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誕生の祝い 1
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結局マルは帰らぬまま、サヤの祝い当日になってしまった。
内緒の準備は問題なく進み、食事処は昼の三時間ほどが貸切となっている。
本日の昼食準備はハイン担当なので、サヤは執務室で俺の手伝いだ。うん、順調。
「そろそろ水路の主筋が開通か……」
「流石土建組合さん、本業ですもんね。早いです」
あれからルカについては何も報告が無い。
俺たちも拠点村に出向いてはいないから、ずっと保留のままだ。
ただ、日常が続いているということは、サヤの秘密が守られているということで、ルカが黙ってくれているということだった。
そしてサヤはというと、極力平常通り過ごしている。
ディート殿とは多少ぎくしゃくしているが、これはまあ、致し方がないことだろう。女として見るなと言われたからって、それが簡単にできるわけではないのだろうし、徹底できるようになるには、それなりに時間を有するだろうから。
さて、本日は、朝の日課、鍛錬の時間が無い。午前中に雑務を極力終わらせることとなっている。
俺はセイバーンの鍛治職人一覧を睨みつつ、声を掛ける職人を吟味していた。
鍛治職人は、武器を作れる職人だ。
だから、国や領地に申請を出し、許可を取らなければ仕事場が持てない。それでこういった、登録職人の一覧があるのだ。
若手や見習いも、一人前の職人となれば申告される。が、それなりの修行期間を有するし、適性も求められるから、毎年一人前の職人として登録される人数は、案外少ない。セイバーン全体で数名ほどだ。
うーん……やはり若手をあたる方が良いよなぁ……暖簾分けしたいと思っている、親方と血筋の繋がらない職人……後継は確保されていて、人数の多い鍛冶場……。
そんな風に一覧との睨めっこをしていたら、ジェイドがやってきた。
「準備済ンだってよ」
「あ……もうそんな時間か……。うーん……」
馬車がまだ来ない……。ギル、忙しいのかな。
「そろそろ昼時か。本日も平和で何よりだな」
ずっと長椅子で瞑想状態だったディート殿がグッと伸びをして立ち上がる。ゴキゴキと肩やら首やらをほぐして、部屋へ荷物を取りに行くと、退室した。
「サヤ、一旦休憩。書類は片付けよう。今日はちょっと、出かけるよ」
遅れて来るかもしれないし、先に移動しておくことにした。
作業を中断して書類を片付ける。ジェイドも伴って執務室を出たら、サヤがハインから預かっていた執務室の鍵を閉める。
それと時を同じくして、ディート殿も戻った。ハインを伴っている。どうやら知らせてくれた様子だ。
「じゃ、行こうか」
ぞろぞろと外に向かうと、サヤが不思議そうに首を傾げ。
「……昼食、先に済まさないのですか?」
「うん。今日はこっち優先」
「何か急ぎの仕事って、ありましたっけ……」
「うん。最重要事項」
徒歩でゆるい坂道を下りきった頃、サヤがぴくりと反応した。
「あの……早馬? 緊急事態でしょうか」
蹄の音を聞きつけたらしい。
あれ……ギル、馬車じゃないんだ? と、不思議に思ったのだが、遠目から確認したらなにやら凄いものが同乗していて、うわぁと思った。
「サヤさんっ!」
馬に乗っていたのはギルとルーシーで、ルーシーはこれでもかとばかりにめかしこんでいる。馬で三時間は揺られていたのだろうに、全く完璧な装いを維持しているルーシー。ある意味凄い……。
馬上からサヤにパッと両手を開いて見せると、サヤも条件反射のように両手を挙げた。するとルーシーは、そのサヤの腕に飛び込むようにして降りてくる。
首に両腕を絡めて「来ちゃいました!」と、満面の笑顔。
「あーもー……間に合った……馬車はどう考えても無理だったから、無理やり馬で来る羽目になった……」
疲れた様子のギルが、そう言って馬から降りる。
「この馬鹿が無駄にゴテゴテ飾り付けやがって揺らすなとか煩いし……」
「とやかく言わない! 女性の装いを気にかけるのなんて、叔父様にとっては空気を吸うくらいのことでしょう!」
「そういう嫋やかな婦人は馬で早駆けしねぇんだよ!」
「来て早々、喧嘩しないでください」
冷めきった声音でハインが言う。
ディート殿は「ルーシーは本当にサヤが大好きだな」と、感心している様子だ。恋人のようにじゃれついているものな……。俺よりよっぽどらしいのがなんか若干悔しいというか……。
「お二人とも如何されたんですか?
