたの判断を仰ぐ必要があると思うことは、ちゃんと報告すらぁな」

 そう言われ……ポンと肩を、叩かれた。
 その手が、優しさに満ちていて……労りが染み込んでくるかのように感じた。
 周りを見渡すと、土建組合員の皆も、石工や大工たちも、皆そろって和やかな顔だ。
 これは……このことを俺に伏せていたのは、責任者だけじゃない……現場の皆の総意なのだと、それを悟った。

 …………なんで?

 そうまでしてもらう、理由が、見えない……。

「あんたが私欲に走れるほど器用じゃねぇってのはな、現場にいりゃ、嫌でも分からぁな。
 そんなあんたが必要だって言うことならよ、そりゃあんたじゃなく、俺らに必要だってことなんだろ。
 意味は分かんねぇでも、そういうことは判断できんだよ。こっちだってな」

 肩に置かれた手が、今度は拳になって、コンと、俺を突く。ルカに突き飛ばされた箇所を、今度は優しく、励ますように。

「ほら、もうひと段落したんだから、飯だ飯」

 シェルトはそう言って、背を向けた。
 向かう先に、だいぶん遅れて到着した様子の幌馬車から、ダニルらの手によって食材が下されている。
 後ろから見ても、シェルトの耳が赤かった。
 照れてる……。柄にもないことを言ってしまったと、そんな風に思ってる。
 呆然としていたら、横から「レイ様」と、ウーヴェの声。

「今日は、何か報告があると伺いましたよね。
 代表者を集めますから、食事をしながら、話をしませんか」

 そんなウーヴェの声にも労りが滲むようで、俺は腹の底の黒い沼が、いつの間にやら凪いでいることに気付いた。
 …………俺、独り善がり、だったんだな。
 一人で全部背負っているつもりだった。
 つもりでまた、周りを見ていなかった。彼らが俺を、信頼して雇われてくれたことにすら、気付いていなかった。彼らは俺を、受け入れてくれていたのだ。

「ああ、……ウーヴェ、有難う。……頼む」

 そう言うと、穏やかな表情で、にこりと笑う。
 指示を出しに走っていくウーヴェを見送っていると、そっと手に触れるものがあった。見なくても誰か分かる、細い指。
 微笑む彼女と……その俺たちを見てニヤニヤ笑うディート殿に気付いて、顔を引き締めた。なんか無性に恥ずかしい……。

「行こうか」
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