今日お越しになるって、伺ってませんでしたけど……何か問題が?」
「ああそう、大問題。まさかの事態が発覚してな」
「そうなんです! 一大事だったんです!」
うんうんと二人で大きく頷く。
サヤは不安を掻き立てられている様子で、とても心配そうに俺たちを見る。少々胸が痛んだが、とにかく先ずは移動だと、二人に言った。でないと、始まらない。
馬には荷物が沢山積んであるそうで、そのまま引いていくとのこと。馬は大変だったろうな……小柄とはいえルーシーまで乗っていたのだから……。あとでしっかり世話してあげるよう、厩番にお願いしておこう。
大問題だ、最優先事項だと言いつつのんびり歩く俺たちに、サヤは如何したものやらといった様子だ。
一人そわそわしていたのだが、目的地が食事処であり、何故か戸口に『やすみ』と、張り紙がしてあったため、ポカンとしている。
「はい、急いで入って」
「サヤ、奥ですよ」
ハインと俺でずいずいサヤを押して中に入ると、一階はがらんともぬけの殻だ。窓まで締め切られて真っ暗な室内に、サヤは「食中毒か何か、起こったんですか⁉︎」と、謎の発言。
「いや、今日は昼中頃まで貸切なんだよ」
「皆さんいないですよ⁉︎」
「ダニルと、ユミルと、カーリンは拠点村だよ。今日は三人があっち担当だから。
俺たちは二階。はい、上がって上がって」
いつぞや一度上がった二階へサヤを追い立てる。後ろの方から、ルーシーのクスクスと楽しそうな笑い声。
二階の裏手側、エレノラの部屋の隣は大部屋となっているのだが、こちらは誰の部屋でもない。忍らが休憩するときに利用する部屋であるそうなのだが、部屋の位置が裏庭側で、川の方にしか窓が付いておらず、隠れておく分には都合が良い部屋であるらしい。少々騒いでも問題無いとのことで、この部屋で準備がされていた。
「いらっしゃーい!」
中に入ると、エレノラが笑顔で迎えてくれた。
そうして、そのままサヤをぎゅっと抱きしめる。
「おめでとう。サヤに幸多き一年が訪れますように」
「えっ?」
「あっ、エレノラさん、抜け駆けずるいです! 私我慢してたのにっ!」
ルーシーが慌てて俺を押しのけ、サヤの後ろから飛びついた。
「おめでとう。サヤさんに神の祝福がありますように」
「どっちも気が早ぇよ……とにかく早く部屋に入れ」
呆れ声が奥から聞こえ、入り口で女性二人に挟まれているサヤを中に促す。ガウリィだ。
やっと入れた部屋の中は、机や椅子が部屋の隅に片付けられ、中央に大きな敷布が敷かれていた。
その敷布の上には沢山の料理が大皿で並べられており、取り皿なども積まれている。そして、色とりどりの鮮やかな座褥が、大量に置かれていた。
「あ、あの?」
戸惑うサヤをエレノラが、座褥で囲われた一角に連れていき、有無を言わさずそこに座らせる。
「はい、あとは自由! 座布団選んで、好きな場所に座って! 早い者勝ちだからね!」
「レイ様はこっちですよ! ここ、絶対ここです!」
ルーシーに無理やり引っ張られてサヤの横に座らされた……いや、不満はないけど……。
そしてちゃっかりとサヤの逆横を陣取るルーシー。
なかなか上がってこなかったギルは、馬を外につないで来た様子だ。大きな布鞄を二つ抱えてきた。
その一つをポンと、ルーシーの膝に乗せる。「お前の方」と。
そして、もう一つの中からは大ぶりな木箱が取り出され、何故か俺に渡された。
「ロビンから預かったやつな」
「えっ⁉︎」
まさか、たった三日で⁉︎
「二日寝てねぇって言ってたぞ」と、ギルがニヤリと笑う。
本当に急いでくれたんだ……。ロビン……なんて素晴らしい職人だ!
ジェイドは居心地悪そうに入り口付近に陣取り、あとは各々適当に座った。
そして、何故か視線が俺に一点集中する。
「えっと……ようは、サヤの誕生祝い……」
「しまらないこと言うなよ……」
ギルに早速突っ込まれてしまった。だけど、いっぺんに俺に視線が集まって、なんか言えって雰囲気出すから慌ててしまったのだ。
赤面する俺に、ルーシーがまた笑う。
「じゃあ、それぞれ祝詞を述べましょうっ! あ、私さっきやっちゃったから、叔父様どうぞっ!」
「叔父って言うな……。
サヤ、おめでとう。俺はお前の兄のつもりでいるから、何かあれば頼れ」
「えっ⁉︎」
「なんだよ……驚くことか? はい、じゃあハインな」
「……最後で良いのに……。
サヤ、おめでとうございます。貴女は私たちの幸そのものです。貴女にも、幸あらんことを」
「よしっ、では今度は俺だな!
おめでとうサヤ、其方の前途に祝福を。ではジェイドに振ろうか」
「…………お、おめでと……。サヤの菓子は世界一だと思う……ガウリィ!」
「あー、ダニルからは参加したかった。サヤに祝福を。と、預かった。俺からは、同じくだ」
「なぁんだ、結局一晩考えたのに浮かばなかったの」
「うるせぇ!」
エレノラに茶化されたガウリィは赤らめた顔をむくれさせてそっぽを向いた。
そしてまたもや俺に視線が集中する。う、さ、最後も俺?
色々考えていた言葉が全部吹っ飛んでしまい、困ってサヤを見たら、何故か泣いていて、更に頭が真っ白になった!
「サヤ⁉︎」
「す、すいません、かんにん、またけしょう、おちるのに……とまらへん……」
「あららぁ……まだ始まったばかりなのにサヤったら」
席を立ったエレノラが、そう言ってサヤをキュッと抱きしめ、手拭いを握らせた。かと思ったら、何故か俺にドンッ! と、突き飛ばす勢いで押し付ける。
「サヤはそこが一番落ち着くもんねぇ」
流し目でそんな風に言われ、こっちの方が赤面してしまう
。
なに、その、知ってるのよって感じ……何を察してる……何を知ってるんだ⁉︎ マルがまさか⁉︎
「ほらぁ、レイ様の祝詞、まだですよ?」
可愛く首を傾げたルーシーが、にっこりと笑って急かす。
「え、えっと……あの……お、遅くなってしまったけど、十七歳、おめでとう……」
「ええぇ⁉︎ それだけですかぁ⁉︎」
「それはないだろ……流石に。ないない」
「最低ですね…………」
「レイ殿……それは駄目だ。減点対象だぞ」
「しかも何番煎じだ」
ジェイドにまで突っ込まれた⁉︎
「はい、やり直しをどうぞ」
無情なハインの宣告。
なんでそんな、みんなして俺を吊るし上げるんだ…………。
逃げ出したい衝動に駆られたけれど、腕の中にサヤがいるためそれもままならない……。
混乱の極みにある俺に、ギルが言い含めるみたいに優しい声音で……。
「何も難しいことじゃないだろう? 普段思ってることを口にするだけだ。さあ、ほら!」
なんて言うから、好きとか可愛いとか愛しいとかはこの場で口にできないしまだマシな俺が普段考えてて口にできることって何があったっけあああぁぁぁ⁉︎
「サヤは俺たちの女神だ!」
叫んだら、微妙な視線がまた集中した…………なんで⁉︎
「俺だろ、そこは……なんで俺『たち』に括るんだよ……」
「まあでも、まあ……うん。女神。ギリギリ許せるんじゃないですか?」
「隠語で言えばもっと凄いこと言えンじゃねぇの?」
「それだとサヤに伝わらないんですよ」
「だからなんで俺を吊るし上げるんだ⁉︎」
酷くないか⁉︎
必死で抗議したのだが、腕の中のサヤが、涙を拭いながらもクスクスと笑うものだから、文句も言えなくなってしまった……。
胸にかかるサヤの体重が……身を委ねてくれていることが、とても嬉しく、愛おしい。
泣くサヤを落ち着かせるためにこうしているのだと言い訳ができるから、もうしばらくは、こうしておけるだろう。
「じゃっ、ちょっとお腹を満たしてから、贈り物を捧げましょうか! さっきから美味しい匂いが凄くて、お腹が鳴りそうです!」
「サヤが落ち着いてからだな。よし、先に食おう!」
何故か仕切るルーシーにディート殿が乗っかる。この二人には誰も抗えない……。
ワイワイと取り皿をまわし、どれが美味そうだとか、あれを取ってくださいとか、騒がしくなったところで、サヤにだけ聞こえる極小の声で囁いた。
「好きだよ。一生大切にする」
魂を捧げているのだから、俺の一生はサヤのものだ。だから、それをかけて大切にする。
聞こえたサヤは、耳まで真っ赤になって、顔を隠すように俺の腕の中に潜り込んだ。
内緒の準備は問題なく進み、食事処は昼の三時間ほどが貸切となっている。
本日の昼食準備はハイン担当なので、サヤは執務室で俺の手伝いだ。うん、順調。
「そろそろ水路の主筋が開通か……」
「流石土建組合さん、本業ですもんね。早いです」
あれからルカについては何も報告が無い。
俺たちも拠点村に出向いてはいないから、ずっと保留のままだ。
ただ、日常が続いているということは、サヤの秘密が守られているということで、ルカが黙ってくれているということだった。
そしてサヤはというと、極力平常通り過ごしている。
ディート殿とは多少ぎくしゃくしているが、これはまあ、致し方がないことだろう。女として見るなと言われたからって、それが簡単にできるわけではないのだろうし、徹底できるようになるには、それなりに時間を有するだろうから。
さて、本日は、朝の日課、鍛錬の時間が無い。午前中に雑務を極力終わらせることとなっている。
俺はセイバーンの鍛治職人一覧を睨みつつ、声を掛ける職人を吟味していた。
鍛治職人は、武器を作れる職人だ。
だから、国や領地に申請を出し、許可を取らなければ仕事場が持てない。それでこういった、登録職人の一覧があるのだ。
若手や見習いも、一人前の職人となれば申告される。が、それなりの修行期間を有するし、適性も求められるから、毎年一人前の職人として登録される人数は、案外少ない。セイバーン全体で数名ほどだ。
うーん……やはり若手をあたる方が良いよなぁ……暖簾分けしたいと思っている、親方と血筋の繋がらない職人……後継は確保されていて、人数の多い鍛冶場……。
そんな風に一覧との睨めっこをしていたら、ジェイドがやってきた。
「準備済ンだってよ」
「あ……もうそんな時間か……。うーん……」
馬車がまだ来ない……。ギル、忙しいのかな。
「そろそろ昼時か。本日も平和で何よりだな」
ずっと長椅子で瞑想状態だったディート殿がグッと伸びをして立ち上がる。ゴキゴキと肩やら首やらをほぐして、部屋へ荷物を取りに行くと、退室した。
「サヤ、一旦休憩。書類は片付けよう。今日はちょっと、出かけるよ」
遅れて来るかもしれないし、先に移動しておくことにした。
作業を中断して書類を片付ける。ジェイドも伴って執務室を出たら、サヤがハインから預かっていた執務室の鍵を閉める。
それと時を同じくして、ディート殿も戻った。ハインを伴っている。どうやら知らせてくれた様子だ。
「じゃ、行こうか」
ぞろぞろと外に向かうと、サヤが不思議そうに首を傾げ。
「……昼食、先に済まさないのですか?」
「うん。今日はこっち優先」
「何か急ぎの仕事って、ありましたっけ……」
「うん。最重要事項」
徒歩でゆるい坂道を下りきった頃、サヤがぴくりと反応した。
「あの……早馬? 緊急事態でしょうか」
蹄の音を聞きつけたらしい。
あれ……ギル、馬車じゃないんだ? と、不思議に思ったのだが、遠目から確認したらなにやら凄いものが同乗していて、うわぁと思った。
「サヤさんっ!」
馬に乗っていたのはギルとルーシーで、ルーシーはこれでもかとばかりにめかしこんでいる。馬で三時間は揺られていたのだろうに、全く完璧な装いを維持しているルーシー。ある意味凄い……。
馬上からサヤにパッと両手を開いて見せると、サヤも条件反射のように両手を挙げた。するとルーシーは、そのサヤの腕に飛び込むようにして降りてくる。
首に両腕を絡めて「来ちゃいました!」と、満面の笑顔。
「あーもー……間に合った……馬車はどう考えても無理だったから、無理やり馬で来る羽目になった……」
疲れた様子のギルが、そう言って馬から降りる。
「この馬鹿が無駄にゴテゴテ飾り付けやがって揺らすなとか煩いし……」
「とやかく言わない! 女性の装いを気にかけるのなんて、叔父様にとっては空気を吸うくらいのことでしょう!」
「そういう嫋やかな婦人は馬で早駆けしねぇんだよ!」
「来て早々、喧嘩しないでください」
冷めきった声音でハインが言う。
ディート殿は「ルーシーは本当にサヤが大好きだな」と、感心している様子だ。恋人のようにじゃれついているものな……。俺よりよっぽどらしいのがなんか若干悔しいというか……。
「お二人とも如何されたんですか?
今日お越しになるって、伺ってませんでしたけど……何か問題が?」
「ああそう、大問題。まさかの事態が発覚してな」
「そうなんです! 一大事だったんです!」
うんうんと二人で大きく頷く。
サヤは不安を掻き立てられている様子で、とても心配そうに俺たちを見る。少々胸が痛んだが、とにかく先ずは移動だと、二人に言った。でないと、始まらない。
馬には荷物が沢山積んであるそうで、そのまま引いていくとのこと。馬は大変だったろうな……小柄とはいえルーシーまで乗っていたのだから……。あとでしっかり世話してあげるよう、厩番にお願いしておこう。
大問題だ、最優先事項だと言いつつのんびり歩く俺たちに、サヤは如何したものやらといった様子だ。
一人そわそわしていたのだが、目的地が食事処であり、何故か戸口に『やすみ』と、張り紙がしてあったため、ポカンとしている。
「はい、急いで入って」
「サヤ、奥ですよ」
ハインと俺でずいずいサヤを押して中に入ると、一階はがらんともぬけの殻だ。窓まで締め切られて真っ暗な室内に、サヤは「食中毒か何か、起こったんですか⁉︎」と、謎の発言。
「いや、今日は昼中頃まで貸切なんだよ」
「皆さんいないですよ⁉︎」
「ダニルと、ユミルと、カーリンは拠点村だよ。今日は三人があっち担当だから。
俺たちは二階。はい、上がって上がって」
いつぞや一度上がった二階へサヤを追い立てる。後ろの方から、ルーシーのクスクスと楽しそうな笑い声。
二階の裏手側、エレノラの部屋の隣は大部屋となっているのだが、こちらは誰の部屋でもない。忍らが休憩するときに利用する部屋であるそうなのだが、部屋の位置が裏庭側で、川の方にしか窓が付いておらず、隠れておく分には都合が良い部屋であるらしい。少々騒いでも問題無いとのことで、この部屋で準備がされていた。
「いらっしゃーい!」
中に入ると、エレノラが笑顔で迎えてくれた。
そうして、そのままサヤをぎゅっと抱きしめる。
「おめでとう。サヤに幸多き一年が訪れますように」
「えっ?」
「あっ、エレノラさん、抜け駆けずるいです! 私我慢してたのにっ!」
ルーシーが慌てて俺を押しのけ、サヤの後ろから飛びついた。
「おめでとう。サヤさんに神の祝福がありますように」
「どっちも気が早ぇよ……とにかく早く部屋に入れ」
呆れ声が奥から聞こえ、入り口で女性二人に挟まれているサヤを中に促す。ガウリィだ。
やっと入れた部屋の中は、机や椅子が部屋の隅に片付けられ、中央に大きな敷布が敷かれていた。
その敷布の上には沢山の料理が大皿で並べられており、取り皿なども積まれている。そして、色とりどりの鮮やかな座褥が、大量に置かれていた。
「あ、あの?」
戸惑うサヤをエレノラが、座褥で囲われた一角に連れていき、有無を言わさずそこに座らせる。
「はい、あとは自由! 座布団選んで、好きな場所に座って! 早い者勝ちだからね!」
「レイ様はこっちですよ! ここ、絶対ここです!」
ルーシーに無理やり引っ張られてサヤの横に座らされた……いや、不満はないけど……。
そしてちゃっかりとサヤの逆横を陣取るルーシー。
なかなか上がってこなかったギルは、馬を外につないで来た様子だ。大きな布鞄を二つ抱えてきた。
その一つをポンと、ルーシーの膝に乗せる。「お前の方」と。
そして、もう一つの中からは大ぶりな木箱が取り出され、何故か俺に渡された。
「ロビンから預かったやつな」
「えっ⁉︎」
まさか、たった三日で⁉︎
「二日寝てねぇって言ってたぞ」と、ギルがニヤリと笑う。
本当に急いでくれたんだ……。ロビン……なんて素晴らしい職人だ!
ジェイドは居心地悪そうに入り口付近に陣取り、あとは各々適当に座った。
そして、何故か視線が俺に一点集中する。
「えっと……ようは、サヤの誕生祝い……」
「しまらないこと言うなよ……」
ギルに早速突っ込まれてしまった。だけど、いっぺんに俺に視線が集まって、なんか言えって雰囲気出すから慌ててしまったのだ。
赤面する俺に、ルーシーがまた笑う。
「じゃあ、それぞれ祝詞を述べましょうっ! あ、私さっきやっちゃったから、叔父様どうぞっ!」
「叔父って言うな……。
サヤ、おめでとう。俺はお前の兄のつもりでいるから、何かあれば頼れ」
「えっ⁉︎」
「なんだよ……驚くことか? はい、じゃあハインな」
「……最後で良いのに……。
サヤ、おめでとうございます。貴女は私たちの幸そのものです。貴女にも、幸あらんことを」
「よしっ、では今度は俺だな!
おめでとうサヤ、其方の前途に祝福を。ではジェイドに振ろうか」
「…………お、おめでと……。サヤの菓子は世界一だと思う……ガウリィ!」
「あー、ダニルからは参加したかった。サヤに祝福を。と、預かった。俺からは、同じくだ」
「なぁんだ、結局一晩考えたのに浮かばなかったの」
「うるせぇ!」
エレノラに茶化されたガウリィは赤らめた顔をむくれさせてそっぽを向いた。
そしてまたもや俺に視線が集中する。う、さ、最後も俺?
色々考えていた言葉が全部吹っ飛んでしまい、困ってサヤを見たら、何故か泣いていて、更に頭が真っ白になった!
「サヤ⁉︎」
「す、すいません、かんにん、またけしょう、おちるのに……とまらへん……」
「あららぁ……まだ始まったばかりなのにサヤったら」
席を立ったエレノラが、そう言ってサヤをキュッと抱きしめ、手拭いを握らせた。かと思ったら、何故か俺にドンッ! と、突き飛ばす勢いで押し付ける。
「サヤはそこが一番落ち着くもんねぇ」
流し目でそんな風に言われ、こっちの方が赤面してしまう
。
なに、その、知ってるのよって感じ……何を察してる……何を知ってるんだ⁉︎ マルがまさか⁉︎
「ほらぁ、レイ様の祝詞、まだですよ?」
可愛く首を傾げたルーシーが、にっこりと笑って急かす。
「え、えっと……あの……お、遅くなってしまったけど、十七歳、おめでとう……」
「ええぇ⁉︎ それだけですかぁ⁉︎」
「それはないだろ……流石に。ないない」
「最低ですね…………」
「レイ殿……それは駄目だ。減点対象だぞ」
「しかも何番煎じだ」
ジェイドにまで突っ込まれた⁉︎
「はい、やり直しをどうぞ」
無情なハインの宣告。
なんでそんな、みんなして俺を吊るし上げるんだ…………。
逃げ出したい衝動に駆られたけれど、腕の中にサヤがいるためそれもままならない……。
混乱の極みにある俺に、ギルが言い含めるみたいに優しい声音で……。
「何も難しいことじゃないだろう? 普段思ってることを口にするだけだ。さあ、ほら!」
なんて言うから、好きとか可愛いとか愛しいとかはこの場で口にできないしまだマシな俺が普段考えてて口にできることって何があったっけあああぁぁぁ⁉︎
「サヤは俺たちの女神だ!」
叫んだら、微妙な視線がまた集中した…………なんで⁉︎
「俺だろ、そこは……なんで俺『たち』に括るんだよ……」
「まあでも、まあ……うん。女神。ギリギリ許せるんじゃないですか?」
「隠語で言えばもっと凄いこと言えンじゃねぇの?」
「それだとサヤに伝わらないんですよ」
「だからなんで俺を吊るし上げるんだ⁉︎」
酷くないか⁉︎
必死で抗議したのだが、腕の中のサヤが、涙を拭いながらもクスクスと笑うものだから、文句も言えなくなってしまった……。
胸にかかるサヤの体重が……身を委ねてくれていることが、とても嬉しく、愛おしい。
泣くサヤを落ち着かせるためにこうしているのだと言い訳ができるから、もうしばらくは、こうしておけるだろう。
「じゃっ、ちょっとお腹を満たしてから、贈り物を捧げましょうか! さっきから美味しい匂いが凄くて、お腹が鳴りそうです!」
「サヤが落ち着いてからだな。よし、先に食おう!」
何故か仕切るルーシーにディート殿が乗っかる。この二人には誰も抗えない……。
ワイワイと取り皿をまわし、どれが美味そうだとか、あれを取ってくださいとか、騒がしくなったところで、サヤにだけ聞こえる極小の声で囁いた。
「好きだよ。一生大切にする」
魂を捧げているのだから、俺の一生はサヤのものだ。だから、それをかけて大切にする。
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